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誰が為の黄昏  作者: あめ
【2章】月灯に舞う・中編
53/96

繋がり繋がる 1

ある日の夜、槻と朱里は仲良くじゃれあっていた。

 


「ちょっと(つき)


 咎めるような朱里(あかり)の声が部屋に響く。猫の様なその声からは、静かに怒りがにじみ出ていた。


「おやすみなさい」

「槻! 分かってるでしょ! 寝るな!」

「睡眠欲は最大欲求のひとつだよ。……食欲も」


 六月も後半に差し掛かった頃、槻は朱里と言う名の凶暴な猫から逃げるべく布団に篭ろうとしていた。現時刻は夜の九時。寝るには早すぎる時間帯である。朱里という名の凶暴な猫が起こり始めてから早一時間。槻は化け猫化した朱里から身を守る事を現時点での最優先事項としていた。

 ──自業自得なのだが。


 朱里が怒った原因は『御菓子』。

 机に放置されていた御菓子を槻は何も考えずに食べてしまったのだ。少し槻が考えてみればわかる事なのだが、幼い頃から槻に御菓子を食べられまくっていた朱里がそこら辺にひょいこらと食べ物を置いておくはずが無い。たまたま今回はうっかりしていたのかもしれないが、それにしても、だ。


「返せ!」


 ふらりと用事があって出かけたすきに消えた御菓子。私が食べましたと言わんばかりにそこにいた槻。疑わないわけが無い。……いや、どう考えても犯人は槻なのだが。凶暴な猫こと朱里は牙を剥き出しにし、槻の布団を剥ぎ取る。


「ちょ、酷い! 酷いよ!」

「高かったんだよ! あの御菓子! 返せ! 返せ! 返せないなら時間巻き戻せ!」


 無茶苦茶な理論である。


「そんな無理なことさせるの?! 人間じゃない!」

「う、う、うるさいわね! 血も涙も持ってるわよ!」

「残虐非道で(うぶ)な恋心までも利用して情報奪い取って高笑いセットに月を背に去る諜報屈指の大悪党ハニトラ組織が血と涙も持ってる? そんな馬鹿な!」


 槻は頭を抱えながら躊躇い無く言い切った。

 凄い言われ様だ。スラスラと槻の口から出てきた言葉に、朱里は必死に拳を抑えた。


「月を背に去るなんて事はし、しな、しないわよ!」

「…………今一瞬迷った? あと他は否定しないんだ」


 朱里はブオン、という相変わらずクッションらしくない音を立て、槻目掛けてハート型のクッションを投げた。



 暫くして、


「ふえっふえっ酷いよ…………」

「はん。私相手に喧嘩売ったことを後悔しときなさい」


 ザメザメと嘘泣きをしている槻。それを文字通り上から眺めている朱里。ふふんと口角上げて槻を眺めるその姿はまさに女帝。喧嘩は売られたら、数倍返しで買う前に返すのがモットーな朱里は文字通り少々容赦なく槻を懲らしめた。チリチリとなった槻の髪一筋が顔の脇で揺れる。対照的にふわりとした茶色のくせっ毛が、朱里の脇で揺れていた。


「さすがハニトラ組織に抜擢されただけあって性格悪いよ」

「なんか言った?」

「いえ何も」


 本音をポロリと漏らしてしまった槻は先程までの態度は何だったのだろうか、あっかんべーと朱里に舌を出した。髪の他にもいくつかの擦過傷と軽い火傷を負ったが、この位大したことは無い。クッションも直しといてねーと言う朱里は、二段ベッドの上の方でごろりと転がり仕事内容を確認し始める。


 チクチクと槻と一緒に火傷を負ったクッションを治療しながら、唐突に槻は聞いた。


「ねー朱里〜」

「ちっまたこいつか…………え? 何」

「少し前にさ、白夜さんに連行されたじゃん。今元気なのは知ってるけど、何あったの?」

「あぁ、あれ」


 朱里は送られてきた連絡一覧に舌打ちを噛ましながら、どう答えたものかと思案した。

 一番無難で尚且つ疑われない返事……。


「ちょっとあの時立て込んでてね。無理しすぎてたの一瞬でバレて叱られてた」

「あぁ、その時夜一晩いなかったからね。無茶し過ぎは怒るよ」

「白夜さんにも怒られて槻にも怒られるとか……最悪ね」


 ふわりと大きな欠伸で槻は返事をした。ここ数日、訛った腕を取り戻すべく暗殺組織の方で鍛え直されている。槻は一度逃げようとしたが、ローリエに見つかった。


 ──ローリエさんほんっとどこの組織なんだろ?


 動きがやけに手練だった。

 訓練では普段使っていない筋肉を久しぶりに使ったり、また新しい動作も教わっていたりしている。その為か、どうもここ数日疲れが取れない。


「次いつなのー?」


 ストレッチしていた槻に湿布を投げ渡しながら、朱里は何でもない事のように聞いた。


 "次"


「いや、まだ六月終わるか七月始まるかのギリギリってしか聞いてない。……詳しい連絡は何も。身内殺しってのはローリエさんから聞いたけど」

「あぁ、やっぱり身内殺しなんだ。いやまずローリエってなぜ?」


 身内殺し。外部の人間ではなく、〈黄昏〉内部の人間を殺すことだ。そのまんまの意味。


「あっれ? 話してなかったって。本当は今回の担当白夜さんのはずだったんだけど、用事が出来たんだって。そんでもって白夜さんご指名でローリエさんが今回の担当なの」

「あーーなるほど。忙しいねぇ。お上は」


 特に興味無さそうに朱里は言った。興味無くはないが、どちらかと言うと興味無いパターン。


「それで朱里の方では面白いのなんかあった?」


 ストレッチを終えて、湿布を貼り終えた槻がごろんとクッションに身を預けながら言う。そのままの体勢で行儀悪く足で他のクッションを漁る。雪斗がここにいたら怒られるところだが、生憎彼は今いない。

 こちらは寝転がった体勢で器用にキーボードを叩き続けながら、朱里は言った。


「うんにゃ。何も。情報機関の蝙蝠(こうもり)ちゃんの行方が分からないとか、メントスコーラとか。そんなやつしか流れてこないわ」

「蝙蝠? 情報機関で蝙蝠飼ってんの?」


 キョトンとした槻に朱里は少々眉をひそめる。

 ──本気で言ってる訳じゃ無いよな、と。

 メントスコーラについては二人が罰ゲームとして散々やらされているから論外である。


「ちょっと槻、情報系の機関なんだから少しはそこのこと知っときなさいよ」

「他機関は興味無いけど朱里が説明してくれるらしいから聞くよ」

「寝転がりながら言うセリフがそれかよ……」


 少々呆れながらも、まぁ槻はいつもの事なので色々諦める。パソコンを閉じ、頬に腕をやりながら槻を見下ろした。


「あそこの機関はなんでか知らないけど、改良した蝙蝠そこそこの数飼ってんのよ。……あたしも良く分かんないけど。そこのリーダーが好きなんじゃないかしら?」

「変なの」


 朱里はちらりと槻を見た。この間の練習で負った怪我は大分治ってはいるものの、仮面付きの槻なら負うはず無いものばかりだった。擦過傷から始まって切り傷、打撲痕。なぜか白夜の代わりに助けに来たというローリエ。彼女から聞いた話だと、少々二人はパニック状態を起こしたらしい。

 普段冷静な氷まで。お見舞い代わりにぶん殴りに行こうとしたが、そこでなぜか白樹に止められた。解せない。


 ──まぁ、あれが相手なら仕方ないか。あの人達も無茶ぶりばっかりするわぁ。


「あ、そうそう。明日もいないからね。私」

「お疲れ様。明日もあっちで揉まれてくんの?」

「あ、訓練もあるけど。ミーティング? が本命」




 ◆■◆




 ────その頃、諜報組織の一室にて。



「もう一回、言ってくださるかしら? どうにも聴力が衰えたみたいで」

「頼むから話を最後まで聞いて下さい……」

「ざっけんじゃないわよ! 一人で廊下に突っ立ってなさい!」


 牙を剥き出しにした朱里……では無くローリエが獲物を捕らえていた。獲物こと瑠雨はどうしてこうなったのか分からないだけに、部屋の片隅で存在を消し始めた蒼に救いを求め始める。……が、蒼も蒼で激昴状態のローリエに関わりたくないとあって気が付かないふりをしている。


「ごめん、瑠雨。私体調悪いから休んでくる」


 ふらりふらりとしているその千鳥足はプロ級の演技。そんな蒼を瑠雨が逃がすはずも無い。


「一人逃げようとしてんじゃねーですよ。蒼、旅は道連れですよ」

「どう考えてもその旅の行先は地獄だよね。道連れにされたら堪らないよ」


 小柄ながらも迫力がありすぎるローリエの双眸から逃れる様に、蒼はそっと身を縮ませた。彼女と会うのはまだ片手で数えられる程度しかない。人の顔を覚えるのが苦手だと自負する蒼にとっては初対面も同じ。


「吉野蒼、そしてバカ兄様。どうぞお掛けになって? 特にお兄様」


 蒼は瑠雨が本気で怯えるのを始めて見た。状況が状況でなければ、今すぐにでもからかって弄り潰したいのに。


「白夜に怒っている場合じゃなくってよ? さあさ、お座りなさい。コーヒーを入れて差し上げるわ。それとも紅茶が良いのかしら?」

「カフェイン系を選ぶあたりさすがですね……」


 ギクシャクと変な動きをしながら、ソファへと向かう瑠雨の脇で蒼は"これから"をシミュレーションした。


 ──瑠雨がローリエに殺されるのは決定事項、なのかな?


 決定事項どころか、瑠雨は既に瀕死状態である。


 ──私も、殺されるのかな?


 ローリエは常識人なので、そんな事はしないだろう。きっと。

 ことりと愉快な音を立ててローリエがコーヒーをそれぞれの目の前に置く。とっぷりとした黒色が示すのは、


「ぶ、ブラックコーヒー…………」

「兄様は、ね。蒼には砂糖を入れて置いたわ。本当はミルクがあれば良かったのでしょうけど」

「ん、気にしなくて大丈夫だよ。むしろ押しかけたのは私達だし」


 スっと鼻を通る香りを楽しむ。既に並のコーヒーでは眠らなくなった蒼ですら、眠気が覚めそうなさっぱりした味。

 背筋が凍る様な沈黙が少し続いた後、ローリエはようやく口を開いた。


「さ、兄様。お話しましょ」


 コーヒーカップの表面をユラユラと揺らし始めながら、ローリエは話し始めた。少し暗めの照明は、ローリエの若竹色の双眸をゆらりゆらりと揺らしている。


「そうねぇ、まず私が聞いたお話を混じえて"今"、を整理しましょうか。状況が大分ややこしくなっているのよ。まず蒼とバカ兄が存在しているだけで鬱陶しい生意気暁家との接触。依頼内容は殺人。対価は情報の()き止め」


 何か暁家にかけられている修飾がめちゃくちゃ豪華だね! とか蒼は心中思えども、空気は読めたので言わないでおいた。コーヒーを大きく一口飲み、胃の中に言葉を流し込む。


 二つ目、とローリエは中指も立てた。その目が憂いを帯びていたのは気の際ではないだろう。


「千里アリスの事について。これは今、私も担当してる。……と言うよりも私が原因」


 三つ目、とローリエは薬指をたてた。その口角が楽しそうに上がる。


「これは兄様達も知らない情報だと思うわ。つい先程白樹から貰った面白いニュース」

「?」


 勿体ぶるように言われ瑠雨と蒼は好奇心を刺激された。おやつを目の前にし、必死におすわりをしている犬のような二人にローリエは心の中でため息をついた。目なの前にある宝箱はパンドラの箱なのかもしれないのに。中々に呑気なことだ。

 ポプラの清々しい香りが辺りに漂っている。

 ちらりと猫目の犬を横目で見やりながら、ローリエは口を開いた。ちなみに蒼は完全に碧い双眸の毛並みチョコレート色の犬と化していた。物真似選手権でもあったら優勝するのではないか。


「白樹が、春先にイタリア支部に言った時に何をしていたか知っているかしら? ──勿論私は白樹の中にいたけれど」

「んーー何か悪い奴らをナイフでギチョンギチョンにして高笑いしてたっては白夜から聞いたよ。リゼロゼに関するやつの主犯だろうっても」


 あぁ、そうか。見せられたあの光景。その中にいた"お義父さん"が彼だったんだ。

 何となく、ぼんやりと、脳味噌の片隅で蒼はそう理解した。

 その脇で瑠雨は至極真っ当な意見を言う。


「絶対白夜が誇張してると思うんですよね、それ」

「あの頃の白夜地味にグレてたわよね。まぁ、見物だったわぁ」


 二人の目の前でローリエが女王様風な笑みを浮かべている。いや、口に手を当てニヤニヤして高笑いを始めそうなところを見ると女帝(にょてい)か。


「じゃなくて、その性別は聞かされてる?」

「男って言ってたね」


 何が関係あるのだろう? と蒼は疑問顔でローリエを見た。


「白樹の影が当時とある手記を見つけたのよ。それでその内容は相も変わらずふた……リゼとロゼ達を始めとする子供達だったんだけど。千里アリスが()()()()のよ」



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