諜報組織 1
槻は自分が身を置いている組織である戦闘機関諜報組織の建物に帰還していた
「あら? 槻ちゃんじゃないの」
001-07 戦闘機関諜報組織つまるところ槻の半身が所属する組織。〈何かを奪う〉組織の建物に槻は戻ってきていた。日本山脈の間にひっそりと大きな二つの組織が置かれている。ひとつは地下に、もう一つは空を突き抜けるように。
そのうちの空を貫かんばかりの塔を持つ方が諜報組織の建物である。真っ白い外見は木々の緑を反射し、様々な色を映し出す。
少し離れた場所には湖もあり冬に行くと氷を貼ってこそいるが、夏場は蚊の主な発生地帯である。もしうっかりそこに踏み込もうなら蚊の餌食となることは間違いない。
言うてこの建物の周りはどちらかと言うと針葉樹こと常緑樹と呼ばれる類のものが多い。背は高く一年中青々としている木々に囲まれた建物は意外と目立たない。こんな秘境のような場所に来るもの好きは居らず、〈黄昏〉の管理局で情報漏洩が無いように常に護られている。
水鼠色の空が泣いている中、槻は一人その場所に辿り着いた。
さっきまで一緒にいた氷は所属している組織が違うからここまでは来れない。せいぜい部外者が入れるのは、エントランスのような場所のみ。
「びちゃびちゃだぁ……」
傘をささなかったことを槻は少し後悔した。栗色の髪は濡れ、ぽたぽたと地に水玉を作っていた。そんな時水たまりを避けている足音二つ、静かな声が一つ。槻の耳に入ってきた。
お久しぶりなその声主を確認すべく、槻は後ろを振り向く。
「白樹さん……それに白夜さん……」
銀を鋳溶かした様な髪は相変わらず鏡のように色を反射している。不思議な色のオッドアイは宝石が埋め込まれているように相変わらず爛々と輝いていた。そしてその隣の彼は雨の中でもふわふわした白髪をぴょこぴょこさせている。彼女の半歩後ろを歩いている彼も仲良くびちゃびちゃに濡れていた。
──白樹と白夜。その二人も槻と同じ組織であった。
「──早く中に入ろうよ。じゃないと二人揃って風邪ひいちゃうから」
「そうね。槻ちゃん、一緒にお風呂行きましょ。白夜はご飯の場所取りしてて」
「……どのくらいかかる……?」
恐る恐るというように白夜は問うた。返ってこない返事が全てを物語っている。
相変わらずな二人の先輩に槻は少し綻んだ。この二人がここにいるのは本当に珍しい。
■◆■
「白樹さんと白夜さんがここにいるの珍しいですね」
槻はカツカレーのカツをスプーンで切り分けながら言った。白樹隣の白夜は何も食べないらしく、うつ伏せになって寝ている。
「うん、確かに。少し前に帰ったばっかりね」
「今度はどこに?」
「イタリア支部」
おにぎりにかぶりつきながら白樹は答えた。中身は梅干しである。本人曰く『日本に帰ったら梅干しのおにぎり食べたかったから』らしい。
「どうでしたか」
槻のその質問に白樹はどこまで話すべきか少し躊躇う。よもやどったんばったんいえーいだったと説明する訳にも行かないし、かと言って子供達を実験体にし、おもちゃにしていた奴がいたなんて言えないし。
白樹は結構融通が効かない。そんな白樹を後目に隣で狸寝入りしている白夜は必死に爆笑を堪えていた。白樹が何も言わないのを変な方向に悟ってしまった槻の顔は、一瞬で蒼白となった。
「まさか何か……」
「いやいや待って槻ちゃん何も無いから。万事OK異常無しだったわ。強いて言うなら昆布のおにぎりが食べられなかったことくらい」
手をブンブンと振りながら否定し始めた白樹は、自分でも何を言っているか分からないらしい。言い切った後、首を捻っていた。
それだから爆笑を堪え切ることが出来ず、ついに肩がふるふると震えている白夜には塵にも気が付かない。
「普通だったわよ。ただ今回は支部の監視を行った期間が短いから漏れがある気もするわね。近いうちにまた戻ることになると思うわ。──ん? ちょっと白夜何笑ってるのよ。あなたも行くのよ」
白樹の目が白夜を睨んだ。白夜は笑いながら起き上がると聞いた。
「あ、バレた……また行くの? 僕飛行機苦手だからパス。そもそもそんなの白樹が行かなくてもいーじゃん」
白樹のじっとりとした瞳に、白夜は少し紅みがかかった色素の薄い瞳で答える。そんなやり取りを露とも知らない槻は黙々とカレーを口に運ぶ。まだ明け方ということもあり、食堂には三人しかいない。元々諜報組織は人が少なく、殆どがどこかの大企業等に仕事をしに行ったりしている為、人がいること自体珍しいのだが。
「槻はどうしてここにいるの?」
白夜はふと気がついたように問いかけた。瞳が槻と一瞬交差したが、それぞれ何事も無かったかのように逸らす。
「……リーダーに呼ばれたんです。一回戻って顔見せろって」
白夜の純粋な疑問、そして瞳に隠されたその意図を正確に読み取った槻は、無難にそう返しておいた。この人は……どこか苦手だ。まるで人じゃ無いみたいで。そこに〈存在〉しているかも定かですらない。まるで幻の様な人。今例え目の前で霧となって消えてしまおうとも別に驚きはしない。
それが槻の白夜に対する評価だった。
一度だけ、知り合って間もない頃、白樹にそれを言ってしまったことがある。その時の彼女の表情を見た時滑らせるではなかったと直ぐに後悔した。白樹はいつも通りの不思議な笑い方で、それを流していたのだが。
「ふ〜ん」
白夜も白夜で槻に似た評価を持っていた。同族である翡翠に拾われた少女。『恩返し』、翡翠はそう言って消えかけた命を光で包み込んだ。変に情を持ち、慈悲深い彼女の考えは知ろうとも、分かろうとも思えない。救いなんて物を求めても足蹴にされた白夜には理解できなかった。気まぐれで救われた命。消えるまで後数刻だった命を拾われ、育てられた命。
槻という少女が羨ましいのかも知れない。何も出来ずに死んだ白夜は彼女とどこかで比べ、妬んでいる。
本来なら今、〈存在〉しているはずでは無かった少女。でも、だからこそ──彼女だからこそ二つの組織の橋と成りえている。
〈存在〉しているか定かではない命。
〈存在〉しているはずでは無かった命。
この二人が相入れることは無いだろう。
「ごめんなさい私ちょっと布団で休んできます……」
槻は唐突にふらりと立ち上がった。首元で緑石がついたネックレスが揺れている。
「うん、ここにいる時くらいゆっくりなさいな。……叶さんに見つからないように暫く隠したげるから」
途端、槻の顔がまた蒼白になったのを白樹は見てしまった。先程とは比べようもないくらいに。
きっとドッキリ幽霊大作戦☆和の部で人間だと思ったら青白い顔をした幽霊だったよ役に一発で受かるだろう。(意味がわからない)。ちなみに洋の部はない。絶賛近所の住民Aが洋の部を作ろうと努力している。彼の努力は叶うのか?! 近所の住民Aを追った恐怖のドキュメンタリー番組が出来るだろう。(出来ません)
ちなみにのちなみに近所の住民Aは最近雪女の二次創作にハマっていた。なかなか受けが良く、ちまたでは話題になっている。
分かりやすく槻は身を震わせた。
「あ、あ、あの人ここまでは来れないんでよゆーです余裕」
「槻、めっちゃ震えてるけど大丈夫?」
ニヤリとした意地悪い顔で白夜は聞いた。瑠雨譲りのその表情は白夜にもまた違った意味で似合う。
「風邪引いたみたいです……」
がっしゃんと大きな音を立て、カレー皿が槻の手から滑り落ちる。銀色のスプーンは宙を舞い、少し遅れて落ちる。さしもの白樹も目を丸くし、己が失言に遅れて気がつく。
──時すでに遅しなのだが。
白夜と目を合わせ、どうしたものかと白樹はため息をつく。
「お先に失礼します……」
フラフラと自室へ逃げ込みに行く槻を止める術など、白樹には無かった。珈琲を飲み始めた白樹は、銀糸を斜めに揺らしながらその後ろ姿を眺める。
「どうしたの」
「いや、単に大丈夫かなって」
「まぁ、氷が頑張ってくれれば大丈夫」
白夜は空になったコップを弄りながら小さく答えた。さて、と白樹は立ち上がった。
「今のうちに……時間のあるうちに暁闇について少し調べましょう。白夜」
時系列ミス……(小声)
1章終わり時点ではゴールデンウィークから5月半ばを推定しているのに対し、2章始まりでは6月初めの設定です。
半月抜けてるけど許してくださいませ




