その15 雑賀と百合子とチョコレートと
「俺だな」
腕に力瘤を作り雑賀が言った。
「わたくしですわ」
デイジーがその豊かな胸を強調させながら言った。
「デイジーは確かにそうだが、雑賀は違う」
「えっ、俺じゃないの」
雑賀は残念そうなそぶりを見せた。
「そう、B組の最大火力と言えば、この百合子の事ですの」
天野の横から声がした。
その姿は小学生とみまごう事かのように小さい。雑賀は百合子ちゃん、百合子ちゃんとクラスの女子に可愛がられている女の子を思い出した。
「えっ、君が!?」
「あら、お疑いですのね。では百合子の能力の片鱗をお見せしましょう」
そう言って、百合子はたすきに掛けていたポシェットから何か黒い物体を取り出し、その手を上げて雑賀の口元に持って行く。
「チョコレートですの。アーンして下さいまし」
「あーん」
チョコレートという言葉に反応し、思わず雑賀は口を開け、その中にチョコレートが放り込まれた。
「魚一君あぶないですわ。早く吐き出して!」
「ん、おいしいチョコレートだ……う、うんまぁーい!」
口をもごもごさせていた雑賀は突然喜びの声を上げた。
「あははははははは、おいちい、おいちいのぉ、ションベンが漏れそうじゃ」
雑賀は床に転がり身体をゴロゴロさせながら悶え始める。
「ぎゃー雑賀が壊れた!」
床に転がる雑賀を見てクラスメイトが驚きの声を上げた。
「どうですの。これがB組唯一にして随一の特殊能力者、百合子の能力『三分伝説』ですの。簡単に説明すると、三分間だけ何かを伝説の武器や道具のように超常的に強化出来る能力ですの。『Hundred Times!』 恋する百合子の能力は約百倍ですのよ」
指をくるくると回し得意げに説明する百合子。
「そう、今はチョコレートの、その甘さと美味しさで人を喜ばせる力が強化されたから雑賀はああなった。でも、もしこれが武器や兵器の類だったら」
天野が真剣な顔になる。
「想像するだに恐ろしいですわね。魚一君、しっかりなさって」
床でよだれを垂らし恍惚の表情を浮かべる雑賀をデイジーが介抱する。
「あま……うま……」
「くっ、手遅れでしたわ」
「三分で効果は切れるから大丈夫ですの」
百合子の説明通り、三分後には雑賀は正気を取りもどした。
「ふぅ、天国が見えた気がする」
溜息を付き、味の余韻を思い出しつつ、ゆっくりと雑賀は立ち上がった。
「竜様、百合子が居れば百人力ですの」
「ああ、頼もしいよ、だけど二人に聞く。正直、あなた達の能力は総帥に通じると思う?」
真剣な目でデイジーと百合子に問いかける天野。
「竜様の愛の力があれば百パーセントですの」
「正直、一パーセント以下ですわね」
二人の答えは正反対になった。
「状況を正確に理解しているのは、デイジーの方だな」
「えー、百合子の能力は最高だ、って竜様も褒めてくれたじゃありませんの」
「ああ、百合子の能力は確かに優れている。だが総帥に通じるとは思えない。デイジーもだ」
「そうですわね。公式試合や非公式の襲撃も含め百名以上の特殊能力者が総帥に挑戦しましたわ。ですけど、わたくしが入手出来た情報の限り、誰ひとり総帥にダメージを与えられたという記録がありませんわ。百合子さんもわたくしも、その能力が通じると考えるのは安易過ぎますわ」
「じゃあどうするんだ。あの光の壁を何とかしないと総帥にダメージが与えられないぞ」
「攻略のヒントは総帥自身が言っている。あのビデオの中で、何でも切り裂く光の剣使いと相対した時だ」
天野が情報端末に手をかざすと、映像が巻き戻り、件の試合が再び映し出された。
その中で総帥は光の剣を受け止めて言う。
「君の能力は何でも切り裂くと自負していたが、その剣で海と大地を貫いてみたかね。月を穿ってみたかね」
その言葉を前に対戦者は言葉に詰まった。
「その様子じゃあやっていないようだね。精々金剛石や山を貫いた程度だろう。それでは駄目だ。この世に『絶対』とか『何でも』というのは、少なくとも我の知る限り存在しない。あるのは絶対と思えるくらいの大きな量なのだよ。君はもう少し限界を試してみたほうがいい」
言葉の後、総帥が対戦相手を光の剣ごと拘束し、敗者ゾーンへ放り込んだ所で映像が止まった。
「聞いての通りだ、総帥は言っている、この世に絶対なんて物は無い、と。総帥もきっと例外じゃない。いや、総帥の言葉だからこそ、総帥自身の能力には必ず限界がある。だから、私達の力を全てぶつける飽和攻撃でそれを突破する事に賭ける。必要な道具は借りたし、舞台も準備した」
意を決した風に天野が言った。
「俺ももちろん頭数に入っているよな」
デイジーと百合子という特殊能力者二人の登場で少し不安になったのか、雑賀が問いかける。
「ああ、お前だけじゃなく、みんなにも力を貸してもらわないと、この作戦は成功しない。その中でも雑賀、お前が作戦の要だ」
「おお、まかせろ、で何をすれば良い」
要と言われて気を良くした雑賀は意気揚々と尋ねる。
「まずは、舞台の理解だ。旧校舎の前にあるグラウンドを格子状に区切る。各々のエリアに記号を振ったのでこれを覚えてくれ」
天野が映した図は、ちょうどグランドに旧校舎を投影した形になっていて、教室と連動していた。例えば一階の1―Aパタリと倒した部分が1―A、その上の二階の2―Aも同様、中心の時計塔の部分はT―1、T―2といった具合に。
「総帥に近接格闘を仕掛けて、私が指示するエリアに総帥を誘導するのが雑賀の役目だ。サポートは十文字にお願いしたい。できるか?」
「まかせな、ドラゴンの兄貴。あたいが完璧にフォローするぜ」
十文字と呼ばれた女生徒が腕まくりをしてポーズを決める。
「頼む。お前はこのクラスで唯一の『技持ち』だからな」
天野が言う。もう言われ慣れているのだろう、兄貴と呼ばれた事に対しては何も反応しなかった。
「へえ、技持ちがいらっしゃるの、このクラスにも中々の方がいらっしゃるのですわね」
デイジーがちょっと感心したように言った。
「なあ、その技持ちって何だ」
初めて聞く単語に雑賀が疑問を投げかける。
「技持ちとは念動力や瞬間移動、精神感応といった基本六要素を一種、または組み合わせて『技』と呼べるくらいまで鍛え上げた能力者の事だ。例えば念動力を刃状に練り上げで切る『大切断』や常人の目の分解能以上の速さで瞬間移動を連続して行い残像を見せる『物理分身』とかが有名だな。彼女のは『誘導射撃』超感覚と念動力を組み合わせて弾道・弾丸を操作し精密射撃を行う技だ」
雑賀の問いに天野が答えた。
「そうなんだ。だけど授業で『技』については教えてくれなかったぞ」
「当たり前だ、『技』は高等過程で習う領域だからな。本当は今は覚えない方が良いとされている。もっとも、生来その技を覚えている者もいるし、塾に行けば教えてくれる」
「へ、何で覚えない方が良いのさ。『技』を勉強するのは悪い事ではないように思えるぞ」
雑賀の疑問に天野は少し考える。
「雑賀、ときにお前は野球は好きか?」
「おう、俺は野球にはちょっとうるさいぜ」
「そうか、では聞く。才能のある中学生の投手にフォークやカーブを教える事は良い事か?」
「馬鹿を言うなよ。成長期の子供に変化球を中心に教えるなんて愚かとしか言いようがないね。その時期は体作りが基本で足腰と肩を鍛えて力強いストレートを投げれるようにするのが一番さ。変化球を教えるのは、もっと体が出来上がってからじゃないと肘と肩に悪影響を与えちまう。その子が将来、投手として大成したいと考えているなら尚更さ」
うるさいと言っただけあって饒舌に雑賀は語った。
「よく分かっているじゃないか、それと同じさ。技は有益だが、私達が今、学ぶべきものじゃない。それよりも基本六要素の基礎訓練を行った方が良い。だから学校では教えないのさ」
「ちょっと、ドラゴンの兄貴、それじぁ、あたいが悪いみたいじゃないか」
十文字が抗議の声を上げた。
「すまん、これは一般論だ。お前の技は見事だし、今、お前が居て助かったと思っている」
「そうさ、必要な時に必要な能力を備えるのが一番さ。あたいはいざって時にもっと鍛えておけば良かったと思うような、自らの無力さに涙するような生き方はしたくないのでね」
そう言いながら十文字はその巨大な胸を張る。
クラスの男子は思わず生唾を飲み込んだ。
「どこ見てらっしゃいますの」
雑賀の視線に気づいたのだろう。デイジーの言葉が痛い。
「さて、話が逸れたな。雑賀、お前がフロント、十文字がバックアップ、これで総帥を所定のエリアに誘導する。出来るな」
雑賀の目を見つめ、天野が確認する。
「ああ、まかせておけ。その他には何かあるか」
胸を叩いて雑賀は答えた。
「馬鹿なのに察しが良いな。さあ、これを受け取れ」
そう言って天野は虚空からスコップを取り出す。
瞬間移動の一種『物質召現』で取り出したのだ。
「これを武器に戦えって事だな!」
「いや、穴を掘れ」
熱く答える雑賀とは対象に、天野は冷静な声で言った。
お読み頂きありがとうございます。
今回の小ネタは
雑賀がチョコレートを食べたくだりが、はだしのゲンとバイオハザードです。
総帥と光の剣の使い手との対決での「海と大地を貫いて」はダンバイン、「月を穿つ」はシンフォギアのサブタイトルからですね。
『Hundred Times!』 恋する百合子の能力は約百倍ですの、は昭和アホ草子あかぬけ一番のOPですね。古い上にマイナー過ぎて誰も知らないかもしれませんが。




