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誰が為の黄昏  作者: あめ
【1章】サラダボウル
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少年少女 1

────雪斗、槻、時雨の3人はひとつの屋根の下で生活している。ひとつの任務を終え、暫くの休息を味わっていた時雨。だがそんな彼女の元に災難が訪れる。



 数日後の朝。

 頭の上に日が昇る頃。ようやく時雨は目覚めた。昨夜寝たのはだいぶ遅かった。強いて言うなら昨夜ではない。今朝か。時雨は寝坊しても仕方ないかと開き直りながら、器用に髪を結った。結い終わると、最後の抵抗だと言わんばかりに大きな欠伸をしながらもう一度布団に潜り込んだ。

 癖のようなもので、そのままベッド脇のタブレットを起動させると〈黄昏〉から随時送られてくる連絡を確認する。通知バーに幾つかあるメッセージ。


「やっぱりなぁ」


 案の定だった。勢いをつけて布団から脱出すると適当な服を引っ張り出して着替える。そして髪をほどき、溶かし、結び直す。ようやくカーテンを開けると外にいたカラスが驚いて飛び去った。

 自室の扉を開け、ふらふらと廊下へと出る。手すりに頼りながら、階段をおりる。


 そんな時雨に対し、槻と雪斗は既に起きていたらしい。何やら向かい合って何やら話している。解放されている窓から風がお邪魔しますとやってくる度、その脇に置かれた紙がパタパタと暴れている。

 時雨の降りてくる音に先に気がついたのは、耳の良い槻。顔を上げ、まだ視界がぼんやりとしている時雨に笑いかける。


「時雨おはよー! 朝ごはんなら冷蔵庫に入ってるからね。苺とバターと餡子のサンドウィッチだよ。あの美味しいやつ」

「俺と槻の勝負がついたら次は時雨な。決着までまだまだ時間がかかるから適当に暇つぶししててくれ」


 雪斗は雪斗で片手にコーヒーを持たせながら、暴れ回る資料をおさえていた。時雨は最後の欠伸を大きくするとようやく階段から降りた。


「ごめんごめん。うっかり二度寝してたわ。朝ごはんは私の大好物なの……ね──? ん?」


 朝ごはんが大好物のサンドウィッチと聞き、時雨は浮き足立った。軽くスキップまでしかけていた。しかし冷蔵庫に向かう途中、二人が何をしているのかを見てしまった時、浮き足はピタリと止まった。いや、止まらざるを得なかった。人間の本能にあるのだろう。それは確実に。


 見つけてはならないものを見つけてしまうというのは。


 真面目な(寝惚けている)時雨は、苺サンドウィッチの事を暫し忘れ、目の前の状況を理解することにした。黒髪を縛り直し、思考をパチリと切り替える。


 槻と雪斗の二人はそんな時雨など興味ないとでも言うように、正方形の盤上に白と黒の様々な形をした駒らしきものを置いたり、ひっくり返したりしている。ぱっと見た感じ──白黒で駒をひっくり返したりしているあたり、オセロに見える。が、どこか違う。具体的にどこが違うのか、と言われると全部と答えるしかないのだが。

 時雨は何が入ってるか分からない恐ろしいほどの蛍光ピンク色の駄菓子を見た気がした。そしてその成分を聞く大人の気持ちになって二人に質問する。


「……あの、(つき)さん、雪斗(ゆきと)さん? 非常に聞きたくないんだけど…………それ、何?」

「あ、これ? チェロ《chello》だよ」


 槻は明るく答えた。


「──チェロ?」


 時雨の脳味噌が覚えている限りなら"チェロ"とは弦楽器の一種を指すはずである。少なくともボードゲームにそんな名前の物はなかったと、思う。しかし、時雨は考えた。


 ──おもちゃ会社は子供に喜んで貰えるような楽しい(うれる)ゲームをせっせと開発している訳だし。実は結構最近のコアなゲームだったりするのかもしれない。


 うんうんと時雨は一人で頷いた。そして、それ以上何も考えない様にと動かない足を必死に動かし冷蔵庫へと向かう。そんな時雨の逃避めいた考えは雪斗の呑気な声によって吹き飛ばされる。



「この間あまりにも暇だったから槻と二人で考えたゲームだ。チェス(Chess)オセロ(Othello)を足して二で割って+αしたゲーム。丁度その時、時雨外出していたから知らなくてもしょうが無いな」

「………ん?」


 どこか自信満々な雪斗はちらりと時雨を見た。時雨はどうやら黒髪をくるくるとしながら何か考えているようだ。今の説明で既に何か引っかかる点でもあったのだろうか。雪斗は甘めのコーヒーを一口含んだ。

 そんな雪斗の説明を槻が受け継ぐ。


「基本的なルールはオセロと同じだよ。他の色に挟まれたらひっくり返すの」

「ぷ、+αっ? いや待って他の色って……何色あるのよ」


 好奇心に負けて時雨は質問する。好奇心は時に身を助け、時たまに身を滅ぼすものでもある。今回はどちらだろうか。


「普通のオセロってさ、盤が全部駒で埋まったら終わりでしょ? で、盤を占めてる色の多い方が勝ち。あ、今は五色くらい?」

「う、うん……結構多いのね」

「このゲームは盤の上が全部同じ色の駒で埋まらないとダメなの」

「き、鬼畜ゲーすぎる」


 時雨は無意識に一歩下がっていた。時雨の気が付かないところで、嫌な予感センサーがピピッと何か警告している。


「でもさ、そうするとチェス関係ないでしょ? しかもこれだけのルールだと盤が埋まったら強制終了。そこで私と雪斗は考えました」


 盤が一つの色でうまるってこと自体がまずないだろうな……と時雨はぼんやり思う。そんな時雨の思考は露知らず。ふふんと自慢げに槻は腰に手を置き言う。


「チェスの駒みたいにそれぞれに役割を持たせたんだ。あ、ちなみに将棋とかじゃないのは白黒じゃないから」


 ──成程、このゲームは日本(オセロ)チェス(西洋)のコラボレーションな訳か。

 時雨は斜め81°の方向に納得していた。そして色々おかしいと思いながら、ついつい感心もしてしまう。また涼し気な風が通り抜けていった。時雨は止めていた足を再び動かし始めると冷蔵庫の前に立った。そして牛乳を取り出し、砂糖を入れないコーヒーを作りながら言う。


「うん、分かった。何となく分かったよ。……ちなみにお二人さん、今何手目?」


 次の瞬間、時雨は何も考えないでその質問をしたことを後悔した。


「確か百は越したよね」

「途中から数えるの放棄したからな」


 時雨は瞑目した。そして先程の雪斗の言葉が脳内を闊歩する。嫌な予感センサーもフル稼働。


 "次は時雨な"


 次の瞬間、時雨はコーヒーをテーブルに置き、瞬間移動をしたとしかいえないスピードで階段に足をかけていた。ふわりと浮かんだ髪の毛が勢い余って頬を殴った。かなり痛いかったが、うつらうつらとしていた脳みそが叩き起されたから問題無しだ。

 だが、


「やだなぁ、時雨。逃げないでよ」


 時雨の逃避劇は一瞬で終わった。ふと気がついたら、強ばった肩には冷たく、無慈悲な手が置かれていた。心臓は有り得ないスピードで脈を打ち、時雨は本能的に両手を上げた。


「ギブ」


 槻の片手が腰に伸ばされていたことに気がつき、危機一髪だったのだと遅かれながら気づく。槻の腰には愛用の黒いナイフが数本常に装備されているのだ。それはもう、切れ味抜群の。

 

「良いよ」


 案外あっさりと降参したな、と思いながら槻は肩から手を離した。その隙に時雨は逃げようとしたが、槻はすぐさま手首を掴んだ。


「さぁ、時雨座って」

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