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誰が為の黄昏  作者: あめ
【1章】サラダボウル
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【閑話】つき明かりに揺れる

 


「ねえ、あの日私が拾ってきた幼子は元気にしているかしら?」


 虫の吐息さえ聞こえそうな静かな執務室。ちりぃんとなる鈴の音、そして琴を弾いたような声が響き渡った。

 部屋の主は動かしていた腕を止め、一つ大きく息をした。信じられないとでも言うように。

 懐かしい声でふふふっと笑う声がする。ちりぃんちりぃんと心地よい鈴の音が近づいてきて机を挟み、止まる。風が柔らかく髪をそよぐ。

 やがて絞り出すように、掠れた声で彼女は言葉を紡いだ。突然の事に心臓が興奮でいつも以上に脈打つ。


「珍しい……お客様だこと」

「久しぶりね」


 001-07 戦闘機関諜報組織の現リーダー真由美(まゆみ)は顔を上げた。確かに、一人の少女がそこにいる。幻ではなく、確かに。

 綺麗な黒髪に暗闇でも柔らかく光る緑色の瞳。少女の周りだけ発光している様に明るい。真由美のお姉さんといつもいた人。


「驚いたこと……本当に姿すら変わってないなんて」

「姉妹揃って同じこと言うのね。あの人も最初出会った頃、息を吸う度に言ってたわ」


 真由美が少女の姿を目に焼き付けようと必死になっても次の瞬間にそれは、霧となって四散してしまう。名前も名乗らない、気配すら残さない少女を真由美は霧だと思うことにしていた。誰かと話した記憶はぼんやりとある、だけど実体を持たぬもののように記憶には残っていってくれない。少し意地悪な霧。


「あの人は……」

「えぇ、もう居ないわ。私も最近ようやく吹っ切れたの。どんなに眠って思い出の中に、夢の中に閉じこもっても愛しい人はもういないのよ」

「そう、ね……」


 真由美は背もたれに寄りかかり大きくため息をついた。逃げた幸せは戻ってこない。亡くなった人はもう戻ってこない。どんなに愛しい人であっても。

 

 奇跡が起きない限り。


「ねぇ、あの幼子は元気?」


 少女はいつの間にかに椅子に座っていた。そしてもう一度問いかける。真由美はそれに苦笑しながら答えた。答えたらまた消えてしまう気がしたから答えたくなかったのだけれど。


「元気よ。貴方がつけた名前のまま生きてる。振り子のような子に育ったわ。二つの自我を行ったり来たりしてる」


 少女は初めて嬉しそうに笑った。何時も悲しそうに目を伏せ、笑っていたのに。そして案の定、座ったばかりだと言うのに少女は立ち上がった。鈴が首元で揺れている。


「そっかぁ……会いに行こうかしら。覚えてないだろうけど」

「あの子ならもうすぐで……一時的にだけどこの建物に戻ってくる。会ってみたら?」

「そうね……ありがとう。じゃあ、またいつか」


 真由美が瞬きをすると目の前には誰もいなかった。残されたのは脳裏に響くちりぃんという心地よい鈴の音だけ。

 星の瞬きよりも短い、懐かしい霧との再会。夢なのかもしれない。でも彼女が拾ったあの幼子は、成長し、確かに今を生きている。存在している。夢ではない。現実なのだ。

 忘れないうちに書き留めておこう。

 真由美はそう思ったが直ぐにそれすら忘れてしまった。







 月明かりを浴びながら少女は無意味に草原を歩いていた。

 そして理由なく月を見上げ、手をのばす、が届かない。


「ねぇ、宗伝(そうでん)様。私、あなたみたいになれたかな?」


 ──貴方がいつかの私にしたみたいに十年と少し前少女を拾ってみたの。その時のご主人様はそれを見て泡を吹いていたわ。

 育てようとしたら止められて……他の人に預けることになったのだけれど。ちゃんと生きてるみたい。ねぇ、返事してよ? 一人は寂しいわ。


「また、私を見つけて……」


 探すのは疲れたの。また色々教えてよ。見つけてもらえる様に夜はずっとこの姿でいるから。めでたしめでたしで終わらなかったのは知ってたからなの? こうなる事を。


 ────かつて浅葱(あさぎ)という名を貰い、世に産み落とされた少女はいない。別な少女がいるだけだ。

 柔らかい風が吹いた後に、一匹の蝶が月に向かい舞い上がっていた。

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