落ちてくもの
いつもの、甘ったるくほろ苦い味わいの、僕らの加糖コーヒー。
彼女はその加糖コーヒーから、これまであった甘みを完膚なきまでに搾り取った――あっけなく、奪い返すことも許されず。
そのあとには、淡く透き通った儚い黒と、どこまでも渋くほろ苦い風味だけが残り、僕をその暗闇へ閉じ込めた。
今もなおあの時の甘味に酔いしれたいと願う僕の身を、どろどろと流れ動く水銀に変えてやろうと、黒みとえぐみを武器にその黒い毒水はあちこちを蝕む。
大学に通い出し間もなくに吸い始めた、やたら燃焼が早いこの煙草。煙ばかりで、まるで味気がない。
ライターはいつも不機嫌で、ホイールを三度、四度回してやらなくては火を灯してくれない。
そんな時にそっと隣で火を点けてくれるひとがいた、旨くもないのに、喘息持ちなのに、吸わせろとせがみ、「おいしいね」と言ってくれるひとがいた。
寒さが指先や鼻の孔から入り込み、毎年感じるこの不快さも、吸い終わるまで見ていてくれるひとが居た時はどんなに暖かかったことか。
今はもう、気の向くままに飛び回るこの煙のように、何の躊躇もなく僕の口元から、心から消え去ってしまった。
加糖コーヒーと、不味い煙草。
今日も甘ったるいコーヒーで、消え去ったひととの甘みを補い、不味い煙草の煙にやられながら、摂ったばかりの甘味がからだを痛めつける水銀となり、ぽたぽたと目から零れ落ちていく。