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誰が為の黄昏  作者: あめ
【2章】つき灯りに揺れる・前編
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【閑話】御伽話

 

「────帝は空に一番近い山が駿河国にあると聞いて、不老不死の薬をそこで焼かせました。煙は高く、ずっと上がり続けました。不老不死の薬を焼かせたことから、その山は富士山と呼ばれることになりました──。お終い」

「何よ、めでたしめでたしで終わらないのね。その話」


 ぺたりと絨毯の上に腰を下ろした時雨の膝の上には、悪魔の双子の片割れ──リゼが乗っていた。切ったばかりの髪は肩下で揺れ、とっぷりと染められた黒は全ての光を吸収している。

 リゼの紫の双眸は好奇心でキラキラ輝いていた。


「日本のお話って"めでたしめでたし"で終わるもんだと思ってた」


 ソファの上からそう言うのは、悪魔の双子の片割れ──ロゼ。不思議そうな顔をしながら、時雨がリゼの御要望で読み聞かせていた『かぐや姫』の本を見ている。……とは言ってもまだ字は殆ど読めないから絵を見ているだけなのだが。

 いつかリゼが持ってきた『お菓子の家』は、揃えられた本棚の片隅に鎮座している。


「う〜ん、日本の子供向けのお話は確かに"めでたしめでたし"が多いわね。日本だと残虐な所とかは全部置換されて、最後に無理やりハッピーエンドが多いのは事実ね……」


 言われてみれば、と時雨は頷く。外では梅雨という季節さながら雨が降り続いている。外に出ればカタツムリとか紫陽花が綺麗なのだろうけど、生憎そこまでして家から出たくは無かった。


「おじいさんとおばあさん、とか(みかど)様とかかぐや姫が好きだったんでしょ? 月の人達が連れていかなければ良かったのに……。何でこのお話ここで終わりなんだろう?」


 ぴしり! とロゼは最後のページを開いた。富士山の頂上から煙が上がっているシーンだ。

 どうして? と時雨はロゼの瞳に訴えられるが、生憎時雨はその答えを持っていない。一緒に首を傾げるしかなかった。


「月の人たちも分からずやね。石頭?」


 リゼも首を傾げる。石頭なんて言葉どこで覚えたんだろう? と時雨は少し疑問に思ったが、直ぐに分かった。雪斗との軽い口喧嘩で、お互いバカとかアホとか石頭とか言いまくってたっけ。聞かれてしまっていたのだろう。

 時雨の背を使い、たらりと冷たい汗が這い落ちる。このままいくとこの純粋な子供達に悪影響を及ぼしかねない、と。

 "時すでに遅し"という言葉は脳裏に流れてこなかった。


「日本の御伽話って何かこう微妙よね。『わらしべ長者』もどうしてあそこで終わりなのかしら?」

「最後、最後……あぁ、あれね。家の主が帰ってこなくて留守番頼まれた人が財産貰いましたってやつね」

「それよそれ。ずっと待ってるのは寂しいでしょうに」

「価値観の違いってやつじゃないかな? 姉様」

「難しいわね……」


 リゼとロゼは子供特有の柔軟な思考回路を使い、あれやこれやと話し始めた。


 ──足が、痺れた……。


 リゼに乗られている時雨は下手に身動きが取れず、足が痺れ始めていた。いや、最早足の感覚がない。神経が麻痺してしまったようだ。


「ねぇ、時雨姉様。他にお話はないの?」「そうだよ時雨姉様。雨の日は憂鬱だからもっと読んでよ」


 憂鬱なんて難しい単語どこで覚えたの、と時雨は思いこそしたが、言わずもがな雪斗だろう。今彼はどこかに出かけており、帰ってくるのは夕方としか時雨に伝えていない。

 こんな雨の日にどこに出掛けたのだろうか、という疑問は持ちこそすれ、答えを求める気などない。

 槻は暫く向こうで忙しそうにしてるだろうから、帰ってくるのは秋頃か。

 窓を見ればどこから来たのか分からない碧眼が、ぼんやりこちらを見返してくる。この瞳のせいで人目を気にするようになり、転じて人の心を、思考を読むことが上手くなった。

 学校にこそ通っていないが、もし登校していたら虐めにあっていたのかしら、と思うことも多々ある。

 この──異質な碧眼を好きになる日は来るのだろうか。


「そうねぇ、〈黄昏〉に伝わる御伽話なんてどうかしら?」


 夢現(ゆめうつつ)な思考から意識を取り戻す。


「〈黄昏〉に御伽話なんてあるの?」「意外かも」


 興味がむくむくと湧いてきたらしい双子は、ちょこんと時雨の前に座る。時雨は時計を見た。まだ、夕飯まで、雪斗が帰って来るまでには時間はある。だが、全部は語れない。

 時雨は暫し考えた。どれから話そうか、と。

 ──〈黄昏〉には幾つかの、昔から伝わっている御伽話(ものがたり)、逸話が存在している。『御伽話の始まりは』、はその名前の通り一番始まりの物語だ。終わりの物語は知らない。そもそも存在しないのかもしれない。

 例外的に、『〈黄昏〉とんでも御伽話』という良く分からないけど、取り敢えずまぁ適当なお話をミキサーにぶち込んでジュースにした後、凍らせてかき氷にした感じの創作もある。

 時雨も幼い頃から〈黄昏〉に伝わる御伽話は良く読み聞かせられた為、大体の話の内容は覚えている。が、『〈黄昏〉とんでも御伽話』だけは例外で、なぜか覚えていない。大方(おおかた)話がぶっ飛びすぎて、当時の時雨にはキャパオーバーだったのだろう。


「うーん、じゃあまずはベターな【蝶使いの逸話】でも話しましょうか」


 キラキラとした双子の視線にこそばゆしさを感じながら、時雨は語り始める。嘘か(まこと)か分からない、かの御伽話(おとぎばなし)を。



「いつの天皇の時代だったか──」


〈裏設定〉


どこかで双子が本を読んでいたシーンがあったと思うのですが、何故ここで本──文が読めなくなっているか。


それは記憶処理を受けた際の副作用の1つとして、"文字が読めなくなる"というのが現れたから。


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