【閑話】私の金平糖を食べたのは誰だ
「ふ、ふぎゃ、ふぎゃああああぁぁぁ!!!!」
朝からその小さな一軒家から叫び声が聞こえる。
朝と言っても早朝。暁時と呼ばれる頃合だろうか。
太陽がこんにちは……いや、朝だからおはようございますと愉快に顔を出し始めた位の時間帯。
その叫び声につくつくと黒いスーツを整えていたカラスは驚いて屋根から飛び去り、寝ぼけ眼で朝のパトロールをしていた猫は垂直に飛び跳ねた。
ここで地球がドッカンと爆発すれば愉快通快な笑い話になるし、絵になるのかもしれない。しかし生憎そんな事は無い。一石三鳥など夢のまた夢。
そもそもカラスと猫の下りすら誇張して表現しているのだ。
別に少女一人が叫んだ位で世間一般の人様方に何の影響もないのは当たり前……当たり前のはずである。
強いて言うなら、早起きの近所のおばちゃんがごみ捨てついでに悲鳴叫声を聞いて微笑むくらいだろう。
だがうちはうち、外は外とはやはり言うもので、その小さな一軒家の内部では怒り狂った猫が怯え縮まっている人間を睨みつけていた。
「雪斗さん? おはようございます。現場にノコノコ戻ってくるとはバカな犯人だわね」
「いや違う。違う。違うから」
カンカンに怒りまくって湯気が立っている人間ですら凍てつかせそうな絶対零度の視線。それは猫――時雨から発されていた。
彼女は先程の叫び声の犯人でもある。
一方、早い時間に起きてしまった雪斗は、我が身を進行形で呪っていた。
今日の分のお米を研いでいたのか忘れてしまい、気になって眠れなくなってしまったのだ。だからそれを台所に確認しに来た。
そこまでは良かった。きっちりお米研いであったし。
そこで徹夜作業で〈黄昏〉からの依頼をやっていた時雨に遭遇したのが不幸だった。
時雨は脳への糖分が欲しいと、いつも台所の適当な場所に置いている金平糖を漁りに来ていた。
だがしかし、時雨は金平糖を見つけなかった。何時も瓶に入れてここに置いてあるはずなのに……? と思い、再度探してみても無い。ないものは無い。
ただ、無から有は生まれないが、有から無にする事は可能だ。
どうやって? 食べたら無くなる。それだけ。
で、今。
「食べてないって」
「嘘はダメ。 正直に言った方が身になるはずよ」
「般若相手に嘘なんかつけな……何でもないですごめんなさい。でも食べてません」
般若と言われ時雨の顔がさらに般若となる。意味が分からないと思うかもしれないが事実そうなのだから仕方ない。
ちなみにその頃、いい子な槻は洗いたての布団に包まり、ぐっすりスヤスヤ眠っていた。
「じぃーーーー」
時雨がまだ怪しいと雪斗を睨みつけているが、生憎雪斗は時雨の扱いに長けていた。
時雨のこういうのを躱すなんてちょちょいのちょいである。ただ、一言魔法の言葉を呟けばいい。
「俺は寝る。時雨も早く寝ろよ。疲れてるだろうから。夕飯はお汁粉かな……」
キラリと時雨の宝石の様な碧眼が輝く。少々恐れながらも雪斗は餌をちらつかせる。
「こし餡のお汁粉かな……」
「こし餡」
「食後には杏仁豆腐も」
杏仁豆腐は槻に作らせようと考えながら雪斗は餌を振りまいていく。ちなみに槻はその頃、階下の会話で目が覚め、スマホで遊んでいた。
「杏仁豆腐」
呪詛のように時雨は反復する。宝石の様だと比喩した碧眼は怪しく輝いている。
「今すぐ寝たら、な。じゃないと夕飯は庭にノコノコ生えてきたパクチーをタップリ使ってやる」
雪斗はニヤリと言い切る。
「おやすみなさい」
杏仁豆腐とお汁粉のダブルコンビの誘惑は大好物の金平糖すら流石に超えるらしい。尚、パクチーは時雨の大好物である。
時雨は階段に足をかけ、覚束無い足取りながらも自室へと向かっていった。
「餅と餡子……無いな…………」
時雨が布団に潜った頃、雪斗は今日買い物に行かなくてはならなくなった事に気が付き絶望に陥っていた。
食料庫には餅米こそあるが餅は無かった。ダメ押しと言わんばかりに餡子は粒あんしかなかった。
~後日談~
「で、金平糖ちゃんどこいったか知らないの? 雪斗」
「知らないって……」
「あ、もしかして可愛い小瓶に入ってた金平糖?」
槻は魔法のように何処からか丸い形をした小瓶を取り出した。槻が降るとカラカラと音がする。
「そうそう、それそれ………ん? ん? んんん? ちょ、まっ、なん」
「ほらやっぱり俺じゃなかった。金平糖槻持ってるじゃねーか」
「これねー、昨日私掃除当番だったでしょ? その時に避けてたんだよね。ごめん。杏仁豆腐で許して」
「槻なら許すよ」
犯人は槻でした。