その13 雑賀とデイジーと星空と
今日は良い日だ、魚一君と一緒にお料理できたし、お父様に料理を褒めてもらえた。その後、お父様とお食事をしてお見送りをした。魚一君といっぱい遊べなかったのは残念だけど、またなって言ってもらった。さあ、お肌の手入れをして、明日の自分は今日よりもっと可愛くなって、彼に褒めてもらおう。そんな事を思いながらデイジーは部屋で化粧水を頬に付けていた。
コンコンとドアを叩く音がして、パーカーの声が聞こえる。
「お嬢様、少しよろしいでしょうか」
「ええ、よろしくってよ」
パーカーは静かにドアを開けると、おずおずと部屋に入ってきた。
「どうなさいましたの、お父様かお母様から連絡でもありましたの」
入浴後にパーカーが部屋に来るのは珍しい。デイジーはそう思いながら尋ねた。
「はい、実は雑賀様が先程から門の前でウロウロしております」
丁寧にパーカーは告げた。
「えっ、魚一君が!?」
デイジーは思わず鏡を見て自分の姿を確かめる。よし、可愛い。そう思ってデイジーは立ち上がった。
「こんな夜更けに何かあったのでしょうか」
「はい、見たご様子ですと、唯事では無いようです」
パーカーのその声に緩んでいたデイジーの顔が険しくなった。
そして、つかつかと早足で部屋を出て行く彼女にパーカーも続いた。
雑賀は門の呼び鈴を見つめ、手を伸ばしては引っ込める。これを何度か繰り返した後、手を止め雑賀は深い溜息を付いた。
その時、門が開きデイジーとパーカーが姿を現した。
「魚一君、何事ですの……」
雑賀の姿を見て、デイジーは言葉を飲み込む。
怪我は天野に治してもらったとはいえ、血と吐瀉物で汚れた服はデイジーの顔を強張らせるのに十分だった。
「やあ、デイジー、夜分にすまない」
雑賀はデイジーに挨拶をした。その日常的な感じと、見た目とのギャップが異常さをさらに際立たせていた。
「何もおっしゃらなくて結構ですわ。誰にやられたかだけお言いなさい。わたくしがぎったんぎったんのけっちょんけっちょんにして差し上げますわ」
「お嬢様、少々下品でございます」
パーカーがたしなめる。
「言葉なんて選んでいられませんわ。友の屈辱はわたくしの屈辱、敵を取らずにはいられませんわ。さあ、おっしゃって」
デイジーに促された雑賀は、覚悟を決めたように口を一文字に結ぶと、地面に膝を付き、頭を地面に付けた。
いわゆる土下座のポーズである。
「な、何の真似ですの」
突然の出来事にデイジーが困惑の声を上げた。
「すまないデイジー、だが俺にはこうするしかないんだ。俺を、俺達を助けてくれ」
「とにかく事情を話してくださいませんと、わたくし事情がわかりませんわ」
その問いに雑賀は顔を上げて言う、
「実は、桃ちゃんていう病気の子を助ける為に特別褒賞が必要なんだ。だけど、俺の能力では総帥に全く歯が立たなかった。そして、もう一度総帥と戦う事になった。だから君の力が必要なんだ。頼む、助けてくれ」
そう言って雑賀は再び額を地面こすり付ける。
総帥、その言葉にデイジーは少し驚きの表情を見せる。だが意を決したように顔を整えると、
「ひとつお尋ねしますわ。なぜ土下座していますの。わたくしとあなたはお友達ですから普通に頼めばよろしいのに」
「友達だからだ。俺は友達という言葉を盾に君に迷惑を、意に反する事をやってもらおうと頼んでいる。本当はそんな事はしたくない。だけど君を頼らざるを得ない。だから、せめて、頭を下げるしかないんだ」
地に伏し、雑賀がデイジーの問いに答えた。
「お嬢様、言葉を挟んで申し訳ありませんが、雑賀様は変わらず素直で正直なお方でございます」
横で話を聞いていたパーカーがフォローを入れる。
「まあ、まあ、まあまあまあ」
デイジーは顔をほころばせ喜びの表情を浮かべる。嬉しかったのだ。本の世界や父の話からは『友達だから』という言葉を利用して相手を都合の良い召使いのように行使する話をたくさん聞いた。お父様もお母様も、それを危惧してパーカーをわたくしに付けてくれた。そのせいで友達はできなかったけれど、やっと魚一君という友達が出来た。そして彼はわたくしの事を利用関係にあるのではなく、互いに思いやる真の友と思ってくれている。それが何よりも嬉しかった。
「顔をお上げなさい」
膝を付き、雑賀と同じ高さに目線に合わせデイジーは告げる。
雑賀は顔を上げ、デイジーを見つめる。
「あなたは正しい事をしようとしている。そしてわたくしの友です。それを助けないなんてディジー家の名折れ」
「そ、それじゃあ」
「ええ、このデイジー・ディジー、義によって助太刀いたしますわ。うふふっ、一度、こういうカッコイイ台詞を言って見たかったのですの」
雑賀の肩に手を置き、微笑みながらデイジーは言った。
「さあ、お立ちなさい。わたくしは友を見下ろすより、肩を並べる方が好みですわ」
二人は固く手を握り、立ち上って肩を組んだ。
「わたくし達は無敵のコンビですわ」
「ああ、先陣は俺が切る」
空を仰ぎ、星に向かって笑いあう二人。
その姿を見て、パーカーは頬に伝う涙をぬぐい心で思う。
お嬢様、良きご友人を持ちましたな。総帥に勝てるかどうかは私には分かりませんが、勝つにしろ負けるにしろ、それはお嬢様の人生経験を豊かにしてくれるでしょう。
ですが! お嬢様がだんだん男前になっていくのは気のせいでしょうか!
パーカーの心配は尽きない。
お読み頂きありがとうございます。
今回の小ネタは「わたくし達は無敵のコンビですわ」がジョジョ3部のホル・ホースですね。(かなり苦しい)




