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たったひとつの冴えない能力(ちから)  作者: 相田 彩太
第五章 最悪の勝利者
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その7 男の子たち

 「おい少年、お前は馬鹿なのか、いくら攻撃しても無駄だと気付かないのか、学習能力が無いのか、ただ痛い思いをするだけだぞ」

 総帥の顔が驚きの色に染まる。これだけ痛めつければ向かってくるのに躊躇(ちゅうちょ)するだろうと思っていたからだ。

 「俺は馬鹿だとよく言われるが、見くびってもらっちゃ困る。俺はたまに賢い!」

 「いやいや、馬鹿だろう」

 総帥の蹴りが雑賀の脇腹を捉える。

 だが、その身体は怯まない。

 「あんたは言ったよな。最後には治してやるって。それってリスクが無いって事だ。今頑張れは、少しでも勝利に近づけば、この上ないハイリターンが望めるのに、今! ここで! 頑張らない理由なんて! 無いだろ!」

 肺から声を絞り出し、息を荒げながら、雑賀は叫ぶ。

 「フハハハッハハ、ハハハハッ」

 雑賀の答えに声を上げて総帥が笑い出した。

 「何が可笑しい! 俺は間違ってないだろ!」

 「いやすまん、そうだな少年、君は正しい。ハハハハハハハッ」

 腹を押さえ前かがみになって総帥は笑い続けた。

 総帥は気付いたのだ、雑賀が馬鹿だという事を。

 殴られ、半殺しの目に遭っても、尚、雑賀が自分の言葉を信じている事に。

 他人を純粋に信じる心。

それは世界に祝福されて生まれて出た者全てが持っていたもの。

そして、成長につれ失われていくもの。

失われる事は悪い事ではない。知識を得るにつれ、経験を重ねるにつれ、自らの身を世間から守るにつれ、その心は摩耗していく。

 だが、この少年は、雑賀は、理不尽な病の少女に逢おうとも、死の淵を垣間見ようとも、その心は揺るいでいない。

 思わず総帥の口から笑いが溢れてくる。嘲笑ではない、喜びの声が。

絶対的な権力(ちから)を持とうとも、比類なき能力(ちから)を誇ろうとも、かつては自身が持っていたその心は、失って久しく、そしてもはや取り戻せぬもの。

彼が持っているのは、持ち続けているのは、世界が愛で満ちていると感じ、それを信じ抜く、冴えない才覚(ちから)だ。

そしてそれが少し羨ましくも、愛おしくて、総帥は笑い続けた。

 「おお、馬鹿よ馬鹿よ、愛しき馬鹿よ」

 総帥が笑いながら言っている間も、雑賀は攻撃を続けていた。

 その拳は明らかに命中しているが、雑賀の拳に伝わってくる感触と音は、鉄の壁の様相を見せていた。

 「なら、少年の気の済むまで付き合ってやろう」

 総帥の下からのアッパーカットが雑賀の顎先を捉え、その身体を宙に浮かせる。雑賀は精一杯の力で受身を取る。

 「さあ、立て少年、お前には一秒を惜しむ暇も無いはずだ」

 「うおぉ!」

 総帥の声にそう応えたのは雑賀ではない。遠巻きに見ていたクラスの男達であった。

 「お前ら止めろ。お前らの役割は遠距離援護だろう。危険だ近づくな!」

 雑賀の制止の声は彼らに届かない。

 「雑賀ばかりにイイカッコさせられるかよ!」

 「それに正直、もう能力(ちから)は品切れでな、あとは身体で戦うしかないんだ」

 「やんなきゃいけない時があるんだよぉ! 男の子にはぁ!」

 思い思いの声を発し、一同はその身を躍らせる。

 「これは困ったな。馬鹿が伝染してしまったようだ。それに見た感じ彼らは少年より脆いな。だから!」

 総帥くるりと回転し、その長衣(トーガ)を翻した。

 「うんと手加減しないといけないじゃないか!」

 総帥がその手足を動かす度に、一同はその拳・爪先・膝・肘に吸い寄せられ、攻撃をうけては吹き飛ばされていった。

 「さあ、立ちたまえ諸君、そして力と能力(ちから)の限り向かって来るが良い」

 総帥の呼びかけに雑賀を含む何人かが立ちあがり、そして倒れていった。

 「これは良い、生きているサンドバッグだ」

 総帥が天を仰ぎ高笑いする。

 やめろ、もういい、みんな止めてくれ。

 次々と打ちのめされていく皆の姿を見て天野は何も出来ない自らを嘆く事しかできなかった。

 本当なら自分もその中に加わりたかった。

 だが、出来なかった。

 それは恐怖もあるが、それ以上に無駄な事が分かりきっているから。

 天野は桃子の事で何度も祈ったが、奇跡などは起きず、あるのは悲しい現実だけだとその度に思い知らされた。

 だから全力を尽くせば奇跡が起きるなんて幻想は嫌いだった。

 だけど、彼女は久方ぶりに奇跡を願った。

 そして、奇跡とも思える出来事が起こった。

 「ばかぁ!」

 一筋の影が戦いの場に舞い降り、総帥の頬を打つ。

 響くのは肉が肉を打つ音。

 今日、何度も響いた鉄を叩くような音ではなかった。

 影の主は朝顔。

 総帥は驚愕の表情で頬を撫で、その感触の余韻を確かめた。

 「総帥さんは、総帥さんは、本当は優しいのに、どうしてそんなに意地悪ばっかりするの」

 朝顔の顔を涙でぐずぐずに濡れていた。

 「いや、それは、ちょっとまって」

 その涙の前に総帥は少し参ったような表情を浮かべた。

 「もう、ばかばかばかばか」

 パフッパフッと朝顔の駄々っ子パンチが総帥の腹を打つ。

 「うーん。女の子に泣かれると少し困るな」

 やれやれといった風体で総帥はその拳に身を任せる。

 「ばかぁ!」

 その時、皆の頭に響いたのは『キーン』という比喩的な音、それは朝顔の拳が総帥に金的をかます音だった。

 「あいっ」

 思わず股間を押さえ、膝を折る総帥。

 ひょっとして朝顔さんには総帥の防御を突破する能力(ちから)があるのか!? 皆がそう思った。

 その思念を声にしたのは雑賀。

 「朝顔さん、風船だ。風船を割るんだ」

 総帥が膝を折った事でちょうど良い高さに風船は位置していた。

 「えーい! 割れちゃえ!」

 朝顔は爪を立て、横薙ぎに掌を払う。

 だがその手は光の壁に阻まれた。

 「いったーい。爪割れちゃった」

 手を見て朝顔が悲嘆の声を上げる。その間に総帥はすっくと立ち上がった。

 「今のは少し痛かったぞ」

 総帥の怒気の篭った声に朝顔がたじろぐ。

 「ご、ごめんなさーい」

 謝罪の声を上げて、朝顔は逃げ出した。それを見て総帥は再び雑賀達に向き合う。

 「少しアクシデントがあったが、風船は未だ健在だ。さあ続きを始めようか」

 その姿を見て引率者である教師、鳳仙は驚いていた。

 総帥がダメージを受けた所を見たのはこれが初めてだったからだ。

 風船を割るという特別ルールでなければ、この時点で生徒達の勝利となる。

 総帥は特別ルールでこの戦いを始めたとは言え、それは三百六十五日二十四時間なんであれと法律に明記されている事項より優先されるのか、鳳仙は、もし、このまま風船が割れずに終わったら、そう抗議してやろうかと思った。

お読み頂きありがとうございます。

やっとタイトルの回収の話です。

今回の小ネタは「おお、馬鹿よ馬鹿よ、愛しき馬鹿よ」がGUNxSWORDの鉤爪の男の台詞、

 「やんなきゃいけない時があるんだよぉ! 男の子にはぁ!」がスクライドのカズマの台詞ですね。

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