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たったひとつの冴えない能力(ちから)  作者: 相田 彩太
第二章 悲願の達成者
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その5 水面の空(そら)を駆ける

 おそるおそる目をを明けると、太陽の光を浴びたギラギラとした水面が見えた。

 想像していたのと違い水飛沫も小さく歩数も少ない。

 雑賀は水面を飛ぶように跳んでいた。

 「最初はね、バシリスクを真似していたんだ」

 首を回し、デイジーの顔を覗き込みながら雑賀が言う。

 「バシリスクって、伊賀と甲賀の忍術合戦の事ですの?」

 「それはバジリスク。ちがうちがう、水の上を走るトカゲの事だよ」

 相変わらず、この国の住人は古い文献に詳しいなと思いながら雑賀は否定した。

 「ああ、あの小型トカゲ」

 「そう、でもバシリスクの真似じゃあ水の上は走れるけれど、足の回転数が速すぎて長距離を走ると疲れてしまう。その上、水飛沫も激しくて快適じゃなかったんだ。それで次に参考にしたのが水切りの石なのさ」

 雑賀の言う通り、彼の動きは水面を切るように飛ぶ水切りに酷似していた。

 高速で空中を滑り、右足を前に突き出して着水する。その時の衝撃を上方向の力に換えると同時に右足に追いついた左足を小さい歩幅で前に進むように強く踏み出し加速する。これを繰り返す事で一定速度で水面を走る。これが雑賀があみだした水面走行法であった。

 「向かい風の中、緩やかな坂を駆け下りると、いつもより遠くまで跳べたような感じに似ているだろ。なかなかの乗り心地だと思わないか」

 微笑みながら雑賀が背中の少女に語りかける。

 「ま、まあまあですわね。しかも思ったより寒くないですわ。快適と言えない事もないですわね」

 「そうか、おっそろそろ海だ、今日は風も無く波も小さい、絶好の海面散歩日和だと思うぜ」

 デイジーはその鼻腔をくすぐる潮の臭いに海の近さを感じた。

 そして二人は入り江を抜け海に出た。

 海を見た事はあった。船に乗った事もあった。それでも視界の全てが空と海の蒼に染まる景色は彼女の心を高揚させるのに十分だった。

 デイジーは雑賀の上でふぅと溜息をつく。

 「わたくしの負けですわ。この景色を見ると細かい事を考えるのが少し馬鹿らしくなってしまいましたわ。確かにこの景色と風はお金を払っても良いと思わせる魅力がありますわね」

 「気に入ってくれたようで良かった。少しは気が晴れたかい?」

 「ええ、ただの馬鹿力のあなたでもこんなに良い使い方があるんですもの。わたくしの能力(ちから)だってきっと人の役に立てる使い方があると思いますわ」

 「そうか、それじゃあ、もう少し海を駆けた後でちょっと西の砂浜に行こう」

 そう言って雑賀は少し傾きかけた太陽の方向に進路を取る。

 「ええ、よろしくてよ」

 そう言ってデイジーは雑賀の首に回した手に力を込め、その体を少し上に上げる。視界がさらに広がりその端にすっかり遠くなってしまった陸地が見えた。

 デイジーの顔が僅かに曇る。

 「ねえ、一つ忠告しますけど、浜辺の隣の崖には近づかない方がよろしくてよ」

 「なぜだい?」

 「あの崖の突き出た部分から破滅の兆候が見えますわ。間も無く崩れますわね。うっかり近づき過ぎると波飛沫の直撃を受けてしまいましてよ」

 「それは君の能力(ちから)、『赤い双星』で分かるものなのかい」

 一定のリズムで水面を駆け続けながら雑賀が尋ねた。

 「ええ、わたくしは破滅を与えるだけではなく、破滅しそうなモノを視る事もできますのよ」

 そう言ってデイジーはえへんと豊かな胸を反らす。

 「デイジー、君は泳げる?」

 雑賀の声が急に硬くなった。

 「え? ええ、泳げますけど」

 真剣な彼の問いに少し慌ててデイジーは応えた。

 「ごめんデイジー、君の事を見捨てる訳じゃないんだ。必ず迎えに来る。だから! ごめん!」

 「ええっ、きゃあ」

 デイジーの足を固定していた腕のロックを外し、雑賀は急加速を開始した。

 後ろでジャボンという水音と小さい悲鳴が聞こえたが雑賀は振り返らない。

 「な、なんですの」

 今までの空中を跳ぶ型とは違う、水面を力強く、そして足の回転数を上げて進む雑賀の姿を見てデイジーが言った。

 これがさっき話題に出たバシリスクの走り方なのだろう。

 そして気付いた。彼の向かう先には先程自分が忠告した崖がある事、そしてその下で磯遊びをする少年少女の姿がある事に。

 「危ない、早く!」

 思わずデイジーが叫んだ。

 「わかってる!」

 雑賀も叫び返す。

 だが、崖の先端は巨大な一つの岩塊と化して既に崩落を開始していた。

 「くそっ!」

 雑賀はさらに速度を上げる。そして岩に気付き怯えた少年少女に近づくと、水面から突き出た岩を足場にして、高く跳び上がった。

 デイジーは気付いた、雑賀がなぜそのまま少年少女をキャッチしないのかを。

 もし高速で少年少女を高速で抱え上げたならば、どんなに柔らかくキャッチしたとしてもその衝撃と加速はダメージを与えてしまう。だから彼は崩落する岩へ向かったのだと。

 そして同時に気付く、彼の拳が岩を砕くほどの能力(ちから)を秘めていたとしても、その破片は子供の頭部を砕くのに十分な大きさである事、彼の腕が岩の軌道を逸らしたとしても、その着水の波は少年少女を吹き飛ばす恐れがある事を。

 そしてその事に雑賀も気づいていた。さらに自分の能力(ちから)では岩を押し返す事が出来ない事にも。水面は走れても、空中を走る事は出来ない。自分に出来る事は、少しでも長く岩を受け止め子供達が逃げる時間を稼ぐ事。

 勝算は無かった。だが、立ち向かわずにはいられなかった。


お読み頂きありがとうございます。

今回の小ネタはサブタイトルがZガンダムのサブタイトル宇宙そらを駆けるとバジリスク甲賀忍法帖ですね。

次回より毎日22時更新予定です。

出来る限り……(目を逸らす)

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