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誰が為の黄昏  作者: あめ
【1章】サラダボウル
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暁闇 1

閑話みたいなものです。時系列としては序章1の間に入ります。

 




 ■


 ◆■


 ◆■◆



 とあるオフィスビルの一室でのことだった。


「アリス嬢、おやすみなさい」「おやすみなさい、アリス嬢」


 寝間着にぽかぽかとした体を包ませ、大きな欠伸をしている双子がいた。お揃いの紫色はとろんとしていて、今にも閉じてしまいそうである。千里アリスは小さな足を懸命に動かし、わざわざ自分のところに『おやすみなさい』を言いに来た双子を愛しく思った。


「おやすみなさい、二人とも」


 千里が両手で頭をよしよしと撫でてやると、満足した双子は隣室に置かれているベッドへと消えていく。

 千里が椅子に座ったまま、大きく背伸びをすると背骨がぽきぽきと音を立てた。パソコンに向かって作業を始めてから時間は大分(だいぶ)経っていた。千里同様に働き続けていたノートパソコンの電源を落とす。

 無駄な物が殆ど無い殺風景な部屋を埋め尽くすように、唯一大量の本が置かれている。巨大な本棚に置かれているその中から無造作にそこから一冊を選んだ。うっすらと埃を被っているそれを羽箒で綺麗にする。舞った埃で咳き込みながら、スーツにシワが付くのも気にせずソファにごろりと寝転がる。

 しばしの休憩だ。本日分の仕事は全て終わっているため、今日は何もしなくていい。……のだが、何となく先回し先回しで仕事を終わらせた方が良い気がしていた。出来ることなら数ヶ月先の仕事まで終わらせてしまいたい。


「さすがに無理か」


 長い時間パソコンに向かうからと掛けられていたメガネは、作業机に向かって投げられた。




 〈黄昏〉という巨大機関はさらに小さな機関、組織に区分され、番号で呼ばれる。例えば001-01というと戦闘機関指示組織。001-03というと戦闘機関援護組織。001-07というと戦闘機関諜報組織…………と言ったように。黄昏に所属する人間は全てどこかに分類される。その分類によって仕事もがらりと変わるのだ。

 ちなみに001-01には雪斗が、001-03には時雨が、001-07には槻が所属している。吉野蒼は001-01()()の人間。そして千里アリスは003-01 情報機関指示組織。主に〈黄昏〉の情報関係を扱う責任者の一人。


 暫くすると千里は読んでいた本をソファに置いて立ち上がり、おもむろに鏡を見た。鏡の中から澄んだ緑色の瞳が見返してくる。生まれた時からこの瞳だったのかはしれない。幼い頃の写真は無いし、覚えている家族もいないからだ。


 ちりぃん ちりぃん


 静かな部屋に来客を知らせるベルの音が響き渡った。千里は慌てて双子が消えた扉を見る。もしかしたら今の音でおきてしまったかもしれない。


 ──この時間帯には誰も来るなと言っておいたはずなのだけれど。


 居留守を決め込もうとしたものの、扉の外から(かす)かに聞こえてきた声がそれを引き留めた。聞こえてきた声から察するに、来客は吉野蒼。ほぼ同時期に〈黄昏〉にやってきたやり手の同僚だ。飲み仲間でもある。

 千里は一つ大きなため息をつくと崩れたスーツを整え、少し重めの扉を開いた。その扉の隙間からひょっこり顔を出した彼女は相変わらずの綺麗な碧眼をしていた。千里同様、スーツ姿の彼女は珍しく酒瓶を持っていない。そもそも蒼がスーツを着ていること自体が珍しい。普段は制服だからと理由をつけ、白衣を着ているというのに。

 いったいどうしたのだろうか。


「──どうしたの蒼? この時間帯には訪れないようにと言ってあったはずなのだけれど。飲みに来たなら悪いけど、他を当たって頂戴な」


 飲みに来た訳では無いだろうな、とは感ずきながらも一応言っておく。


「いや、今日は違うよ。これから仕事だし。風の噂で千里がイタリア支部から帰った時、双子を連れ帰ったって聞いて。気になっただけ。今会える?」

「風の噂って……」


 ふと、部屋を覗き込んだ蒼は視線を感じた。目線を千里に向けたまま、感覚でどこから視線を感じているのか探す。それに気がついていない千里は溜息まじりに言った。


「残念。あの子たちはもう寝たわよ」


 ニヤリ、と蒼は三日月に笑った。


「ふーん。じゃあ後ろの子供は?」

「へ?」


 千里は蒼の視線が示している先を見た。いくつかある扉のひとつが僅かに開いており、そこから何かがこちらを覗き込んでいる。千里が思わず苦笑いすると、扉は何事もなかったかのようにそそくさと閉まった。

 蒼は聞く。


「あの子たちが?」

「えぇ、双子よ。まだ幼いからこの時間帯には寝かせるようにしているのだけれど。どうやら起こしちゃったみたいね。……主にベルの音で」

「うっ、それは悪かった。出直した方がいいみたいね。ごめん。素直に仕事行くわ。瑠雨も車で無理やり待たせてるし」

「気にしないで。今度どこかで飲みましょ」


 千里は蒼の背中を少し見送ると静かに扉を閉めた。そして先程開いていた扉へと歩いた。扉に手をかけた時に反対側で何科が慌てている気配を確かに感じた。千里が苦笑しながら、扉を開けると案の定双子がそこにいた。なぜか正座している。


「お、怒らないでねアリス嬢」「寝てなくてごめんなさい──ちょっと気になっただけなの」

「びくびくしなくてもいいのよ。私達が起こしちゃったのが悪いんだし」


 そっくりの白髪をよしよしと再び撫でてやる。


「アリス嬢、まだ寝ないの?」「早く一緒に寝ようよ」

「うっ…………ごめんね。私はまだ寝れないのよ」


 残念そうに目を伏せる双子から逃げるように千里は机に向かい、またメガネをかけた。すると、とん、という軽い衝撃を体に感じる。節後に思って見ると双子の少女の方が見上げていた。スーツの端を小さな手で掴み、床を見ている。

 千里はその様子にどこか違和感を覚えながら、少女の名前を呼んだ。


「どうしたの? リゼ」

「その…………ね? アリス嬢」


 リゼと呼ばれた少女は千里の様子を確かめるように、一瞬瞳を上に向けた。千里は小さな頭に手を置きながら言葉を待つ。


「その、私と兄様はアリス嬢のいう事だけは、聞くわ。その、名付け親なわけだし。好きだし」


 千里はその告白に少し目を丸くした。この子たちは一言でいうなら凶暴。用事があり、イタリア支部を訪れていた時に(なか)ば押し付けられるようにして持って帰らされたのだ。衝撃的すぎたのか、その時の記憶は朧気でもある。

 だが、その時に聞いた双子の生まれは何となく覚えている。だが、千里は聞いた話だけがこの双子の全てではないと薄々気がついていた。003の権限を、千里自信に付与されている権限を駆使すれば真実を調べあげるのは簡単なのだが、それは違う。



 だから──とリゼは紫色の眼を持ち上げて言った。その目からは迷いは消えている。



「アリス嬢のためならなんだってするから──お願い。私達を捨てないで」


 千里はその言葉を最後まで聞く前に少女をぎゅっと無言で抱きしめた。彼女はどうやら思った以上に懐かれていたらしい。千里は嬉しさと同時にどうしようもない気持ちに襲われた。




「心配しないで、ね。おやすみ。いい子だから」



 いったい、この子達はどんな記憶を処理されたのだろう。そんなことを考えながら千里はそっと目を伏せた。




 ◆◆■


 ◆■


 ◆


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