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誰が為の黄昏  作者: あめ
【1章】サラダボウル
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銀色4

 

  ■◆■◆■



「長いわバカ」



 一通り、千里が語り終えたのを待ち、蒼は途中持ってきたコップをがんと置いた。その衝撃でなみなみと注がれていた水が辺りに飛び散る。蒼のその顔は、今しがた悪態を付いたとは思えないほどにさわやかな笑顔だった。顔で笑い、心で怒るというやつだろうか。いや、既に言葉に出していたが。

 

「怖いなぁ。いいじゃないの別に」


 千里は唇を尖らせて抗議した。蒼は苺サンドイッチを食べ尽くされた恨みもあり、千里の頬をつねりまくりたかった。しかし、今の千里の長話にはそれに比例し、美味しいネタが大量に入っていたのも確かだ。

 蒼は自分を落ち着かせるように水を一口含んだ。そして今聞いた話の重要箇所を脳内でピックアップする。

 

 ──ひとつ、ふたつ、みっつ……。うん、充分すぎる。


 一通り確認し終わった後、蒼は山桜の花びらが風に舞い散る様子を眺めている千里をじろりと見た。無言の抗議だ。ちゃんとそれに気がついた千里は、おどけた振りをしながら肩を竦めて一言「それは悪かったわ」と謝る。

 それを聞いた蒼はムスッとした顔でキッチンに向かい、コップに並々のオレンジジュースを注いだ。親切──いや、違う。これは意地悪だ。背を向けているため蒼の表情は見えないが、千里は子供扱いされているのに気がついた。


「蒼、私がオレンジジュース滅多に飲まないの知ってて注いでるわよね? 子供扱いでもしてる?」

「子供扱い? してないよ。オレンジジュースは古今東西世界の人々に愛される真のジュースじゃないの。……まぁ、私はりんごジュースの方が好きだけど」


 千里は渋々とオレンジジュース(氷入り)を受け取りながらボヤいた。


「私はぶどうジュースの方が好きなのだけれど」


 二人の間をぴゅうっと湿り気を帯びた風が、窓から踊るように通り抜けていった。二人は複雑な気持ちになった。千里が手に持ったオレンジジュースが泣いている気がするのだ。「僕、万国共通の人に愛される真のジュースじゃ無いの?!」と。まぁ、オレンジジュースは喋らないからそんな事ないのだが。──多分。


 どうでも良いが、仕事場では千里は良くカッコつけてコーヒーを飲んでいる。しかし実は結構駄菓子とかが好きな彼女の最近の趣味は、知育菓子を買ってきてお手本と同じように完璧に作り上げること。蒼も呆れて拍手をするくらい見事に作り上げる。知育菓子のキットにはお寿司屋さんとかケーキ屋さんとか色々な種類がある。その中でも千里はお寿司屋さんのキットで、イクラをプチプチつくるのが好き。

 ちなみに先程千里は「ぶどうジュースが好き」と言った。しかしそのジュースはワインである。お酒である。


 ──もう何でもいいや。


 自分で何を考え始めたのかすら分からなくなった蒼は、思考を丸ごとポーイとゴミ箱に投げ捨てた。

 そんな蒼の脳内を千里は見れるはずもないが、千里は蒼がまた何か良く分からないことを考え、悟りをまたひとつ開き始めているのだと納得した。──あながち間違っていない。

 泣いている……様に思えるオレンジジュースを躊躇(ためら)いなく千里は一気に飲み干した。オカルトは都合のいい時にしか信じない(たち)なので気にしない。そんな千里を無表情で眺めながら蒼は一番気になっていたことを鋭く聞いた。


「で、白樹(はくじゅ)って人が姫ってのは?」

「察したわ」

「どうやって?!」


 冷静さを保とうとしたものの蒼は驚きを隠せなかった。

 そんな蒼をカラカラと笑いながら千里は説明した。ここまで蒼が驚くのも珍しいのだ。いつもやる気ナッシングな癖に肝心なところはは完璧にこなす。外側は豆腐のように柔らかくても、中身は研ぎ澄まされた鉄鋼の様な彼女が素で驚くのは本当に、本当に珍しい。


「双子の件のその後にね。面倒だからそう思うことにしたのよ。なぜか否定出来なかったし」


 千里はなぜか絶句している蒼に笑いを向けた。




 少ししてその部屋──リビングでスースーと寝息が響いていた。そして小さく漏らされるため息。


「単純だよね、本当に」


 蒼は机に伏せるように眠っている千里を軽々と抱えあげると別室の布団に運んでやった。そんな時、蒼の脇をすり抜けるようにヒラヒラと一匹の蝶が飛んでいく。

 蒼は千里をベッドに寝かせ、髪をといてやった。起きるのは数時間後だろう。少なくともあの量を盛ればさすがの千里でもすぐには起きない。起きれない。職業柄と言ったら語弊があるが、千里は睡眠剤に対する耐性をつけている。そんな彼女を寝かせるにはかなりの強さ、もしくは量の薬が必要なのだが蒼にとってその(たぐい)を手に入れるのは息を吸うことに等しい。──その類の知り合いなら腐る程いるからだ。


 寝返りを打った千里に蒼は布団を掛け直してやった。そしてそのまま部屋を出て、扉をパチリと閉める。階段を降りきれば、木の窓枠に先程の蝶が止まっていた。羽をふるふるとする度に鱗粉が宙を少し舞う。蒼はそんな蝶をちらりと横目で見、名前を呼んだ。大事な、信頼している相棒の名を。


瑠雨(るう)。もう大丈夫」


 途端、青い羽の蝶はふわりと姿を消した。入れ替えるようにして現れたのは一人の青年。水色の髪を後ろで一括りにし、黄色の猫目を持つ彼は蒼の相棒である瑠雨。

 瑠雨は裏返ったパーカーのフードを直すと大きくその場で伸びをした。骨がバキボキと音をたてた。


「歳とった? 瑠雨」


 一匹の蝶が一人の人間に変化した。この進化論をまるで無視した現象に驚くこと無く蒼は聞いた。初めて見た時はさすがに驚いたが、()()()()()()日常になってからは寧ろ驚くのがバカバカしい。

 一方、蒼にからかわれた瑠雨は不満げにじろりと蒼を睨んだが、否定することは無かった。代わりに言い訳するように言う。


「久しぶりに"あの姿"になって、ひらひら飛んできたんですよ。疲れない方がおかしいです」


 ケラケラと笑いながら蒼は言う。


「確かにね。最近瑠雨ったらぐうたらしてばっかだったもんね。そりゃ運動不足になるよ」

「………。白樹さん、何やってんですかね」


 逃げるように話を逸らした瑠雨に蒼は何も言わなかった。最近、瑠雨が昔と比べて運動不足なのは自分の責任もある。虫取り網片手に久しぶりに瑠雨を追い回してやろうかと思いつつ、蒼はため息をついた。


 "白樹(はくじゅ)"


「何やってるも何も無いよ~全く。ばれちゃってるじゃーん。白夜は何か言ってた?」


 瑠雨はその言葉を背にドサッとソファに沈みこむ。そして大きく欠伸をして寝る体勢に入りながら言う。


「女装したくない、って言ってましたよ。何してんでしょうかね」

「女装……? 何やってるんだろ。あ、瑠雨もやってみたい? 髪長いしお化粧したらきっと似合うよ」

「断ります」


 これを迅速、神速というのだろう。一瞬で瑠雨に拒否された蒼は残念そうに舌打ちした。瑠雨はつっと目を逸らすと言った。


「千里アリスはどうします?」

「記憶処理と塗り替えを直ぐに行うよ。処理は完了したはずだけど。姫が誰だか知っちゃいけないよ。ごめんね、千里。白樹が悪いんだけど」

「ちなみにどのくらい盛ったんですか?」


 瑠雨は恐る恐ると聞いた。


「超絶睡眠不足なシロナガスクジラが三年寝太郎the movieのオーディションに一発で受かるくらい」


 瑠雨はさらりとそれを言ってのけた蒼から目を逸らした。それは人間が死ぬ量なのではないか? あまり他人に興味が無い瑠雨でもさすがに千里アリスの生死が心配になった。──生きているのは確かだが。


「あぁ、そうだ。白夜(びゃくや)と白樹さんは帰国して001-07の建物に居るらしいですよ。どうやらイタリア支部の抜き打ちテストが終わったみたいですね。そこに行けば会えますよ。──近々会議で会えると思うんですけど」


 近々、という単語を少々小声で瑠雨は言った。


「え? え? (はく)帰国してるの? いつ? いつだ? 聞いてないんだけど!」


 碧眼を丸くして身を乗り出す蒼の顔は、興奮に染まっていた。


「会いに行きます? どうせ暫く暇ですし」


 瑠雨は仕事の予定を思い出すように目を閉じながら言った。薄目でちらりと蒼を見ると既にいない。ドタバタと階段を駆け上がる音がする。恐らく、高確率で、絶対、荷造りに行ったのだろう。


「はぁ……」


 今の自分のご主人様は、何て気まぐれで気まぐれで気まぐれな人なのだろう。見ていて飽きることがない。

 最後の一枚の花弁が散った桜は赤く染っていた。それを最後に瑠雨は静かに目を閉じた。


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