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たったひとつの冴えない能力(ちから)  作者: 相田 彩太
第四章 希望の挑戦者
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その10 雑賀と誓いとその拳と

 薄れゆく意識の中で拳だけが熱と痛みを持っていた。

 折れたかな、雑賀の視線が拳に向けられる。その指には潰れた白詰草が揺れていた。

 そうだよな、まだ約束を果たしていないよな、そう思いながら雑賀は指に力を込めた

 「じゃあな少年、今日は消化に良い物を食べてゆっくり養生しなよ」

 床に伏せる雑賀を伏目に総帥は立ち去ろうとする。その時、服に張力を感じ、総帥は歩みを止めた。

 総帥は古代ローマ風の長衣(トーガ)を愛着している。その理由は単なる趣味だったが、あまりに多く着ていた為、一種のトレードマークとなってしまい、最近では他の服が着づらいという少し困った状況になっていた。

 その長衣(トーガ)の先を雑賀の左手の指が摘んでいる。

 その左手に力が篭り、空いた右腕が何かを探すように弧を描く、その手が総帥の足に触れた。

 その手が総帥の足首を掴んだ。

 「しつこいな、我は忙しいのだっ」

 総帥の爪先が雑賀の顎先を捕らえる。

 雑賀の体が反転し、荒い息を吐く口元から血が滲み出ていた。だが、その右手は総帥の足首を掴んで離さない。

 「ありがとよ、おかげで意識がはっきりしたぜ」

 そう言って雑賀は右手に力と能力(ちから)を込める。

 雑賀の握力は数トンを数える。常人の脚にその力が掛かったならば肉と骨は混ざり合って潰れてしまうに違いない。

 だが木を潰し、鉄を歪めるその能力(ちから)を込めた掌は動かなかった。さっきの拳と同様に見えない壁が、今度は円状に総帥の足首を護っていた。

 「半ば意識を失いながらも我に挑み、意識が戻ったら即攻撃か、子供なのに時代錯誤な武人みたいだな。だけど残念ながら我には通用しない。この程度で特別褒賞が貰えるなら誰も苦労はしない。さあ、己の力量をわきまえたらその手を離したまえ」

 「いやだ、やっと届いたんだ」

 だが、雑賀はその掌を離さない。

 「離せと言っているんだ」

 総帥は掴まれているその足を中段に掲げると勢いよく振り下ろした。その勢いで雑賀の体は半分持ち上がり、鞭が地面を打つような動きで地面に叩きつけられた。

 骨が軋み、胃が悲鳴を上げる。雑賀は夕飯前で良かったなと心から思った。

 「総帥、そろそろお時間です。遊んでいないでいつものように力づくで動きを封じて……」

 時計に目をやり秘書風の女性が言った。

 「そうしたいのは山々なんだが、この少年が掌を離してくれなくてさ。少年、何故離さない」

 総帥が地面に倒れている雑賀に語り掛けた。

 「さっき言った通りだ。どうしても、俺は、特別褒賞を手に、入れなきゃ、ならないんだ」

 足首を掴む右手と長衣(トーガ)の裾を掴む左手にすがるように力を込めながら雑賀は答えた。

 「んー。わかった、わかった話を聞こう。だからこの手を離してくれ。さっき言った通り我は忙しいんだ。だから少年、君の用事を手早く済ませたい」

 「本当か?」

 「ああ、だから離してくれないか」

 その言葉に雑賀は掌の力を緩める。そしてゆっくりと立ち上がった。

 「さあ、さっさと話してくれ」

 総帥に促されるまま雑賀は今日の出来事を説明する。難病に侵された少女の事、その姉の事、唯一の救いである『大回復』の施術が二ヵ月後では少女の自我が失われる事、それを助けるが為、『大回復』を掛けさせる権利、特別褒賞を手に入れようとここに挑みに来た事を。

 「確認させてくれ、やはり、あなたの『大回復』では失われた記憶や思い出は救えないのか」

 「ああ、我は、我が()らぬモノは治せない。人体構造も生理学的免疫機構も識っているが、個人個人の記憶は識らぬ。だから治せない」

 雑賀の問いに総帥は答える。少し、すまなさそうに。

 「で、真偽の程は?」

 雑賀の説明を聞いた総帥はちらりと秘書風の女性に目配せした。

 「この子の話は嘘ではないようです。それに今確認しましたが二ヶ月後に天野桃子への『大回復』施術の予約が入っております。病院カルテへのアクセスも完了しました。進行度を鑑みるに生命の前に自我を司る部位の脳細胞が死滅するというのも真実でしょう」

 情報端末の類を見ているでもなく秘書風の女性は答えた。おそらく何らしかの能力(ちから)で情報を手に入れているのであろう。

 「そうか、君の事情はわかった」

 「それじゃあ、あの子を助けてくれるのか」

 「いや、だめだ」

 「なんでだよ!」

 雑賀が叫びを上げる。

 「特例を一つ許すと際限が無くなる。我の元に来る者は症状はどうあれ皆、救いを求めてくるのだ。今そこにある奇跡としてな。その子の自我が失われるという理由で『大回復』を施せば、余命一ヶ月未満の者や、今にも死に瀕している者が我先にと訪れる。全てを救えない以上、ルールが必要で、特例は認められない」

 それが現実なのだと諭すように総帥は言った。

 「やはりだめなのか」

 「だめだ」

 「どうしてもか」

 「どうしてもだ」

 「わかった」

 「わかってくれたか」

 「なら! ルールに則り、力づくでも特別褒賞を手に入れる!」

 突き出たのは拳ではなかった。貫手だった。力と能力(ちから)を指先に集中した錐が総帥に襲い掛かる。

 ぐしゃり、鈍い、だが乾いた音が聞こえ、その手はいつもの形を留めなくなった。

お読み頂きありがとうございます。

ここはバトルシーンなのですが、上手く描写できなくて難儀しました。

反省が必要ですね。


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