その3 マリンブルー
それもそうだな、と少年は思い、後ろを振り向くとジャージ姿の女性教師が校門に立っているのが見えた。
おそらく間に合わなかった生徒を名簿に付けているのだろう、手持ちの情報端末に何やら入力している。
「先生!」
少年の呼びかけに教師が振り返る。
「なんだ、さっきの吶喊生徒じゃないか、君はセーフだ、さっさと教室に行きたまえ」
教師は少年に一瞥をくれると、手をシッシッと払い少年を追いやろうとする。
「俺は転校生です。あの、職員室の場所が分からなくて……」
「転校生? ああ君が通知のあった生徒か、職員室は校舎の奥だが、分かり辛い所にあるから、ここでちょっと待ってなさい」
教師はそう言って再び情報端末を弄り始める。
二分程度経過しただろうか、教師は遅刻していた最後の生徒を教室へ向かわせると少年に向き直り、こう言った。
「ようこそ、超能力者の国『セカンドミレニアム総国』へ、そしてこの第二中学校へ、私は、私達は同じ超能力を持つ新たな仲間を歓迎する」
教師が握手を求め掌を差し出す。
少年もそれに応え、その手を握る。
そして教師はその掌に力を込め、ぎゅっと握り締めると少年を引きずって校舎に向かい始めた。
「よし、では教室に向かうぞ」
「あの、職員室は……」
「必要ない、私が君の担任だ。名は鳳仙」
「はあ」
「返事がはっきりしないな。ここは『Yes! Sir!』か『はい! 先生!』と言う所だ」
少年は少し悩むと「Yes! Sir!」と応えた。
「ノリがいいな少年、そういう所は好感触だ」
微笑みながら鳳仙先生は少年の肩を叩く。
二人は校舎に入ると廊下を進み教室に向かう。
「元気にしていたか生徒達、今日は転入生を連れてきたぞ」
先に教室に入ると、鳳仙先生は生徒達を席に着かせ、少年を招きいれた。
「自己紹介だ、少年」
鳳仙先生に促されるまま少年は名乗る。
「九州から来ました、雑賀 魚一です。よろしくお願いします」
少年が名を告げ、鳳仙先生が大型電子黒板に名前を表示すると、クラスのそこかしこからクスクス笑いが聞こえた。
理由は容易に想像が付く、アナグラムなのだ。
雑賀 魚一の並びを変えると雑魚賀一、意訳するとザコAなのである。少年はこの名前が嫌いではなかったが、そのアナグラムに気付いた時は少し落ち込んだ事を思い出した。
「みんな仲良くするんだぞ。少年、いや雑賀の席はあそこの空いている席だ」
鳳仙先生が示した先は窓際の後ろから二番目。
いい場所だなと思いながら雑賀が席に着くと隣の席の女の子が手を振る。
「えへへ、また会ったね。雑賀君」
さっきまで背中に乗っていた少女だ。
「ああよろしくな」
雑賀もお礼とばかりに手を振り席に着いた。
「あたしは朝顔 夕顔。よろしくね」
そう名乗った少女は雑賀に微笑み掛けた。
「よろしく朝顔さん」
知った顔があって良かった。そう思いながら雑賀は答えた。
「よう、転校生」
席の後ろから声が聞こえる。
「ん」
雑賀は後ろを振り向くとそこには、どこか見覚えのあるギザギザの髪型をした少年が座っていた。
雑賀は記憶を思い起こす。
「あっ、道ですれ違った」
「そうそう、ワイは海下 海彦や。よろしくな転校生。いや雑賀でいいか?」
「あ、ああ、よろしくな。俺も海下でいいかな?」
「ええで、それにしても雑賀ってひょっとしたら戦国武将の雑賀 孫一と関係ありそうな良い名前やな。それにこの能力者の理想郷、セカンドミレニアム総国よろしくPsyとも韻を踏んでるなんて、ほんま良い名前やな」
「ありがとう、そんな風に褒めてもらえるなんて嬉しいよ。残念な事に俺は雑賀孫一の子孫じゃないけどね」
雑賀は笑顔でそう言った。自分の名前を褒めてもらえるのはまれだったからだ。
「ええねん、さっき、ええもん見せてもらったお礼や」
「良い物?」
少し嫌な予感がした。
「ああ、深淵を描く、マリンブルーや」
予感は当たった。二人が振り向くと顔を真っ赤にした朝顔の両拳が二人の脳天を貫いた。
「ばかぁ!」
太陽は日中に差し掛かり、星は空へと消えた。




