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誰が為の黄昏  作者: あめ
【2章】月灯に舞う・中編
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無垢 1

梅雨の時期のつかの間の晴れ。雪斗と時雨はリゼとロゼを連れ、病院に来ていた。

 

 梅雨という時期に雨が降り止むことはない。それでも時には晴れ間が差すもので、雪斗と時雨は面倒くさいが為に、行っていなかった双子の血液検査に来ていた。訪れようと思ってから、既に早一ヶ月半程が経っていた。

 ツーンとした独特の香りが漂うここは〈黄昏〉支部の病院の一箇所。意外と街中にあり、一般人の客もチラホラといる。今、二人は待合室にて双子を待っていた。説明によるとそんなに長い時間は掛からないという。

 この検査が終わり次第、買い物に連れていく予定だ。本人たちの意思に関係なく、〈黄昏〉の一員とされた可哀想な双子。見張り役の元へと返されたら、街に出る機会を失ってしまうかもしれない。それなら今のうちに外と言うのを教えてあげようという時雨の算段である。幸い二人は今のところ暇だから、時間はある。


 だがその予定は崩れかけていた。


「ほのぼの〜」

「おーい戻ってこーい」

「超可愛い……」


 雪斗の隣に診察が必要そうな人がいるからである。雪斗から見た時雨は、今すぐに脳波を測ってもらった方が良さそうだ。涎をいつ垂らさんばかりの恍惚とした表情の時雨が見ているのは、〈黄昏〉のまだ幼い子供達。世間的に言うと幼稚園児、と呼ばれる年齢だろうか。みんなおそろいの格好をして見る限り大人しく椅子に座っている。


「可愛いぃ……今すぐ食べたい……」


 どこの組織に入るか分からないが、雰囲気的に戦闘機関系列だろう。

 呆れきった雪斗が時雨を現実世界に戻そうとした時、惚けた顔をしている時雨の脇に子供が何人かやって来た。この生き物は何だろう? という子供の表情から察するに、少なくとも時雨は人間だと思われていないのだろう。

 子供達は時雨を時折つんつんとつついたり、ゴム製の柔らかいナイフでグサグサ刺したりしている。何をしても反応を示さない時雨に何かを感じたのか、


「お姉ちゃん生きてる?」

「しんでるんだったら先生があそんじゃうよ?」

「だめだよ。そんなこと言っちゃ。にげられちゃうよ」


 声をかけ始めた。唐突に時雨は近くにいた子供達の手を掴み、


「ふにふにふにふにふにふに……」


 弄り始めた。眉を八の字にしながら、捕まってない子供たちは雪斗の影に避難する。逃げない所を見ると気にはなるらしい。子供達が雪斗の袖をむぎゅーっと掴んで、その影からそろりと首を伸ばす。いつの間にかに捕まった子供は時雨の膝に移動させられ、抱き締められていた。

 雪斗は()()と知り合いだと思われたくないので、じりじりと移動し始めた。ばれないようにこっそりと。そんな雪斗に袖を掴んでいた子供がそっと耳元で言った。


「……お、お兄ちゃん、このお姉ちゃん変だよ」

「知ってる。こういう人とは関わっちゃダメだ」


 この光景を前にして、どう否定出来るというのだろう? ついでに生き延びるうえでのアドバイスをし、雪斗は少しずつまた移動し始める。時雨がそれに気が付かないはずなく、


「じーっ」


 視線をぐさぐさと雪斗に突き刺す。


「何だよ時雨」

「それ……」


 どうも時雨は子供達が雪斗の方に移動して、袖を掴んでいるのが気に食わな……羨ましいらしい。視線が痛い。


「お兄ちゃんはどこの"組織"なの?」


 髪が少し長めの子供が"雪斗に"言う。時雨ではない、雪斗に。うぐはっ、と言う謎の声を発し時雨は倒れた(勿論子供はそのすきに逃げた)。それを無視して雪斗は言う。


「指示組織……って言って分かるか?」

「知ってるよー! いつも先生とおいかけっこしている人がリーダーのところ」

「また逃げてんのかあの人……」


 雪斗は遠い目をした。一年ほど組織の建物を訪れていないが、相変わらずらしい。何だか感慨深い。


「うん。いつもつかまってるけど。この間なんかわたしたちのおやつつまみ食いして、物凄〜くしかられてた」

「…………何やってんだあの人」

「あの人前にうちに逃げてきた事あるわよ」


 ムクリと時雨は起き上がる。意外と早い蘇生だ。このまま起きなかったら双子を回収して、置いていこうと思っていたのに。ちっと舌打ちを雪斗はした。


「他組織にまで逃げてたのか」

「そうそう。直ぐに捕まってたけど。援護組織(うち)指示組織(そっち)に歯向かうのやだからね」


 時雨は苦々しい顔をする。機関内の優先順位。暗黙の了解というのがある。言うてあまり気にする人はいないが、時々物凄く邪魔になるときはある。子供が一人雪斗に寄りかかる。


「ちょっと雪斗。何まだ何も知らない純粋無垢な子供を誑かしてるのよ」

「……いいか、あれは何で私のところには誰も来てくれないのに、俺のところには集まってんだって言ってるんだ」

「あ、それしってるよ。"しっと"ってやつでしょ」

「賢いな」


 雪斗は思わず頬を緩ませながら、ぽんぽんと子供の頭を叩いた。時雨はというと……


「べっつに? そんな事思ってないし」


 分かりやすくいじけていた。そう言えば、と時雨の瞳を見た子供が呟く。黒目がちの目だ。


「お姉ちゃんの眼、青いね」


 凄く純粋な感想。眼を閉じてしまい、そのまま固まった時雨を見て雪斗はどうフォローすべきか考える。

 時雨の碧眼。別に気にする事も無いのに、本人は物凄いコンプレックスに思っている。──過去にきっと何かあったのだろう。いわゆる触れては行けないゾーンってことだ。

 あわあわとしたその子供の頭に手をぽんと雪斗は置いてやった。

 そんな時、周りの静かな空気を破って破天荒な双子が戻ってきた。ちなみにこの双子の最近やらかしたことの代表は、シャボン玉塗れのかたつむり制作(かたつむり迷惑)、蝙蝠(こうもり)を素手で捕まえてきた(時雨は気絶)、乾燥ワカメを全部水に戻した(雪斗が固まった)が挙げられる。

 リゼは時雨に近づくと手のひらでペちペち叩いた。ロゼは雪斗に近づくと人生経験七十年位の溜息を吐いた。最近、と言うより元々だが双子は妙に大人びている。

 特にリゼは槻の精神年齢を越している気がしなくもない。雪斗は心優しいので本人にそれを言うつもりは今のところ無いが。

 手を腰につけ、少し背伸びした格好をするとリゼは時雨を叩き起す。ロゼはもう一度雪斗に溜息を吐いた。


「で? 何で姉様はここで寝ているわけ?」

「何で兄様はジャングルジムにされてるの?」


 双子の顔にはありありと"知り合いだと思われたくない"、と書かれている。雪斗と時雨は心がボキッと折れる感覚を覚えた。


「いや、こんなことしてる場合じゃないよ」

「姉様起きて。先生が保護者連れてこいって言ってるのよ。……兄様は来なくていいわよ。そこで楽しんでれば?」


 ツンとしたリゼと困った様なロゼ。先生からの呼び出しだからか、はたまた雪斗に対するリゼの辛辣さに満足したのか、時雨はむくりと起き上がった。先程までの鬱憤は払拭されており、生き返ったかのように爽やかな表情だ。


「大丈夫よ。心配しないで。そうね、こいつ置いていきましょう」

「おい待てこら」




 ■◆■



「本当に双子なの?」

「……と言いますと?」


 思いっきり眉を寄せて、言われた言葉を反芻(はんすう)するのは時雨。時雨に場を任せて状況を即座に理解する雪斗。双子はいまこの場におらず、二人だけが別な部屋に通された。通された部屋はうっすらと涼しく、湿気が他の部屋に比べて明らかに少ない。コポコポと音を立ててるのは、金魚が一匹しか入れられていない小さな水槽。それには申し訳程度の水草が入っている。

 水色の髪の人の青年……と言うにはまだ幼い顔の白衣を着た人、そして真っ白な白衣の女医が椅子に座っていた。雪斗は青年を見た時に思いっきりずっこけかけそうになったが、隣に時雨がいるため、何事もなかったふりをした。彼も同じことを考えたのだろう。猫目の瞳をちらりとも向けずに持っている資料に視線を落とした。


「ん~双子、になってるのよね。二卵性双生児、のやつ」

「詳しくは情報機関に問い合わせないといけないんですが、そう登録されてはいますね」


 女医の質問に資料を持った青年が答えた。


「ふむぅ……じゃあ瑠雨さん、悪いけど研究所戻った時にでも調べてすぐにデータ送って貰えるかい? 貴方の主人に言えば一瞬だろう?」

「……なんですかその僕が暇だという前提の言葉は。まぁ、いいでしょう。今すぐ戻って問いただしてきますよ」

「話が早くて助かるよ」


 瑠雨と呼ばれた青年はそういうと、言葉通りに白衣のボタンを外しながら退出していった。ちなみにこの時瑠雨がさっさと退出したのは、この場から逃げる口実が出来たからである。それ以外の何でもない。


「さてさてさて。君達は千里アリス……じゃないよね。だって若いもの」


 こくりと二人は頷いた。指示された椅子に素直に座り、行儀が悪いとは分かっていても違和感を覚え、室内を見渡してしまう。──物が異常に少ない。


「違和感でも覚えたかい? 少年」

「……はい。違和感しか覚えないです」

「ふふっそういう部屋だからね。まぁ、察してくれよ」


 何を察しろというのだろうか。雪斗は思わず眉を(ひそ)める。


「まぁ、今日来た保護者が君たちで良かったよ。千里アリス(ほんにん)だったらまた彼が火消しに回らなくてはいけないからね」


 女医は楽しそうに笑う。


「あっちの部屋で子供達に会ったかい? っただろうね。可愛かっただろ。子供は皆あんな感じなんだ。母親の胎内で生まれ育って、地上に堕とされる」

「イマイチ何言われているか分からないんですけど──」


 白いマスクの下で女医はまた、ニヤリと笑った。そのまま立ち上がると、少年が出ていった扉とはまた違う扉を押す。


「さあ、こっちへ防音室だ」




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