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誰が為の黄昏  作者: あめ
【2章】つき灯りに揺れる・前編
33/96

〈飴玉っぽいシャボン玉〉1

 


「気になる事があるのよね〜」


 タンタンカタタンとテンポよくキーを叩きながら、白樹(はくじゅ)は愛用のパソコンと話していた。長い白髪を一つにまとめ、頬杖をつきながらそのデータ一覧を見る。白樹のその真っ白な肌はほんのりと色付いており、心無しか彼女の息が荒れていた。


「ふむぅ……」


 イタリア支部で子供をモルモット扱いしていた男。どう足掻いても現時点では情報不足。ちろりと蛇のように白樹は唇を舐めた。


 ──今の私の権力では深入り出来ない、か。


 姫としての地位を使えばやりたい放題出来るが、そんな事はしない。白樹は人知れず溜息をつくとそっとパソコンの電源を落とした。そんな時、  


「白樹〜捕まえたよ〜」

「来たわよ。何の用よ白樹。呼ばれれば来たわよ」


 白樹の元に彼女の〈蝶〉こと白夜(びゃくや)が戻ってきた。そして、その一歩下がった後ろに翡翠ことローリエがいた。ローリエはいつもと同じような和風チックな服を着た、幼い子供の姿ではなく、今、十八歳くらいの少女の姿をとっていた。少女、とは言ってもかなり大人びた姿だ。紺のスカートに柔らかい藤色をしたブラウス。胸元には緋色のループタイ。髪は相変わらずとっぷりと黒く輝いている。

 それ等だけが、辛うじてローリエだと分かる唯一の部品(パーツ)だった。奇異な部品(パーツ)の組み合わせであることは否定しようがない。カラコンとかを入れて同じ姿を取ろうとしても、無理だろう。限度があるものだ。

 深緑の瞳、烏色の髪。見た目年齢を鑑みても、それはまさにお人形さん。

 でも、白樹は憎いことに……奇遇なことにそれと同じ奇異な組み合わせの部品(パーツ)を持つ人をもう一人だけ知っていた。彼女の〈譲葉(ゆずりは)〉である彼女。その名は"千里(ちさと)アリス"。


 世界は狭くて、運命は──酷。


 身に染みて、思う。思わされる。

 白樹は言葉を迷いながら紡ぐ。思考を悟られたくないから。


「特に用はない……んだけど、近くにいてもらいたいな、って思って」


 嘘だ。白樹は自分でそう言っておきながらそう思った。ちゃんとした理由があって白夜に連れてくるように頼んだはずだ。理由を思い出そうとして、少し思考したがぼんやりとした頭がそれを続けさせない。


「白樹珍しいわね。いつもの余裕どこいったのよ」


 形良い眉を寄せながら、間髪入れずローリエはそう返した。ローリエは白樹の頬が少し紅い事にしっかり気がついていた。隠そうとしても、彼女は肌が白いから否が応でも目立つ。ちなみに白夜は一人呑気に紅色を食べている。


 ──もしかしなくても。


 ローリエは白夜の横を文字通りすり抜け、白樹の前に立った。テーブル越しに身を伸ばし、白樹の額に手をやる。ひんやりとしたローリエの手にホカホカした感覚が伝わってきた。


 ──熱い。


 お湯が沸かせるかどうかで言ったら沸かせないけど(そういう問題では無い)、熱い。これは感覚論。


「風邪ね」


 簡潔に言った。ローリエは何で気が付かないのよ、という意味を込めて後ろを振り返り白夜を睨む。白夜はそんな視線から逃げる様に明後日の方向を向いていた。


「あーそう言えば昨日の朝、雨に濡れていたねぇ。白樹」

「風邪、引いているとは……思わなかったわ……」


 白樹は何も言い訳せずに認めた。

 馬鹿兄貴は後で説教だ、とローリエは頭に手を置いた。


「まだ引き始めよ。そこに寝不足とか重なってさらに悪化しているのよ。て言うか何で兄様気づかなかったのよ。私よりも白樹の近くに居るでしょうに」


 ピシャリと白夜をローリエは叱った。後で叱り直すがひとまず今、何か言わないと気が収まらない。言い返せず、素直に項垂れた白夜は、逃げる様に蝶になる。ピンと伸ばしたそれに黒い斑点こそ無いものの、見た目モンシロチョウそのものだ。

 蝶は少し頬が赤い白樹に寄り添うように飛ぶ。そして白樹の掌に止まり、溶けた。文字通り、景色に溶け込むように。


「それが正しいわよ」


 ふんとローリエは消えた彼に言う。強制的に眠りにつかされた白樹は目を閉じ、寝息を立て始めた。これで己が意思で白樹(はくじゅ)が起きる事は無いだろう。


 それを後目(しりめ)にローリエはパチリと指を鳴らし、亜空間を展開する。


 途端、風景がパッと手品のように変わった。テレビで場面が切り替わるようにパッと、一瞬で。

 深縹色(こきはなだいろ)の夜空。恐ろしい程に満ち満ちているお月様で、兎がぴょこぴょこ餅をついているのがはっきり見える。大きなケヤキの樹を中心として広がる草原は、風に揺れ、さざ波を立てている。地平成まで続かんばかりのそれを遮る様に、大きな山々がぐるりと、意地悪に囲んでいた。

 一軒の家がある。木造のそれは、昔ながらの雰囲気を纏っている。縁側があるだけの、だけど同時に懐かしさを感じさせる──ただの、家。現代にこそもう残ってはいないものの、翡翠(ひすい)にとっては狂おしいほどに愛しい家だ。

 歩く。家に向かって。波を立てて揺れる草をなるべく、下駄で踏み潰さないように。


「優しいね、翡翠」


 それは何について言った言葉なのか。翡翠の耳にそっとその言葉が飛び込んできた。

 翡翠は焦点合わない淡緑(うすみどり)をその一軒家に向ける。見計らったように、タイミング良くぴょっこりと兎……じゃない白夜(びゃくや)が姿を見せてきた。今の翡翠のイメージに伴った雰囲気を見せる亜空間に影響を受けたのか、その姿はどこか古風だ。

 白夜の薄赤い瞳が月を反射して煌めく。

 翡翠が少し歩調を早め、少しして家に辿り着くと白夜は蛍と戯れていた。ふわり ふわり と蛍をまるで操るように。幻想的な淡い、それでいて明るい光が月と共に手元を照らす。

 何時もの何処か幼さを残した口調で白夜は聞く。


「こんなところに住んでたの?」

「家はね。風景は違うわよ」


 そっとため息を付きながら翡翠は答える。──この幻想には死体という風景は、無い。最初で最期であろうあの悲鳴も絶唱も、鼓膜を突き破らない。

 ちらりと白夜は周りの風景を見た。暗闇で夜目を何となく効かせなくても、分かる。恐ろしい程に波打つ草原、ひっそりと佇んでいる巨大なケヤキ。四方を山に囲まれて、特に湖には地上の星々が静かに舞っている。夜空には人工的な光が無いからこそ見える見える零れんばかりの、星共。

 亜空間だからこその光景である。もし現実にあったら"世界遺産"だとかにされ、"観光地"として人々に踏み潰されるだろう。代わりに"保護区"とかにされたら、きっとこの美しさは消え去る。皮肉なことに、守ろうとすればする程それらは残酷に滅びゆくものだ。その事実を白夜はその眼で沢山見てきたから知っていた。

 ──どんなに(こいねが)って、期して、渇望して、祈って望んでも直ぐにただの肉塊と化していったあの光景。あの音と一緒に白夜を眠りにつかせてくれない。

 二人は根本的に違えども、似ていた。

 そんな白夜の一人思いを悟ったのか、悟らないのか。翡翠はボソッと言う。


「……綺麗でしょ。じゃなくて、ここの方が早いでしょ。たまには良いでしょ。白樹(はくじゅ)、精神的に疲れてたみたいだし。……風邪はそのままだけど」


 布団で横になってすやすや寝ている白樹を、翡翠はちらりと見る。照れ隠しに直ぐに顔を隠し、()()()みたいに空を見上げる。


「………………」


 蛍が、舞う。満月の前後で無いというのに月暈(げつりん)が煌々と空を彩る。翡翠は唐突に手──両手の人差し指、親指で大きな輪っかを作った。その輪っかで月暈を見たかと思うと、


 唐突。

 翡翠はその輪っかに息をそおっと吹き込んだ。何かを宿す様に、優しく。蛍は相も変わらずその手元を照らしていた。

 息が吹き込まれた箇所を核として、カルメ焼きがプクりと膨れるように泡が現れた。まるでしゃぼん玉。それはプツりと翡翠の手を離れ、ほんのり吹いている風を振り切る様に浮かびゆく。

 ふわり ふわり ふわり

 屋根をこえた辺りで、


「待ちなさい」


 翡翠はそっと命令する。果てがあるか分からぬ夜空に逃げようとしたそれは、その言葉にぴくりと戸惑った……様な仕草をした。


「今更、逃げようとなんて」


 オモワナイワヨネ?


 にっこりと翡翠は嘲笑(わら)った。

 ──主に成るべく人間に手を出したんだ。ちょっとやそっとのことじゃあ逃がしてやるわけにいかない。

 翡翠が手を差し伸べるようにすると、泡は堪忍したように戻ってきた。


「翡翠、それ可哀想」


 白夜は眉間を寄せながら言う。そういう白夜はくるりと人差し指で宙に円を描き、同じくそこに息をふきかける。唐紅(からくれない)の瞳が蛍の光を柔らかく反射した。

 ぽうっと淡藤色の光が灯ったかと思うと、次の瞬間泡が白夜の手の上にあった。


「ほら、行きなよ」


 白夜が泡に言うと、泡は真っ直ぐに、()()()()()()翡翠の掌へと移動する。


 やがて二つの泡が触れ合った。

 パッと光が舞う。そして確かな質量を持って葉や蛍、雫の上へと金粉を散らした。

 まるで再会を喜ぶように二つのしゃぼん玉は戯れ合った。

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