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誰が為の黄昏  作者: あめ
【2章】月灯に舞う・中編
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朱 3

 

 ごめんなさい、と素直に前置きしてから真由美は槻に説明を始める。薄暗い部屋の中、時折窓から差し込む光を反射して加工されたガラスがキラキラと輝く。


「一言でいえば暗殺組織に今回、身を置いて仕事してもらう。……とは言ってもいきなり酷なことはしないはずよ。スランプもあるだろうし。まずはリハビリからね。今日はその説明をするわ。詳しい説明はアイツがするはずだけれど」


 珍しい事に戦闘機関の暗殺組織と諜報組織のリーダーは夫婦だ。


「リハビリですね。人、殺しますか?」


 恐ろしいほどに単刀直入に槻は聞いた。別にこの手を血で汚す、汚さないなんてことは気にしないし考えない。人を殺す事によってかかる呪いがあるのなら、槻達はもうそれにとっぷりと浸かってしまって手遅れ状態。人を殺しても良いっては思わないが、殺したらダメとも思わない。場合による。



 ──────


『一人の人を殺したら百人の命が救われます。──さあ、どうする?』

 もし一人の人がその人の大切な人だったら殺さないでしょう? じゃあ、それ以外だったら?


『一人殺したら殺人者、百人殺したら英雄』

 中々の皮肉。"英雄"になるか"殺人鬼"になるのか。それは時代による。


『人を殺してはいけません! 悪い事だから』

 何が? 悪い人、殺しちゃダメなの? 明日は我が身に来るかもしれないのに? それが、"法律"だから?



 001-02 戦闘機関()()組織。彼らのターゲットはアングラでさえ、さすがにアウトな事をし始めたヤツら。アングラと言う乖離(かいり)な世界すら離れて、表で刺激を彷徨う亡霊となりえた者共の処分を行う死神。


 001-07 戦闘機関諜報組織。主に暗殺組織に渡す情報を集めるのがお仕事。監察機関の役割を担う一つの組織で、本部、003系列の情報機関にそれを伝える。


 各機関の諜報組織に数名置かれている"ハニトラ組織"。その名の通りハニートラップ。人の"心"や"情"につけ込み、欲しい情報(もの)を手に入れる〈黄昏〉屈指の卑怯者の組織。朱里が身を置いている。


 ──────




 槻が答えの分かりきった質問をするのは、一概に"準備"が必要だからである。精神的な面での。


「一人、よ。ちなみに獲物は警察とかいう悪の巣窟に本部が押し付けられたんですって。初めてよ、こんな事。代わりに本部は何を"妥協"したのか。処刑を担うなんて……本当に……」


 カチンと来る一言に白樹は耐えた。それよりも、


「処刑? リハビリの暗殺では無く?」


 そっちの方が気になった。真由美は困ったように眉を顰めると返す。


「私も良く分からないのよ。本部からのそう指示されたのよ。聞いた話によると女性を強姦した挙句"分解"してたらしいとか。ちなみに捕まえたのは〈黄昏〉ね。手柄あっちに奪われたけど」

「あっちの(つら)を守るために本部が言い方変えたのね」


 少々むかっ腹が立つそれは、要らない情報。


「人を殺すという点においては……変わりはない」


 真由美は苦虫を噛み潰した様な表情をした。ここ一ヶ月静かにしていたと思ったらしゃしゃり出てきて。お上はいったい、本当に、何をしたのか。


「その相手……私で良いんでしょうか? あっちには(かなえ)さんみたいな、そういう奴に対する()()()が居ると思うんですけど」


 少し青ざめた顔をしながら槻は言った。


「大丈夫。あなた一人じゃないから。氷もつける。……(かなえ)とかそこら辺のも別なやつの処理に回されるから……人手がその日、足りないのよ。子供達はまだそこまでの段階じゃ無いし」


 困った様にそう言われてしまえば何も言えない。槻は頷く他なかった。白樹はそんな彼女をどこか励ますように言う。


「大丈夫よ槻ちゃん。これ、あくまでリハビリだから。弱まらせておくから安心して」

「弱まらせておく?」

「こっちには毒のエキスパートがいるのよ。……そっか、槻ちゃんも知ってる人かもしれないわ。……獲物調整してもらうから」


 毒を盛って弱らせておくのか。それなら確かに大丈夫そうだ。鈍った体に丁度いい感じにして貰えるなら大歓迎。恐ろしいくらいの保護、気の回され具合に槻は違和感を少し覚えた。


「今回の形式は、狩り。野に放った鎖付きの兎を捕らえる感じよ。仕留め損なう事は無いも思うけど」


 極端に言えば、狭い檻の中で一方的に槻が獲物を殴りつけると言う感じ。外で組織が行う本当の仕事とはまるで違う。


 ──やっぱりいつも以上に手厚いな。


 何か裏があるのではないかと槻はちらりと思った。だが、同時に槻はそういうことに首を突っ込みすぎるのは良くないと感じる。そんな槻を見て白夜は一言言う。薄赤い瞳と槻の鳶色が一瞬交錯した。


「人を殺すから"仮面"を忘れずにね、槻。今回の目的はそっちの感覚を思い出す事が主だから」

「了解です」


 牽制。やはりこのリハビリの裏に隠されている何かは触れてはいけないらしい。

 ──自分の心を守るためにつける"仮面"。それはつける代償として"反動"を引き起こす。眠くなったり、一部の記憶が飛んだり、数日間止まない頭痛に悩まされたり……様々な反動。その反動は最後に仮面をつけた日から日時が経つほどに少しずつ強くなる。

 槻は最後に仮面をつけた日を逆算した。春の初めだから……およそ一ヶ月半前か。


 思ったより経っていた。もしかしたら、これでは反動は記憶が飛んだりするだけではすまないかもしれない。


「だからこそのリハビリ、だよ。ワクチンみたいなもの。今回ガッツリ仮面つけて仕事に望めば、次、楽になるから」


 その言葉に無言で槻は頷く。確かにその通りだ。






 ──槻は帰され、部屋には真由美と白夜、白樹だけとなった。


 暫くして白夜の感覚から槻の足音が消えた。白夜がクイクイっと白樹の裾を引っ張り、コクリと頷くと女性二人はソファに座り、もう二人の客人が来るまで出来る限り平和なお話を始める。

 先に口を開いたのは白樹。半ば諦めたように、自分で考えたなりの結論を述べる。


「囮なのね?」


 言わずもがな。

 いつの間にか置かれていた紅茶を含みながら、真由美は頷く。心地よいベリー系の香りが鼻を通った。この部屋には置かれていない紅茶。真由美は本部の相変わらずの有能さに感心した。いったいどんな訓練をしたら、こんな事が出来るのか。姫の護衛を務める為にどこまで技術を追求させられているのか。

 そんな真由美の思考を露知らず、白樹は一度部屋の中を見渡して心配そうに聞いた。


「外に声、ちらりとも聞こえないわよね? 聞かれたら死ぬわよ」

「大丈夫よ。昔一度(あのひと)がここで酔い潰れて近所迷惑な声で歌って踊ったけど、その時も声は漏れてなかったらしいわ」

「なら安心ね」


 ──安心なんだ……?


 白夜はその言葉を漏らすまいと必死に堪えた。

 真由美は白樹を挑発するようにちらりと見ると聞いた。


「槻を囮にするのに抵抗があるの? 白樹さん」

「まさか? 寧ろ適任だと思いますよ。氷をつける意味あるのかってくらい」

「何かあったら翡翠が飛んでくるからね。怒りながら」


 白夜は笑いながら、若竹色のおやつを口に放り込む。そしてからかう様に真由美を見ると言葉を紡ぐ。


「自分の()()と最近また、対面できてどんな気分?」


 聡い白樹は直ぐにその意味に気がついた。ハッと目を見開き、真由美を見据える。そして白夜を見る。


「……何で知ってるのかしら。姉さんですら知らなかったはずなのに」

「うん? 彼女の待遇を見れば、ね」


 ちろりと狡猾な蛇の様に白夜は唇を舐めた。待ち人が来るまでの暇つぶしに、丁度良い瑣末(さまつ)な話だろう。そう──ただの暇つぶし。


「だって、雪斗と時雨。この二人と一緒に班を組まされてるって意味、分からないはずないよ。後はねー経験上の勘」

「白夜、記憶でも覗き見た?」


 変な所で勘が良すぎる相棒に白樹は呆れた。雪斗と時雨と組まされる意味。それは当事者の一人である白樹はよく理解してはいた。確かにそういう意味で考えると槻はとんでもない所に放り込まれたと言える。本人がそれに適応してるし、無知に護られているのもあるだろうが。

 少々驚いた表情をした真由美を見て、白夜は心の中で舌を出す。白樹の目の前で思いっきり言ってやろう。そしてこの組織も、そろそろ身を引き締めてもらわないと。その為には多少の刺激も必要だ。


「僕はこれでも無駄に生きてるし、色んな人にあってきたし。それに僕は諜報組織だよ? 例えリーダーが完璧な道化を演じていたとしても残念。僕には無駄だった。勿論当の本人達も知ってる……よ」

「気付いていないと思ったのだけど。それじゃあ翡翠と姉さんは騙されてくれていたわけね。……私のために」


 目を伏せて言う。その態度に少々怒りながら白夜は言い詰める。


「あのね、違うよ。リーダーのためでは決してないと思うよ。あの時、あぁしなかったら可哀想な命が一つ消えていた。翡翠は過去があれだからね。見過ごせなかっただけだと思う」


 過去があれ、と言われても真由美には何のことだか知る由がない。


「でも待って? それだったら初期の段階……初期の血液検査で看破されるはずじゃないの?」

「白樹、例外あるでしょ。あのDNA検査は完璧じゃない」

「そう、私とあの人は二人してDNAキメラ。情報機関に行けばわかるわ。リーダーになる時の、精密検査の時にはまだ槻はここに居なかったから。便宜上、赤の他人ってことになってるわ」


 ──でも似てないわよね。隔世遺伝かしら。


 白樹はそう納得した。元より他人に深く関わるのは良くない。面倒事に巻き込まれるのは勘弁。


「あら?」


 不意に、真由美は一つの違和感を感じ取った。何が、と言われると上手く言葉に出来ないけれど、


「記憶が──」


 失くしたはずの記憶が……脳内に置かれている記憶が幾つかの矛盾を起こしている。

 翡翠……? ローリエ? 〈蝶〉? 〈蝶使い〉?

 記憶が濁流となり、真由美の身を喰らおうとしている様だ。


「必要だから順を追って、少し前からリーダーの記憶を返してた。ただ、今一気に返しすぎたかな」

 

 少し困ったと白夜は言う。これは反省案件。そんな二人の脇では白樹が手をぽんと打ち、一人納得していた。


「あーーそういう事。白夜、あなたどれだけ裏で動いていたわけよ。言ってくれれば手伝えたかもしれないのに」

「そうしないと、急がないと朱里達がうっかり食べられちゃう」


 白夜の言いたい意味に気付いた白樹は、ここ最近の辻褄が少しずつ繋がっていくのを感じた。先ほど初めて聞いた"処刑"は白夜がこっそりと動いていたのは間違いない。何か手を加えて、河の流れを少しだけ誘導したのだろう。真由美に記憶を返している。通りで矛盾無く彼女と会話が出来るわけだ。

 連鎖する思考は止まらない。そういえば、と白樹は思い返す。


 ──ここら辺が不穏だって私に教えたのも白夜だったわね。


 これから話されることも考えると物凄く納得がいく。何で気が付かなかったのだろう。ここまで白夜が事を動かしていたって事は、〈蝶使い〉が必要って事だ。


「つまり私は物凄いデカい勘違いをしていたわけね……言ってよ白夜……恥ずかしいじゃない」

 

 白い頬を赤く染めてうずくまる白樹の背を、白夜はぽんぽんと叩いた。同情。


「──ちなみにこの会話は今回の事が終わったら忘れることになるから。気に病むことはないよ。どうやらリーダーも手に怪我を負うくらい頑張ってたみたいだし」

「……それなら安心ね。何で知ってるのって聞きたいところね。教えてくれないんだろうけど」

「それは勿論。今までのお話もただの暇つぶし。お客様が来るまでの閑話。今は白樹が何を勘違いしていたのか、僕は知りたいんだけど……」


 そんな時、部屋のベルが短く鳴らされた。

 真由美は途端に仕事の顔になると、扉の方へと向かう。その間に白樹は、白夜のぷにっとした頬を抓っておいた。


「(やり過ぎよ)」

「(途中で止めたじゃん。怒らないで白樹)」


 悪戯っ子な顔の白夜に、はあっと白樹は溜息を吐き出す。薬で症状を少し抑えてはいるものの、風邪自体は治っていない。さっきから意識が朦朧とするのはそのせいなのか、はたまた白夜のせいなのか。そしてどこか槻を哀れに思う自分がいて、反吐が出る気持ちを知った。

 その部屋に少し低めの猫被りな声が響く。


「はじめまして。こんにちは。戦闘機関指示組織、そして004系列組織技術職員の吉野蒼です」

「こちらもはじめまして。戦闘機関諜報組織リーダーの真由美です。……もう一人伺うと聞いていたのだけれど」


 毒についてのエキスパートこと吉野蒼。いつも傍らにいる瑠雨は居らず、珍しく一人である。不思議そうな顔をする真由美に蒼は落ち着いた仕草で言う。


「彼は今、私に代わり急遽会議に出ております。直前でしたので連絡が遅れて申し訳ございません」


 ニコニコと小さな嘘で探りを交わす蒼。普段とはまるで違う猫っ被り具合に白樹、白夜は揃って鳥肌を立てた。外からの逆光に紛れて碧眼がキラリと輝いているのを見ると、本人には違いないのだが、やっぱりどこか不気味だ。

 蒼を呼んだのは無論白樹。()()()()()の所わざわざ来させたのだ。そろそろ腹を括らせてあげないと可哀想だから。瑠雨は今ごろ会議ではなく、研究所にいるのだろう。溜まりに溜まったタスクを蒼の代わりに片付けているに違いない。

 静かに空気が動く。そして視線を交わすことなく、白樹の脇に蒼が座った。重みで少しソファが沈んだ。蒼にそっと差し出された紅茶は、爽やかな柑橘系の香りを持っている。クッキーを一つ食べ、紅茶で喉を潤す。

 ──ここに来たからにはもう、助けられない。泣いて、喚いて、叫んで、駄々を捏ねても生死輪廻は止まらない。

 静かな沈黙の後、蒼はポツリと話し始める。


「事前に頼まれてた毒についてはいつも通り、私達が手配致しました。明日には別に届くでしょう」

「ありがとうございます」


 それを聞くと蒼はしばらくの間覚悟を決めるようにまた、黙った。協力を──願わないと。唇を噛み、腹を括って言う。じんわりと血の香りが口内を舞った。


「千里アリスの処分を──決めます」


 彼女に手を下さなくてはならない。


「御協力お願いします」


 残酷な〈譲葉(ゆずりは)〉の呪いに喰われる前に。ここで一つの終止符を。

 暫くの沈黙の後、蒼の言葉に真由美は了承した。

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