血 1
※タイトルは変わりましたが、前話の続きです。暫く蒼パート続きます。
「そもそも暁闇、とは〈黄昏〉の様な組織では無いのですよ。とある血筋を持った、その一族。そしてその配下……または下僕全体を指します」
優雅にお茶を飲みながら、彼は何事も無かったかのように言い始めた。とろりとした血が彼の体を這い伝い、染み込んでゆく。絶えず止まることなく。
「通称──暁家」
その単語を聞いた瑠雨は、一瞬蒼白になる。本当に一瞬。そして何事もなかったかのように瑠雨は目の前に置かれていた真朱色を一粒、口に運んだ。流れるような動作の中に隠された瑠雨の動揺に気が付いたのは、翁のみ。翁の鋭い視線から逃げようと瑠雨は席を立つ。
そんな瑠雨の目の前では蒼が疑問符を大量に浮かべていた。それも仕方がないだろう。さっきから良く分からないことが立て続けに起こっている上に、謎の一族が出てきたから。混乱を極めているのはある種正しい反応。
「暁家?」
「御伽、あるじゃないですか」
「うん? 御伽ってあれでしょ。あれ」
「それです。それ」
薬草が沢山並んでいる洒落た棚に寄りかかりながら、瑠雨は説明を始めた。
蒼がその一族を知らないのも無理はないだろう。今まで関わりが全くなかったのだから。寧ろ知っていたら尊敬に値する。
──日本に住んでいながら、日本で生きていない。俗世を離れた一族、とでも言ってやればいいのだろうか。馬鹿みたいに血を大事にする。外部との関わりを一切に絶ち、その内部は謎。
瑠雨は知りうる限りの暁家の情報を反芻してみる。そして暁闇と照らし合わせる。
──何で今まで気が付かなかったんですかねぇ。
その疑問に関する答えは簡単にでた。"関わりたくなかったから"。瑠雨の中に潜む本能が働いていたらしい。瑠雨は心のなかで仕打ちをする。
これだから、蒼を傷つけてばかりなんだ。
「〈黄昏〉の一族バージョンってことね」
瑠雨の簡単な、穴が掘られまくっている説明で蒼は理解した。蒼はやはり普段があれでも自頭は良かった。これでも戦闘機関の中心的組織に身を置いているのである。
瑠雨は遠くの記憶を引きずり出しながら、自分にも言い聞かせるようにまた説明し始めた。亜麻色を一粒、口に放り投げて。
「それで、彼らは御伽擬きを使うんですよ。結界擬きもその一つ、です。あくまで擬き、ですが。蒼達が〈蝶〉使いなら彼らは……異能使い、というのがしっくりきますかね。暁家が血筋を大事に守っているのも、異能を外に排出させない為です。まぁ、一種の呪いですかね」
「御伽とは別物なの?」
「別物です。見た目だけは無駄に似てますし起源を辿れば、御伽の子供みたいなものですけど」
御伽の子供……御伽から派生したものと言う認識で間違ってはいないだろう。
『──御伽の影響による異能とかだったら面白いなぁって思っただけよ?』
突如、記憶の欠片が蒼の思考をノックした。
──気が付いて、気が付いて、と。
──ん? 確かあの時、千里の記憶処理について話していて……。
蒼が違和感を探ろうと目を閉じた時、頭を思いっきり何かで叩かれた。瑠雨だ。涼しい顔で蒼の事を叩いた手をさすっている。
「後で本人に問い詰めればいいですよ、蒼。今ここで考え始めたらまたぶっ倒れます」
「う、ん。あ~今あと少しで尻尾が掴めそうだったのに。すんでの所で逃がしちゃったよ。瑠雨が悪いんだからね」
「逃がした魚は大きいとは言いますが、美味しいとは限りませんよ」
「ごめんなさい」
ご最も。
ピシャリと叱られ、蒼は素直に謝った。
「んでもって、暁家の最大の特徴が……寿命が来るまで死ねない事なんですよ」
瑠雨は永遠と流れ続ける彼の血を見ながら言った。細く、長く流れ続ける血。普通の人ならそろそろお陀仏しても良い頃合いなのだが。そんな気配はさらさ無い。
「しかも無駄に寿命が長い」
「瑠雨、さっきから声に棘があるよ。何かそれとあったわけ?」
「変に長生きで、死ねなくて、オマケに御伽擬きを使う異能集団は迷惑極まりないんですよ」
滅びちゃえば良いんですよ、という本音は心の中にしまう。
「えっと暁家は、〈黄昏〉の一族バージョンで、異能使いがいて、不老長寿で、瑠雨にとって迷惑極まりない人達ってことね」
「…………まぁ、そんな感じです。詳しくは、いや、なんでもないです」
詳しくは翡翠に聞けばいい。そう言おうとした瑠雨は本能的に言葉を濁した。ここで翡翠の名前を出すのは愚策。そんな気がした。
そして瑠雨の判断は後に役立つこととなる。
「まぁ、そこの彼が話した通りですよ。……大体は。申し遅れました。姫様、私は暁家の壱と申します。以後、お見知り置きを」
「そりゃどうも」
お見知り置きも何も知ったこっちゃねぇ! と言う感じの本音を蒼は飲み込んだ。声となって出てこない様に大きくコーヒーを飲む。
「で、それがどんな感じでふた……リゼとロゼに絡んでくるんです?」
リゼとロゼの経緯に遠回りながら気がつき始めてしまった蒼は、もう二人を双子なんて言う資格は無かった。
この双子がその一家にどう絡んでくるというのだろうか。
純粋な、疑問。
「兄弟ってさっき言ったの覚えてるよね、姫様? 無駄に長生きで平凡ほのぼの暁家に守られた生活をしてるとね、刺激がど〜しても足りないんだ。その兄弟──私のお兄さんなんだけど刺激を求めて初めて外に出た時、どうやってか裏世界の見世物を見て来たみたいでね。エッグい単語を出すと、解体ショーとか、カニバリズム、かな?」
「えぇっと待ってください」
「うん? 何でもどうぞ、姫様」
「あなた達は日本のどこ住んでいるんです?」
心の中の蟠りをどうやって言葉にし、質問するか悩んだ挙句に蒼はそう質問した。少々ざっくりし過ぎているが、まぁ問題ないだろう。
壱と名乗った人物は蒼がもうチラとも動揺しない事につまらないと思いながら、質問にどう答えようかと逡巡する。
どう答えようか……どう誤魔化そうか。
「ある神聖な山の中。結界で守られているから一般人に知られることは無い、ですが」
──結界に特化している感じですね。この一族は。
瑠雨は一人静かに納得した。
御伽を使う手段として〈蝶使い〉達が使っている結界は、彼等にとってはどうやら生きる術らしい。考えてみれば彼らの御伽擬きは全て根本に結界があった。
それを聞くと蒼も納得した。あぁ、そういう事か、と。きっと彼等には"外"がどこだか関係ないのだ、と。街中であろうとも、外国であろうとも。結界から一歩踏み出せは外。
他にも色々肌で気が付きながら、蒼はもう一つ気になっていた質問を無邪気にした。その無邪気な表情に瑠雨はゾッとする。
「不老長命なんですよ、ね」
「えぇ」
壱は雰囲気がガラリと変わった蒼に少し警戒しながら、肯定した。にやり、と蒼の唇が三日月に歪む。
────どんな毒を盛っても死なないんですよね。その状態のまま、長生きするんですよね。きっと素晴らしい被検体になれますよね。
蒼がそう欲望のままに言い終えた時、空気がピシリと凍った。ニコニコと無邪気に笑う蒼。その表情の深くに隠されている意味を知ることは出来ない。壱は思わず身構えた。
「ま、冗談ですけど」
少し悪戯に間を置いて蒼が言った時、場の緊張がちょっぴり解けた。ちょびっとだけ。蒼のことだ。恐らく本音がポロリと漏れて、冗談と言って誤魔化そうとしているのだろう。
そして場を誤魔化しきれないと悟った、気が付いた蒼は、
「ま、私達に関わるということはそのくらいの覚悟を持ってくださいという事で。で、話をぶった切ってごめんなさい。先をどうぞ」
話を元の路線に戻し、逃げをとった。
壱は本能的な恐怖を感じたことを気取られないように、一口コーヒーを飲んだ。喉を上品な香りが滑り落ちていくのを感じ取る。暁家でなかなか飲むことが出来ない代物だ。とっぷりとした茶色の液体は壱の思考を冴えさせる。
──別に今、敵対しようとしてここに来た訳では無い。だから動揺することは無い。そう、冗談なのだから。
そう、己を洗脳する。動揺は言葉に律儀に現れる。
「……それからお兄さんは外の世界で、そういう事をするようになった。見世物にされていた子供を一人、買い取って……。あぁ、紫色の目の少年少女が特に気に入っていたみたいでね、暫く飾っていたよ。大丈夫、ちゃんとお墓に埋めていたみたいですから」
「悪趣味……」
吐くように瑠雨が言った。心なしか顔色が真っ青である。そして壱の言葉でようやく確信した。
双子の出自につきて。
一本のソメイヨシノ。それがリゼ。
それの差し木共。それがロゼ。
似たような姿形はしているし、遺伝子も同じだけど根本から違う。それがリゼとロゼ達。
そんな瑠雨を心配そうに蒼は見た。だがしかし、蒼は瑠雨に対する心配が、大抵杞憂に終わることを学んでいた。何せ二人は、蒼が幼少期にうっかり虫取り網で捕まえてからの付き合いである。知らない事は大体無いし、ある程度の思考回路も知っている。
蒼は躊躇い無く"心配"という二文字を捨てた。
「で、そこまでは別にいいんだよ。お兄さんが外の世界で好き勝手やっているだけだし、ね」
「さすが他人のことには干渉しない、自分の血縁だけが大事な自己中一家ですね」
瑠雨は猫目をどこか黄金に尖らせながら、蒼に教える。
「蒼、双子の正体……生まれた所以には気がついていますよね。リゼという材料を元に作られたのが、ロゼ。さっきのこの男の話からすると少女少年どちらの個体も居るようですね。まぁ、混乱するといけないと思うので、リゼのクローン達は纏めてロゼと呼びますが。好きなだけ衝撃の事実にぶっ倒れて下さい、蒼。ここはうさぎ穴です」
「しっつれいだね、瑠雨。その程度の話じゃ私はぶっ倒れないよ」
どこからでもかかってこいと言わんばかりに胸を張る蒼。その手が震えているのに瑠雨が気付かない筈無かった。
無言を徹している翁は静かにコーヒーのお代わりを注ぎたす。
壱の掌からずっと滴り落ちていた血は、どこかに消え去っていた。
「まぁ、散々蒼を脅しておいて言えることは全て推測の域を出ないんですけれどね。大きく外れていることは無いでしょう」