その4 伝説の破滅
「去年のお前と同じ展開だな」
天野の横に立つ鳳仙先生が声を掛ける。
「ええ、去年の私はあの状態のまま時間切れでした」
「そうだな、試合終了時のお前の両頬はげっ歯類と見紛うくらいに腫れていたな」
「終了後、十分も経たない内に治しましたけど」
ちょっと機嫌悪そうに天野は答える。
「おっとすまん。だけどデイジーの戦い方はいつもああだ。クラスマッチだけではないU12でも同じやり方で勝ち抜いている。時には重傷者が出てしまう大会で、デイジーは何年もの間、平手打ちだけで優勝してしまったのさ。相手を極力傷つけず勝つ、これがどんなに至難な事か大人はみんな分かっている。だからデイジーは珠玉の宝玉と呼ばれるのさ」
「決して傷つかず、誰かを大きく傷つける事はない。その美しさに皆ひれ伏す。だからですよね」
「わかっているじゃないか。だったら、そのタオルを投げ込んだ方が良いんじゃないか」
クラスマッチでは勝敗が決まるルールが主に四つある。
一つは一方が負けを認める事。二つは審判が一方の戦闘不能を確認し、もう一方の勝利宣言をする事。第三に時間切れでの審判による判定。そして第四に一方のセコンドによるタオル投入。
今回、天野は百合子よりそのタオルを託されていた。
「肉体的なダメージは小さいが、あれは精神的にくるぞ」と鳳仙先生。
「ええ、分かっています。でも、百合子ちゃんの目は試合終了をただ待つといった死んだ目をしていません。あの子の目に光がある限り、私はこのタオルを投げる気はないです」
そう言いながら天野はタオルを握る手にギュッと力を込めた。
数十発は音が響いた後、デイジーはその手を止めた。そして百合子はゆっくりと後ずさりし、距離を取る。
「この程度にしておきましょうか。わたくしも手が少々痛くなってしまいましたからね」
そう言ってデイジーは自らの掌を一瞥する。それは僅かに赤みを帯びていた。
「油断ですの。そこにあなたへ付け入る隙がありますの」
「油断などしていませんわ。それに百合子さんに反撃の手段があるとも思えませんわ」
苦し紛れ彼女はそう言っているのだろうとデイジーは思った。
だが、百合子の顔を見て、デイジーの表情が曇る。
あれだけの平手を浴びせたのだ。百合子の頬は赤く腫れていて当然のはずだ。だが、彼女の頬は薄桃色の平時の状態を保っている。
いや、攻撃を止めた時には赤く腫れていたはずだ。だとしたら。
「百合子さん……あなた、まさか特殊型の能力の他に心霊治療の能力も持っていますの?」
デイジーの問いに周囲がざわめく。
無理も無い。特殊型の能力者は因果を操る能力。その強力さ故に六種の超能力は持てないとされている。事実、今までに特殊型と六能力を併せ持つ能力者は確認されていない。もし彼女がそうだとしたら、歴史に名を残す存在となる。
「ご想像にお任せしますの」
未発達な胸を張り、百合子が言う。
だが、その姿を見て天野は気づく。
そして、デイジーも気づいた。
「なるほど、ブラフですのね」
天野は黙っていたが、デイジーは答えを口に出した。
「どうして嘘だと言い切れますの?」
半ば挑発的に百合子が問い詰める。
「簡単ですわ。秘密はあなたの服にありますの」
デイジーが指差した百合子の服は試合開始前と同じ、いやそれ以上の輝きを放っていた。
「あなたのお召し物は伝説の服になっていますのね。そしてそれは、あなたに力を与えている」
「そうよ、種明かしをすると、これは百合子のお気に入りの一着ですの、伝説の装備となったこの服を着ているだけで、ちょっとした怪我なら回復しますの」
「なるほど、あなたは先祖代々の忍者装束を身に着けていたり、サファイアで出来た伝統の鋼鉄の鎧を装備している状態ですのね。それでグングンと力が湧いて出ていると」
「正解ですの。ちなみにこの服の強度や防御力は伝説級ですの。いくらあなたでもどうにもなりませんの」
周囲の生徒から感嘆の声があがる。
デイジーの攻撃は防御も回避も不可能だが威力は普通の女の子レベルでしかない。一方的に攻撃を受けていても反撃でダメージを与え、自らのダメージを回復するならば、判定で勝ちの目が見える。彼女はそれに賭けたのだ。
これは勝てるかも、天野はその手を握り締め百合子を見つめた。
百合子も天野の視線に気付いた。
天野はその顔が一瞬微笑んだように見え、自分も微笑もうとしたが、その表情を強張らせた。
天野の目は捉えていた。超感覚の一種、超能力や呪いなど普通の人間では見えない何かを知覚する能力『超常視』を備えたその瞳は、デイジーの身体から出ていた薄墨色のもやが深く黒くなっていくのを捉えていた。
黒ではない、闇の色というのがあれば、あれがそれだと天野は思った。
お読み頂きありがとうございます。
久々の小ネタですね。先祖代々の忍者装束とサファイアで出来た伝統の鋼鉄の鎧はキン肉マンのザ・ニンジャとロビンマスクからです。




