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誰が為の黄昏  作者: あめ
【2章】月灯に舞う・中編
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繋がり繋がる2

「千里が?」


 親友の名前を聞き、蒼は思わず前のめりになった。白樹と今はイタリア支部の方で行動していると聞いたが……最近会っていない。会わせる顔がない、と言うのが正しいのかもしれない。

 えぇ、とローリエは頷く。髪留めで止めきれていない一束の髪が、ローリエの顔脇でさらりと流れ落ちた。鬱陶しそうにそれを耳に掛けながら、言う。


「その手記……女の字だって」

「待って。じゃあ一人野放しってこと?」


 一瞬で結論づけた蒼にローリエは感心した。意外とやるのね、と。ローリエがそれを聞いた時に出した結論は同じ。白樹達も同じ。一人野放し。子供達で遊んでいたやつが。捕まえなきゃ。許せない。許されない。

 蒼は思わず立ち上がろうとした。だが咄嗟に伸びてきた瑠雨の手がそれをさせなかった。不満げに蒼は瑠雨を見たが、肝心な本人は目を合わせようとはしない。


「えぇ。でもね、結論を早まってはダメよ。もっと面白い事があるのだから」


 瑠雨はキラリと猫目を煌めかせていた。何かに気がついたように。その黄金に輝く双眸は一体どこまで気がついたのだろう。ところで微妙に忘れかけてはいるが、ローリエは瑠雨を叱り飛ばすと言う目的を忘れてはいなかった。


「馬鹿兄様の話のおかげよ。この三つぜーんぶ繋がっちゃったわ」

「でも、無茶苦茶な話です。上手すぎます」

「そりゃ原本に沿ってやれば上手いも何もあったもんじゃないわ」


 ローリエは瑠雨の言葉を容赦なく切り捨てた。蒼は残り一口となったコーヒーを一気に飲み干す。そして静かにローリエの言葉を待った。


「暁家、でしょう? どうせ〈譲葉〉狙ってあちこちうろちょろしているのわ。春先に千里アリスを守る為に白夜が人を一人殺したわ。そんでもってリゼロゼ関係。女の人。暁家のお兄さん。この二人は既に手を取り合って仲良しこよし車引きよ」


 吐き捨てる様にローリエが言った。汚けがらわしい、穢らわしい、口にするのも嫌だ、とでも言うように。そしてローリエはぎゅっと唇を噛んだ。元々薄めの唇が、さらに薄くなる。赤を超えて青く。

 そんなローリエを目の前にして瑠雨の目は驚きで見開かれていた。まだカップに入っているコーヒーに波が立つ。隠しきれていない動揺を押し込んでから、瑠雨は口を開いた。


「何で、知ってるんです?」


 恐ろしいものを聞くように。触れてはいけないものを触れるとでも言う様に。蒼は隣で目を閉じ、耳を澄ました。一言一句聞き逃さないように。そんな二人の心境を知ってか知らずか。ローリエは何とも無いように言った。


「うんにゃそりゃもう、黄廈(おうか)ちゃんに調べてもらったわ。初対面だったけど。物怖じしない子なのね。可愛い子だったわ。黄燐(おうり)の頭を鈍器で殴ってたのを見た時、好感度爆上げしたわね」


 ローリエは楽しそうに笑った。ローリエの言葉で"緊張"や"緊張"や"緊張"とか、そう言う空気がガラッと一瞬で砕けた。それはまるで、ジェンガが崩れた瞬間やギネス世界記録の為に丁寧に作業していたドミノが蝿によって崩された瞬間みたいな。そんな気分。


 黄厦。蒼や白樹と並ぶ〈黄昏〉の姫衆の一人であり、〈蝶使い〉の一人でもある。所属機関は003系列。つまり情報機関。

 黄燐。瑠雨、白夜、ローリエと並ぶ〈蝶〉。彼が趣味でつくっているのが、瑠雨達の大好物の鉱物だ。黄厦に付き添い、彼も情報機関に身を置いている。〈蝶使い〉や〈蝶〉の身でありながら、珍しく非戦闘機関に身を置く彼等の武器は情報。

 ローリエはそんな二人に会い、蒼達の知らないところで何かコソコソ進めていたという。だが、正直なところ問題はそこではなかった。


「鈍器……」


 蒼と瑠雨は何て返事をすれば良いのか、良く分からなかった。いや、特に何か期待していた訳では無いのだが。何て言うかこう……あれだ。言葉にできないあれだ。


「え、あ、うん…………」

「おーりも可愛そうですね」

「なーに二人とも目を逸らしてんのよ」


 主にローリエの性格の悪さに目を逸らしていた。人を物で殴っている様子を見て好感度爆上げとか性格がねじ曲がっている。


「……それじゃあ今、翡翠は分身を使っていないんですね?」


 瑠雨が確認するように、念押しするように聞いた。ローリエは目を逸らす。風がふわりと小さく、柔らかく巻き上がった。


「使ってないわよ。……いや、使ってたかしら? どっちでしょうね」

「翡翠」


 瑠雨の咎めるような声。ローリエはただただ、肩を竦めた。


「秘密に決まってるでしょ。バカ兄様に言ったって意味無いでしょ……どうせろくな事ないし」


 最後は小声で言う。勿論小声とは言え、瑠雨の耳にも蒼の耳にも入ってきた。更に問い詰めようとした瑠雨の足を蒼は思いっきり踏みつけた。

 ────問い詰めるな、と。只でさえ千里アリスという人物の件については周りに迷惑をかけている、と悩んでいる彼女だ。これ以上問い詰めたり、追い詰めたりしたら壊れる。瑠雨にはそう言う察する能力が無さすぎだ。

 だが、瑠雨も瑠雨とてローリエに小馬鹿にされたままでは堪らなかった。問い詰める代わりに聞く。売り言葉に買い言葉の押収。ちなみに口の悪いもの同士とあってか、これでもローリエと瑠雨の仲は良いのだ。


「何か、言いました?」

「あら? 老いぼれたのかしら? もしかしたら蒼とバカ兄様の目の前にいる"私"も、か弱くて儚げでとっても守りがいのある翡翠の分身体かもしれないわよ?」


 蒼の目は一瞬疑を帯びた。目の前の少女は偽物かもしれない。壱に夢現の狭間に落とされてから、まだ日は経っていない。蒼の警戒心はいつも以上に強かった。

 対して瑠雨は何も変わらない。偽物だろうが、本物だろうが本質は変わらない。ただ、分身を使うというのはもう一人の自分をつくり、操るという事。その分エネルギーの消耗は激しい。瑠雨がローリエに対して危惧したのはそれだった。


 自暴自棄になり過ぎでは無いか、と。


 そしてもう一つ。


 分身体に何かあったら本体にもダメージが来る。呪となり、呪詛となりて。


 悪戯っ子の表情を浮かべたローリエは言う。


「大丈夫よ。分身体は何かしない限り喋らないから。それに兄様よりも私の方が分身の扱いには長けてるわ。──話を戻しましょう」

「……ローリエが言っていたことを纏めると、暁家のお兄さんとリゼロゼ達のお義母さん? が協力関係にある。──いや待って。何でそのお兄さんは協力してるんだ? お義母さんの方は分かるよ。自分の子供が逃げたから追い掛けたいって感じなんでしょ。いわゆる狂愛、的な」


 ローリエに促され、話を簡潔に纏めた蒼は動揺したように身を震わせた。理由が、分からない。何で。目の前の彼女を疑う訳では無いが、俄に信じ難いものがある。

 何で。

 他人の思考なんぞ、予想できるものでは無い。

 瑠雨は蒼の肩をぴしりと指で弾きながら言った。


「さぁ? そこは本人達に問いたださないと分かりませんね。翡翠、これらの話を知っている人は一体どのくらい居るんです。──リゼロゼのことを知っている人は」


 瑠雨の問い掛けにローリエは少し目を瞑った。記憶を反芻し、誰が関わっていたか思い出す。一人、二人、三人……関わっている人は何人だと指折り数える。


「〈蝶〉関係者皆と千里アリス。そしてひとと時雨、雪斗辺りもそこまで辿り着いているでしょうね」


 他にもいた様な気がしなくもないが……思い出せない。まぁ、主要人物はこのくらいだろう。


「あーーーひとは、ええっと、ほっといていいと思う。何だかんだ頭良い人だし。ほら、普段はあれでも、さ。頭いい人だし。雪斗達巻き込んだのは許せないけど」


 比較的楽観視(げんじつとうひ)しようとする蒼に対し、瑠雨は厳しい表情でいった。


「あのひとが意味無くこう言う面倒な案件に首突っ込むとは思えないんですがね。何か裏がある気がしてならないです」


「それは……否定出来ないよね」


 自称無駄な事をしない主義の博士は、確かに無駄なことはせずにお布団に篭ったり、部屋に篭ったりしていることが多い。研究所の日替わりのお仕事のひとつに、博士を部屋から引っ張り出すというのもあるくらいだ。

 だが誰が何と言おうとも、腕や目は確かだし、嫌味な程に優秀。器用貧乏という言葉があるが、残念ながらひとには当てはまらない。色んなことが出来てどれも優秀。欠点は滅多に動かないこと。動く時はひと自身に多大な利がある時適度。

 そんな人が雪斗と時雨を引っ張り出し、瑠雨も少し巻き込んでこの案件に首を突っ込んだ。


 ──少し、警戒した方が良いかもしれない。


「ローリエはことが終わったらリゼを喰らうんです?」

「失礼な言い方しないで頂戴。まぁ、手こずるとは思うけど。否定はしないわ」


 千里アリスを殺したら、その心のポッカリと空いた穴に住み着く。取り憑く。そして〈蝶使い〉と化させる。残酷で残忍で冷酷で冷徹で血も涙もない手法。その穴は大きければ大きい程住みやすい。その為ならどんな舞台でも用意しよう。


 躊躇いなどない。リゼがどう思おうが、翡翠という〈蝶〉はリゼという偶然の産物を気に入ったのだ。


「また話がそれかけたわね。で、本題よ。──ねぇ馬鹿兄様。うちの二人の仕事を増やす勇気があって?」


 笑顔。思わず瑠雨はぴしりと姿勢を正した。


「……だから話を聞いてください」

「特別に聞いたげるわ」

「えっとですね………………あれ?」


 瑠雨の顔色がみるみるうちに真っ青になっていく。言葉の通りに。目が泳いでいる。対してローリエは更に笑顔になっていく。目を細め、嗤う。この恐怖の空間にいたたまれなくなった蒼は、いかに己の存在感を消すかを極めることにした。

 やがて瑠雨は小さな声でローリエに言った。


「なんて言おうとしたか、忘れました」

「あらぁ? それは大変ねぇ兄様。吉野蒼、瑠雨が言いかけてたこと何だか分かりますか?」


 あの瑠雨が怯えた子うさぎとなっている。蒼はどこか清々しい気分を覚え、同時に目の前の可憐な少女に恐怖を覚える。本能的な、恐怖。いつ食われるか分からない恐怖。鷹と兎のような。

 と言うよりもまず、ローリエに声を掛けられた時点で蒼の空気になろう作戦は終わった。早い。瑠雨からの色々込められている視線は、この際無視することにする。


 ──デタラメ言ってもバレないだろう。


 蒼の腹は真っ黒だった。


「多分あれだよ。瑠雨が責任もって暁家のお兄さんぶっ倒すって事」

「あ、なら暗殺組織は関係無いわね。兄様が開口一番うちの氷と槻の名前を言おうとしたからびっくりしたじゃないの」


 ローリエの顔が満開に咲いた。


「え、ちょ、」

「言っておくけど私は手伝わないわよ。自分で拾った面倒事は自分で片付けてちょーだい、ね」

「え、え?」


 蒼は混乱し始めた瑠雨の肩にポンっと手を置き、無情にも言った。


「瑠雨、頑張ってね」

「蒼、あんたも巻き添えですよ」


 さすがに可愛そうだと思ったのか、慈悲深いローリエは舟を出した。


「……でもまぁ、私が敵側だったら千里アリスが殺されるのは勘弁よね。槻と氷とか含めた私達が殺す前に奪い去るわ。──どこから漏れたのかは知らないけど、今彼等が気がついている〈譲葉〉は千里アリスだけみたいだし。そもそも私達を誘拐するの無理ゲーって知ってるから弱いところ狙ってるんだろうし」

「あ、あぁ…………なるほど」


 誘拐されかけた(らしい)蒼は複雑な顔をしながら頷いた。隣を見れば瑠雨もまた、複雑そうな表情をしていた。


 ──まぁ、あれは連れて行けたらラッキー的なノリだったと思うんですけど。


「二人は……それについて心当たりあるの?」

「まぁ、無くも無いですがまだ断定は出来ないですね」

「同意よ。心当たり無いっては言い切れないわ」


 どちらとも言えない返事をした瑠雨とローリエは互いに一拍置くと、一つだけ言い切った。


「「でも、時期には早すぎる」」


 余りにもきっぱりとしたその言い様に蒼は眉を寄せた。隣に座っている己の相棒の肩に手を置き、聞く。


「それって……どういう事?」


 瑠雨はローリエと小さく目をかわし、小さくため息をついた。どんな質問をされても蒼にはなるべく答えるようにはしている。答えられる質問に関しては。答えられない質問に関しては、はぐらかすしかない。──いつもの様に。


「さぁ、いつか分かりますよ」

「最近その返事多いねぇ、瑠雨。そろそろリスト化しようか」

「それは勝手にしやがれください」


 瑠雨はふてくされた表情の蒼からぷいっと顔を逸らした。言及されないだけに何かこたえるものがある。

 そんな二人の目の前でローリエは、のんびりと紅茶をまた飲んでいた。砂糖もミルクも入れないストレートな紅茶。無駄なものが一切入っていない紅茶。


 一番最初に動いたのはローリエだった。

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