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誰が為の黄昏  作者: あめ
【2章】つき灯りに揺れる・前編
34/96

〈飴と泡とシャボン玉〉2

 


 翡翠達がそんな事をやっている脇で──



「シャボン玉飛んだ」

「屋根まで飛んだ」


 シャボン玉が雨の中、割れずにふわり ふわりと空に浮かびゆく。直ぐ近くにある雨に濡れた紫陽花は、リゼのイタズラでシャボン玉塗れになり、散歩していたカタツムリはロゼにシャボン玉の攻撃を受けていた。

 シャボン液をつけて、ふぅ〜っと双子は息を吹き込む。一気に息を吹き込めば、小さい泡が。少しずつ吹き込めば大きな泡が。虹色に、美しく辺りの景色を鏡のように写すそれはとても綺麗だ。小さな小さな宝石箱。雨の中綺麗に輝く宝石箱。

 不意にリゼはシャボン玉作りをやめ、あのお話の一節を呟いた。


「人魚姫は泡となって消えました」


 勿論それは『人魚姫』。本当は悲哀の物語。でも、一般に知られているであろう『人魚姫』は最後、王子様と結婚する。泡になって消えるのと、大好きな王子様と結婚する二つの結末は天と地ほどの差がある。

 ──そう考えると『かぐや姫』こと『竹取物語』はまだマシ(・・)なのだろうか? 帝様と結婚したり、お爺さんやお婆さんと末永く暮らしました、なぁんてオチは聞いたことがない。天の人達に連れていかれて終わり。『かぐや姫』は残酷な物語。

 リゼはぼんやりと時間が経ち、われゆく泡を見つめる。思い出すのは最近の会話。時雨独自の考察。




『でもさ、リゼ。かぐや姫が(ころも)着せられて何もかも忘れる前、こう言っていたら別じゃない?』

『……?』

『──────って言っていたら、きっと。この物語は素敵なお話になるよ。…………残酷な物語に蜘蛛の糸が垂らされる』



 ぼーっと何か考え事をし始めたリゼの思考をロゼは読めようもない。シャボン玉を吹きすぎて脳が酸素不足なのだろうか? 少し心配になったが、ここで話しかけると何か大きな泡が弾けて飛ぶ様な気がした。風船に針を刺すようにパァンって。

 少し躊躇ったあと、ロゼはシャボン玉を吹くのを止め、リゼの肩をトントンと叩いて言った。


「姉様、そろそろ中に入ろ。もうすぐでお昼ご飯の時間だから」

「……そうね、兄様」


 このまま放っておくとリゼが何処か遠くへ消えてしまいそうだったから。




 ■◆■




 夜。チェロではなくチェスで完敗した時雨はパシられていた。誰に? 無論、雪斗だ。コンビニ限定のアイスが食べたいと我儘をこきやがったのだ。そんなもん自分で買え。女子を一人夜中に歩かせるな。しかし、そんな言葉は口に出さない。どっちが買いに行くかで勝負をし、負けたのは時雨なんだから。

 そう理解はしているものの文句はタラタラと切れることなく言の葉となる。


 ──本気出しやがって、どちくしょう。


 理不尽な、やりようの無い怒りによって綺麗な碧眼は燃え上がっていた。本人は気がついていないが、大空を散歩中の蝙蝠(こうもり)がビビって逃げる程度には燃え上がっていた。普通に怖い。きっと雪斗が今の時雨を見たら勝負をなかったことにして自分がパシられただろう。


「────ッ!」


 不意に後ろから何か振りかざされる気配。しっとりとした空気がゆっくりと動く。何か、いる。鍛え抜かれた反射神経でそれを避けると、むしゃくしゃした気持ちを上乗せした拳で、それを殴ろうと、()()


「…………えっ?」


 すかっという子気味良い感覚が全身を襲う。遠心力に従い、倒れようとする体に喝を入れ体制を整えた。


 ──誰もいない……?


 影みたいな物体は見えたと思ったし、確かな気配も感じたと思ったのだけれど。気配? 殺気じゃなくて?

 早まったかな? と時雨は唇を舐める。こんな事をする人物には奇遇ながら覚えがあった。キュイッ キュイッと蝙蝠が嘲笑いながら上を飛んでいく。 


 ──まぁ、今は無視しましょ。


 時雨はコンビニに寄るのを忘れ、帰路につく。また長い長い一雨が来そうだった。




 ■◆■




「……おはようございます?」


 目を覚まして早々、蒼の視界に割り込んできた瑠雨。蒼が三日三晩寝続けて全快したというのを悟ると、瑠雨はほっとため息を着く。それを悟られたくないがため、瑠雨は少し素っ気なく言った。


「おはようございます、蒼。起きて早々朗報ですよ。会議が六月の末に伸びました」

「やった! けど。どーして?」


 起きたばかりで蒼は力が入らない。それでも何とか起き上がり、瑠雨の横に立つ。少しくらい手伝ってくれてもいいのに、とは思ったが口に出さないでおく。からかわないでおく。心配していてくれたのは知っているから。

 外は一時的に雨が止み、星空が天に溢れていた。


「単に今月中に終わらせなきゃいけない事が出来たんで忙しいだけです。蒼は……特に入ってないただの暇人ですね」

「さすがに酷いよ瑠雨。……具体的には?」


 瑠雨の猫目は更に細められ、黄色の目は仄かに金色を放つ。そしてお得意の表情で楽しそうに笑い、言った。


「白樹に聞いてください。今回の責任者は彼女ですよ」

(はく)に?」




 ◆■◆




「雨うっさいなぁ……」


 槻は手を忙しなく動かしながら窓の外を見る。他の地域では晴れて、星空が見えるとテレビは言っていた。の、だが……


「何でここだけ雨なのかなぁ……鬱になるよ鬱に……リンカーンがアメリカンコーヒー三杯飲んでるよ」 


 プールをひっくり返した様な雨が降っていた。非情である。この地域だけ呪われているとしか思えない。近くの湖が潤い過ぎて建物を水塗れにしいかだけが心配だ。槻は心優しい善人(自称)なので雨を止ませようと照る照る坊主を作っていた(暇だからでは決してない)。パタリと本を閉じながら朱里は言う。


「槻、地味に分かるけど分かりづらいネタ、やめなさいな。────で、"逆"照る照る坊主何個目?」


 朱里はジト目で槻を見る。(かなえ)に向けるような侮蔑の目では無い。呆れが入った鳶色の瞳。槻は訳が分からず、キョトンとした表情をした。


 ──逆?


「そう、逆照る照る坊主」


 槻は窓の外に向けていた視線を手元に落とした。いつかの人形作りで余った布で作られている照る照る坊主。時雨と一緒にプレゼントを送り届けてから、警察は最近ちょっかいを出さないでくれている。


 ──残念だなぁ……第二弾も用意しておいたのに。


 尚、いつもの事だが雪斗(ゆきと)は見て見ぬふりをしている。何を企んでいるのかすら聞かない。


「ひいあっ?!」


 槻の手元には確かに逆照る照る坊主があった。




 ■◆■




「んーー? おかしい」


 千里(ちさと)アリスは一人パソコンと向き合い、首を捻っていた。003 情報機関の人事部──結構上の立場の彼女は、何だかんだ組織の全てを把握する必要がある。

 今はその一環として各個人データや〈黄昏〉関係のデータを確認している。だからこそ、今双子を手元に置けないわけで。押し付ける形で預けているのだが。


「……っかしいわね」


 各個人データ。将来〈黄昏〉に入ることが本人達の意志に関係なく決まっている双子。その過去が分からない。──ちなみに同時期に実験体にされていたとされる〈赤ずきん〉、〈人魚姫〉、〈ピノキオ〉。彼女彼等の過去は分かっており、今はその生死を〈黄昏〉で確認しているところだ。

 いや、()()()過去が分からない。それは嘘だ。厳密に言えば双子の片割れの過去が分からない。


 ──どういうこと、なの……?


 暫し思考を巡らせた後、眼鏡を掛け直し長い黒髪を結び直す。デスクワークは終わりだ。ここまで時間を潰して()()で調べがつかないなら、


「久々に権力行使しますか」


 少し出かける用意をしようとパソコンを閉じる。光を失った画面に緑色が反射した。千里の、瞳。とっぷりとしている深い緑色のそれを千里は結構気に入っていた。恐らくどこかの血筋で外国人とかのが入っていたのだろう。

 さぁ、用意ができた。出掛けよう。

 そんな時──タイミングを見計らった様に来客を知らせる鈴の音(ベル)が響いた。


 ちりぃん ちりぃんと。




 ◆■◆




 ──つーちゃ、つーちゃ。起きて、起きて。

(べに)五月蝿(うるさ)い寝かせて」


 少女は気だるそうに脳内の声にそう返答する。明るく、青春真っ盛りな少女を彷彿さけるその声は、不思議と不愉快ではない。むしろ聴いていて心地が良い。

 だが、その声が(えが)く言葉は、恐ろしく心地が良くない。


 ──起きないとお姉様方にあれやこれ、お話しちゃうよ?

「それはダメ。…………例えば?」


 気になる。少女は何本もある雷管を引き抜く係を率先してやる様なタイプだった。つまり無鉄砲好奇心旺盛馬鹿茄子。それでいて、普段は上手に猫を被る。少女の脳内の声は朗々と言葉を描き始めた。

 ──一つ目、私のお菓子食べた。この間のチョコね。あれ、めちゃくちゃ高かったんだよねぇ。

「その程度」


 ふんと鼻で笑う。蚊に刺されるよりも痛くない。少女は余裕たっぷりの謎の表情で次の台詞を待った。


 ──馬鹿にしてると痛い目にあうよ? つーちゃ、何時もそうなんだからさ。で、二つ目は────。

「待て待て待て待て待て待て。紅、なんで知ってるの???」


 少女は飛び起きた。壁や柱に頭をぶつけなかったのは不幸中の幸いである。決して彼女の悪運が強いとかではない。


 ──秘密ぅ。さ、お姉様達に言ってこよっーと。

「起きる起きる起きます起きる起きたから!!」




 ■◆■




「運命とは残酷なもので、そして絶対的」


 ことり。コーヒーカップを置く音。そして二人分の吐息が静かに響く。湯気の立ち上るその部屋は鈍い赤に輝いていた。


「この私が貴方に、今回協力しようと思ったのも──それに逆らった貴方に敬意を示しての事です。それはとても、とても素晴らしい」


 その完成品を私も見てみたい、と男は恍惚に吐く。そしてもう一度、素晴らしいと呪詛のように唱える。男はボロボロの白衣姿の女を見、言い聞かせるまでもないという風に言葉を置いた。


「ですが、私の邪魔をしないよう、そしてその心意気を忘れないよう」



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