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たったひとつの冴えない能力(ちから)  作者: 相田 彩太
第四章 希望の挑戦者
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その7 雑賀とリンとその涙と

 「雑賀君ありがとね」

 隣に居た朝顔が口を開く。

 「俺は何も特別な事はしてないよ」

 「ううん、竜ちゃんが喜んでくれたから。だからありがとうだよ」

 「ふーん、そんなものかな」

 朝顔のお礼に雑賀は気の無い返事をする。

 「でも朝顔さん、俺には君が本当に喜んでいるようには見えないんだ。俺の気のせいかな」

 雑賀は気になっていた。さっきのリンの顔も、隣に居た朝顔の顔もどこかぎこちなかった。

 こんなに喜ばしい事なのに、本当に喜んでいたのはモモと呼ばれた少女と、自分だけのように思えたのだ。

「うーん、ナイショ」

 ちょっとおどけてみせて朝顔が言った。

 「すまなかったな、面倒を掛けた」

 二人の会話に、戻って来た天野が割り込む。

 「リン、モモちゃんはもういいのか」

 「ああ、先生に預けてきた」

 「じゃあ帰りましょ。そろそろ日が完全に暮れるよ」

 朝顔の言う通り夜の帳は既に降り、街灯に火が灯り始めていた。

 「そうだな、じゃあ家まで送るよ」

 朝顔に向かって雑賀が言う。

 「ありがとう、竜ちゃんも一緒に帰ろ」

 「ああ」

 三人は病院を出て川沿いの道を歩き始めた。

 「でも良かったな。モモちゃんが大回復を受ける事が出来て」

 「ああ」

 雑賀の声に天野が気の無い返事をする。

 「あれだろ、大回復ってポイントをいっぱい使うんだろ」

 「そうだ」

 「リンがボランティアしてポイントを集めていたのはモモちゃんの為だったんだな。すごいなリンは相当頑張ったんだろ」

 「モモが発病してからは毎日だ」

 天野は変わらず下を向いて歩いている。

 「雑賀君、その辺にした方が良いよ。竜ちゃん疲れているから」

 朝顔が隣から声を掛けた。

 「モモちゃんって良い子だからな。あんな子が不幸になって良い訳ないよな。これ、あの子にもらったんだ」

 そう言って雑賀はその手に嵌められた白詰草の指輪を見せる。

 パシーン

 次の瞬間、雑賀の頬は天野の掌に打たれていた。

 「な、なんだよ」

 予期せぬ天野の行動に雑賀が驚きの表情を浮かべた。

 「何も知らないくせに、何も分からないくせにバカだ、お前は」

 「なんだよ、人をバカ呼ばわりして。俺が何か悪い事でも言っ……」

 雑賀はその言葉を続ける事が出来なかった。

 天野の目にうっすらと光る涙を見たからだ。

 雑賀の胸に拳を当て天野は言う。

 「モモは脳の病気なんだ」

 天野の口から呟きが漏れる。

 「脳? 脳の病気だからって何なんだ。大回復は何でも治せるんだろう。そう聞いたぞ」

 そう、雑賀の認識では『大回復』は死んでなければなんでも治せる。心臓が貫かれようが、首を切られようが、何でもだ。

 数少ない例外が脳をショットガンのようなもので吹っ飛ばされるような損傷だ。いくら病気でも余命の一ヶ月前ならば問題ないはずだ。その雑賀の思考を天野の声が遮った。

 「お前にも分かるよう論理的に説明してやる」

 聞こえないはずの歯を食いしばる音が聞こえた気がした。

 「『大回復』バカなお前でも知っているだろう。世界で唯一この国の総帥だけが施せる超常の能力ちから、いや御業みわざと呼ばれる事が多いな。どんな怪我も病気も治せるという触れ込みだが、いくつか例外がある。その情報端末でセカンドミレニアム総国の生活ガイダンス第五章一項の注釈を参照してみろ」

 「何だよ、命令口調で」

 ぶつぶつ文句を言いながら情報端末を取り出し雑賀はその項目を参照し始める。

 「えーとなになに『大回復はあらゆる怪我や病気を治せますがいくつか例外があります。一.死人は治せません』なんだ当たり前じゃないか」

 「いいから次」

 「はいはい『二.能力者が胴体の重要器官や脳を損傷した場合、能力ちからを失う場合があります』あーそんな事もあるんだ、でも死ぬよりかはましだよな」

 「そこもいいから次」

 「『三.病気や怪我で脳細胞が破壊された場合、そこに入っていた情報は無くなります。例えば運動野が破壊された場合、そこを再生する事は出来ますが元の運動能力を取り戻すには長期のリハビリを必要とします。言語野が破壊された場合、一時的な失語症を発症します。ですが再び学習し覚え直す事は可能です。記憶野が破壊された場合そこに格納されていた記憶や性格を形造っていた思い出等は残念ながら永遠に失われます。先天的な性格は再生された脳細胞がそれを引き継ぎますし、新しく記憶する事は可能ですので、新しき良き記憶で埋めていきましょう』って何だよこれ!」

 情報端末に表示される文を見て雑賀が叫びを上げた。

 「バカなお前でも察したようだな。モモの病状は脳の細胞がだんだん死滅してゆく。今はちょっと転ぶ程度だが、一ヶ月後には運動野がやられて歩く事も出来なくなる。二ヶ月後には自分が誰かも分からなくなり混濁した意識の中、生命維持装置に繋がれて命を永らえる。そして三ヶ月後には呼吸中枢が侵され命を失う。これが主治医の先生から聞いたモモの症状だ」

 「それじゃあ、今日の思い出は、あの約束は、なくなっちゃうって事かよ!」

 「そうだ! お前との思い出だけじゃない。私の事も朝顔の事も! 何もかも失われてしまうんだ」

 天野はもう雑賀の顔を見ていなかった。ただ下を向いているだけだった。

 「私がなぜお前にこんな事を言うの分かるか。モモには精神感応の能力がある。相手の感情が読み取れる程度のレベルゼロの能力だ。お前はバカだからモモの見舞いに行った時に看護師さんにきっと病気の事を聞くだろう。モモを安心させるようにな。そして不意を突かれた看護師さんが、顔は平静を装いながら、悲しみの感情を浮かべてみろ。あの子はその違和感に気付いてしまう。もし、モモが自分の病気の事を詳しく知ったら、そうしたらモモは残された時間を自我が消えていくという地獄の恐怖の中で過ごす事になる。だから、だから、こんな事を口にするのも嫌なのに、私はお前に言わなくっちゃいけないんだ!」

 最後の方は言葉にはなってはいなかった。嗚咽とも取れる叫びが聞こえた気がした。

 「でも、それは脳細胞が死滅した場合だろ。その前に『大回復』を受ければ間に合うんだろ」

 雑賀の問いに天野の頭が肯定の方向に動いた。

 「だったら、二ヶ月後と言わず、直ぐにでも受けよう。ポイントが足りないんだったら俺のを使うといい。確かこの国に所属した時に少し貰った。足りなければクラスにみんなに頼もう。みんなのポイントが集まればきっと足りる」

 その声に天野は頭を上げ、雑賀を睨み付けた。その目には怒りの色が浮かんでいた。

 その迫力に一瞬怯んだ雑賀の顔に再び天野の平手が叩きつけられる。

 「お前のバカさ加減には愛想が尽きた。もういい、バカに構っていられるほど私は暇じゃないんだ。いいか二度とモモに近づくな、私の邪魔をするな!」

 天野はくるりと後ろを向くとあっけに取られる雑賀を尻目にすたすたと去って行った。

お読み頂きありがとうございます。

モモの能力がちょっと紹介されましたが、一章でも記述した通り、精神感応の能力は同じ精神感応で防げます。なので、リンや朝顔はモモに感情を読まれないのですね。看護師さんも精神感応の能力を持っており、防ぐ事が可能ですが、不意を突かれると危ういという事になります。

この話は設定が多くて少し読みづらいですね。反省。


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