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誰が為の黄昏  作者: あめ
【2章】月明かりに泣く・後編
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悪夢 3

「あら! ■■▪■!」

「────っ」


 白夜はとっとと片付けたい気持ちを抑え、リゼを見た。あの小さな体を震わせ、地を踏み締めている。だが、どこかその背中から覚える違和感。またそれとは別に、斧を持ったその女が華のように笑うのは中々に凄い光景だとも思う。


「お母様、お久しぶりです」


 リゼは背筋をシャンと伸ばし、一礼した。


「少し離れている間に成長したわよね。少し身長が伸びたのかしら? 黒髪に染めたのね。でも、紫の眼は同じ」


 おいで、と手を広げる女はリゼとそっくりの紫色を細くした……様に思えた。実際のところは、湿った風に踊らされている白布で見えない。


 白夜がリゼの数歩後ろでコンクリートに寄りかかってることなど、どうでも良い、とでも言うかのように女は手を広げ、待つ。リゼはふらりと盲目的に、無意識にそちらへ行きそうになった。だが急に、地を踏み締め直した。


 砂利が音を立てた。

 紫色が戸惑うように唐突に揺れた。


「──え、あなたは誰」


 なぜか助けを求める様にリゼは白夜を振り返った。どうして私はここにいるの? と聞くように。そして数秒前の自分の発言を、態度を思い出したかのように何かに瞠目する。

 ふいっと白夜は視線を逸らした。振り返られても何も出来ないから。出来るのは、殺す事だけ。


「え、どうい………………どうして…………?」


 勿論、白夜はなぜリゼが挙動不審かを知っている。昨今の混入。


 昔のリゼ──■■▪■と、今のリゼは記憶処理のせいでほぼほぼ別人格だ。昔は殺戮を好み、今は平和を好む、とでも言ってやろうか。記憶処理のせいで昔の──〈黄昏〉に来る前の記憶は無い。今のリゼの記憶の始まりは、千里アリスに会った所から始まる。


 記憶処理とは不都合な記憶に鍵をかけ、封印する様な措置だ。処理された記憶は否が応でも溜まっていく新しい記憶の重みで潰され、忘れられ、やがて消える。

 でも、その鍵は必ずどこかで綻びる。

 そして起こる人格の混入。


「どうかしたの? ■■▪■。こちらへおいで」


 にこりと笑う女をリゼは知らない。


「どうしたの? 来ないの?」


 でも、『リゼ』はこの人を知っている。


「おいで、おうちに帰りましょう。ロゼも連れて」


 ──私は、私は、私は、誰?

 ■■▪■は私? あの人はお母様?



 リゼは怖くてぎゅっと目を瞑った。頭の中で誰かが呼んでいる。そのまま意識を手放す途中、誰かが遠くで泣く声がした。




 ◆■◆




 パチリ。

 目を覚ましたリゼの瞳に真っ先に飛び込んできたのは真っ黒な、混沌とした、闇。でも、見える。暗いはずなのに、リゼの周辺だけがほんわりと光っている。


「ん……?」


 大きな葉っぱがリゼの体を支えてくれていた。ふんわりとしなる茎、深い緑色の葉っぱ。周りには大きな結晶を持っている鉱物が凛として、リゼを取り囲んでいた。 どこか自慢げに。


 喉が乾いた。そう思ったら不意に雫が掌に落ちてきた。

 水を飲んだ。そしたら喉の飢えが直ぐに満たされた。


「ここはどこかしら」


 手をついた鉱物はひんやりとしていた。熱を奪い取ろうとする鉱物は翡翠色。天井を仰いでみると、藍色や紺色の夜空に金色の粒が見えた。石に例えるならラピスラズリだろうか。

 少しの間、それを見た後リゼは葉っぱから滑るように降りた。シンとした空気の中、リゼの足音だけが響き渡った。


 その近くで、かつて蒼を歓迎するかのように咲いていた彼岸花が萎れていた。キラキラと宝石の様に咲いていたその花は最早面影が無い。──醜い。

 代わりに紫色の花が点々と、誇らしげに咲いていた。背筋をピンッと伸ばし、萎れた彼岸花を足元に従えている。その色は恐ろしい程に粋な紫。


 リゼはそのうちの一つに手を伸ばすと、ポキリと手折った。静かな光を発し、花弁を輝かせて咲いていたそれはリゼの手元に置かれた瞬間、枯れた。紫色の余韻を遺して、光は四散した。


「?!」


 ボロボロと手の中で風化して、消えていく紫だった花。四散した光は闇に食べられた。リゼはそれを見送った後、胸にぽっかりと大きな空白を感じた。喪失感と呼ばれるものに近いだろうか。


 リゼは分からなかった。たった一輪の花を枯らしただけなのに、失くしただけなのにどうしてこんなに深い喪失感を覚えたのだろうか。今までだって、花は沢山手折って来たではないか。沢山虫も殺したし、沢山草を踏み潰した。なのに、なぜ今更──────


「どうしてだと思う? リゼ」


 声がした。闇をかけ分けるようにして、やって来た声。


「────っ! 誰?」


 不意に、さっきまでリゼが座っていた葉っぱの上に少女が現れた。胸元にリボンがついた白い薄手のワンピースを着ている。その裾は赤黒い絵の具で染められており、何か飛び散った様な模様はレースの上にあった。

 腰ほどまである長く金色の髪の毛、決して綺麗とは言えないどこかしら淀んだその瞳の色は紫。澄んだリゼの瞳とはまるで正反対。


「それともこっちの方が良いのかしら」


 目の前の少女の金色の髪の毛が、白に変わった。

 信じられない、という表情でリゼは一歩逃げる様に下がった。


「……わた、し」

「えぇ、過去のあなたよ。〈黄昏〉で記憶処理を受ける前の、あなた」


 目の前の『リゼ』は右手を口元にやり、小馬鹿にしたようにリゼを見た。その口元は、楽しそうに釣り上がっている。


「冗談じゃないわ! 返しなさい! 私をここから。アリス嬢や兄様の元へ返しなさいよ! 帰して!」


 リゼは『リゼ』に掴み掛かろうとした。だがその手は宙を掠り、リゼは無慈悲に耀く鉱物に激突する。


「うぅ……」

「無理よ。あなたには私を捕まえたり、利用したりすることなんて無理なの。そもそも、私は貴方の幻覚なのよ。それ以前の問題ね」


 リゼはズキンズキンと痛む額に手を置いた。とろりとした赤に手が汚された。切って怪我をしたのだろうか。痛い。でも脈打つ毎に流れでる血が、感じる痛みが、生きているのだと痛感させる。皮肉。


『リゼ』は強がりで涙を流さないリゼを散々嘲笑した後、ひとつ言葉を置いた。


「願いなさいよ。ここではね、あなたの叶えて欲しい願いは全部叶うのよ! あなたが愛しくて止まないお兄様とか、アリス嬢、だとかに会いたいんでしょう? 叶えてもらえばいいのよ! その傷を治してもらって迎えが来るまで私と一緒に過ごせばいいのよ」


 傷を治して欲しい、と思うと傷が消えた。

 お腹が空いた、と思うと美味しいケーキが現れた。

 灯りが欲しい、と思うと空が輝き始めた。


 帰りたい、って思っても、願っても、希っても、懇願しても────何も起こらなかった。


「答えを教えて……」

「あら? 何の?」


 必死に出口を探そうとするリゼを眺めていた『リゼ』は、泣き腫らしたその顔を楽しそうに見ると首をひねった。


「どうして、私があんな気持ちになったのか。花、枯らした時に」

「あぁ、それね。ロゼが殺されたからよ。あなたの手で」


 リゼはばっと顔を上げて、過去の自分を見た。飴をぺろぺろと舐めて、片手で何かの本を読んでいた。まるで今の己の発言など、どうでも良いと言うように。



「ねぇ、待ちなさいよ! 兄様が死んだ? どういう事?! 教えなさい!」

「そんなに気になるなら早く向こうに戻れば良いのよ? か弱い私」


 そんなの無理に決まっている、とリゼは思わず膝をついた。足元に転がる小さな小さなガラスの破片達が、リゼの肌を切り刻んだ。

 とんっと軽やかに『リゼ』はリゼの隣に降り立つと、流れでるリゼの血を掬った。


「ま、そもそもここから脱出出来たらの話よね。あなたにそんな力、あるのかしら?」


 声が木霊した。震えながら、リゼはただ泣き始めた。

 帰りたい 帰れない。会いたい 会えない。


 助けて、誰か。









『名前は、まぁ近いうちに分かるわ。私はね、未来あなたに従う者よ。宜しくね、リゼ』




 不思議な鈴の音と共にそんな声が聞こえてきたのはもう、ずっと、遠い記憶。


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