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誰が為の黄昏  作者: あめ
【2章】月灯に舞う・中編
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〈魂食らい〉1


大きな雨粒が空から振る中、彼は一人で宙にいた。

 


 雨が降る中、ぞくりと鳥肌を立たせる血の香りに乗って一羽の蝶が飛んでいた。銀色に発光しているかの様な羽は雨粒を弾き、雫をぽたぽた地に落としている。その蝶は、時折吹く強い風に体を持っていかれることなく飛んでいた。風なんかに拐われないぞ、と。蝶は、あちらこちらから届く新鮮な血の香りに潜む()()の気配を探していた。

 辺りが暗くなり、人気がぽつりぽつりと消えていくのに比例して、気配は確かに濃くなっている。しかし霧の様な気配は尻尾を掴ませてくれない。吐けないため息を吐きながら蝶は一本の杉の木に止まった。囮二人──槻と氷にばれずにいられる位置である。

 ぴゅうっと一陣の風が吹いた。蝶が止まっていた場所には、名を白夜と言う人の形をとったものが代わりにいた。紺色のパーカーは上手い事闇に溶け、雨だというのにふわふわしている白髪を隠している。樹の幹に寄りかかる様にして、白夜は大きな欠伸をした。かれこれそれを探して数時間。さすがに疲れたと弱音を吐いても許されるだろう。いつも一緒にいる白樹は借りを返しに行く、とローリエ──翡翠の〈譲葉〉の元へ向かった。


 ポケットから緋色の鉱物(おやつ)をとり、口の中に放り込む。束の間の休息だ。久しぶりにずっと蝶の姿で雨の中飛んでいたのだから、これくらい許される。

 数十メートル下に視線を落とすと、物凄く嫌そうな顔をしながら、受け取ったパーカーを見つめる槻がいる。そしてその相方である氷も隣に居る。本人達は知らないが、彼等は今回の囮だった。ローリエの匂いがついた彼等が。

 シャリシャリした鉱物を味わいながら、白夜は先程見た槻の仕事っぷりを反芻(はんすう)した。


 ──槻もなかなかに上手くなったなぁ


 強いて言うなら殺す前に遊びすぎている。槻を始めとする仮面タイプの殺し屋達は、精神的な負担を(もろ)に身に受けない。その為、他と比べて圧倒的な戦闘力を誇る事が特徴。時折こいつ頭大丈夫かな? な戦闘狂も他と比べて出てくる。いわゆる二重人格とかいう奴だろうか。

 槻は戦闘に関する持久力こそ無いものの、やる気を出せば殺人能力はトップに躍り出る実力だ。でも槻は持久力こそ無いくせにすぐに決着、つまり勝負をつけようとしない。猫が鼠をいたぶる様に獲物の命を掌握し、弄ぶ傾向が強い。好む。異常性癖、とでもいうのだろうか。本人は無自覚ながら、()()()()()狂っている方に入る。これは仮面付きの性だ。仕方がない。

 しかし()()()()()狂っているというのはやっぱり可愛い部類で、上には上がいる。

 その一人が暗殺組織(07)(かなえ)。彼はともかくタチが悪い。一人で行動させたらどんな()()をつくるか分からない為、ストッパーとしていつも(可哀想なことに)氷がつけられている。……自作の死体を弄ぶなんて、〈黄昏〉の過去未来を考えてもなかなかいないだろう。多分。


 雨が強くなり、鉄線と雫が奏でる音が激しく鼓膜をノックする。白夜はいつ落ちるか分からない体勢を枝上でキープしながら、槻に焦点を合わせた。どうやら今は氷と軽口を叩いているらしく、楽しそうに笑っている。槻の足元には透明な雫に溶かされた赤が滲んでいた。じんわりとコンクリートをそれは侵食する。

 白夜は無言で月光色を噛み砕いた。紫陽花の花は暗闇でも青く輝き、その葉の上でカタツムリがのんびりと散歩していた。ふと、ぬるりとした風が少しだけ白夜の脇を通り過ぎた。それがノコノコと囮に誘われてやって来たのである。

 白夜は蝶となると急降下する感じで樹から離れ、二人の頭上を過ぎた。その時ちらりと何やら興味深い単語が槻の口から発せられたのを、白夜はしっかり聞いていた。


 ──『食堂に殺人鬼乱入事件~なぜあの様な悲劇が起こったのか。被害者が語る~』って何だろう。本かな?


 白夜は無駄に記憶力が高かった。無駄に。次いで言うなら聴力も良い方だった。好奇心も。


「……あれ?」


 臨戦態勢をとろうと廃棄工場の裏側で再び人の姿となった時、ふっと二人の気配が消えた。理由は直ぐに分かった。結界擬きの物が工場の一部に張られていて、白夜はその外に出たからである。


「翡翠は蹴り飛ばしたら割れたって言ってたけど……」


 半信半疑で結界の始まりと思われる所を手でまさぐってみる。確かに弱々しい感じの結界だが、白夜の非力な力で割れるかどうか。何かグニョグニョしている気もする。感覚論。


「えいっ」


 考えている時間がもったいないと、白夜はひとまず、つついてみた。割れた。シャボン玉がパチリと弾け飛ぶ様に。


「えぇ……」


 困惑するくらいあっさりと。

 耳を澄まして二人がいる場所を探る。そして〈()()()()〉の気配を探った。

 ──いた。

 濡れているコンクリートを蹴りあげ、勢いのまま走って飛ぶ。硬直した氷と槻の上を人間離れした跳力で飛び越えた。もう少しでやばかった。


「ごめんね、遅れた」


 そっと言葉を宙に置いておくと、それを待っていたのか二人はどさりと崩れ落ちた。


 スラリとした黒い長身。顔のあたりにつけられている白布は何とも言えない雰囲気を醸し出している。

 〈魂喰(たまぐ)らい〉。昔から〈蝶〉や〈蝶使い〉の間で、存在が知られている化物。それに関する御伽話(ものがたり)は一部欠けた状態で〈黄昏〉本部に保存されている。原稿用紙数枚程度の物語。しかしそれに含まれている情報量は、そこら辺の専門学書と比では無い。〈黄昏〉本部で管理されるくらいには重要な御伽話だ。

 欠けている箇所は〈魂喰らい〉を貶めた祭服姿の少年についての記述だと予測されているが、詳しくは不明。また、現在確認されている御伽話の中身に〈魂喰らい〉が付けている白布について何も書かれていない為、それに関する記述もされていると予想されている。

 魂を喰らい、生きる屍と化させる。それが歩いた所は草木が()()()に枯れ果てる。なぜか昔から〈蝶〉と〈蝶使い〉達の天敵であると認知されるそれは撃退対象。抹殺出来るなら抹殺したい代物だが、それは殺す事の出来ない化物。いや、決して死ねない化物。唯一手立てがあるとすれば遠い昔、少しだけ成功したという"封印"。だが残念だが、資料が無い為にやりようがない。

 しかし〈蝶〉、またはその主がそいつを()()()()()()長時間大人しくなることが分かった。恐らくは睡眠と同義の事を行い、身を休ませているのだろう。その間、姿は現さないが至って無害。人の魂を喰らう事もしない──。

 大人しくさせれば。

 白夜はストッと軽い音を立てて、〈魂喰らい〉の前に着地した。白夜が足を蹴りあげると、水飛沫がパシャリと上がった。

 おいで おいで と手招きするそれは、どうやら白夜が一番嫌う物を知っていたらしい。覚えていたらしい。ただ無言で挑発してくる。もうすぐで()()()なだけあって、ムカッとする気持ちは倍増キャンペーン実施中だ。



 僕は絶対そちら側には向かわない。唯一生き延びた命は渡さない。



「久しぶりだね、〈魂喰らい〉さん」


 白夜はパンっと掌を合わせ、開いた。パチッ パチッ と音を立て、氷がその間に現れる。擬きと言えど、仮にもここは結界の中。つい今、白夜が壊した結界は修復されたらしい。さすがにつついただけでは駄目だったか。でもその結界擬きのお陰で、何の代償もなく御伽を扱える。


 そのまま白夜(びゃくや)は楽器を奏でる様に腕を動かした。釣られて氷は飴細工の様に細く、長く、透明に伸びた。──氷は鋭利な矢と化す。針と化す。無邪気に笑いながら、白夜が指で何か断ち切る動作をすると、矢は白夜の脇に浮遊するのみとなった。

 一本 二本 三本。見るからにそれは殺傷能力が高そうで。白夜の元へ少しずつ近づこうとしていた〈魂喰らい〉は、それを見たのか動きを止めた。

 雨は降り続いている。でも時間が止まった様にゆっくりと落ちてくる。堕ちて来る。

 楽しそうにまた、白夜がわらった。いつも薄赤い瞳は、紅く光を放っているかの様に爛々としていた。


朱里(あかり)を虐めたんだって? ダメだよ、そういう事しちゃ」


 白夜は半円を描く様に右手を横に動かした。〈蝶〉達は詠唱を必要としない。


 ピキリ


 音を立てて、白夜の周りの雨粒(しずく)は微細な氷粒へと変化した。小さな氷の弾丸達。冷たい目で〈魂喰らい〉を見て、えいっと白夜は腕をふる。

 容赦無い氷達は〈魂喰らい〉に穴を開けんばかりの勢いでぶつかった。と、同時にほわほわとした淡い光が〈魂喰らい〉から躍り出る。白夜は糸を引く様にそれを手元へ寄せ、食べた。


「ばいばい」


 白夜がそう呟いた頃には〈魂喰らい〉は逃げ去っていた。次に姿を現すのは何年後か。暫く出てこないといいのだが。


「翡翠に後で頼まないと……」


 魂の処理を。

 しとしとと降る雨の中、傷ついた右腕を庇うように左手を置いた。暗い色のパーカーだから分かりにくいが、きっとそれは赤黒く染まっているだろう。傷が水を含み生々しさ、痛み、不愉快さを増す。

 〈魂喰らい〉を撃退するのには御伽を使う。〈蝶〉達は結界内で詠唱を必要としない代わりに、代償を時たまに必要とする。その()()()()の中には、〈魂喰らい〉撃退も含まれており、今回の白夜は血をそれとした。

 別に死ねない身である白夜は失血死だとか気にする必要は無く、瑠雨を初めとした〈蝶〉達も血を代償とする事が多い。

 ──でも、痛みは感じる。とっても痛い。


「……ふざけすぎた……痛い……」

「ばっかじゃないの? 兄様。早く頂けるかしら?」

 

 鼓動に合わせて深まる痛みに目を瞑っていたら、白夜の上から声が降ってきた。誰もいないからとたかを括っていたのはダメだった。瞳をうっすらと開ければ、呆れを隠さない翡翠と目が合った。


 ──傘、さしてるし。


「……どこに行っていたの、翡翠。ほらこれ」

「朱里に返しとくわ。私も私でポンコツな兄様の代わりに白樹にパシられてるのよ。にしても、いったそうねぇ……」


 患部を見ながら少し引いた表情をする翡翠はこれでも少し心配していた。かと言ってどうとも出来る訳では無い。傷を一瞬で癒すなんてゲームじゃあるまいし。起こってはいけない。


「白樹に、パシられてる、って?」


 白夜が立ち上がるのを手伝うと、ローリエは言った。


「白樹が寂しがってるみたいよ。あの二人のことは私に任せたいって。だからとっとと戻ってきて〜って」



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