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誰が為の黄昏  作者: あめ
【1章】サラダボウル
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少年少女 2


 時雨をソファに座らせた槻は冷蔵庫に向かい、時雨が食べ損ねたサンドウィッチを手にした。溢れんばかりの苺が挟まれたそれは少しの時間でも放置するのがもったいない。

 そしてこの世の終わりだという表情の時雨にちらりと目をやり、その隣に座った。


「ねぇ、時雨。このゲームをバカにしちゃいけないからね。天罰下るよ」

「バカにしてないし、罰も当たらないからダイジョーブ」


 時雨は、槻がとってきてくれた飲みかけのコーヒーを一気に飲み干した。かたりと小さな音を立てて空になったカップを資料の隙間に置く。

 無造作に適当に置かれていた紙束を手に取り、また何気なく表紙を見た。『チェロのルール』と手書きで書かれているそれは結構がある。ピラピラとそれを(めく)っていく度、少しずつ時雨は"鬼畜ゲー"に感心していった。思ったよりも作り込まれているし、本物の暇人には素晴らしいゲームかもしれないとまで思い始めていた。


 ──やってみたら意外と面白いかもしれない。


 世の中、これを洗脳と呼ぶ。

 (つか)の間の休憩に入ったのか、雪斗はソファに足を投げ出し、スマホをいじり始めていた。時雨は"助けてくれても良かったのに"という恨みたっぷりの視線を送る。すると見事に届いたのかチラリと雪斗は時雨の方を見た。その体制のまま手元にあったクッションで視線を遮りながら雪斗は言う。


「姉さんにさ、これの事教えたんだよ。そしたら……なぜか大ウケして」

「大ウケして? いや、作った本人がなぜか大ウケとか言っちゃダメだから。素直に嬉しがっておきなさいよ」

「時雨こわい」

「雪斗が何ほざいてんだか」 


 ふいっと時雨は顔を背けた。時雨の小言よりも槻や雪斗達の方か圧倒的に怖い。己の小言など虫の息より可愛いものだと時雨()思っていた。


「あぁ、それか。えっとね、〈黄昏〉のお上? お偉いさん達? が何か一大プロジェクトが起こすとか何とか言い始めたみたい。雪斗から私も聞いただけだけど」


 どこまで本気なんだか……と槻は肩を落とした。時雨は呆れてため息すらつかなかった。


「もう、何があっても私は驚かない自信があるわ。で、一大プロジェクトって何」

「そこまではまだ聞いてないんだけど。ってか知らない。──雪斗も詳しく聞いてないし。どうやらWCO?っての造るみたい」

「WCO?」


 時雨は槻の口から発された単語を聞き、思わず耳を疑った。


「そこは聞いてる。世界CELLO機構。つまりWorld CELLO Organization」


 いつの間にかに付けていたイヤホンの片耳を外した雪斗は答えた。その呑気な彼に対して時雨は頬を引きつかせる。


 ──それって…………ダメなんじゃ。


 この場合のダメは"ヤバい"である。恐る恐る時雨は聞く。


「あの、本物って言うか本家から怒られたりしない……?」


 最早"世界"規模の大きさに驚いたりしない。ツッコミもしない。もう数分前の彼女とは肝の座り様が違うのだ。


「え? まぁ、何とかなるってか何とかするだろ」


 思いっきり目を逸らしながら雪斗は言った。思わず手元にあったクッションを雪斗に投げつけながら時雨は槻に応戦を頼む。


「槻、この脳味噌お花畑に言ってやってよ」

「何がダメなの?」


 にやり、と槻は唇を釣り上げると時雨に2個目のクッションを渡す。受け取ったクッションを雪斗と槻のどちらに投げつけるか一瞬逡巡した後、時雨はもう一度雪斗に投げつけた。


「あなた達二人とも〈黄昏〉004(金融機関)で特別レッスン受けてきなさいよ。多分、絶対世界が広がるわ。保証する」


 ため息つきすぎると幸せが逃げるんだっけ、とかそんな事を考えながら時雨は今日何回目になるか分からないため息をついた。

 ソファに深く座り直し、足を組む。ふと、時雨の脳内にひとつの疑問が浮かんだ。


「──そう言えば何賭けてたの?」


 この二人が何かで一対一の勝負をしている時は、大方何かを賭けているか、何かの責任を押し付けあっている時だ。

 それを聞いた雪斗と槻はお互いクッション越しにチラリと目を合わせると、大きなため息とともに言葉を吐き出した。


「「報告書、どっちが書くか」」

「げえっ、いや、まだ書いてなかったの」


 先程ちゃっかり持ってきた苺サンドウィッチを隠れて頬張りながら槻はボヤく。


「でもさー、あれに書けること何も無くない?」

「それな。美味しい所を泥棒に持ってかれましたー、で終わるよな」

「私は現在進行形で美味しい物食べられてるんだけど」


 じろりと槻を睨んでから時雨は立ち上がり、愛用のノートパソコンを持ってきた。ここまでの話は打ち切り、とでも言うようにパンパンと手を叩く。


「報告書は置いといて。……いや、私は書かないわよ? 前回書いたし。んとね、早速ですが次のお仕事が入ってるわよ」


 置いといちゃダメだろという雪斗が声を上げる。槻は時雨が書いてくれないかなぁと視線を送り続ける。その視線を無視して時雨は雪斗に意味深な視線を送り続けた。


「そ、そんなにいじけるなよ時雨。サンドウィッチならいつでも作ってやるから」


 雪斗が視線から受け取ったのは苺サンドウィッチ食べたかったということだけだった。


「………………。次は雪斗が気になってる"暁闇(ぎょうあん)"が絡むから是非教えてあげようと思って」

「まじかよ」


 そう言うとむくりと雪斗は起き上がった。その目つきは先程と違って鋭くなり、雰囲気も氷のように冷たくなっている。もちろん、槻も。お手製チェロセットを片付け、好奇心に目を輝かせている。二人の雰囲気が仕事モードに切り替わったのを肌で感じると、時雨はタブレットのキーを解除した。


 "暁闇(ぎょうあん)"。

 それは最近巷でポツポツと囁かれる組織のこと。人を殺したい奴らもいれば、度をすぎた"イタズラ"を施す奴らもいる。麻薬などの売買を行っている奴らもいれば、世界各地の主要な所にアクセスして情報を盗み出す奴らもいる。〈黄昏〉もそれに気がついたのは結構最近で、かなりの失態としている……というのが時雨達が聞かされている説明だった。


 ぼんやりとそんなことを思い出しながら、雪斗は言葉を漏らす。


「どこまで本当かは分からないけどな」

「まぁ、真偽はともかく厄介だね」


 土に染み込む水のように止めどなく広がっていた暁闇という存在は"裏"の世界でも脅威だった。……噂だけで。満遍なく広がるそのその手腕は、見事なものと賞賛するしかない。だから、〈黄昏〉すらも気づくのが遅れた。

 しかし去年から何を思ったのか目立った行為が見られるようになった。捕まったとある麻薬売買人は『暁闇の為に!』と誇らしげに自殺した。その、目立った行為をしていた(やから)が異質だったのかもしれない。ただ、〈黄昏〉が暁闇という"異質"な存在に気がつくには充分すぎた。噂が身を持った瞬間だった。

 槻はピクリと眉を動かした。


 ──仕事内容に疑問は持たない主義だけど、私達だけじゃ手に余る気がするなぁ。


 お守り替わりにつけているネックレスを服越しに無意識に(いじ)る。緑色の石がついているそれは物心つかない時から持っていたもの。それとペアになるイヤリングを持つ相棒は今日もどこかで人を殺しているだろう。


「記憶処理の許可が同時に出てるわね。多分私達以外の人達が控えてると思う。ただ記憶処理の許可って初めてよね。どうなるのかしら」


 記憶処理。それは〈黄昏〉独自の技術のひとつ。


「記憶処理の許可? 待って、今回どこまで許可が出てるの? 警察の介入、それぞれどこまで暴れていいか」


 前屈(まえかが)みになって立て続けに質問した槻に答えるかのように、時雨はタブレットを槻に向けた。槻は目的の場所を見ると思わず喉から変な音を出してしまった。


「警察の介入は無いみたいね。まあ、槻、情は無用らしいから頑張れ」


 ポンと槻の肩に時雨が手を置いた。その手の重みを、温かさを感じながら槻は目を(つむ)った。いつもの任務内容の最後に悪戯に片仮名で綴られた一文。


 『情ハ無用 今回ノ仕事ハ槻指名 他ノ二人ハサポート』


 意味するところは。


「時雨、後でピックアップしておいて貰えるかな。それによっては容赦しないから」


 槻はめんどうだなぁ、と深く息を吐き出すとぼんやり宙を見た。さらっとしか任務内容を見なかったが、何だか物凄く面倒な奴らが現れる気がする。面倒なことが起こる気がする。そしてこういう時の勘はダメ押しと言わんばかりに大抵当たる。

 察した時雨の手がポンポンと二回、槻の肩を叩き、そして離れた。時雨の足音が徐々に遠ざかり、聞こえなくなる。ふと、雪斗と目が合った。


「どしたの?」

「あいつ何も食べてないよな」

「そりゃ私が美味しく食べたからね」


 時雨の朝ごはんであるはずだった苺サンドウィッチは、既に全て槻の胃袋に収まっていた。


「お前少しは反省しろよ。あいつが部屋に(こも)って金平糖片手に一日過ごす未来が見えるぞ?」

「ごめん。でも、サンドウィッチが食べて欲しそうに私を見てたから。仕方ないよね」

「アホか」


 槻は立ち上がると雪斗の小言を受けないうちに部屋に逃げた。

 


 

 ◆■◆



 場面は変わる。

 ここは彼女等の仕事部屋脇の衣装室。姿形がそっくりな性別の違う双子が着替えをしていた。恐ろしい程の白髪、深い紫色の双眸というパーツを持っている幼い双子は、なにも知らない人が見たらお人形さんだと思うだろう。


「兄様、今日は黒のドレスにしますわ」「僕も黒い服にするよ、姉様」


 きゃっきゃと双子はお互いの手を取り合いながら、服をとる。そして少女は頭に黒レースのカチューシャをつけ、少年は首に黒のネクタイのような布を巻く。ふわりと黒いドレスの裾を鮮やかに(ひるがえ)して少女は時計を見た。

 その目の紫はは、少し慌てた表情を見せた。


「あら? 兄様大変ですわ。アリス嬢が帰ってくるまであと少しですわ」「それは大変だね姉様。急いで迎えの用意と出掛ける用意をしないといけないね」


 その生まれからか、生活環境からか双子は精神年齢が少し高く、お互いに依存し合っていた。

 少女が扉を開くと光が差し込み、双子の目がキレイに輝かせる。その部屋の主、双子の見張り役はその目を葡萄酒(ぶどうしゅ)みたいと良く表現し、褒めていた。

 ふと、少女の長い髪が扉に引っかかった。少女はムッと眉を寄せると歩を少し戻し、小さな手でそれをほどく。


「──兄様、私アリス嬢に髪を結ってもらいますわ。このままだと邪魔ですから」「そうだね姉様。その髪は少し動きづらいと思う。あ、ちょうどアリス嬢が帰ってきた足音がするよ。行かないと」


 そのタイミングでその部屋の主が入ってきた。黒いスーツを着こなしたメガネの女性。長い黒髪を後ろで結んでいて、その瞳は翡翠色。

 そんな彼女の名前は、千里(ちさと)アリスといった。




「ただいま二人とも」


WCO 世界税関機構


・リクエストがあったので本文麻薬密売人について設定(補足)


〈黄昏〉にはお話コーナー的なのがある。そこでは〈黄昏〉が捕まえた暁闇とかの関連者について楽しい"お話"をする。その麻薬密売人もその1人になるはずだった。

ところがその密売人は捕まる直前に何らかの(死ねる)薬を飲んでいた。で、案の定捕まった後死んだ。そのため〈黄昏〉は"楽しいお話"が出来ずに死体を〈黄昏〉の研究施設に解剖実験として提供。

(楽しいお話とかは察して)

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