その12 雑賀と敗北とその涙と
右手の痛みは益々増し、時折、病院に行かなくちゃという事を脳に思い起こさせる。だが、雑賀の頭を占めていたのは、天野にどう説明するかであった。
しかし考える暇はなかった。川沿いの道を歩いていた雑賀の前方から朝顔と天野が近づいて来るのが見えたからだ。
「おい雑賀、お前、変な事を考え……考えただけでなく実行に移した訳か、馬鹿が」
乾いた血、歪んだ右手、胃液の染み、頬の涙の痕、それが全てを物語っていた。
雑賀が何も出来ず返り討ちにあった事を。
「とにかくその手を出せ、治療してやる」
雑賀は右手を隠そうとしたが無駄だった。天野の手は彼がひっこめようとしたその手を掴み、能力を込め始める。心霊治療だ。
「痛っ」
右手の痛みが激しくなり雑賀は思わず声を上げる。
「痛むか、あと十分もあれば終わる。男なら我慢しろ」
「雑賀君、大丈夫だよ。竜ちゃんは心霊治療がとても上手だから。だから泣かないで」
朝顔にそう言われて雑賀は初めて気付いた。己の目から涙が流れていたのを。
「すまない、リン、俺は無力だった。この国の外ではちょっとばかし力が強かったので、総帥にもちょっとだけならダメージを与えられると思っていた。でも俺は何も出来なかった。ただ一方的にやられるだけだった」
止まらぬ涙は痛みによるものか、悔しさか、それとも悲しみか、嗚咽交じりに雑賀は言った。
「当たり前だ、総帥はほぼ毎年能力者武闘大会の優勝者と戦ってノーダメージで勝っているんだ。ちょっと念動力の強い中学生では相手にもならないさ。まあ、お前の愚痴くらいは聞いてやる。何があったか話してみな」
天野の問いに雑賀が押し黙る。
「話さないなら能力を使ってでも聞いてやるぞ」
天野の声色が変わり今までと違った真剣さをかもし出す。
「雑賀君、何があったか話して、でないとあたし心配だよ」
朝顔も雑賀に尋ねた。
「わかった。もう気付いているだろうが俺は特別褒賞の事を知って、それを手に入れようと……」
そして雑賀は総帥にダメージを与えるべく地下駐車場で待ち伏せした事、全く歯が立たなかった事、明後日再度戦う事になった事を説明した。
「はい?」
「雑賀君、今なんて」
明後日の再戦の所で二人が驚きの声を上げた。
「だから、明後日、総帥と再度戦う事になった。だけども心配するな。俺が責任を取って戦う!」
雑賀は言葉を最後まで続ける事が出来なかった。天野の平手がその頬を捉えたからだ。
「何するんだ」
「これはお前が勝手な行動をした分だ。そしてこれは意気地無しの私の分だ!」
天野は握っていた雑賀の右手の指を畳み、拳を作るとそれを自らの顔面に叩き付けた。
「なっ、何をするんだー」
「ふたりともやめて!」
天野の行動に驚く二人。
「やってしまった事は仕方ない。いや、それをやるべきは本当は私でなくてはいけなかったんだ。だから雑賀、これでおあいこだ」
「いや、何を言ってるんだ」
「ん、この事態の責任は私にある。だから私も戦うと言っているのさ。もちろんお前にも力を貸してもらうぞ」
天野は妙にすっきりした表情で宣言する。
「竜ちゃんは本当に素直じゃないんだから。ちょっとびっくりしたけど、逆に考えるとこれはチャンスかもしれないね」
「ああ、きっとラストチャンスだ。だけど朝顔、お前まで関わる必要はない。これは私達の戦いだ」
「そうだね。朝顔さんの能力は戦闘向きとは言いがたいし、君を危険にさらす訳にはいかないよ」
「だめよ。それに竜ちゃんは誰かを助ける事はあっても助けられる事はなかったでしょ。内心、竜ちゃんに感謝している人って多いのよ。あたしだけでなく、みんなで総帥に挑みましょう。その方が勝つ可能性が上がるって」
「いや、私の為にみんなを巻き込むのは……」
「そうだよ、俺が悪いんだから俺が責任を取る」
その会話を遮るようにピリリと情報端末が音を立てる。
「ちょっと待ってくれ」
天野は情報端末を取りメールを確認する。
「どうした、ひょっとして妹さんか?」
そう問いかけた雑賀の情報端末からも音が聞こえる。
さっきの戦いでよく壊れなかったな。そう思いながら雑賀も端末を取り出す。
「朝顔、お前やりやがったな」
困った奴だという目をして天野が言った。
「えへへ、こっそりクラスの連絡網で今の事、流しちゃった」
朝顔は舌を出し、ごめんねのポーズを取る。
そして再び天野の端末が音を立てる。
次々とメールが天野に届いているのだ。
雑賀はちらりとタイトルしか読めなかったが、それでも内容は分かった。
『あなたの為ならなんだって』
『これで貸しは返すからな』
『水くさいよ』
『チェーンソーを持ってけばいいの?』
etc……
「あいつら」
雑賀は初めてリンの笑った顔を見た気がした。
「よし、これはもう戦争だな」
「うん、指揮官は当然竜ちゃんだね」
「当然だ。私以上に能力戦を理解しているやつなどいない。だが、まだ戦力が足りないな」
天野はそう言うと、雑賀を見つめた。
「なんだよ、別にリンが指揮官になる事に異存は無いぞ」
「そうだ。私が指揮官だ。だからお前に指令を与える」
「何だ。俺に出来る事なら何でもするぞ」
「よく言った。じゃあA組のデイジーに助っ人を頼んで来い」
「え? 何で?」
「はっきり言って学校最強、いや学生最強なのは彼女だ。そして彼女に接点があるのはお前しかいない。私は彼女に嫌われているしな」
「でも……」
「さっき言ったろ。何でもするって。明日の放課後、教室でミーティングをするから、そこに連れてくるんだ。いいな」
天野はピシッと指差し雑賀に命令する。
「じゃあ、さっそく行動開始ね。あたしも総帥の戦歴ビデオを用意するわ」
朝顔はそう言って走り去ろうとする。
「朝顔、夜道は危ない、一緒に帰ろう。それに私も見ておきたいからな、そのビデオを」
そう言って天野は朝顔の肩に手を置く。
「もう、竜ちゃんは相変わらずイケメンなんだから」
「じゃあね、雑賀、明日教室でな」
「雑賀君、またね」
瞬間移動で跳んだのだろう。そう言うと、二人の姿は消えていた。
右手の痛みは消えていた。腹の痛みも。
さてどうするか、雑賀は今度はデイジーにどう頼もうか悩みつつ、歩き始めた。
お読み頂きありがとうございます。
久々の小ネタですね。「チェーンソーを持っていけばいいの」はGB版魔界塔士Sagaのラスボスネタですね。




