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たったひとつの冴えない能力(ちから)  作者: 相田 彩太
第三章 汚泥の帰宅者
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その1 乙女の午後

 「お帰りなさいませお嬢様。ようこそおいでくださいました雑賀様」

 門の前でパーカーがうやうやしく頭を垂れる。

 「ただいま戻りましてよ」

 「こんにちはパーカーさん。おじゃまします」

 デイジーと雑賀は門をくぐり屋敷へと続く石畳を並んで歩く。

 「うふふ、今日も魚一君と一緒ですわ」

 デイジーは雑賀の二歩先へ躍り出ると、くるりとそのスカートを翻し雑賀の方を向いて微笑んだ。

 「ああ、今日は何して遊ぼうか。昨日みたいに君を乗せて庭を駆け回ろうかい」

 二人がこの庭でティーカップという名の盃を交わして以降、雑賀は放課後毎日ディジー家に遊びに来ていた。

 昨日は雑賀の『ワンマン駕籠(かご)()き』のようにデイジーを背に乗せパーカーや使用人のみんなで鬼ごっこをしたのだ。

 デイジーはお忍びで街へ繰り出す王女様で、雑賀は魔法の馬、使用人達は姫の護衛。

 雑賀はその能力(ちから)で単に地面を高速で走るだけでなく、木々の中を三次元的に跳躍、滑空する事が出来る。

 目的地に到達するという速さでは瞬間移動(テレポート)に分があるが、移動し続ける限り雑賀を捕まえるのは難しい。

 最初は中学生と侮っていた使用人達も最後は必死に捕まえようとしたが結局は雑賀達が逃げ切った。

 「うふふ、それもいいですけど今日はお部屋で遊びましょう」

 そこが自分の部屋なのであろう、デイジーは館の一角を指さして言う。

 「そうなのか、昨日は『もっと速く疾走(はし)れー』って喜んでたから今日も張り切ろうと思ってたのに」

 「魚一君は走るのがお好きですものね。でも昨晩雨が降ったでしょう。庭がぬかるんでいるから今日はお部屋なの」

 デイジーが指さす先には春の陽光を浴びてキラキラ光る新緑の芝があった。

 「そっか、転ぶとあぶないからな」

 「さあ、お部屋に行きましょう。お茶とお菓子もご用意してましてよ」

 お菓子という言葉に雑賀はその目を輝かせた。

 パーカーが言う通り嘘が付けない殿方なのねとデイジーは思った。

 口元が綻ぶのが止められなかった。

 

 「さあ、ここがわたくしの城ですわ」

 デイジーが案内した部屋は屋敷の外見の期待を裏切らない様相であった。

 学校の教室の倍以上はあろうかと思われる広さ。

 淡いピンク色の柔らかな絨毯。

 大人二人分の高さの窓。そして

 「おおっ天蓋付のベッドがある」

 古い洋画の中でしか見た事のない物の実物を前に、雑賀は思わず声を上げた。

 「あれは、わたくしが五才の時に買ってくれたものですわ」

 デイジーはちょっと自慢げに言った。

 「あの窓辺でお嬢様が紅茶を飲んで佇んでそうなテーブルは」

 「あれもお父様が買ってくれたものですわ」

 「じゃああの食器棚みたいな物は」

 雑賀の指さす先にはティーセットと花瓶が入った棚があった。

 「あのシェルフもお父様が買ってくれたものですわ」

 「お母さんのは?」

 「お母様が買ってくれた物はは絨毯と暖炉とミニシャンデリアですのよ」

 そう言ってデイジーは床と壁と天井を指す。

 「なるほど、いかにもお嬢様っぽいアイテムがお父さんで、さりげない上流品がお母さんの趣味なんだな」

 「その通りですわ。魚一さんもなかなか見る目がありますわね」

 「へえーやっぱりお嬢様は違うなぁ。お姫様って感じだ。それともここは文字通り、ご両親のお姫様が君だっていうべきかな」

 言葉を口にして、ちょっとキザな事を言ったかなと雑賀は思った。

 「お嬢様はお嬢様です。ですが姫をも霞むお嬢様ですよ」

 その言葉を発したのは紅茶とスコーンを持ってきたパーカーだった。

 「あらパーカー、早かったのね」

 「ええ、雑賀様をお待たせするわけにはまいりませんから」

 そう言ってパーカーは窓際に鎮座されたテーブルに紅茶とスコーンを載せた。

 さっき雑賀がお嬢様っぽいと言っていたテーブルだ。

 「さあ魚一君、お茶にしましょう」

 だが、すぐにでも駆け寄ってくると思っていた雑賀はその視線を部屋の一角に向けたまま動かない。

 「魚一君、どうかなさいましたの」

 「あ、ああ、あの壁に掛けられているワンピースが気になって」

 雑賀の視線の先には若草色のワンピースが掛けられていた。

 ただのワンピースであったらそれは食べ物を優先してまで雑賀の気を引くものではなかったであろう。

 雑賀が気を惹かれたのはその服の大半が茶色のシミで汚れた跡があったからだ。

 春を思わせる元の緑色は殆ど残っていない。

 その色に雑賀は心あたりがあった。雑賀にとっては日常でよく見ているものだ。今着ている服にもそれはあるかもしれない。

 泥の汚れだ。

 「気になりまして」

 「ああ、この部屋の中でちょっと変かな」

 全てが清潔で光輝いている中、暖炉でさえも黒びかりして見える中で、その庶民的な汚れは明らかに浮いていた。

 「あれはわたくしの戒めの証ですわ」

 「戒め?」

 「ええ、わたくしの数少ない敗北。それを忘れない為にああやって飾っておりますの」

 「デイジーが負ける事があったんだ『不敗の女王』とかよばれているのに!?」

 先日、自分自身が負けた時には成す術もなく敗北した事を思い出し、雑賀は驚いた声で言った。

 「お嬢様は学校のクラス対抗も含め、公式戦では敗北を喫してはおりません。あれは些細な子供のケンカというべきものです」

 既に空になった雑賀の皿に追加のスコーンを載せながらパーカーが口を挟む。

 「非公式でも負けは負けですわ」

 「そうなのか、でもただのケンカでも君が負けるなんで想像もつかないな。相手は誰なの?」

 「あなたもよくご存じの方ですわ」

 デイジーは優雅に紅茶を口に含み、そして言った。

 「そうなの? 俺の知っているヤツ?」

 「ええ」

 デイジーの肯定の言葉に雑賀はしばし考える。

 「ひょっとして、リン……、天野(あまの)竜胆子(りんどうこ)か?」

 「あら、よくおわかりになりましたね。そうです、彼女ですわ」

 少し驚いた口調でデイジーは言った。

 「ああ、俺が知っている人で強そうな順に言ってみただけだけど、当たったみたいだな」

 「あなたも彼女と戦ったみたいですわね。先生から聞きましたわ」

 「ああ、何とか勝ったけど、次は勝てないだろうな」

 そう言って、三週間前のクラス代表戦を思い出す。

 「でもどうやって? 君は学生最強と呼ばれるんだろ。非公式といえども君が負けるのは想像がつかないな」

 雑賀は指をこめかみに当てて首をかしげる。

 「不意打ちとかかな?」

 頭に浮かんだ単語を雑賀は口にする。

 「彼女はそんな事はいたしませんわ。正々堂々とちょっと卑怯な策を使ってきただけですの」

 「正々堂々とした卑怯な策?」

 少し矛盾を含んだデイジーの声に雑賀は益々首をかしげた。

 「そうですわね。今日はわたくしの戒めも込めて、昔話をしましょうか」

 デイジーはカップを置き、雑賀の目を見つめて話し始めた。

 「そう、それは昨年の秋。クラス対抗戦の初日。代表戦でわたくしがB組の百合子さんと試合をした所から始まりますわ」


お読み頂きありがとうございます。

この章はリンとデイジーの過去の話になります。

今回の小ネタは「もっと速く疾走(はし)れー」です。

遊戯王5D’sのコミック版ですね。

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