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誰が為の黄昏  作者: あめ
【2章】月灯に舞う・中編
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心配と。

時雨と雪斗。お留守番な二人は静に槻のことを心配している……はずだった。

 


「心配なのか?」


 ソファでいつも通りだらけていた時雨の元に雪斗がやって来た。──ソファに居る時間がいつもより長い。そんな意味分かんない理由で雪斗は時雨の異常に気がついた。

 何だかんだどんなにグタグタしていても、時雨という生物は昼頃にお腹を空かせて蠢き始める。そのタイミングを見計らって槻がふらりと仕事中の今、パンを焼い(えさをよういし)て置いておくのが雪斗の日課なのだが……。


「…………べっつにー」


 今日は動く気配がない。起きて来ただけまだマシだろうかと思いつつ、雪斗は仕方がないと時雨を揺さぶる。一日寝たままは許さない。


「べっつに槻のことなんて心配してないし? リゼロゼの事を心配してるだけだもーん」


 めちゃくちゃ心配してるじゃないかと突っ込みを入れない辺り、雪斗はさすが精神年齢が高かった。槻が怪我を負って倒れて病院を脱走したという連絡があってから、日は過ぎた。槻は槻で忙しいのか、ここ一週間連絡が途絶えている。少し前までは連絡は寄越さない日は無かったというのに。

 そんなこんなで時雨の今の状態は不貞腐れ状態。その不貞腐れっぷりには雪斗も脱帽している。

 槻本人からではなく、別ルートから様子を伺っている雪斗は時雨に"今"を教えてやるべきか暫し悩む。リゼロゼの事も何やかんやあったが心配しているのは本当だろう。でもそれ以上に本当は槻の事を心配しているはずだ。

 ひとまず雪斗は形だけのセリフを言う。


「時雨、ご飯食べろよ」

「食欲無い」


 即答。


「我儘かよ。ご飯食べないと()()にあげるぞ」


 ムクリと時雨は無言で体を起こした。流れる黒髪で表情はしっかり確認できない。だが、その青い双眸が雪斗を睨みつけるようにキラリと輝いたのは気の所為では無いだろう。

 時雨は猫のように大きく伸びをすると、大きく一つだけ深呼吸した。テーブルに投げ置かれていた黒縁の眼鏡をかけ、更に耳に髪をかける。


 リゼロゼが居なくなった代わりに、というのも変だが最近、ここに住み着いているやつがいる。時雨はそれが凄く大好きで大好きで大好きで……最近は虫取り網片手に家の中で追いかけっこをして遊んでいる。部屋の中を荒らされるので非常に迷惑。

 それも時雨の事が大好きで大好きで大好きらしい。それは時雨をからかって遊ぶのが生き甲斐、とかいう感じの性格悪い生き物だ。それは飛び回って時雨が部屋を荒らす手伝いをする。


 部屋荒らしが行われるのは大抵、雪斗が外出している間だ。──尚、雪斗達の間のルールの一つに"自己責任"というものがある。


「やつには絶対やらないわ。知ってる? 雪斗。あなた留守にしてたから分からないと思うけど、昨日は裏山を走りまわってたのよ?? どういう事だと思う? ねぇ!」

「あーーお疲れ様」


 雪斗は思いっきり目を逸らした。どういうことだと言われてもそういう事だと言う事しか出来ない。それよりもさっきまでの憂鬱そうな、不貞腐れた時雨はどこに消えたのだろう。元気になったのならそれはそれで良いのだが。

 気のせいだろうか。最近特に時雨と言う人物は、感情の起伏が激しくなった。言い換えれば感情が豊かになった。テンションが狂い始めているとも言う。


「絶対捕まえて返品しにいってやる! 誰だこんなの送り付けたやつ! やつに餌なんて必要ないわ! そこら辺の羽虫でも食ってやがれ!」


 感情が高ぶり極まった時雨は、ついにソファ兼お昼寝用ベッドの上で立ち上がった。念の為だが、ソファは立って自分を鼓舞するためのものではない。

 何とも言えない冷たく、生暖かい視線を時雨に送りながら、雪斗は悲しげに目を伏せた。槻が戻ってきてもこのテンションだったら少しやばい。


 パタパタ、と細かい羽音を時雨と雪斗は各自の耳で捉えた。


 夜行性のはずなのにそんなことを無視し、ここ最近行動するその都合の良い生物は、まっすぐに躊躇うことなく飛んでくる。


「時雨、ご飯」

「大丈夫。後で頂くわ」


 最早何も言う気力がなくなった雪斗は、無言で虫取り網を時雨に投げ渡した。

 ぱたぱたと羽音を鳴らしながら、やつこと蝙蝠(こうもり)は時雨の前を通過した。リゼとロゼが捕まえてきたかの蝙蝠である。奇妙な鳴き声を出すそれは、やけに上手に時雨の持つ網を避ける。


「今日と、いう、今日、は、スープに、して、やる、わ!!」


 蝙蝠スープ。

 果たしてどんな出汁がとれるのか。


「捕まえてから言えよ。てか時雨から槻に連絡すればいいだろ」


 雪斗の冷静なツッコミに時雨は飛び回りながら答える。もとより、時雨の所属する援護組織(03)はその名の通り後方支援を主として活動する。その為、戦闘機関(001)系列組織の中では著しく戦闘能力が低い。戦う必要が無いからだ。

 しかし、援護するとだけあって色々器用な組織でもある。特に罠と高所での活動はずば抜けている。時雨の場合、罠はある程度しか出来ないが敏捷性と高所での活動が得意。ついでに情報関係も噛んでいるため、良い意味での便利屋さん。

 ……なのは良いとして。


「時雨、頼むからそこの窓から降りてくれ」

「だってこいつが!」


 キラリと輝く碧眼が見ているのは、怯えた様子でぺったりと壁に張り付いている蝙蝠。どうやら時雨はついに追い詰めたらしい。


「さぁ、諦めなさい。大人しくするならスープは堪忍してやるわ」


 きゅいっと独特な鳴き声を出す蝙蝠が見たのは、大きな鍋だった。いつの間にかに雪斗が用意していたらしい。中にはなみなみと熱湯が入っていた。


「あ、リゼロゼ千里さんと合流したらしいわよ」


 暫くして、時雨は朝ごはんのパンを昼過ぎに食していた。その少し斜め頭上には、鍋行きを回避した蝙蝠が逆さまに止まっている。


「それは、良かったな。槻から連絡は?」

「んー来てないけど。まぁ、忙しいならしゃーないわ。それよりも雪斗ー」


 時雨は髪をクルクルとしながら、一つ雪斗に聞いた。黒い塊をむんずりと掴み、差し出す。じたばたと藻掻くそれをじっと雪斗は見た。


「こいつって情報機関のやつよね。行方不明の蝙蝠ってどう考えてもこいつだと思うんだけど?」

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