その13 部屋の少年と乙女
その頃、時計塔は歓声と歓喜が渦巻いていた。
「えっ、今泣いた!? あのデイジーが泣いたの!?」
「そうよ、ドラゴンの勝利よ!」
天野の勝利が確定した時、時計塔では歓声が上がっていた。
「そうよ、彼女もまだ女の子だったって事よ」
「でも、少し卑怯じゃない?」
「卑怯でも何でも勝利は勝利よ。それに卑怯って事ならデイジーの能力そのものが卑怯よ!」
各自めいめいに感想を述べるが、その大半は称賛の声だった。
「百合子ちゃん、よかったね。ドラゴンの兄貴が敵を取ってくれたよ」
クラス一の巨乳を誇る十文字 南は情報端末を食い入るように見ている百合子の頭を撫でる。
「す、少しは見直してあげますの」
「素直じゃないんだから。でも、そこも可愛いぞ」
「あ、頭を撫でないで下さいの」
頬を膨らませて怒る百合子だが、その姿を見てクラスメイトは益々可愛らしいと思ってしまう。
『ああ、あれは明日の伏線さ。上手く行くかは分からないけどな』
闘いが終わり情報端末からは天野と朝顔の声が聞こえてくる。
『ふーん。その伏線は明日になれば分かるのね』
『まあな』
『だったら聞かない。でも、これだけは教えて。どうしてデイジーさんに闘いを挑んだの? デイジーさんに屈辱的な負け方をするのは言っては悪いけど百合子ちゃんに限らずよくある事だわ』
『それは百合子が可愛そうだったって部分はあるけど。悲しいじゃないか』
『悲しいって何が?』
『私達B組はこの国の外から入ってきた能力者だ。中学の間はクラス替えはなく、高校で進路を決める時まで少々の転校生が来る事はあってもメンバーは変わらない。そしてそれはA組も同じだ。A組のやつらはよく言っているだろ。A組は貴少種で、B組は雑種だと』
『ええ、でもそれのどこが悲しいの? 言わせておけばいいじゃない』
『悲しいさ。デイジーが居る限りB組はA組に勝てない。だから、どこかで闘い方次第では、力を合わせればA組に勝てるってどこかで示しておかないと、私達はずっとA組にコンプレックスを抱える事になる。特に百合子は希代の能力を持っているのに引け目を考えたまま成長するのは少し悲しい。あの子は調子に乗りやすいが、そのまま伸び伸びと成長した方がきっと伸びる。私はそう思うぞ』
情報端末から聞こえてくる声にB組のクラスメイトは静まり返る。
女子の中には涙ぐむ者もいた。
「そ、それよりも、今回の映像をしっかり残しておかないと」
沈黙を破ったのは一人の男子生徒の声であった。
「非公式であれB組の代表がA組の代表に勝った記録だからな」
「ああ、バックアップを早く、早く」
男子生徒が声を荒げる。
バゴッ!
その時であった。情報端末が鈍い音を立てたのは。
音の原因は百合子の手に握られたハンマー。
ハンマーの一撃は正確に情報端末は正確にそのメモリの部分を打ち砕いていた。
「な、何するんだよ!」
「そうだぞ! これは貴重な記録だぞ」
男子生徒が批判の声を上げた。
「そんな事を言って、お姉様の、あ、あられもない姿を楽しみにしようったって、そうは行きませんの!」
そう、闘いの最後に泥で汚れていたが露わになった天野の胸の映像がそのメモリには記録されていたはずだ。
「男子ったらサイテー」
「いや、違うって! 俺は純粋にドラゴンの勝利の姿を残しておこうって……」
「ハイハイ、分かった分かった。それより百合子ちゃん、ちょっといいか」
「なんですの」
「こいつを頼む」
そう言って十文字が取り出したのは一本の栄養ドリンク。
「分かりましたの」
百合子が栄養ドリンクに触れる。
「ありがと」
そして十文字は時計塔の窓から天野に向かって精神波を送る。
そして、大きく振りかぶると勢いよく手の中の瓶を投げ飛ばした。
常人ならば決して届かない距離、届いたとしてもターゲットに届く事も困難な距離、だが能力を使えば別だ。
十文字は念動力で瓶を加速させると共にその軌道も念動力で修正していく。人間の視力が及ばない所は超感覚でカバーだ。
これが十文字 南の複合能力、『誘導射撃』と呼ばれるその技は瓶を目標に見事届けた。
「竜ちゃん、それなあに」
急速に飛来し天野の手に収まった瓶を指して朝顔が問いかける。
「伝説の栄養ドリンクさ。あいつらが気を利かせてくれたのだろうな。風邪を引かないように」
そう言うと天野は栄養ドリンクを飲み干した。
体に熱が沸き立ち、冷えた体が温まる。効果は三分程度だが、一度温まった体は寮に返るまではもつだろう。
「さて、明日に備えて帰って休むか」
天野はにこやかに笑った。
翌日、今日はクラスマッチの後半の日である。
前半は代表による個人戦、後半は全員による団体戦である。今回のメニューは棒倒しだ。
「よく来たなB組、今回も勝たせてもらうぜ」
自信満々の顔をしたA組の面々は余裕を持った表情で対峙している。
「ああ、今年は勝ってやるさ」
天野を中心としたB組の面々は自身満々の顔を浮かべている。
「おいおいB組の雑種が俺達に勝てるってよ。そりゃ良い冗談だ」
「そうでもないさ。私達は雑種かもしれないがデイジーが居なければお前たちは雑魚だ。勝つのは難しくはないさ」
デイジーが居ないという言葉にA組にざわめきが起こる。
「えっ、せ、先生。デイジーさんは?」
「デイジーさんは風邪で休みだって連絡があったぞ」 生徒の問いかけにA組の担任は何気なく答えた。
「さあ、やろうか。私達は準備OKだぜ」
「はん、デイジーさんがいなくとも雑種には負けるものか。総合的なスペックはこちらが上回っているのだ」
「そりゃあ悪役の台詞っぽいな」
「言わせておけば」
A組とB組の間で見えない火花が弾けた。
「クシュン」
金髪の少女はベッドの中で可愛らしいクシャミを上げる。
「ほら、マイリトルハニーだめじゃないかゆっくり休まないと」
傍らにはその父の姿がある。
「でもお父様、こんな微熱で大げさすぎませんこと」
「風邪は引き始めが肝心なんだ。今日はずっと傍にいるからゆっくりお休み」
「えっ、今日はお休みですの」
「そうだよ、だから一緒に休もう」
「ええ」
コンコンと扉を叩く音が聞こえ、パーカーがワゴンと共に入ってきた。
「ミルク粥と果物をお持ちしました」
「ありがとうパーカー」
父はワゴンに乗せられた器と匙を受け取り言った。
「さあ、あーんして、マイリトルハニー」
「もう、わたくしは子供じゃありませんのよ」
「ああ、君は素敵なレディさ。だからこそこうしたいのさ」
デイジーの父親はにこやかに笑い、匙をデイジーの口元に運ぶ。
「お母さまにもそうおっしゃったの」
「ああ、私とハニーが青春時代を送ってた頃にね」
「じゃあ、食べ終わったらその話を聞かせて下さる」
「ああ、少し恥ずかしいがね」
「それならよろしいですわ」
デイジーは顔を赤らめ匙を口に咥えた。
デイジーの顔が赤かったのは風邪の為か粥の効果か、それとも両親の恋話に期待しての事かは分からない。
だがパーカーの目には二人の今日が幸せな一日を過ごす事を確信していた。
この素晴らしい日を与えてくれた人物に感謝して。
尚、蛇足になるかもしれないが、A組とB組のクラスマッチ団体戦は結果はB組の勝利に終わった。
全員が伝説の運動靴と体操服を装備した一団は少々の能力レベルの差を打ち破るのに十分過ぎたのである。
デイジーの話が終わったのは、ポットの紅茶もすっかり冷め、パーカーが入れなおそうとしている頃だった。
「へぇ、そんな事があったのか」
「ええ、わたくしの唯一の敗北ですわ」
「でも、少し嬉しそうだぜ」
「そうかしら」
そのデイジーの笑顔は雑賀が今まで見たことのないタイプの笑顔であった。
野を駆ける少女のそれとも、時たま見せる少しドキッとするような笑顔とも違う、楽しそうな表情だった。
春は深まり、その風は二人の一時の間を優しく流れていた。
若草色から亜麻色に変わったワンピースがその風を受け揺らいでいた。
お読み頂きありがとうございます。
第三章は第一章と同じく、能力的に非常に不利というか無理な状況でいかに勝利するかというお話です。本作は殺伐とした殺し合いが主体ではないので、キャラ付けも兼ねて本章の流れにしました。
また、すでにお気づきの方も多いと思いますが、三章のサブタイトルは○○の××で前話の末尾の単語か単文字をしりとりする形で循環する構成です。
途中、小ネタを挟んでいるのでかなり苦しい所はありますが。
これは個人的に傑作だと思っている「アルジェントソーマ」のサブタイトルと似た構成ですね。(あちらは「○○と××と」という構成ですが)




