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誰が為の黄昏  作者: あめ
【序章】
1/96

プロローグ

 


 その長めの黒髪は後ろで一つに結ばれていて、動く度に尻尾のように左右に揺れている。その顔にはアーモンドアイの碧眼(へきがん)が程よい位置に置かれていた。白衣に身を包んだ少女の年齢は二十代だろうか。少女はさっきからずっとひとつの鉢植えとにらめっこをしていた。


 ここは日本の片隅にあらいる研究所の一角。植物に囲まれた研究室は少女の住処のひとつであった。

 〝吉野蒼(よしのあお)〟。白衣の少女はそう名乗っていた。


 その部屋の書類がぺたぺたと貼られている扉が、小さな音を立て僅かに開いた。外の冷たい空気がひんやりと流れ込んでくる。扉の隙間から、ひょっこりと顔を出してきたのは一人の少年。ラフな格好の上には、やっぱり白衣を適当に羽織っていた。深いポケットにズボッと手を入れながら、少年は永遠に勝負のつかないにらめっこをしている少女に声をかけた。


「蒼、外の仕事です」

「何のことだかさっぱり分からない」


 蒼はそそくさと、机の下に身を隠しながら言った。その光景はさながら地震が起きた時の子供がとる光景である。


「現実に戻ってくれないと博士を乱入させますよ。今の時期なら悪ガキ共もいますね。選り取りみどりです」


 この研究所は街から離れているが、授業の一環……つまり見学という名目でちょくちょく子供達が訪れていた。その子供達に酷い目に合わされたばかりの蒼は、背筋をピキリと凍らせた。

 博士も博士で、蒼の上司にあたるその人はこの研究所の頭痛の種の根源である。最近は一晩で研究所をジャングルにして、どこから来たのか分からない猿と一緒にご飯を食べていた。

 どっちに転がっても好ましくない選択肢である。蒼は渋々というようにその碧眼を己に忠実な少年に向けた。少年は名を瑠雨と言った。


「さすがにそれは勘弁。そう言えば子供達の為に置いといたあのお菓子、食べて貰えたかな? 博士特製らしいけど」

「あんな毒々しい色をした怪しすぎるお菓子食べるはずないし、渡せるはずないです。着色料とか諸々考えると恐ろしすぎます。どうせ、罰ゲームで貰ったのを処分しようとかいう魂胆でしょう」

「そんな事無くもないけど」

「ほらやっぱり」


 冷や汗をタラタラ流しながら、(あお)は両手を上げた。〈黄昏〉の一員である彼女の瞳は完全に泳いでいる。



 ────〈黄昏(たそがれ)〉。それを聞いてどんなことを思い浮かべるだろう?

 逢魔が時、誰そ彼、twilight、sunset……。それとも夕方の景色? 黄昏れるなんても言う。しかし、この場合の〈黄昏〉はそのどれでもない。

 現代。人目につかないように密かに、息を殺して存在しているとある組織がある。いや、組織何ていう規模ではない。言うならば機関。

 その名は〈黄昏(たそがれ)〉。この物語の要となる組織だ────



 瑠雨は部屋に入り、ぐるりと辺りを見渡した。そして相変わらずの光景に溜息をつく。

 左、右、テーブルの上にもメモを取るのに必要な最低限のスペースを開けて所狭しと植物が置かれている。天井に何も無くなったのがまだ()()な点だろうか。この間までは何だか良く分からない蔓植物がこの部屋の酸素を提供するのに協力していた。


「……今日は何見てるんです」


 持っている書類でベチリと蒼の頭を叩きながら、瑠雨(るう)は蒼が見ている植物をのぞき込んだ。


「ごく普通のトリカブトだよ」


 書類で叩かれた頭を擦りながら蒼は答えた。たんこぶは出来ないがヒリヒリする。

 ここにある植物は、蒼の専門分野とだけあって全て毒草。人に害をなすもの、殺すもの。綺麗なバラには棘がある。綺麗な花には毒がある。

 蒼は少し椅子を引くと綺麗な碧眼で、瑠雨を見た。瑠雨という人物の静かな水色の髪は蒼同様、後ろで結ばれゆらりと揺れている。瞳は黄色で猫目。ニヤリと笑う顔が一番似合っているそんな少年だ。そして蒼の部下。そして相棒。

 瑠雨の目は今、非常に冷ややかだった。


「そーですか、で?」

「で?」

「永久に勝負がつかないにらめっこしてるなら暇ですよね。〈黄昏〉から仕事が入りましたよ」

「知ってる」


 勿論知っていますとも! と胸に手を置きながら自信満々に蒼は答える。ちらりと瑠雨の顔色を伺うことも忘れない。不機嫌を隠さない瞳と目が合ってしまった。

 蒼は椅子を引くと縮こまりながら瑠雨と向き合った。ただし、いつでも逃げられるように扉に少しずつ近寄りながら。

 さっきぶたれた頭をわざとらしく擦り、目線を逸らしながら言う。


「でもその程度、私が出るまでもないと思うんだよね。瑠雨一人で片付くでしょ。麻薬なんて、今時そこら辺にあるじゃない。……いや、あったらやばいか。ほらそれに私今ちょっと頭が痛くて」

「本音は?」


 蒼の戯言を無視して容赦なく瑠雨は聞いた。如何に瑠雨が蒼の扱いに長けているのか、分かる一言である。


「これから研究所の皆とジェンガパーティするから、めっちゃ行きたくないです」


 蒼は非常に正直だった。言い切った爽快感で満ち溢れた蒼の目には、目眩を起こして倒れそうになった瑠雨の事なんぞ写っていなかった。

 衝撃音と机に何かぶつかる音がして、ようやく瑠雨の状態に蒼は気がつく。 


「仕方ないなぁ。まぁ、持ってきたのが瑠雨だからその仕事は手をつけるよ。書類ちょうだい。今から読む」

「その信頼とかは嬉しいんですけど出来れば最初からやって欲しいですね。せめて読んどいてください。お願いしますから」


 置いてある植物に肌が触れないように気をつけながら瑠雨は椅子に腰掛ける。カロライナジャスミン、スズラン、福寿草……。全て死亡例がある。マンチニールはガラス越しに保管され、今は姿を見ることが出来ない。

 書類をだるそうにヒラヒラさせながら、蒼はざっと目を通した。


「面倒くさすぎて。……何でもないです。それよりこの案件を片付ける前に千里(ちさと)の所によってもいいかしら? あいつイタリア支部で双子の世話を引き受けたらしいの。会いに行きたいから。気になるし」


 こくりと瑠雨は頷いた。別に断る理由もない。仕事をしてくれれば。


「瑠雨がそのまま着いてきてくれるなら特に何も必要ないと思うけど。どうする? 銃持つ? ハリセン持つ?」

「持つに越したことはないです。最近話題の暁闇(ぎょうあん)が絡んでたら厄介ですし」

「物騒な社会だねぇ……」


 蒼は眉を顰めた。別に自分のハリセン発言に突っ込んで貰えなかったから、いじけたのではない。自分がいる場所がどんなに不安定で危ないという場所だとは理解しているつもりだが、慣れているかというと別問題だ。

 まぁぶっちゃけそんな危ない道具なんて無くても、蒼と瑠雨には関係ない。もっと有意義な武器を持っている。

 ところで、と瑠雨は気になったことを聞いた。


「今度は何でトリカブトとにらめっこしてたんです?ここではそこまで珍しい植物ではないでしょうに」

「にらめっこ、か。瑠雨もなかなかに面白いこと言うよね。トリカブトは同じ種類で隣同士にたとえ生えていても毒の強さはまるっきり異なる。それを見分けられないかなぁって。目で」

「──結果は?」

「ムリゲー。素直に測ってくればよかった。根っこ舐めてもいいんだけど」


 書類を瑠雨に返さず、紙ゴミと書かれた場所にぶち込むとため息交じりに蒼は言った。立ち上がり、その鉢植えをガラスケースの中に入れて鍵をかける。瑠雨は書類をシュレッダーにかけた。


「もう行きます? 蒼が書類読めば上々って感じで来たんですけど」

「うん。面倒だし、できれば今夜中に終わらせたいね。早く終わらせたら瑠雨が遊んでくれるっていうし。何する?」

「言ってません。何もしません」


 蒼は研究室及び趣味室を出て、白衣を脱いだ。白衣の下はこうなる事を予測していたように黒スーツ。瑠雨も白衣を脱いだ。


「さてさて、久しぶりの普通の仕事だからね。早く終わらせようか」



 瞬きをすれば、二人の姿を見失う。さっきまでその部屋で軽口叩きあっていた二人は姿を一瞬で消していた。

 残されたのは僅かな風と温もりのみ。そして緩やかに宙を舞う埃だけが、一瞬前までそこに誰かいた事を教えていた。







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