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誰が為の黄昏  作者: あめ
【2章】月灯に舞う・中編
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朱 2


 ────────時は七日程遡る。 

 その部屋にはナッツを食べるリス顔負けで高級チョコを摘む槻、欠伸をしながら気だるそうに本棚の影に隠れている朱里がいた。朱里は頭に手をやり、顔を伏せている。

 お友達のそんな様子に槻は思わずため息をついた。構ってもらえない。つまんない。そんな感情が胸を占め、手当り次第その部屋にあるものを食べる。


「朱里食べないのー? 美味しいよ、これ」

「今ちょっとそんな気分じゃないの」

「……美味しいよ」


 疲れてるのかな? と言う憶測が槻の脳を流れる。でも帰ってきてから数日間、彼女と一緒に過ごしていたが特段疲れることをしていた覚えはない。強いて言うなら、昨晩ふらりと朱里一人どこかへ出掛けてたこと。槻にとって心地よい温度(推奨温度)に設定された部屋、聞こえない寝息。違和感を覚えた槻はそれだけで目が覚めたのだ。横になってスマホで遊びながら朱里を待ったもののいつになっても帰って来なかった。

 朱里が帰ってきたのは槻が寝落ちしてからだった。


 ──寝不足?


 それしか心当たりが無い。いったい、何してたんだろう? 分からない。槻はまたそっと溜息を吐いた。


 昼だと言うのに薄暗い部屋。ここは戦闘機関の諜報組織リーダーこと真由美の執務室。

 幾つか置かれているフカフカのソファ。一枚板の大きな机。天井から下げられている造花。発色が綺麗な所を見れば、丁寧に作られた物だと直ぐに分かる。壁の小窓には繊細なガラス装飾具が小綺麗に並べられ、極みつけに組織の使う黒いナイフが保管されている棚がある。空調の聞いたその部屋は人間に怠惰な生活を思い出させる程に心地よく、ソファ脇にある籠には少し高めのお菓子が放り込まれていた。

 朱里はちらりと完全に不貞腐れている槻を見た。やけ食いしてる。そして少し視線を動かし、しばらく経っても開かれることの無い扉を見る。ばれたら、と思うと震えが止まらなかった。

 そんな朱里に槻は話しかけた。


「朱里?」

「ごめん、ちょっと寝てたみたい」

「夜寝てなかったからね。どこ行ってたの?」

「色々と。街にちょっと行ってた」

「ふ〜ん、眠いなら部屋戻ってなよ。リーダーには伝えとくからさー、寝不足で倒れそうなので帰りましたーって。……もう遅いか。来ちゃった」


 槻がそう言うと、タイミング良く扉が開かれた。やって来たのは少しげんなりした顔の真由美。珍しい事に隣には物凄く憂鬱そうな顔をした白樹、白夜がいた。憂鬱そうな顔、では言葉足らずか。この世の終わり、世も末路、希死念慮がありありと書かれている顔をしている。いったい何があったのか。


「……朱里?」


 部屋に入るなり、白夜が薄赤い目で朱里を見据えた。

 槻は食べ散らかしたお菓子を何食わぬ顔で慌てて片付けて、トップに近い三人に対して相応しい態度をとる。それは癖。普段日常生活では関係ない上下関係も、今この場では自然と意識してしまう。──仕事絡みだと尚更。

 そんな槻に気がついた白樹は、礼を解きなさいと視線を向ける。そんな白樹も槻に釣られてかいつもの雰囲気ではなく、自らの立場に相応しい威厳を醸し出し始めた。椅子に座ってどこからか話そうかと思考を巡らせる真由美、立場相応の態度を示す白樹と槻。


「白樹、リーダー。僕ちょっと朱里に話あるから」


 そんな中、白夜だけが普段通り。三人が驚いて後ろを振り向けば、獲物をがっちりと捉えた白夜の姿があった。有無を言わさぬその言葉に全員首を縦に降る。ニコニコとしながら、「じゃあちょっとこれ借りてくね」と言う白夜はとても楽しそうで。蒼白な朱里と見事に対照的だった。


「白樹、宜しくね」

「了解」


 白樹は何か一人察した様に、飽きれた様に溜息をついた。




 意外と素直に朱里が部屋を引き摺りだされるのは、白夜に対して行う抵抗が無意味だと知っているから。身に染みているから。今回は一応少しだけ抵抗してみたが、ペシりと叩かれて終わった。

 暫くし、二人はとある一つの小部屋にいた。無論、白樹のプライベートルーム。今の朱里にとっては、目の前に鎮座している紅茶が立てる湯気すら悪魔に見える。白夜は恐ろしいほど静かに椅子を引き、テーブル越しに朱里と向き合う。そして朱里に対して死刑宣告も同義の言葉を放ち、場を開幕させた。


「──さぁ、()()。お説教の時間だよ」

「逃げるチャンスをください。……いや、私は悪くない、です」


 朱里は身をブルりと震わせた。




 ◆■◆




「えーコホン」


 真由美が場を正すようにわざとらしい咳払いをすると、白樹がぺこりと頭を下げた。


「白夜が迷惑かけてごめんなさい。私の手に負えないもので」


 物凄い棒読み口調である。迷惑だとすら思っていない。隠そうとも思っていない白樹に、思わず槻は飴をガリっと噛み砕いた。


「いいのいいの、今回のメインディッシュは槻だから」


 思わず槻は舌を噛んだ。メインディッシュ?! 食べられちゃうのか。どう調理されるのか。


「あら? じゃあもしかして私は"おまけ"でしょうかね。では私も帰らせて頂きます。鉄は熱いうちに打ちのめせと言いますし、空いた時間で白夜を叱るとします」


 槻は耳を疑った。何だか物騒な言葉達が鼓膜をノックして侵入してきたような気がする。


「白樹さん、あなたは槻の今回のお目付け役として必要なのよ。勝手に帰られたらその子が困るの」


 ──お目付け役?!


 私何かしたっけ? と槻は首を(ひね)った。今回の帰省ではまだ何もやらかしてないはずだけど、と暫し思考する。まだ。そんな槻の脇で白樹の眉がピクリと動いた。白夜から確かに最近ここら辺が不穏だと聞いたが、そういう事か。


「もしかしてあの件」

「えぇ」


 白樹は真由美の腕に巻かれている包帯を見た。()()()それなら、それ以外の子達は……。別に頼まれてもいいのだが、一応彼女も暇ではないのだ。そういう事があると白夜から聞いていて、恐らく自分の身に何か面倒事が降ってくるなと予想はしていても。一日遅れの命令だとしても。

 他機関に行く予定があるから断るしかない。

 既に昨日行くという連絡をしてしまった。取り消してもいいのだが、会いに行くのはそこの人事部の一人。蒼が記憶を消した彼女。名を"千里アリス"と言う。聞くに彼女は今、回転椅子に座らせられている状態らしい。そんな多忙な人にわざわざ時間をとらせたんだ。予定を変更、もしくは変えるのは失礼極まりないだろう。

 その代わり、白樹は自分の代わりに白夜をお目付け役にするという妥協案を出すことにした。槻は話の内容な掴めず、二人がバチッ バチッと火花を散らしながら話をしている事しか分かっていない。


「それなら……白夜を私の代わりに据えさせてください。……代理として。三日後には私は情報機関の方に顔を出さなきゃいけないんでいないんです」

「……それは決定事項?」

「はい。別に私か白夜どっちでも宜しいでしょう。──必要なのはどちらかで十分なはずです。まぁ、それが終わったら白夜は私の元に呼び戻しますけど」


 ふぅっと真由美は息を吐き出した。白樹にしてはかなり妥協したという事を知っているからである。白樹と白夜は二人で一セット。つかず離れずお互いがいつもお互いの脇にいる。この二人が……()()()離れ離れになるのは余り宜しいことでは無いのを()()真由美は知っていた。ならばと思い朱里も一応呼んだのだが──無理か。さすがに日が浅い。

 槻は相変わらず二人が何を話しているか分からず、考えることを諦めていた。話に入ることすら出来ない。槻が困り果てていた時、


「ただいま戻ったよ。どこまで話進んだかな?」


 静かに白夜が戻ってきた。意外と早いお帰りだ。その脇に朱里は、いない。三人が不思議な顔をすると白夜は「お疲れだったから寝かせてきたよ」、と言う。


「──で、まぁ、二人のことだから全く話は進んでいないと思うけど。ねぇ、槻。どうせこの二人、槻に何も言わないで、主語すらも言わないでずかずか話し進めてたんでしょ。困らせて悪かったね」


 白樹と真由美はぐうの音も出なかった。顔を合わせると二人の世界に入ってしまい、周りのことを考えないで勝手に話を進め始める。いつもの事だ。白夜はそんな二人の話をぶった斬る役目を自然に負わされていた。

 遠慮なく持論をぶつけ合っているという点においては仲が良いともいえるし、水面下で罵声を浴びせ合い口喧嘩をするという点においては仲が悪いと言える。

 お互いの立場がそうしていると言う事は疑いようもない。本部のトップと一つの組織のリーダー。真由美の亡き姉妹が〈蝶使い〉であったために白樹は身バレしている。白夜も真由美に身バレしている。つまり白樹が姫の一人だと真由美にもろバレしている。そんな彼女に遠慮なく口喧嘩し合っているという点で、真由美は肝が太いと言えよう。

 白夜に同意を求められても、槻は何も言わなかった。いや、言えなかった。しょげかえった白樹、視線を逸らしてちらちらと何か訴える真由美。例えそう思っていてもここで暴露、いや事実を告げるのは人間として冷酷すぎる、気がした。

 無言の肯定。

 空気を読むのに長けた白夜は一瞬で察した。槻の思いは届いたのである。そして、ほらやっぱりねと相棒の白樹、組織リーダーの真由美を見た。


「仲良く話すより、まず先にやることがあるよね。リーダー、槻に説明を」



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