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たったひとつの冴えない能力(ちから)  作者: 相田 彩太
第四章 希望の挑戦者
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その5 雑賀と少女と約束と

 「さて、暇が出来ちゃったな。ぶらぶらするか」

 ディジー邸を出た雑賀は軽く呟きながら川沿いの土手をゆっくり歩いていく。

 土手の新緑は目に栄える程青く、雑賀は裸足で川原を走り出したい衝動に駆られた。

 ふと視線を先にやると、前から天野が駆けて来るのが見えた。

 「ようリン、ボランティアはもう終わったのか」

 手を上げて雑賀は声を掛けた。

 「あ、雑賀か、ボランティアはどうでも良いんだ。それよりも八才くらいの女の子を見なかったか。その水色の服を来ているこれくらいの女の子だ」

 そう言って天野は掌を腰の中段へ下げて話中の少女の身長を示す。

 「いや、あの丘の中腹からずっと歩いて来たけれどそんな女の子は見なかったな」

 「そうか、もし見かけたら連絡してくれ」

 そう言って天野は走り去って行った。

 時折瞬間移動(テレポート)を行っているのだろう。天野の姿は一瞬消えその先に現れるように見えた。

 めずらしいな、あのリンが慌てるなんて、そう思いながら雑賀は再び土手を歩き始める。

 それにしても草が青いな、目が痛むくらいだ。そう思う雑賀の感想も当然である。四月も最終週に入ると気温はともかく日差しは残暑のそれに近い、夏至まではあと二ヶ月だ。

 雑賀はその緑の中に本当に青い塊を見つけた。

 その青い塊は緑の中を時折動き、進み、そして転んだ。

 雑賀はその青の塊に近づく。

 「ぶわっ、ころんじゃった。しっぱいしっぱい」

 その塊から声が聞こえる。どうやら人間らしい。

 「だいじょうぶかい」

 声の主に雑賀は声を掛けた。

 「んーと、へーきへーき」

 青い服に青い帽子、そこから漏れる短い黒髪。年は小学校低学年くらいだろうか、あどけなさに溢れたその少女の姿に雑賀は先ほどの天野の言葉を思い出した。

 「ねえ君、ひょっとして天野……竜胆子(りんどうこ)のお知り合いかな?」

 名前を呼ぶ時に言葉に詰まったのは彼女のハイキックを思い出したからだ。

 「え、おにいちゃん、おねえちゃんのことしっているの。ひょっとしてエスパー?」

 姉の名が出た事に驚いて少女は言う。

 「ああ、エスパーだ。だけど能力(ちから)で分かったんじゃないんだ。君の事は君のおねえちゃんから聞いていた。心配してたよ」

 「あ、もうそんな時間なのか。かえらなきゃ」

 ぱんぱんと服の泥を払い少女は立ち上がった。

 だが、バランスを崩し再びその尻が地についた。

 「えへへ、しっぱいしっぱい」

 頭をポリポリ掻きながら少女は再び立ち上がる。

 その手には白詰草の花束が握られていた。

 「それはおねえちゃんへのおみやげかい?」

 雑賀が尋ねる。

 「うん、本当はわっかにしたかったのだけど、やりかた忘れちゃった」

 「ちょっとかしてごらん。俺がやったげる」

 雑賀は幼少の頃に自分も同じ事をしたものだと思い出しながら手を伸ばす。

 「ほんと、やったぁ」

 少女から花束を受け取ると、雑賀はそれを一本ずつ捻り、その輪に次の花を挿し伸ばす。それを数十回繰り返すと花の結束が出来た。それをゆっくりと曲げ、最初の部分に差し込む。

 花冠の完成だ。

 「そら出来た」

 雑賀は花冠を少女の頭に掛ける。

 「ありがとう、おにいちゃん」

 少女は満面の笑みを浮かべた。

 「どういたしまして。さあ帰ろう。お家まで送っていくよ」

 雑賀は少女の手を取る。

 「うん、でも帰るのはおうちじゃなくて、病院なの」

 「そうか、じゃあ病院まで一緒に行こう」

 そして二人は土手を歩き出した。

 歩き出して数分もした所で少女がバランスを崩して躓く。

 雑賀は咄嗟に少女の体を支えた。

 「えへへ、またしっぱいしっぱい」

 何度か転んだのだろう、少女の体には泥の跡が見て取れた。

 「俺の肩に乗るか?」

 「えっいいの」

 「ああ。さあ、俺の腕にお尻を乗せて」

 そう言って雑賀は膝を屈めると、その左の二の腕に少女を乗せ一気に持ち上げ、左肩に乗せた。

 肩車とは違い片方の肩と左の二の腕で少女を支える形である。

 雑賀は誰かを抱えて歩く時はこの形で持ち上げるのが好きだった。理由は自分が父親にそうされていたからであり、肘を曲げて少女の腰に回せば少女が前後にバランスを崩しても支える事が出来るからだ。

 「たかーい、たかーい」

 少女は両手を上げて喜ぶ。

 「じゃあ行くよ、俺の頭をしっかり握って」

 「はーい」

 少女はその小さな腕で雑賀の頭に掴まった。

 「それじゃあ、おねえちゃんに連絡しよう。電話番号はわかる?」

 雑賀は歩きながら空いている右手で情報端末を取り出し少女に見せる。

 「うーんと、わかんなーい」

 少女は少し首を傾げて言った。

 「そうか、困ったな、俺も知らないから、知ってそうな奴はっと」

 片手で端末を操作しながら雑賀はリストを眺める。

 「そういや朝顔さんとリンは仲良しっぽかったよな」

 朝顔が天野の事を『竜ちゃん』と親しげに呼んでいた事を思い出し、雑賀は携帯電話を兼ねた情報端末で朝顔へ電話を掛ける。

 「はいはい、朝顔ちゃんですよー」

 明るい口調が電話口から流れてきた。

 「ああ、朝顔さんか、俺だよ、雑賀だ」

 「ああ、雑賀君、何か用?」

 「朝顔さんってリンと仲良いだろ。リンの連絡先知ってたら教えて欲しいなーって」

 「いいけど竜ちゃんに何か用なの? もしかして愛の告白?」

 「あーそれは無いそれは無い。さっきリンが妹を探してて、その妹を見つけたんだ。それで今一緒に病院に向かっている所、それを伝えたくってさ」

 「そうなんだ、じゃああたしから竜ちゃんに今の状況と雑賀君の連絡先を教えとくね。そしたらきっと竜ちゃんから電話が来ると思うよ」

 「そっか、ありがとな」

 そう言って雑賀は通話を切った。

 「よかったな、もうすぐおねえちゃんから電話が掛かって来るってさ」

 雑賀はその左肩に座る少女に語り掛ける。

 「うん、ありがとうおにいちゃん」

 両手でバンザイをする少女、その身体がバランスを崩さないように雑賀は重心を整えた。

 テンテレテンテレテレレテテテテン♪

 間をおかず雑賀の情報端末が着信の音を立てた。

 「はい、雑賀です」

 見知らぬ番号だったが相手は誰だか予想出来る。

 雑賀はポケットに仕舞われないままその手に収まっていた端末の着信ボタンを押した。

 「雑賀か、私だ、天野だ。妹は無事か、せめて一言だけでも、声だけでも聞かせてくれ!」

 台詞を吟味するまでもなく、口調だけでも電話口の先で天野が焦っているのが聞いて取れた。

 「はい、おねえちゃんだよ」

 言葉を交わすよりも直接話した方が良いと判断した雑賀は、手にした端末を少女に渡す。

 「もしもし、おねえちゃん。モモだよ」

 「モモか、無事か、変な事されてないか、いまどこだ、助けに行くから待ってろ」

 まるっきり悪役だな、漏れ出る声を聞いて雑賀はそう思った。

 「うん、へいきだよ。今病院に向かってるところ。あっ見えてきた」

 少女がその手を伸ばし、先に見える白い建物を指差す。

 「うん、どこも痛くないよ。うん、まってる」

 そう言って少女は通話を切った。

 「病院の入り口でまっててって、おねえちゃんがいってた」

 端末を雑賀に渡し少女はそう告げた。

 「あいよっ」

 雑賀は受け取った端末をポケットに入れる。

お読み頂きありがとうございます。

ここから話が少し暗めでシリアスになります。

シリアスを書くのは少し苦手ですが頑張ります。

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