その4 学生最強
春も深まり草の香りも強くなってきたな。そんな事を考えながら補講を終えた雑賀は河川敷に沿った道を歩いていた。このまま川に沿って進めば雑賀が住んでいる下宿先がある。
「天気も良いし少し河川敷を歩くか」
誰に言うまでもなく呟きながら雑賀は緑の川辺に降りて歩き始めた。
そこで雑賀はゆれる大きなタンポポを見つけた。
「でかいタンポポだな。これなら根から美味しいコーヒーが作れるな」
そう言って雑賀は人の頭ほどもあるタンポポを引き抜こうする。
ぐに。
タンポポの幹は思いの他柔らかかった。
そしてタンポポの根は土色ではなく透き通るような白さだった。
「ちょっと、そこの変質者さん。これ以上の狼藉は身の破滅を導きましてよ」
「ぬわ、タンポポが喋った!」
雑賀は手を離し思わず後ずさりする。
「タンポポ? もしかしてわたくしのキューティクルの事を指していますの」
後ずさりする雑賀にふんわりとした金髪の女生徒がにじり寄る。
「なんだデイジーさんか」
タンポポの正体に気づき雑賀は胸をなでおろす。
「なんだ、じゃないですわ」
「ごめんごめん、君の髪が風に揺れる様があまりに可愛らしかったから」
「え、可愛らしい」
デイジーは雑賀の言葉に少し頬を染める。
「そうそう、可愛い可愛い」
「ふ、ふん、見る目が無いわね。わたくしの事は可愛いではなく、美しいと言うべきですわ」
「そうか、では美しいデイジーさんはここで何をしているんだい」
「少し嫌味ったらしいわね。やはり外地から来た男は無作法なのかしら」
「あれ、俺の事知ってんだ」
「今日戦いましたでしょ。あなたわたくしを三歩歩けば忘れる鳥頭とでも思っていましたのかしら」
「ごめん、俺は何も出来ずに負けてたから印象薄いと思ったんだ」
「気にする事なくてよ、わたくしの前では誰でも同じですわ。それに昼食時にも声を交わしましたでしょ」
「ああ、覚えてくれたんだ」
「だから、わたくしは鳥頭じゃないと」
「ごめんごめん」
再び雑賀は謝った。
「まあ良いですわ。何をしていたかという質問でしたわね。特に何もありませんわ。ただ、黄昏ていただけですの」
そう言ってデイジーは川面を見つめる。
「黄昏? まだ夕刻には早いんじゃないか」
「たとえですわ、た・と・え。だからあなたは脳筋と陰口を叩かれるのですわ。気を付けた方が良くってよ」
「ああ、気が滅入っていたって事か」
「そうですわ」
「でも何で落ち込んでんだ。君は話に聞く限りでは学生最強のエリートって聞いたぞ」
「だからあなたは馬鹿なのですわ。わたくしが悩んでいたのはこの事ですの」
そう言ってデイジーは一枚の紙をヒラヒラとさせる。
そこには『僕の、私の能力を生かした商売について』と書かれてあった。
「ああ、俺もそのプリントもらったよ。少し面白い宿題だよな。でも君ならその能力を生かした商売なんていくらでもあるだろ」
「例えば?」
「例えば、軍人とか格闘家とか……」
そう言って雑賀は口を噤んだ。
「とか、何ですの」
「ごめん、君が黄昏ていた理由がちょっと分かった。君は、その、優しいんだな」
「あ、あなた、す、少しは考える頭があったみたいですわね」
雑賀の言葉にデイジーは頬を染める。
「あなたの想像の通りですわ。わたくしの能力『赤い双星』は対象を邪魔したり、破壊する事しか出来ない能力ですの。でもわたくしは誰かを傷つけるような仕事には就きたくありませんわ」
「そっか、君の能力は戦力庁に入って出世したいというリンみたいな奴にはうってつけだけど、君の望みとは違う能力なんだ。色々大変だな」
「そう言うあなたはどうですの。聞いておりますわ。学校で無類の念動力使い、だけどその実態はただの怪力馬鹿だって」
地面の草を弄りながらデイジーが尋ねる。
「俺は特に考えていないというか、今考えているんだけど、そうだな……」
「どうしましたの?」
押し黙ってしまった雑賀を見てデイジーが訪ねる。
「そうだ、ワンマン駕籠舁きってのはどうかな」
手をポンと叩き、雑賀はそう言った。
「駕籠舁きって江戸時代のあれ?」
「そうそう、最初のお客は君だ。さあ、俺にお乗りな」
雑賀はデイジーに背を向けて屈み、掌を後ろでクンクンと上げ下げした。
「その仕草はおぶされって事ですの」
「そうそう、いいから早く乗って」
「まあ、良いですわ。わたくしをおぶれるなんて光栄に思いなさい」
そう言ってデイジーは雑賀におぶさった。
「よし、では出発しんこー」
雑賀はすっくと立ち上がると、河川敷をタタタっと走り始めた。
初めはゆっくりと、そして次第に速度を上げて行く。
「結構速いですわね。オープンカーに乗っている気分ですわ」
この程度は予想していたのであろう。デイジーは冷静に感想を述べた。
「ふっ、俺は馬に駆けっこで勝った事がある男だぜ。そしてここからが本番だ」
雑賀はその進路を右に向けると、光る水面に進路を取った。
「ちょ、そっちは川ですわよ」
「大丈夫、俺の能力を信じろって」
雑賀は足をピンと伸ばし、歩幅を前後に大きく開き地面を大きく叩きながら進み始める。
そして、その足が水面に触れた。
パシーンと肌を平手で叩くような音が響き、デイジーは思わず目を閉じた。
だが、デイジーが想像していた水の冷たさを感じる事は無かった。ただ、彼女の豊かな胸の下から響く振動が少し柔らかくなったように感じた。
お読み頂きありがとうございます。
第二のヒロイン、デイジーの本格登場になります。
名前そのものが小ネタですね。2001年宇宙の旅でHAL9000が歌う歌詞、デイジー、デイジーをもじっています。
彼女は可愛らしく書きたいと思っています。




