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誰が為の黄昏  作者: あめ
【2章】つき灯りに揺れる・前編
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諜報組織4

 


「で、槻はどうして戻ってきたわけ? この間帰ってきたばっからしいじゃん」


 丸テーブルを挟んで二人は向かい合う。


「呼ばれたの」


 槻はチクチクとクッションを治療しながら言った。槻は時雨のおかげである程度縫い物ができる。槻は何かあれば直ぐにナイフを手に持ち、周りのものを"うっかり"を引き裂いてしまう。槻は布を破く、破るのが得意。それに見兼ねた(呆れたともいう)時雨が裁縫教室for槻を開き、徹夜で教え込んだのだ。槻の右ポケットを叩けば針が。左ポケットを漁れば持ち運び用ソーイングセットが出てくる。

 時雨に教わった頃は針穴に糸を通そうとして指に穴を開けていた。しかし今の槻はそんな事はしない。精々糸を通そうとしてプクゥっと血の玉を作るくらいだ。

 ──たかが血の玉程度。

 槻は玉留めを終えるとちらりと朱里を見た。そしてまた視線を落とし、聞き返す。


「朱里こそ。どうしているの? ハニトラ組織がここにいるのも珍しい気がする」

「あぁ、暇貰ったの。この間一仕事終わらせてきて。……槻、絆創膏欲しい? いや、あげようか?」

「ん? このくらい舐めれば治るよ」


 槻は朱に点々と染まった糸と水玉が浮かんだ指を顔の前に上げながら言った。そんな槻の耳に大きな欠伸と溜息が届く。槻が音源を見れば、朱里はむにゃむにゃと目を擦っていた。


「眠いの?」


 槻は指を舐めながら聞いた。ふんわりと()()()鉄の香りが口の中に広がる。そして次に槻が指を見た時には血は瘡蓋となり、脱走しようとしていた血はせき止められていた。


「知ってる? まだ朝なのよ」


 朱里は、またひとつ大きい欠伸をすると、またもぞもぞと巣に潜り込んだ。朱里の形に布団が膨れ上がる。


「え、寝ちゃダメ」


 槻は立ち上がり、ベッドの前に立つとひとまず朱里の布団を剥いだ。これから一日が始まるというのに寝るのはありえない。


「ちょ!? 何するの! せっかく溜め込んどいたぬくぬくが消えたじゃない!」

「知らなーい」


 槻の目は爛々と輝いていた。その目を見て朱里はちくしょうと呟くと堪忍して二段ベッドから降りてきた。寝れなかった分はお昼寝でもして取り返せばいい。どうせ今日は一日雨だ。外に出ることも無いだろう。

 朱里が早々に堪忍したと悟った槻は嬉しそうに破顔すると、言う。


「あ、起きた起きた。おはよう朱里」

「誰のせいだと思ってんのよ……槻、特別に薬でも持ってやろうか? 効果抜群永遠に眠ってられるから」

「ふふんやだ。今は六時か……朝ごはんまで時間あるね。何して遊ぼっか?」


 槻は一時間ほど前にカツカレーを食べたことを忘れていた。ついでに叶という人物の存在も忘れていた。


「何するするって言われても……あ」


 ポンッと朱里は手を打って槻を見た。


「ん?」

「暇ならあのゲームやってみたい!」


 朱里は突然前かがみになった。槻は少々気圧されながらも「何のゲーム?」と聞いた。朱里はその鳶色の瞳をキラキラと輝かせながら特大級の爆弾を落とした。


「チェロ!」




 ■◆■




 大きなガラスは雨で濡れており、時折空を慌てて駆ける鳥を見ることが出来る。人はまだ食堂に来ておらず空いている。

 朝七時から十時までの時間帯、食堂はバイキング形式の朝ごはんを提供する。米、クロワッサンを初めとしたパン、オニオンスープに野菜たっぷりの味噌汁、溢れんばかりに野菜が盛られたサラダボウル、そしてその他諸々のおかず。そしてデザート。苺のヨーグルトは程よく甘くて美味しい。

 槻は早朝にカツカレーを食べたと言うのに列に並び、手当り次第に少しずつおかずを取っている。何気人参が入っていないものを選んでいるのは気のせいか。最後にご飯と味噌汁を取り、適当な席に座る。今日の味噌汁は大根とワカメだ。細く切られた大根はしんなりしていてとても柔らかい。

 朱里(あかり)はクロワッサンを選ぶとブルーベリーのジャムとマーガリンの小袋を一つずつ取った。サラダに和風ドレッシングをかけ、ゆで卵を載せる。最後にオレンジジュースをとり、デザートには果物を選んだ。


「うっ手に染みそう」


 朱里が選んだオレンジを見て、槻は更にボロボロになった指を隠した。あの時、朱里が言った言葉に驚いて指に針をぶっ刺したのだ。そこには新たに絆創膏が貼られていた。


「食べる?」


 意地悪い顔をしながら朱里はオレンジを槻に差し出す。槻は恨み深く朱里を一睨みすると席を立った。


「コーヒーとってくる」


 ひらひらと朱里は手を振り、行ってらっしゃいと言う。槻が飲むのはいつもブラックのコーヒー。別に甘いのが嫌いなわけではない。ただ昔子供だからと甘めで出されたコーヒーがトラウマになっているだけだ。槻はぼーっとしながらコーヒーを注ぐ。だからその聞くだけで寒気がする足音にも気が付かなかった。


「甘いのは嫌いかい? 子猫ちゃん」


 ポンと肩に手が置かれて耳元で風が通る。

 ガッシャーーンという音を立てて槻の手のひらからコーヒーが滑り落ちた。否逃げた。足にコーヒーがかかったが気にしない。

 一瞬で嫌悪と寒気が背筋を這い上がり、槻の脳を停止させた。瞬間冷凍である。溶けきるのにいったいどのくらい時間がかかるのか。

 槻は雀の凍った涙……じゃなくて蚤の凍った涙ほどの冷ややかな勇気をかけ集め、言った。


「叶さん、ここは諜報組織です……よ?」


 声主は、槻がこの世で一番関わりたくないその人だった。

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