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誰が為の黄昏  作者: あめ
【1章】サラダボウル
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〈蝶使い〉


吉野蒼と瑠雨は〈黄昏〉の組織のとある建物を訪れていた。暫く日本にいなかった友人──白樹を尋ねるために。





「ちょっと(はく)? どういう事なの!」


 その木の広いテーブルには、端がレースで飾られている白のテーブルクロスが適当に敷かれている。その上にはチョコレート、クッキー、飴などの食料と白地にイチゴの模様が描かれているティーセットがあった。さらに何に使われるか分からない透明な宝石──恐らく水晶と様々な色をしている透明な鉱物がある。決して宝石箱に入っているのではない。無造作に転がされているのだ。

 なみなみと注がれた紅茶は己を主張するように、のんびりと良い香りの湯気をたてていた。

 ここは001-07の建物内にある白樹のプライベートルーム。吉野蒼は山奥にあるこの建物へ遠路遥々訪れていた。

 テーブルに手をついて抗議する蒼を横目で見やりながら、白樹(はくじゅ)はティーカップを手に取った。そして優美に言う。


「それは私のセリフよ。〈譲葉〉とお友達のあなたに言われたくないわよ」


 そのセリフに蒼は少したじろいだ。別に悪いことではないはずなのだが、白樹にそう言われると悪いことのように思える。


「うっ、いや! あなたも何で姫ってこと明かしたのよ! 暁闇に知られたらただじゃ済まないんだよ?!」

「あ、暁闇ってやっぱりそういう認識でいいのね」


 優雅な仕草で白樹は紅茶を一口含んだ。蒼がプンスカしていることなんかお構い無しなのである。


「あーーーもうっ! もういい!!! そう! 暁闇! 暁闇についてだよ!」


 最早何もかも──思考すらポイッとゴミ箱に投げ捨てた蒼は、ここに来た本題に無理矢理移動させようとした。決して自分に都合の悪い話題になりそうなのを避けたかったからではない。

 来て早々頭を抱えて口をパクパクさせ、なぜか悶えている蒼のことをちらりと見ながら白樹は紅茶を一気に飲み干した。そして隣でゴロゴロと遊んでいる白夜(びゃくや)を見ると短く言う。


「白夜、結界」

「やだ」

「ん?」


 白樹は笑顔で〈色を食べてた(食事中の)〉白夜を睨みつけた。白夜がブルりと震え、首をちぎれんばかりに横に振っているのを見ると、どうやら白樹の顔には何か文字が書いてあるらしい。蒼はクッキーをひとつ手に取りながらその様子を見ていた。

 白夜は他人事だからと無視を決め込んでいる瑠雨(るう)に助けを求めた。


「助けてよ、瑠雨。僕のご主人様怖いんだけど」

「何ならうちの蒼をあげますよ。頭の中お花畑ですが、それで良ければ」

「酷い」


 蒼と瑠雨の関係は逆転していた。白夜はその提案に少し悩んだようだったが、やがてやっぱいいや、と辞退した。


「でも白樹、どうして急に」

「ここ最近ストレス溜まってんのよ。良いから付き合いなさいよ」

「ストレス発散? 良いけどさぁ」


 ちらりと蒼はじゃれあっている白夜と瑠雨を見た。視線に気がついた瑠雨が目をそらす。クッキー二個目を食べながら、蒼は渋々という感じに声をかけた。


「瑠雨、お願い」


 その言葉を聞いた瑠雨は目を逸らしたまま、パチリと指を鳴らした。すると、その場所を中心として景色が歪み始める。やがて、先程の景色が溶けてなくなる。蒼達が足をつけたのはいわゆるサイバー空間と呼ばれるような場所。

 キョロキョロと辺りを見渡すとふよふよと漂っている瑠雨と目が合った。


「……そう言えば瑠雨、この間SF系の本読んでたよね」

「ぱっと思い浮かんだ風景がそんな感じでした」


 その本私も読んでみようかなぁ、と蒼はこっそり思った。そんな蒼など関係無しに白樹は簡易な印を結び、唄うように唱え、叫ぶ。余程ストレスが溜まっていたらしく、その周囲でチロチロと小さな炎が上がっている。



 《狂宴に舞え

 焔華(ほむらばな)────!!!》


 《我に刃向かうを打ち砕き 我を護れ!

 雷霆樹(らいていじゅ)──!》



 瑠雨に背中をどつかれ、蒼も慌てて言葉を紡いだ。

 結界。それはいわゆる"魔法使い"の力によって具現化する。指定された範囲を亜空間とし、その区切り線が結界と呼ばれる。時間感覚も、何もかも歪む、それが亜空間であり結界の中。魔法は元々、何かも歪むその結界内でしかできなかった。だが今は違う。魔法が亜空間の一部ではない。亜空間が魔法の一部なのだ。

 その空間には元々何も無い。それを呼び出した者のイメージによって景色が変わり、空気が変わり、全てが変わる。


 白樹が謳った、通常の術式より遥かに短い詠唱──略式詠唱は彼女お得意のものである。ただ、シンプルに赤い火が煌々と燃え散りながらひとつの塊となり、蒼へと舞い躍る。

 それに対し、蒼が唱えたのは通常の長さの術式。幾重もの、千々(ちぢ)の雷が地面を貫くように生え、蒼を守るかのように大きく籠をつくった。本来ならこの術式は敵を逃がさないように捕らえる役目をする物である。だが今、蒼は防御をする為に自分を籠に閉じ込めた。格子の役割をしているのは無論、電撃。


 炸裂音がし、焔と幾重もの雷──電撃が激しくぶつかり合い、拮抗し、そして打ち消し合う。亜空間内にその衝撃が伝わり、そして消滅する。消滅したとは言っても蒼の電撃は空中をパチパチと走り、白樹の焔は未だ煌々と宙を歩いていた。

 消滅するというのは彼女達にとっては、無害になったという事を指す。

 蒼は少し涙目で背中をさすりながら瑠雨に文句を言った。


「瑠雨ーー! 背中痛いよ」

「油断禁物ってのを教えてあげたんですよ。感謝して貰ってもいいくらいです」


 瑠雨は蒼の後ろをフラフラと飛び回りながら返す。時折、指で電撃に触れ、掴むような仕草をしている。そんな様子を確認しながら蒼はどんっと力強く胸を叩きながら言う。


(はく)がそんな危ないヤツ飛ばしてくるはずないから心配無用!」

「蒼、白樹をそういう意味では完全に信用しない方がいいよ」


 こちらでは白夜(びゃくや)がチリチリと歩いている(ほむら)を捕まえていた。


「白樹ったら、うっかり蒼を傷つけかけたよ」

「瑠雨がいるから大丈夫だと思ったの……」


 しゅんと白樹は項垂れたふりをした。


 白樹の反応を待たず蒼が何も無い宙に手を出し、紋様を刻み始めた。その顔はとっても嬉しそうで、楽しそう。まるで土曜日の朝慌てて起きたけれどその日は学校がないのに気が付き、布団に潜り直しゲームをし始める学生のようである。

 白夜と瑠雨はゆらりゆらり漂いながら二人を見下ろしていた。



 《其を嘲るは道化なり

 星嘲るは雷雹珠(らいひょうじゅ)────!》




「「あ、やばい」」


 蒼がその詠唱を唱え始めたのを白樹と白夜はやばいと称した。瑠雨はその二人の慌てた様子を楽しそうに口角をあげ、眺めている。

 蒼が詠唱を終えると彼女の周りに青い蝶達が舞い始め、消えた。そんな蝶達と入れ替わるように小さな氷の粒が現れる。

 何か内包している。



 《そ、祖に纒わる由縁は何とも知らん

 ただ存在するは 雷炎なり────!》



 噛んで涙目になりながらも白樹はそれを唯一、完全に打ち消す詠唱を叫ぶように謳った。

 蒼が放った詠唱は殺傷能力があるもの。威力こそ抑えてはいるだろうが、食らったら無傷ではいられないだろう。蒼はそれを笑顔で放とうとしているのだから、恐ろしいことこの上ない。楽しそうにしている瑠雨も同等だ。


 蒼が指示するように手を前に下ろすと氷弾が一気に宙をスライドした。きらりきらりと小さな氷粉を散らしながら空気を切り裂くそれが内包しているのは雷。いや、電気なのか。


 白樹が謳い、現れた炎も電撃を纏っている。


 二つがそれぞれ打ち消し合い、辺りには先程とは比べ物にならないくらいの衝撃が空気を叩き、あるもの全てを吹き飛ば……すはずだった。事実、瑠雨と白夜は防御壁でそれぞれの主人と自分等の周りを護ろうとしていた。


 

 緑色の蝶が舞う。キラキラと鱗粉を散らしながら。



「なっ──?!」


 驚きの声を上げたのは誰だったのか。

 鋭く風が吹き、雷と炎を蹴散らした。撒き散らされた雷と炎はそのエネルギーを持って再び衝突しようとする。

 ────もう一度風が吹いた。暴風。撒き散らされても、懲りずにまた衝突しようとするそれらを今度は完全に打ち砕く。──風が収まった。ひらりと風にのり、一羽の蝶が姿を現した。


「ふわぁあああ、よく寝たわぁ。寝てたんだけど……叩き起されるなんて最高の気分よ、兄様方?」


 蝶はふわりと眠たそうに欠伸をする少女に、溶けるように変わった。パチリと開かれた瞼の奥に見えるのは、深い、それでいて鮮やかな緑。







 ────私たちが今、地を踏みしめ、空を見上げ、生きている現代、魔法を使う人間はこう呼ばれていた。




 〈蝶使い(黄昏の姫)〉、と。




・001-07 戦闘機関諜報組織。〈何かを奪う機関〉

本作の現登場人物では槻、白樹、白夜が所属している。



・結界とは何かを簡潔に纏めよう。

 "魔法を使うのに都合の良い空間を作り出す詠唱の1つ"

 


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