【季節SS】友との再会
──七月七日。七夕。晴天。
ふんふんふーんと鼻歌を歌いながら、朱里は駅前の商店街を歩いていた。日差しが強い。梅雨明けはまだしていないはずなのに、この天気はいったい何なんだ。
頬を使ってたらりと地面に落ちようとする雫をぬぐい取る。
「あっついわぁ……」
今日外に出るべきでは無かったという、ほんのちょっぴりの後悔。でも、今日を逃したら縛らくまた雨が続くと言うし。一つ大きなため息をついた。道端の花壇では向日葵が元気良く太陽を見つめ、大人達は日陰で涼んでいる。
この暑さだと、常に水分を取らねばあっという間に病院行きだ。救急車の音があちらこちらで絶え間なく鳴り響く。その中の一人にはなりたくないなと思いながら、朱里はペットボトル最後の一雫を飲み干した。
「暑い暑い暑い」
ペットボトル適当なゴミ箱に捨て、目的地へのルートを少し踏み外す。
──本屋最高……!
圧倒的な涼しさ。外の暑さは何だったのたろうかと悟りを開かせるその店は、通りにある一軒の本屋さん。束の間涼しむ休憩場所としてはこれ以上無い物件だ。
入って直ぐのコーナーには『織姫と彦星』や『七夕』等をモチーフにした本が置かれている。ただ、天文に関する本も一緒に置かれているのは少々解せない。別に理由は無いのだが、この七夕とかいう時期だけは星云々は忘れて星=綺麗な物として見ていたい。
別に星が大きな石の塊だとか、ガスの塊だとか、朱里にとってはどうでも良いのだ。
「あれ?」
ふらふらりと本屋に来た序に面白そうな本は無いかと、彷徨い始めた朱里の瞳に見知った影が映し出された。
目をぱちくりさせもう一度、見る。
「……」
こっそり近づいて、ぽんと肩を叩く。
「何でハイキングコーナーにいるの?」
完全に不意打ちだったらしく、叩いて殴られた可哀想な人は本を取り落とした。読書中の人を叩いて殴ってきた非常識な人間が、朱里だという事に気がついた彼──雪斗はじろりと朱里を睨む。
それに気が付かないふりをしながら朱里は雪斗が取り落とした本を手に取った。
『毒草大百科』
「なぁるほど」
見た瞬間に朱里は納得した。
──毒草に関する本を探す時、確かに植物に関するコーナーを探すのが正攻法かも知れない。しかし山登りや山登りとか山登りなどを扱うコーナーで探す事を忘れては行けない。意外と盲点で、そういう所にも毒草に関する本が置かれているのだ。
「身の回りの毒草しか乗ってないけどな。あと麻薬」
これ以上朱里を睨んでも無意味だと悟った雪斗は、朱里から本を奪い返すと大事そうに手で抱える。
「久しぶりだな、朱里。どうしてここに?」
◆■◆
「蝉を捕まえて油で炒めたい……」
「そんな願い事書くのかよ」
「……書いても宜しいかしら?」
「子供たちの夢と未来をぶち壊したいならな」
「それならカブトムシを油で炒める方がいい気がする」
朱里は雪斗にそう言ってから少し考えた。よく考えてみれば……
「カブトムシの方が身は詰まってそうね……」
「やめろよ」
「暑さで頭やられてるのよ。許してちょーだい」
「ならとっとと書いて何か食べに行けばいいだろ」
「雪斗の奢りで」
「……何で」
「さぁ?」
歯切れ良い会話。──内容はともかく。
二人は麦わら帽子を被った少女や半袖シャツの子供たちに囲まれていた。
──高いところに吊るせば願いが叶う、ねぇ。
よく言ったものだ。ヒラヒラとして、様々な色のセロハンに願いを書いて叶えてもらう。似たようなイベントにクリスマスがあるが、これもまた一興。
「朱里は願い事書かないのか?」
ようやく子供たちが去る。この隙を見計らって願い事を書き始めた雪斗は、朱里に聞いた。ただぼんやりと雪斗の身長が届く限界の高さに吊るされた短冊共。
「……私は、」
朱里は少し逡巡した後答える。
「書かなくていいかな」
織姫と彦星は羨ましい。毎年一回会えるのだから。
羨ましい、妬ましい、ずるい、その幸せを私にも。恐ろしい程の嫉妬。でも、幸せになって欲しい。
ぴゅうっと雪斗は口笛を吹いた。"それ"に気がついたから。
もう一度雪斗は彼女に、"言う"。
「久しぶりだな」
朱里もニヤリと微笑んで答える。太陽が隠れて、束の間の涼しさを味わいながら。
「久しぶりね、雪斗」、と。
※誰が為の黄昏内での時系列で見ると少し未来のお話になります。(三章冒頭につながります)
問 : 織姫と彦星は"生きて"いるのか。




