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誰が為の黄昏  作者: あめ
【1章】サラダボウル
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〈色を食べる〉 1


 様々な色をみせる銀髪はシルクハットの中に。対をなしていない緑眼と碧眼は、ばれないように前髪で隠す。黒いタキシード調の服は白いスカーフで飾られ、その留め具には大きな赤い石のブローチを。

 持ち手が金色に飾られた黒いステッキを持てば白夢(はくむ)がそこに現れる。この瞬間、ちょっぴりの時間だけ白樹はいなくなるのだ。


 中央に街を見下ろす広葉樹が一本、威厳をもってそこにいる。雨が降ったらその腕で雨粒を受け止め、熱い夏には涼しさをもたらす大事な存在だ。足元の大きな根っこでは子供たちが遊ぶ場になり、大人たちにはつかの間の安息をもたらす。

 ──樹が一本、たった一本あるだけの本当にそれだけの公園。公園と呼べるのだろうか? 遊具も砂場も何も無い。人工物は空色に塗られたベンチだけ。その広すぎるスペースを弄ばしている様にも見えるし、そうでないようにも見える。

 そこに人々が集まり街中コンサート、大道芸が行われるのは最早必然だろう。〈黄昏〉に所属する白樹+αもそのうちの一人だった。


 彼女がその格好で軽い足取りでやってくると、遊んでいた子供たちは気が付き、我先にと走ってくる。不思議なことに最初のころは怖がられていた白夜も子供たちに懐かれている。今ではやりたい放題される様だ。

 何だかんだ文句を言いながらも白樹について来て子供たちと遊ぶのだから白夜も隅に置けない。


 ──最初は暇を弄ばしていた白樹が子供たちに本の読み聞かせを何となくやっていただけだった。暖かい風が吹く中、ただ読書するのもつまらない、そう言う白夜の意見を素直に白樹が取り入れてみたのだ。それが今では色々長いことあって白夢(はくむ)と名を改めさせられ、この格好で手品をやらされているのだ。

 一応彼女の面目(めんぼく)のために言っておこう。流れ流れた流れでこうなったのである。決して自分からやろうなんて思っていなかったのである。手品なんて。

 それが子供たち、だけでなく何故か白樹よろしく暇を弄ばしていた大人にも受けたのである。手品っぽいやつだからって鳩を飛ばしてみただけなのに。本当に謎だ。白樹の中の七不思議に殿堂入りしているくらい謎だ。


 ちなみにその鳩は、別な公園で餌をたかっていた鳩を餌付けしてみたものである。で、捕まえてみた。鳩も喜んで捕まった。それ以来、白樹と白夜の周りにいつもいる。これも白樹七不思議の一つであった。

 ここがエジプトだったら手を合わせ、美味しくいただきます、と焼いて食うところだが、あいにくここはエジプトでは無い。白樹もお腹が空いていたら、捕らえて食べたのかも知れない。しかし鳩にとっては幸運なことに白樹、ついでに()()()お腹いっぱいだった。


 その日、子供たちや大人が白樹の周りに賑わってくると白夜はそっとその場を離れた。白樹に目線が集まっている間、気付かれないようにこっそりと。目的地はとある一軒家。

 白夜がふと後ろを向くと白樹と目が合った。その右目──白樹の緑眼がキラリと輝いていたことに白夜は気が付かなかった。




 ◆■◆




「ほんと最低だわ! 兄様方! 私が寝てるところを魔法で叩き起こすなんて! 人生やり直してきて欲しいわ」


 蝶から姿を変えた少女はきつめの声音でそう言った。首元の鈴は揺れ、チリィンチリィンとうるさい程に音を響かせている。しかし、不思議なことに決して不愉快でない音だった。むしろ心地がよく、ずっと聞いていたい。そう、思わせる音。どこか懐かしさも感じられるこの鈴はいったい何なのだろうか。


「ごめん、ローリエ。起こすつもりはなかったのよ」


 白樹が申し訳なさそうに少女──ローリエに言った。ローリエはプンスカとしながら辺りを見渡すのを唐突にやめ、空──亜空間内の天井を仰いだ。空は真夜中を映しており、キラキラと星が瞬き競走しあっている。


「……ローリエ」


 少女はその名前を噛みしめるかのように目を閉じる。そして髪につけている少し淡い色を奏でているリボンをそっと撫でた。

 ふわりふわりと彼女が動くたびに滑らかで、温かい風が吹く。


「その名前で呼ばれても、もう"あの人"はいない。人の命って短いっていろんなところで聞くけれども、本当に、本当に短すぎると思うのよね。お陰様であの人がいなくなってから随分暇になってたわ」

「でもお前が出てきたってことは次の主人が決まったんですね。 翡翠(ひすい)


 瑠雨が欠伸混じりにそう言った。ローリエが巻き起こす風でパタパタと服がなびいている。それに対し、少しムッとした表情でローリエは返した。


「出てきたんじゃないわよ。叩き起こされたのよ。兄様達が御伽をバラバラ容赦なくふりまくから、お陰様で安眠妨害されたのよ。自覚、あるわよね」


 疑問形ではなく最早断定の口調だ。

 "御伽(おとぎ)"とはいわゆる魔法のことを指している。魔法の呼び方が御伽。


「起こしてない。遊んでただけです……蒼と白樹さんと白夜が」


 最後の方は小声で呟く。あざとい事に風はその微かな虫の呟きを運び、ローリエの耳に伝えた。


「……このくそやろう」


 ローリエは小さな声でそうぼやいた。

 ──前に会った時よりも口調が悪くなっている気がする。

 白夜はそう思ったが、巻き込まれたくないので何も言わず、白樹の後ろに隠れて沈黙を守った。

 彼女は亜空間内の地面、床に類するところを下駄でトンっと軽やかに蹴り、宙に身を投げた。くるっと体制を変えると今までの会話を微笑ましく見ていた蒼に声をかけた。


「久しぶりです。吉野蒼。この糞野郎様(瑠雨)があほであほであほで馬鹿で本当に申し訳なく思います」


 首の鈴がチリィンと鳴った。ふわりふわりと、まるでクラゲのように黒調のドレスが、レースが揺れる。黒の陰から時折顔を見せる緑色の布は、まるで人見知りしているみたいになかなか出てこない。


「久しぶりだね。二年くらい、かな。彼女が亡くなってからだから。どこに行ったのかなって思ってたけど、白樹の中で寝てたなんて思ってなかったよ」


 蒼は思わず笑いながら、そう返すと白樹のオッドアイ──緑色の眼を見た。よく考えてみれば白樹の緑色の隻眼は翡翠ことローリエに半身を貸していたからに他ならないからだったのだろう。


 ────〈蝶〉。瑠雨や白夜、翡翠達の事だ。全員で五人、のはず。彼等彼女等に、偶然か奇遇で選ばれ〈黄昏〉の姫となり、〈黄昏〉に身を委ねる。そして、御伽を使う代わりに代償として〈蝶〉に何かを差し出す必要がある。代償、とはいっても死んだら命寄越せ、とどこかの底辺悪魔が言う様な事や、何か行動とか制限される訳ではない。代償として選んだ部分──例えば髪の毛だったり、瞳だったり、色が〈蝶〉の持つ色に伴って変わるだけなのだ。

 "〈蝶〉の影響を受ける"、と言う方が正しいのかもしれない。


 例えば、蒼の碧眼は瑠雨への代償として眼を選んだから、白樹の銀髪は白夜への代償として髪を選んだから……とこんな感じである。なんでも良いのだ。自分の一部であれば。




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