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一緒にいること

触らせはした。

確かにあの時、俺はあいつの手が触れるのを許した。


けどな。


「ついてきて良いなんて言ってねぇぞ!?」


エルフのガキは未だに俺のあとをぱたぱたとついてきやがる。

ああ、鬱陶しいったらありゃしねえ。

いったい俺にどうしろってんだ。


「おい」


振り返って呼びつけると、何も知らねぇチビはちょっとばかり目をきらっと光らせ、短い足を必死こいて動かして駆け寄ってきて、俺の横っ腹にしがみついた。

……俺に呼ばれたのがそんなに嬉しいのかよ。


「テメェ、どういうつもりだよ?喋れんだろ?何か言えって」


さっき俺に抱きつきながら「もふもふ」って言ってたの、聞こえてたんだからな。

俺の耳の良さをなめんじゃねぇぞ。


だが、返ってきたのは、


「……ふわふわ」


俺の横っ腹に頬を擦り付けすりつけ、心底気持ちよさそうに呟く舌ったらずな声だけだった。


しかもこいつ、絶妙な力加減で首のあたりを触ってきやがる。

正直言って、気持ち良い。

……もうちょっと下、ああそこだ、そこ……気持ち良………


じゃねえよ!

なに絆されてんだ俺!


「はあ……」


深いため息と一緒に思い通りにならない無念さを噛み締める。

もう、いい加減怒鳴る気力すらなくなっちまった。


それにしてもこのガキ、俺のどこがそんなに気に入ったんだか。

兎にも角にも、このままうろちょろとついてこられんのはまっぴらごめんだ。

冗談じゃねぇ。


こういう時は、あいつを頼ってみるしかないか。


……いま、「お前に友達なんていたのか」なんて思ったろ。

残念。そいつは友達じゃなくてただの知り合いだ。

それも、俺よりずうっと長く生きてる、知恵者のな。


ま、俺に友達がいねぇのは認めるけどよ。

んなモン、今更欲しいとも思わねえし。


とりあえず、あいつに会いに行きゃあ何とかしてくれるはずだ。

まだ横っ腹にしがみついてるチビを尻尾でやんわり引き剥がす。

そんなにくっついてたら歩けねぇだろが。


のしのし、ぱたぱた歩き始めて数分後。


「おやおや、虎さんじゃありませんか。こんなところでお会いするなんて、奇遇ですねぇ」


どこかうさんくせぇ喋り方。

何歩か歩いた先の太い樹の枝に、一頭のヒョウが寝そべっていた。


張っつけたようなニタニタ笑いが気味悪くて仕方ねえ。

いくら俺と同じネコの縁者とはいえ、こいつはあんまり信用できるやつじゃあない。


昔、人間の子供が落としていった絵本とかいうモンに、こいつとよく似た顔のネコが描いてあった。

ピンクと紫色した縞模様のネコだった気がするが……なんて名前かまでは覚えてねぇな。


それはさておき。


「……なんの用だ」


ぶっきらぼうに俺が言うと、ヒョウの野郎は音も立てずに樹から降りてきた。


「まあまあ、そんなに怖い顔をしないでくださいよ。……おやぁ?」


ヒョウは俺の後ろのほうを覗き込んで、隠れるように立っているチビに目を向けた。


「随分と珍しいモノを連れているじゃないですか。それ、エルフですよね?」


「だったらなんだ」


「風の噂で聞いたんですが、どうやらこの辺りにエルフがいるらしいんですよ。大人のエルフがふたり、ね。何かを探しているような様子だったそうですから、もしかしたら子供とはぐれでもしたのでしょうかね」


「本当か!」


俺は思わずヒョウに詰め寄った。

だってそうだろ?

チビの親が見つかれば、もうこんな煩わしいコトからおさらばできる。


「もしよろしければ、俺がこの子を彼らのところまで連れて行きましょうか?」


「お前、知ってんのか?」


「ええ、まあ」


それなら話ははやい。


「ほれ、こいつがお前をお袋さんと親父さんのところに連れて行ってくれるってよ」


なんでか俺の後ろに隠れたまんまのチビすけを鼻先でヒョウの方へ押し出すと、これまた理由わけはわからねぇがいやいやと首を振る。

何がそんなに気に入らないんだか。


「おい離れろって。もう俺ぁ必要ねえだろ」


いやいやは止まらない。

しかも毛が抜けちまいそうなくらいの力で俺の顔にしがみつくモンだから、さしもの俺も頭にきて吼えたてた。


「ああ面倒くせぇな!俺はお前のお守りなんざする気はねえんだよ。おいヒョウ、お前こいつをとっとと連れてけ!」


乱暴に振り払った勢いでチビは尻もちをついちまったが、そんなことを気にかけるほどの優しさを俺は持ち合わせちゃいなかった。


だからあいつの恐怖に引きった顔も必死になって小さな手を俺の方へ伸ばしていたことも、背を向けて歩きはじめた俺は気がつかなかった。








あー清々した!


ようやっと静かな時間が戻ってきた。

煩わしいチビすけはもういない。


さて、これから何をしようか?

メシの時間……にはまだ早いな、とりあえず寝るか。


あたりをうろついて日当たりの良い岩の上に飛び上がろうとした、が。

岩と同化するみてぇにして、先客が居座ってやがった。

まったく迷惑極まりねえな。


「ほぅほぅ、珍しいのう、白い猫よ。こんなところにおるということは、わしに何か用か?」


ついさっきまで俺が頼ろうとしていた、カメの爺さんだった。

どうやら岩の上で日光浴の最中だったらしい。

爺さんはこの界隈の池に棲んでいて、俺がまだガキの頃、何度か世話になった。

だが。


「うっせぇなジジイ!俺はネコじゃねえ、虎だ!」


俺のことをいつまでたってもネコ呼ばわり。

もうこんな老いぼれなんざ頭から喰ってやれるくらい…いや、喰うのは無理か。

あんなに硬そうな甲羅、さすがの俺でも噛み砕ける自信はねぇや。


「……んんっ?猫よ、おぬし今日は変わった匂いをしておるのぅ」


「あ?変わった匂いだぁ?」


ふんふんと鼻を鳴らして自分の匂いを嗅いでみるが、よくわからねぇ。

……にしても爺さん、どんだけ鼻が良いんだ。


「普段のおぬしとは少し違う匂いじゃ。こどもの……二本の足で歩く、こどもの匂いじゃな」


それなら、大いに心当たりがある。


「あのエルフのガキか……」


「こどものエルフに会ったのか!?」


何に驚いたのか、爺さんはくわっと目を見開いてでかい声をあげた。なんだよ、びっくりするじゃねぇか。


「……二日ほど前に聞いた話じゃが、山の向こうの森でエルフの遺体が見つかったらしくての」


「遺体ぃ?」


急に声を潜めた爺さんに何やら不穏な気配を感じたが、それのどこが問題だってんだ?


「男女ふたりの遺体での。もしかすると…」


「もしかすると?」


「遺体で見つかったふたりのエルフは、おぬしが会ったというエルフの親かもしれんな」


「いやいや、そりゃあないぜ爺さん!」


だってさっき、ヒョウの野郎が言ってたじゃねえか。

子供を探してるかもしれねぇ大人のエルフがいたって。

きっと今頃、ちゃあんと親父さんとお袋さんのところに帰ってるだろうよ。


そう言うと、何故か爺さんは渋面をつくって低く唸った。


「うーむ……ヒョウか……信憑性には欠けるのぅ」


「ンだよ、ガセだって言いてぇのか?」


もし……あいつの言ってたコトが真実じゃなかったら?

いったい何が目的だ?


きな臭くなってきた雰囲気にヒゲを震わせた、その時。


甲高い叫び声が静かな森の空気を引き裂いた。

聞き覚えのある、子供の声。


「───っ!」


「待て、どこへ行く!」


爺さんの呼び止めも無視して、俺は真っ昼間の森を全力で走り出した。








耳元で風が唸る。

邪魔な倒木を軽々飛び越えて、俺はひた走った。

茂みのそばを通るたびに、視界の隅で小せえ生き物どもが何事かと顔を覗かせる。

幸運だったな、今はテメェらなんざお呼びじゃねえんだ。


───けど、俺はなんだってこんなに必死こいて走ってんだろう?


あんな鬱陶しいだけのガキ、俺には関係ねぇはずなのに。

ついさっきまで、あんなに厄介払いしたがってたはずなのに。


それでも、あいつの朝露に濡れた花みてぇな薄紫の目が、「もふもふ」と呟いた舌ったらずの声が、小さくてふくふくした両手の感触が、頭から離れねえ。


ぬかるんだ地面を踏みつけたせいで自慢の真っ白な被毛に泥がはねる。

そんなことにすら気付かないほど、俺は無我夢中だった。


泣き声が近づいてくる。

……あぁ、五月蝿うるせぇ。

五月蝿くて仕方がねぇ。


黙れ、黙れよ。

……ああもう。


黒い斑点模様のあいつが、チビをうつ伏せに引き倒してその背中に前脚を乗せてるのが目に入ってきた。

にたりと気味悪きみわりぃ笑みを浮かべてずらり並んだ牙を晒す。


「テメェ何やってんだコラアァァッ!!」


走る勢いはそのままに、俺はヒョウの横っ腹に頭から突っ込んだ。

だが。

自分よりも図体のデカい奴に吹っ飛ばされたとはいえ、さすがヒョウ。無様に転がるような真似はしない。


ったいなあ……いきなり何するんです」


あくまで冷静なツラを保ち続けるこいつに、頭の血管がブチ切れるかと思った。


「テメェ言ってたよなあ!自分がこいつを親ンとこに連れてくって!どういう風の吹き回しだ、あぁ!?」


「………」


ヒョウの野郎、顔色ひとつ変えずに黙りこくっちまった。

が、次の瞬間、奴は呆れたような溜め息をついて口を開いた。


「それはこちらの台詞ですよ。あなたこそ、どういう風の吹き回しです?こんなひ弱そうな子供ひとりを気に掛けるような方ではなかったでしょう?……ああ、もしかして、」


情が湧いてしまいました?


からかうようなその口ぶりに、俺は一瞬言葉を詰まらせた。

情が湧く。

俺が?いったい誰に?


まさか、あのエルフに?


「……っンなこたぁ知らねぇな!俺はただ、テメェのその薄気味悪い笑い方が気に食わねえだけだ!」


そう叫んで、ヒョウの野郎に飛びかかった。


この俺が誰かのコトを気に掛けるなんざ、あり得ねぇ。

こいつとこうやって戦ってるのは、あのチビを黙らせたいだけだ。

助けようとなんてこれっぽっちも思っちゃいないし、すべては俺の平穏無事な日常のため。


それだけだ。


右の前脚で奴の首筋を狙うがすんでのところでかわされる。

そのまま頭突きを食らわせようとする黄色い頭を俺は地面に転がってよけた。


「何をなさっているんですか?子供のお遊びじゃないんです。もう少し本気になってくださいよ」


別に手加減しちゃいない。

認めるのは癪に障るが、こいつが相当に強いってコトだろう。

殺らなきゃこっちが殺られちまう。


「……だったら、テメェもなんであんなチビすけに(こだわ)る?なにもガキひとりに本気になる必要はねぇだろ?」


俺の爪がヒョウの頬をざっくり抉る。

勢いのままに嚙みつこうとしたが失敗して、左耳をかっと熱が走った。

野郎、俺の耳の端を切りやがった。てぇ。


「……知りたいですか?」


「あぁ、知りたいね。テメェが何を考えてんのか……がっ!?」


今度は俺が腹に一発食らう番だった。

体格こそ俺の方がデカいが、トップクラスの脚力のおかげでスピードにのった奴の身体がモロに突っ込んでくる。


受け身を取り損ねて横倒しになった俺の上に、ヒョウはのしかかった。

くそっ、これじゃあ身動きもとれねぇだろうが。


「……教えて差し上げますよ。どうして俺が、あのエルフの子供に拘るのか」


「ぐっ……」


俺の首に前脚を乗せて、じわじわ体重をかけてくる。

苦しめて殺そうって魂胆か。

悪趣味な野郎だ。


「エルフの子供を喰らうと、森の神の力が得られるそうなんです。身体的な強さを手に入れるのか、はたまた不死身の身体を手に入れるのか…詳しいことは知りませんが、そのような噂があるんですよ」


はっ、神の力だと。くだらねぇ。

んなモン手に入れてどうなるってんだ。


そう言ってやりたかったが、あいにく首を絞められてる今の状況じゃあ無理な話だった。


「数日ほど前、偶然にもエルフの親子に会いましてね。親のほうは仕留めたんですが、子供は隙を見て逃げ出したらしくって。まあ、あなたがこうして連れてきてくださったので、それは幸運でしたけど」


こいつが、チビすけの親をったってのか。

そういやぁ、あいつチビすけはどこ行った?


もがくついでに目で小さな姿を探せば…いた。

ぺたんと地面に座り込んで服の裾をキュッと握りしめて、こっちを穴が開きそうなくらい凝視してる。

なんで逃げねぇんだよ、お前。


そんな、今にも泣いちまいそうな顔してるクセによ。


一度いちど、ギラついた目のヒョウに視線を戻す。

あーあ、瞳孔開いてやがる。

こいつ、今までネコ被ってたんだなあ。

ヒョウだけに。


俺はこの状況にもかかわらず、そんなくだらねぇコトを考えてた。

別に、死ぬのが惜しいとか思っちゃいない。

どんな生き物だってしまいにゃみんな死ぬモンだ。

だから、ここで死んでも仕方ないか、なんて思ってた。


だってそうだろ?

生きてくためには別の何かを殺さなきゃなんねぇ。

俺もそうやって生きてきた。


のらりくらり毎日を過ごして、〝その時〟が来たらいさぎよくオサラバする、それで良いじゃねぇか。


ついに目の前が白んできた。

気配で、ヒョウの野郎が大口を開けるのを感じる。

……へぇ、俺を喰っちまおうって?

俺の毛皮はいっとう立派なんだ。

奴も毛だらけになっちまって苦労するだろうよ。


「───それでは、さようなら」


俺は覚悟を決めて、目を閉じた。








品のない叫び声が聞こえる。


……何だコレ。

俺、死んだんじゃねぇの?

死んだってのに、なんでこんなに五月蝿うるせえんだよ?


───違う!!


俺は、かっと目を開けた・・・・・


緑の葉が茂る奥の青色に、白い雲がぽっかり浮かんでる。

土の匂いもする。

まだ、死んじゃいなかった。


俺の上に乗ってたハズのヒョウはなんでか退いていて、地面に伏せていた。

何が起こったんだ?


全身の痛みをこらえて立ち上がると、また耳をつんざく悲鳴が轟いた。

どうやら今のもさっきのも、ヒョウの叫びだったらしい。


その原因に気づいたとき、俺は声を出して笑いそうになった。


予期せぬ俺の命の恩人は、あのチビだったからだ。


やつは顔を真っ赤にしながらヒョウの尻尾を握りしめてた。

いくらガキとはいえ、意外と力はある。それはヒゲの時に身をもって証明済みだ。

握りしめた尻尾をかなり乱暴に引っ張るチビすけ。こりゃあいいや。


ヒョウの野郎も、喰っちまおうとしてた獲物にこんなコトされるなんて、思ってもなかったろうな。


狂ったみてえに叫ぶヒョウはチビすけを思い切り振り払った。ころころ転がってく身体を気まぐれで受け止めてやると、薄紫の目がきょとんと俺を見たあと、心底嬉しそうな色がひらめく。


「こ、この……たかが非力子供ごときに…」


耳をぺたり伏せてよろめくヒョウ。たかがガキだって、いざとなったら牙を剥く。こいつにはいい教訓になっただろう。


「あ、お前、そっちは」


前日は夕方まで雨が降っていて、今だって地面はぬかるんで柔らかくなってる。

だから崖の方によろめいていったヒョウを見て、俺は思わず声をあげた。


「……!!」


案の定、足元が崩れてヒョウの野郎は落ちればただじゃすまねえ地の底へ真っ逆さま。

姿がまったく見えなくなる間際に俺の耳に届いたのは「エルフ、を……」だなんて言葉。


野郎、このに及んでまぁだそんな戯言を言いやがるか。

崖下に落ちてく黒い身体に吐き捨ててやった。


「諦めろ。テメェにゃ度の過ぎた話だよ」


人さまからもらった力なんざアテにならねぇ。

それを求めちまったら、そりゃあテメェの弱さを認めるってコトだ。


んなモン格好がつかねぇだろ?


「テメェの負けだ。最期くらい、いさぎよく認めちまえ」


真っ当な方法で手に入れた力じゃねぇと、後味が悪いだけだってコトを。

自分の力を信じてなきゃいつまでたっても弱いまんまだってコトを。


「……終わったか。……ていうかいい加減離れろお前……うお!?」


ずっと俺の被毛を掴んだまんまのチビすけだったが、暗い地の底から顔を上げたそいつは勢いよく飛びついてきて泣き出した。


「なっ、なんだ、どうした!?」


俺の首に顔をうずめて、大声あげて泣きじゃくるチビすけ。

あっ、このガキ、涙だけじゃなくて鼻水まで擦りつけてやがる。汚ねぇなオイ。


「……なんだよ、どっか怪我でもしたのか?」


一応、俺も気を遣って聞いてみる。

泣きついてきたやつを怒鳴りつけるほど鬼にはなりきれなかった。


俺の首のあたりから胸元にかけてがドロドロになった頃、くぐもった声がぽそっと聞こえてきた。


「……こわ、かった」


ああ、そうか。

ナニ考えてるかわからねぇガキで、しかもエルフだったとしても、こえぇモンは怖ぇんだ。


「……そうだな」


こういう時にうまいコトを言えない俺は、相槌を打つだけになっちまう。


ようやっと離れたチビすけの顔は、なかなかにひどいモンだった。

薔薇色の頬っぺたはリンゴと見紛うばかりに真っ赤に染まって、目は思わず気の毒になる程に腫れあがってたんだからな。


穴が開きそうなぐれぇ俺をガン見するやつの視線が、ちょっとばかり上に逸れた。


「……いたい?」


何の話だ?……ああ、耳か。


ヒョウに切られた耳の端は割と深い傷だったらしい。

あんまり多くはねぇが、流れた血がまだ乾ききらずに滲んでる。


「……痛くねぇよ」


ここで痛てぇなんて言っちまったら格好つかねえだろうが。

そんな俺の見栄っ張りを本気で信じたのか、チビすけはほっとしたように眉のあたりを和らげた。


すると今まで気ぃ張ってたのが急に解けたのか、チビすけの頭が睡魔にぐらぐら揺さ振られ始める。

おいおい、こんなトコで寝るのかよ。

俺は面倒なんざ見ねぇからな。


「寝るんなら勝手にしろ。俺は行くからな」


「………やぁ……」


小さく不満のこえをあげて、チビは俺の首にしがみついた。


「……離れろ。テメェに関わるのはもうこれっきりだ」


気まぐれに触らせた。気まぐれに助けた。

そう、全部ただの気まぐれだ。


「……いかな、で……」


行かないで。

泣き止んだはずのチビすけの頬っぺたに、新しい涙が流れ出した。


「ひとぃは、やぁ……」


「泣くな、みっともねぇ」


ひとり、って言いたかったんだろうが、泣いてるのと舌足らずなのとでちゃんと言えてない。


「おいてかないで、ここにいて……」


ほんとに鬱陶しいなこいつ。

ああくそっ、そんな目で見るんじゃねえ!

とっとと親のところに……ああ、そうか。


こいつの親は、もういないのか。

心の中に燻ってた何かが急にストン、と落ちた。


「………三日間だ」


消え失せろ、の言葉の代わりに、俺は全く違うコトを口走っていた。

自分でも驚いたぐらいだ。


「……?」


ぽかんとしたまんまのチビすけをよそに、俺はとんでもない追い打ちを自分にかけちまった。


「今日から三日間だけなら、一緒にいてやってもいい」


ああもう、なんでこんなコトを言っちまったのか。

ま、三日の間にこいつを押し付けられそうなやつを探し出せばいいだけの話だ。

面倒だが、今後ずうっとつきまとってこられるよりはマシってモンだろう。


「いっしょに、いて、くれる……?」


「ちょっとの間だけな……おわぁっ!?」


すっかり油断してた。

真剣な顔でこっちを見上げてたはずのチビすけが、突然俺の上に飛び乗ろうとしてきたモンだから、もろともバランスを崩して、俺は地面に横倒しになる。


「何しやがんだおい!」


怒鳴ってみても聞きやしねぇ。

むしろ俺の横っ腹に身体を預けて寝る体勢を整える始末。

ああ、俺の権利ってどうなってんだろう。


「お前なあ、いい加減に……?」


放った言葉は、受けとってもらえずに霧散した。

俺の横っ腹に身を預けて、チビは静かに寝息を立て始めてたからだ。

まったく、お子様は寝るのが早いコトで。


泣き疲れてぐしゃぐしゃになってもまだお綺麗な顔に、昼日中ひるひなかの日差しが降り注ぐ。

砂にまみれた金髪が、掘り出されたばっかりの宝石みてぇだ。


どっからかひらひら飛んできた白い蝶がチビすけの頭に止まって、なんとも言えない緩い空気が流れる。

……俺まで眠くなってきちまったじゃねぇか。

俺もこいつもお世辞にもキレイとは言えねぇぐらい汚れてるが、水浴びは後回しだ、後回し。


「……ふあぁ……」


疲労も相まって、デカい欠伸が漏れた。

……ったく、今日はエラい目に遭わされた。なんだってツイてない一日なんだ。


でも。

横っ腹にかかる軽い重さと子ども特有の高めの体温、それに他人の寝息を聞きながら寝るのは、悪くねえ。

自分でも驚きだが、この結果に満足してる、気がする。


「んー……」


短いうめき声が聞こえたかと思うと、抱きつくみてえにまわされた細い腕に力がこもる。

今度は絶対に逃がさない、とでも言ってるようだ。


「んな心配しなくても、」


逃げねぇよ。当分はな。

約束しちまったからにゃあ、しばらくは一緒にいてやる。


ああ、眠い。

ちょっと寝たら水浴びして、チビすけの新しい親探しだ。







木々の緑を通して降ってくる陽の光が、俺たちを柔らかく照らし出す。


別に美味いモンをたらふく喰ったわけでもねえのに、不思議と満たされた気分になる。


緩やかに過ぎていく森の午後。

それぞれの孤独を分け合うように、互いを温めあうように、俺たちは寄り添って眠りについた。

懐かれるのには慣れてないけど悪い気はしない。

言葉にしないだけ。

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