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誰が為の黄昏  作者: あめ
【2章】月灯に舞う・中編
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同胞

 

「……あの忌々しい子供共は一体何なのですか?」


 ことり、とコーヒーカップが置かれる音。視界を白く染めるその湯気は、宙を揺蕩い、漂う。香り高いその香りは鼻腔を刺激する。

 その男は形ばかりの白衣をはらりと羽織りながら、目の前で無造作に新聞を読む女性に声を掛けた。女性の表情は黒髪に隠されて見えない。


「子供たち? あぁ、私の子供のことね。極上の子供よ。姉は女の子の方、男の子は弟。苦労の末完成した大事な子」

「…………? 姉をつくっていた時の副産物が弟だと思っていたのですが。そうでは無いのですか?」


 何馬鹿なことを言っているのだろう、という表情で女性は男を見た。圧倒的なその美形は恐ろしいほど。何処か得体の知れぬ物も感じられる。


「あら? 何を仰っているのかしら? ()()()()()()()()()()()()間違っても性別違いは生まれないわ。他の誰がどう解釈しようとも、あの子達は私の子供。──もっとも、亡き夫は姉に弟を後から会わせて、双子に仕立てあげたようだけど」


 元娼婦(しょうふ)だと名乗った女は、男との共同生活を繰り返すうちに綺麗に被っていた仮面を脱いだ。最初のおどおどした雰囲気は何処に消えたのか。邪悪な本性が露わになり、と同時に仕草も媚びたものになった。故意にやっているのでは無く、自然体なのがこれまた恐ろしい。


 そして最高に狂っている。


 綺麗なものだけを見せられ、全てが整えられた箱庭で人生を過ごしていた男にとって、最高に魅力的であった。

 紅い唇をペロリと舐め、娼婦は続ける。うっとりと、何かに陶酔しているかのように。──いや、陶酔しているのか。


「あの双子は本当に極上よ。そこら辺のものなんかよりも。……今となっては施設も破壊されて、クローンのクの字もつくれやしない。しかも最後に残ったのがオリジナル……我が子達。まぁあなたの言いたいことは分からなくもないわ。オリジナルは一人だけだとでも言いたいのでしょう」

「あなたにも思うことはあるでしょうしそこはもう良いです。人間は不味いと聞いたことがあるのですが」


 妖艶な娼婦は男のその疑問を鼻で笑った。そして自らの腹をそっと撫でながら答える。別に二人は暗い地下室にいる訳では無い。それに今は夜でもない。それなのに何処か薄暗い紗が掛けられた二人の周り。


「私の子供達が不味い? そんな事は無いわ。不味いのは……不味かったのは他の子供達。品種改良はして、食べられる様にはなったけれど……無理に食べるもんじゃないわ。あんなもの。あれ等は愛玩用が精々よ」

「……では貴女は双子が手元に帰ってきたら食べるんです?」


 足を組み替えながら男は聞いた。男にとって、目の前の娼婦から聞く言葉は何もかもが物珍しい。とっても面白い。初めて知る事ばかり。男が家の為と思って行動していた事が全て、彼女の為にすり変わっているのは気のせいか。──気の所為、だろう。


「いつも思うけどあなた好奇心の塊ね。えぇ、でも幸いな事に二人いるのよ。片方は直ぐ食べるけど……もう片方はもう少し大人になってからでも良いかもしれないわね。外で色んなことも学んでいるだろうし。……脳みそが美味しいのは……何歳だったかしらね。まぁ、いいわ。大丈夫よ。その時には一緒に食べましょうね」


 うふふ、と嗤う唇から零れてくる言葉はどれもおぞましい。血の香りがする言葉。それでいて、甘美な音を響かせる。


「是が非にでも。それにしても、他の子供達は誰何ですか。話を聞いていると貴方の子供では無いみたいですし」


 あら? と娼婦は瞠目した。泥を纏っていない黒髪が、さらりさらりと肩から滑り落ちる。


「────今日は本当に質問が多いのね。まぁいいわ。あれは、何だったかしら? 覚えてないのよね。誰がオリジナル個体だったかも途中で分からなくなったくらいだし。オリジナル今でも残っているのかしら。多分、夫が拾ってきた個体だったと思うわ。ほんっと技術だけは天才的な男だったから。殺されたのが本当に、惜しい」


 愛情なんて無い。

 所詮そんなもんか、と男は思った。口を開かせれば血、血縁とほざいていたどこかの一族とは違う。自由がある。


 なんて、なんて素晴らしい。


 こっくりと黙り込んだ男。そんな男に娼婦は仕返しとばかりに口を開いた。


「貴方は? どうなの?」

「何がです」

「立場が逆転してることについてよ」


 何処かで烏が鳴く声がした。羽ばたく音がした。


「────特に何も。女は怖いって言うことを知っただけです」

「ふぅん。それで、そろそろ私も貴方の目的について聞いていいかしら? 考えてみたら私ばっかり答えて、貴方は何にも答えていないじゃないの」


 不満げな女の顔。これは、命令。いつの間にか、逆転していた、力関係。逆らったら、どうなるか。考えたくもない。

 渋々と男は頷いた。

 もとより、一族を捨てた身である。今更何をしようとも、何をしようとも────


 記憶の片隅で、誰かの泣き声がした。

 そんな事は露知らず。娼婦は何でもないように言った。


「まずはね〜千里アリスって子は誰かしら?」


 心臓が、止まった。ちろりと狡猾な蛇のようにまた唇を舐めながら、娼婦は男を見た。名前が無いという、男。

 そんな男から滲み出るのは"未練"。本人が否定しようが、他人から見ればありありと分かる。少しの間でも一緒に過ごしているのだから尚更。分からないはずがない。本人が否定しようが、関係ない。

 そっと優しく、有り得ない事柄で外堀から埋めていく。


「恋人? 愛している人なのかしら?」


 無言。

 

「それとも家族?」


 無言。


「じゃあ、大切な人?」


 幾らか問答とも言えないそれが続いた。

 娼婦は大きく欠伸をした。


 ──つまらない。それだったら子供達の方がまし。愛してあげていた私の元から逃げたあの子達の方がまだ、マシ。


 愛して愛して愛してアイシテアイシテアイシテイタノニ

 

 手元に置こうと思った瞬間に、双子は"知恵"を使い、逃げた。邪魔も入った。娼婦は真っ赤に塗り直した唇を開き、愛すべき生き物にトドメをさした。


「どうか教えてくれないかしら。暁家のお兄さん」


 貴方を慕っている部下達を犠牲にしてまで、洗脳した新しい駒を潰してまで、手に入れたい彼女はだぁれ?


 暇潰しにはもってこいだろう。


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