その8 雑賀と無知と決心と
雑賀はしばし動けず呆然としていた。
「俺、何か悪い事、言ったかな」
しばしの沈黙の後、隣に無言で佇む朝顔に尋ねた。
「うん、すごく簡単に説明すると雑賀君がバカなのが悪いのよ」
彼女の口からは辛辣な言葉が返ってきた。
「あたし初めて見たわ。無知が人を傷つける所を」
続けて重たい言葉を放つ。
「そうか、俺はバカなのか。よく言われるけれど、それが誰かを傷つけるのは嫌だな」
朝顔の言葉に雑賀はしゅんと俯いた。
「あーごめんごめん。あたしも言葉が過ぎたわ。でも雑賀君も悪いのよ『俺のポイントを使え』なんて言うから」
「ん、どこが悪いのさ」
「ポイントはね、単なる数字だけど実は一ポイント毎にIDが振られているの。例えば『雑賀魚一に与えられた一番目のポイント』って具合にね。そしてそのポイントの受け渡しが出来るのは与えられた本人から二親等以内って決まりがあるの。つまりポイントは祖父母・両親・孫と兄弟姉妹間でしかやりとりが出来ないってわけ」
「つまり俺のポイントはリンやモモちゃんには渡せないって事か。でもなんでそんな決まりがあるんだ?」
「雑賀君は、まだポイントの重要さが分かっていないのね。いい、ポイントは命の次に、いや命に準相当するくらい大切な物なのよ」
指を立てて朝顔が説明を開始する。
「ポイントはお金になるだけじゃない、健康にも変換可能なの。病気、例えば癌になっても助かるわ。致命傷を負っても即死じゃなければ助かる。もちろん出世にも累計ポイントが影響するわ。こんなに重要なポイントが簡単に受け渡しできたらどうなると思う。あなたが余命一ヶ月の病気になったとして、ポイントが足りなかったらどうする?」
朝顔が問いかける。
「それは、まっとうにポイントを稼ぐ、と言いたい所だけど、どうしようもない場合は犯罪に手を染めてでも手に入れたいと考えるかもしれない」
そんな事はしなくはないが、それは今の自分が健康だから言える言葉であって、いざそうなった場合に模範となる行動が取れるだろうか、雑賀の言葉には真実と現実が込められていた。
「そう、極論を言えば『殺してでもうばいとる』という事になっちゃうのよ。だから政府はポイントは与えられた本人から二親等以内の授受しか認めていないわけ。他人のポイントを持っていっても、それは使えませんよという事になっちゃうの」
「で、でも合意の上なら認めてもいいじゃないか」
雑賀が反論する。
「だめよ。ここは能力者の国なのよ。脅迫したり、洗脳したり、表層的には合意のように見せる事はいくらでもできるわ」
「そうか、俺の『俺のポイントを使え』って台詞は天野は出来るのなら、とっくにそうしている事を思い起こさせて憤らせるだけだったのか。悪い事しちゃったな」
下を向きながら雑賀はうなだれた。
「まあ、悪気があったわけじゃないし、竜ちゃんもすぐに許してくれると思うから、そんなに気にしないで」
「うん。俺は別に良いんだ。だけどリンやモモちゃんの事を考えると少し落ち込むかな。俺、このガイダンスを良く読んでいなかったけど、ちゃんと読むようにするよ」
そう言いながら雑賀は手にした情報端末のページをめくる動作を繰り返す。そして一瞬、手が止まり端末の画面を凝視した。
「どうしたの雑賀君」
「ん、な、何でもないさ。ごめん朝顔さん、俺、急用を思いついちゃった。本当は家まで送って行きたいけど、ここで別れよう」
端末を閉じ、両手を合わせ拝むような姿勢で雑賀は言った。
「え、別に良いけど……」
「そうか、じゃあ、気をつけて」
朝顔の言葉が終わるのを待たず、雑賀は猛スピードで駆け出して行った。
ひとり残された朝顔はぽつりと呟く。
「いったい何の用事なんだろう。急いでいたみたいだけど」
そう言いながら朝顔は雑賀がガイダンスをパラパラと眺めていた事を思い出し、そして思い出した、ガイダンスの最後には特別褒賞のページがあった事に。
ガイダンス 終章 特別褒賞
総帥はこの国で最強の存在である。その総帥に正面からであれ、不意打ちであれ、三百六十五日二十四時間どんな形であれ、ダメージを負わす事が出来た者には特別褒賞を与える。
特別褒賞とは総帥または国家の構成員がその者の望みを公序良俗に反するものでない限り叶える事である。例えばAランクへの昇進であったり、十億相当の資産であったり、大回復を望みの者に即時施させる権利である。
だが、総帥に危害を加えようとして失敗した場合は相応の刑罰が与えられるので注意する事。
朝顔の耳には残っていた。
雑賀の言葉が。
「急用を思いついた」という言葉が。
お読み頂きありがとうございます。
やっと話が動き始めました。この話のヒキはちょっと気に入っています。
久々の小ネタは「殺してでもうばいとる」です。ロマンシングSagaのアイスソードですね。




