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誰が為の黄昏  作者: あめ
【2章】月灯に舞う・中編
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意を決して 1

白樹は一人、千里アリスという人物の部屋の前に来た。

 

 ちりぃんと鳴ったベルの余韻。

 ローリエ譲りの双眸、黒髪。

 長い銀髪を後ろで一つにくくった白樹は、一人でそこにいた。


()()()()()()、戦闘機関諜報の白樹(はくじゅ)と申します」

「千里アリスです。はじめまして。どうぞ中へお入りください」


 丁度外へ迎えに行こうと準備をしていた千里は、少しだけ驚いた。諜報組織の白樹から連絡を受けたのが一週間前。体にじんわりと広がる不思議な懐かしさを感じながら、千里(ちさと)アリスは早速違和感を覚えていた。


 ──白夜という方が隣にいない……?


 千里は情報機関に所属している身だ。会う相手のことくらいは調べている。千里の今ある権限を利用して、情報機関のとあるデータベースに名前とかなんやらを打ち込めば、その位安易に調べられる。柑橘の香りを漂わせる紅茶を白樹の目の前に出した千里は、向かい合うようにソファに座った。途中、千里は仕事用の黒縁メガネをかけるのを忘れない。仕事モードだ。


「白夜は今別な用事があるので後から合流します。連絡が遅れてごめんなさい」


 千里の思考をそのまま読み取った様に白樹は言う。コクリと頷き、分かった旨を表すと千里は直入に聞く。最初に乗ろうと思っていた飛行機は今、逃した。となると次まで時間がある。

 計算高い。そう言う相手には回りくどい事をしないのが普通。


「双子についてですね」

「えぇ、ちょっと私の方でも調べることがありまして」

「でも双子の情報は何も得られなかった」


 ボソリと千里は白樹の言おうとしていたことを継いだ。そして最後に、


「強いて言うなら双子の片割れ……ロゼの方」


 と呟いた。白樹はそれに双眸を丸くする。今の白樹の普通の権限では、そこまでのアクセスは出来なかった。情報機関のTOPしか閲覧出来ないように設定されているところ。いや、情報機関の千里の様な人間でも組織の建物に行かないと見れない場所。


「暗号化、されてたから私はそこまでの情報は得られませんでした」

「それもそうでしょう。そして恐らく貴方が見たあの子達(ふたご)の情報にはいくつかのダミーが仕込まれていたはずだわ。何を隠そう私もその工程に携わっていたのだから」


 白樹は無言で頷く。明らか怪しいヤツは最初から除外してはいた、がやっぱりここに来てよかった。千里はこくりと大きく紅茶を飲むと時計を見た。カチカチと一定のリズムで常に進む秒針は、心なしか急いている。


「行きましょう、白樹さん。そろそろ時間です」

「組織に寄らなくて大丈夫なのかしら?」

「情報機関も今、あの子達については調べているところなんです。そして、気づいてしまった人達もいる」


 千里はそっと目を伏せた。


「組織にいる私の知り合いから、必要なデータは先程受け取りました。後は現地で直接確かめるのみです」

「恐らく、暁闇とか名乗る奴らが邪魔しにくるでしょう」


 白樹は遮るように言った。目的は双子と、〈譲葉〉。

 千里は立ち上がりながら、知っているよとでも言うかのように微笑んだ。


「大丈夫です。あなた達が守ってくださるそうなので」

「何で知って……」


 白樹は少し虚ろな目になる。白樹が()()ナイフを装備したのはいつ以来か。念の為に持っただけで、多分使わないだろうが。恐らくと言わずもがな、白夜が喜んで向かってくる敵は処分してくれるだろう。

 そんな白樹の心境を知ってか知らずか、千里は言い訳するように言った。また紅茶を一口含みながら。そっと。


「夢の中で女の子が教えてくれました。翡翠色の眼の子が」


 ポクポクポク と少し間を置いてから白樹は気がつく。ローリエだ。ローリエしかいない。彼女じゃなきゃ誰だと言うのだろうか。


 ──いや待って。〈蝶〉って夢の中に出入りできるものなのかしら


 白樹の頭の中で夢という単語がグルグルグルグル螺旋を描く今はそんな事を考えている時間では無い、と頭の片隅で警戒音が鳴り響くが、止められない。近くに白夜が久しぶりに居ないから〈蝶使い〉として精神的に不安定なのだろうか。


「それに、」


 そんな白樹を露知らず、千里はそっと言葉を置いた。


「ここに私がやるべき仕事はもう、ありません。……大丈夫ですか?」

「ごめんなさい、ちょっと考えることがありまして」


 今日何度目かの言い訳を白樹は言う。

 目の前の彼女はいったいどこまで気づいて、知って、悟っているのだろう。夢の中でローリエが教えてしまったのか。──否。ローリエはそんな事をしない。

 白樹には目の前の"千里アリス"と言う〈譲葉〉が()()に見えた。まぁ実際それも嘘では無いのだが。


 ──蒼、だったらもっと上手くやれるのかな。


 千里アリスと言う、仮の名を持たされた〈譲葉〉をもっと違う運命にあの子なら、きっと。

 無理だ。

 白樹は逃避めいた己の思考を両断した。甘えてはられない。


「行きましょう」




 ■◆■




「あーあーあーー!」


 白樹が覚悟を決め、千里とイタリア支部へ向かっていた頃。更に言えば、槻や氷達が何やかんややって頃。蒼は幻覚に悩まされていた。翁のいるうさぎ穴へ行く道中は、どうやら何かイベントをこなさないと辿り着けないらしい。

 蒼は精神的に参っていた。


「瑠雨、戻ろう。私もう限界なんだよ……ただでさえ疲労困憊キャパオーバー双子は双子じゃない説が浮上してるし博士はニコニコと愛しい弟を拉致ってるし……各方面で勝手に動いてると思ったら今度は白樹が千里を拉致って守って双子の過去を暴きに行くし……もうっ!」

「蒼、落ち着いて下さい」


 くるりくるくるりとパーカーの紐を指で弄びながら瑠雨が言った。疲れて淀んだ眼をして、更に言えば自暴自棄になっている蒼とは対照的に、その黄色の猫目は爛々と目の前にゆるりといる"彼"を見据えている。


「落ち着くも何もある? ふざけんじゃねぇってのよ! 暇人じゃないの私は!」


 分かりたくないけど何だか分かりすぎて……瑠雨は黙った。ひとまず瑠雨は蒼が元気いっぱいという事実が分かったのでもう何でも良かった。口が通常の1.5倍程悪くなっているとかそんな些細なことは突っ込まないでやる。エネルギーが無くなるまで爆発させてやった方が良いと言う瑠雨の思考は、蒼に対する純粋な思いやりからなる。面倒なので放置したい訳では無い。決して。

 止められない蒼は暴走する。


「あ、何? もしかしていつかの内蔵売買野郎から回収したダチュラの呪い? 願ったり叶ったりよ!」

「蒼、内蔵売買じゃなくて臓器売買です」


 耐えきれず、静かに瑠雨は訂正した。冷静な瑠雨の声を聞いた蒼はハッと我に返る。頬に冷や汗垂らしてちらりと瑠雨を見やり、大きく深呼吸する。

 深呼吸した後のその顔は、さっきまで勢いに任せて叫んでいたとは思えない、落ち着いた表情であった。悟りを開いた……とまではいかないだろうがそんな顔。具体的にはこれ以上騒いだら瑠雨のお叱りを受けるから黙っておこうという顔。


千草(ちぐさ)


 蒼は無表情、そして別人の様な威厳を醸し出しながら彼女を呼んだ。唯一、蒼に直接接触してくれる影。矜恃高い蒼の影。


「気づいておられましたか、姫」

「いつもと違う香りがしたからね。千草、本部に連絡。暁闇のお偉いさん一人と〈黄昏〉の一姫が接触。これから話し合いに入る」


 煌々と碧眼を揺らしながら、確かに、紡ぐ。千草と呼ばれた一人の影は御意、と呟くと暗闇に溶けた。蒼はそれを肌で感じとると、碧眼を燃やしたまま"彼"を見た。前回みたいに術に負け、倒れたりはするものか、と。


「お久しぶりですお姫様。お話出来る機会を頂け、光栄です。どうぞ、こちらへ」


 彼はずれ落ちた眼鏡をかけ直すと、ひらりと背を向けた。瑠雨は珍しく逡巡した様子を見せたが、蒼のそのままでいいという一言にコクリと頷いた。

 蒼はそのまま、彼が消えた結界の中へ迷うこと無く足を踏み入れた。



 とぷり、と空気が揺れた。




 足を踏み入れた先の空間は真っ黒な、混沌とした、闇。キラキラと宝石の様に、咲いている、赤い彼岸花。転生、悲しい思い出という負の意味を持つその毒草は、蒼を歓迎するかのように咲いていた。キラキラと赤い飛沫を小さく、細かく降らしながら。そんな花に隠れながら、ひっそりと、悲しそうに生まれる花。その色は恐ろしい程に(すい)な紫。その花弁は直ぐに赤に染められ、日も知らずに枯れる。その脇で運良く育つ名も無き花は、彼岸花に(たか)られて、死んだ。

 蒼はちらりとそれに目を向けた後、興味など無いとでも言うかのように顔を背けた。

 暗い冥道を静かに、迷わずに蒼は進んだ。


「────!?」


 ふと、光が刺した。


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