【閑話】濁った双子
リゼ視点です。
時は千里アリスがイタリア支部を訪れる少し前。
その日はいつもの様に兄様と歌っていた。静かな部屋には歌声が良く響くの。外からよく聞こえる歌をいつの間にか覚えてしまったのよ。試しに皆と歌ってみたらすごく楽しかったわ。それ以来、外から聞こえるたびに毎日私達も歌っているの。
ただ、昨日、一昨日……数日前……数ヶ月前と違うのは歌声の主がたった二人だけということ。あまり難しいことではないわ。歌っているのは私と兄様だけってことね。
ねぇ、どうしてだと思う? どうしてみんなで歌っていたのに私と兄様だけだと思う? 簡単よ。答えはね、他の兄弟は一人ずつ居なくなったから。毎日一人ずつ、大人に連れられてどこかに行っちゃった。最初の頃は補充もされたけど、ある時からぴたりとされなくなったわ。
私は今、兄様といるの。二人きり。兄様は私を姉様と呼ぶわ。おかしい? 双子だと聞いてるんですもの。別におかしくないわ。
兄様と私は紫色の目をしているの。ぶどう色の目よ。誰が親なのだか知らないけれど、この目を与えてくれたことには感謝出来ないわ。お義父さまに"見世物"にされるから。最近はめっきり無くなったのだけれど少なくとも心地よいものでは無いわね。私たちの目をワインにしたら、きっと美味しいって言われたこともあるわ。そんなことしたら目が見えなくなっちゃうじゃない。
自分たちのことはよく知らないけど、元々私と兄様の髪の色は金だったと聞いているわ。面白いことに今は白なのだけれど。時たまに、お義父さまに呼ばれて、診察しに来てくれる先生が言うことには"ストレス"の影響らしいわ。よく分からないけど。治る日はいつか来るのかしら。
そうそう、物心ついた時からここに居たけど、別に不自由に感じたことはないわ。必要なものはあるし、ご飯も食べれるわ。いい子にしていれば近くの公園でたまに遊ばせてもらえるし、玩具だって買って貰えるわ。良い子にしていれば何でも貰える。
──結構ぜいたくな生活じゃないかしら? 一週間に一回血を抜かれるのは宜しくないけれどね。
キリがいいところで歌を止めたの。いつの間にか歌っていたのは私一人だけで、兄様に置いて行かれたような……最後の兄弟を失った気がしたのよ。
歌声の代わりに氷を滑るような、削るような音が響いてるわ。シャッシャッシャッというテンポの良い音は止まることなく、私と兄様だけの部屋に響き渡っている。
恐らく玩具を研いでいるのよ。いくら素敵な玩具があっても鈍だったら意味が無いわよね。
やがて兄様は呟くように言ったの。何か我慢していたのを吐露する様に、あまぁいクリームを絞り出すように少しずつ。その間も音は止まらないわ。
「〈人魚姫〉はもう居ない。あの子は体が弱かった。可哀想な子だったよ」
「〈人魚姫〉、その名の通り"泡沫"という言葉が本当に似合う子だったわ。一人目だったわ、ね」
すうっと心が闇に溶けていく感覚になる。
"一人目"
兄様は研いでいた玩具を人工的な明かりに照らした。キラリと鋭い先端が輝いた。私は座っていた椅子から立ち上がると一冊の本を取ったの。特に意味は無いけれど。……まぁ、いちいち意味なんか考えられてられないわよね。そんな事するのは暇人くらいよ。って膝に本を置いた時、兄様は別な言葉を紡いだわ。
「二人目は〈赤ずきん〉だったね、姉様。綺麗な赤いフードを被っていて、いつも僕達に優しかった」
「そうね、兄様。……でも、悪い狼に食べられちゃった」
思わず目を伏せたわ。狼は〈人魚姫〉だけでは物足りなかったのかしらね。やっぱり〈赤ずきん〉も欲しかった? だから食べたのよね。あぁ、そうだ。皿が欲しかったから〈ピノキオ〉も連れてってたのよね。
他の兄弟も皆……皆……腹ペコ狼に食べられちゃった。
「他は……もう止めよう、姉様。思い出すのも、考えるのも。もうすぐで終わるから──」
「あら? 兄様から始めたのよ。──そうね、もうすぐ……もうすぐ、ね」
私と兄様は楽しみだね、と笑いあった。歌声じゃなくて笑い声で部屋が溢れるのは、かなり久しぶりじゃあないかしら? 前までは皆と沢山笑っていたのに、二人きりになってから笑う機会が減ったから。
ふと、外の世界から賑やかな雰囲気が伝わり始めたわ。多分、外は朝なのかしら。時計を見ても午前か午後なのか分からないの。もしかしたらずらされている可能性もあるわ。最近良い子にしてても外に出してもらえないし……そもそも兄様に玩具を渡してからお義父さまは来ないし。
ほんっと変なところで察しがいいのだから。
ふらりと立ち上がって、薄いキャミソールの上からワンピースを被る。ほんのりと外の匂いがするの。好きよ。この匂い。兄様も外に気がついたみたいで私と同じく立ち上がった。
私たちは耳がいいのよ。
「ねぇ兄様、私たちは他の兄弟達とは別よ?」
「そうだね、姉様。僕と姉様はバカじゃないから〈抵抗〉を知ってる」
「そうね、兄様。お義父さまも皆を連れてった悪い奴らも皆……皆……」
「殺しましょう」「殺そうか」
多分、立った時に落としちゃったその本が目に入った。少し考えた後、暫くお守り替わりに持っている事にしたわ。決して大きい本じゃないから、別に邪魔にはならないはずよ。
手に玩具を持って、兄様と手を繋いで、彼の兄弟を連れ去ったお迎えを待つ。
来るなら今日なのよ? 兄様とちゃんと考えたんだから。ほら、ここに近づいてくる足音も聞こえる。もう、疑いようがないわ。
彼らは説得できないのよ。言葉が通じないから。少し考えたら分かること。狼に言葉は通じないのよ。当たり前ね。
あぁ、そうね。知りたいわよね。私が持った本の名前。
ふふ、私が一番好きな本よ。
題名は──
〈お菓子の家〉
狼さん、最後に〈抵抗〉という名のお菓子はいかが? きっと甘くて美味しいわ。