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たったひとつの冴えない能力(ちから)  作者: 相田 彩太
第一章 砂塵の疾走者
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その11 りんどう湖ファミリー牧……

 雑賀が頭をがばっと持ち上げ、体を軸に回転を始める。

 そして足先で地面を削り始めた。

 あたりに、もくもくと土煙が立ち昇り始める。

 「なんだ目くらましか!?」

 不意に起こった土煙に包まれ天野が声を上げた。

 「だが、お前の心の声を聞けば惑わされる事は無い」

 そう言って天野は土煙の中、雑賀の居る方向に当たりを付け、心の耳を澄ます。

 (この土煙に紛れて天野の右側面から強襲を掛ける)

 天野の頭に雑賀の心の声が聞こえる。

 天野は右を向き襲撃に備えた。

 だが雑賀が現れたのは、天野の左側!

 「何っ!」

 虚を突かれ天野の反応が一瞬遅れた。

 何とか避けようとする天野の左腕を雑賀の拳がかすめた。

 レベル5、十トンを動かせる念動力者の攻撃は大型トラックの衝突に相当する。そんな言葉が天野の頭をよぎった。

 触れたのは一瞬、だがその衝撃は骨まで響き、痛みに顔が歪む。

 痛みの中、天野は瞬間移動(テレポート)で必死に間合いを取った。

 何故だ、と天野は再び心の耳を澄ます。

 (やはり土煙の中では相手の向きが良く分からないな、右から攻撃するつもりだったけど、今のは左からの攻撃になっちゃった。だが、俺がミスをすれば、それはあいつへの不意打ちになるって事だ)

 天野は驚愕した。この状況では雑賀の心が読めても、その情報は正確では無い。

 雑賀は土煙を上げる事で、あえて自分がミスをする状況を作り出したのだった。

 雑賀は再び地面を削り土煙を濃くすると、天野へ向かって来た。

 心の声に騙されるな、要は近づかれる前に瞬間移動(テレポート)で逃げれば良いんだ。そう思いながら、鈍く痛む左腕を押さえ、敵の攻撃が届く前に瞬間移動(テレポート)で距離を取ろうとする。

 だが、天野は見くびっていた。十トンの(おもり)を持ち上げる念動力(テレキネシス)を筋肉と連動させて動かせば、その速さは時速六十キロメートルにも達する。

 そして雑賀の体の切り返しの速さ、振り回しの良さは車とは違う。

 二十五メートル四方の戦闘エリアを縦横無尽に撥ね巡る鉄球。それが今の雑賀を形容するのにふさわしい言葉であった。

 さらに加速と急停止の際には土煙さえ補充されていく。

これでは土煙の収束を待つ作戦は使えない。

 雑賀に天野が瞬間移動(テレポート)で逃げる先を知る術は無い。

 だが、その機動性を生かせば数秒も掛からず土煙の中でも天野を見つけ出す事が出来る。いや遭遇する。

 もはや『読心(マインドリーディング)』は意味を成さない。

 雑賀は偶然の衝突を期待しているのだ。

 傷ついた左腕に痛みが走る。天野はおそらく打撲レベルではない、骨折は免れていないなと思った。

 天野は、たとえ土煙で目標地点が見えなくても瞬間移動(テレポート)を行う能力(ちから)は持っている。だがそれは通常より疲労を伴う。

 さらに左腕の痛みも天野の精神を蝕んでいた。心霊治療(ヒーリング)で治す事も可能だが、それは平常時の事である。戦闘中で、しかも連続して瞬間移動(テレポート)を行っている最中では、その間が足りない。

 こうなっては天野の狙いは一つ、ともかく逃げ続け、時間切れでの判定勝ち。

 雑賀は無傷では無い、天野は地面に突っ伏した時に軽い擦り傷が出来ている事を確認していた。それに対し、天野の傷は少しずつだが癒す事が可能である。試合終了時までには全快させる、それで勝利だ。天野はそう考えていた。

 だが、雑賀の猪突爆進とも言うべき絨毯(じゅうたん)攻撃の密度は濃い。

 あわよくば、相手の出鼻を挫くべく念動力(テレキネシス)での攻撃も考えていたが、もはや天野は瞬間移動(テレポート)で逃げる事しか出来なくなっていた。

 天野が瞬間移動(テレポート)で十数回ほど逃げ、その足を地に付けた時、そこに違和感を覚えた。

 しまった、と思った時にはもう遅い、天野はその身体のバランスを崩す。

 ドスッと音を立て、天野は尻餅を着いた。

 足元に目が行く。その地面は抉られ、大きく歪んでいた。

 雑賀が土煙を上げた際に出来た溝だ、それに足を取られたのだ。

 音を聞きつけ雑賀が接近する。

 天野が乱れてしまった精神を立て直す前に、土煙を貫いて雑賀が姿を現す。

 瞬間移動(テレポート)が間に合わない! 

 一瞬が無限のように感じられ、左腕の痛みが、眼前に迫る拳の直撃を受けた時の悲劇を、天野の頭に思い浮かばせる。

 「きゃあ」

 天野は必死に頭を抱え込み、悲鳴を上げた。

 だが、来ると思っていた衝撃は心臓の鼓動を何度数えても来る事は無かった。

 雑賀はその拳を当たる寸前で止め、その制動の動きで土煙を吹き飛ばしていた。

 土煙で詳細が見えなかった観衆にも、二人の姿がはっきりと見て取れた。

 「それまで!」

 鳳仙先生の声が響き、相対していた二人は一瞬見つめ合い、鳳仙先生へとその視線を向けた。

 「この勝負、勝負ありだ。勝者は雑賀」

 鳳仙先生が宣言した。

 そして周りから歓声が上がった。

 「凄いよ雑賀君! まさか勝てるなんて」

 朝顔が駆け寄り、雑賀に抱きついて言った。

 「まさかは余計だ、まさかは」

 雑賀は少し微笑みながら言い、そしてその右手を未だ倒れている天野へと差し出す。

 「大丈夫? 立てるか?」

 「ああ」

 そう呟くと天野はその手を握り、ぐいと引くとその反動を利用して立ち上がった。

 「勘違いするな、今回は油断しただけだ。次は私が勝つ」

 目線を逸らし、少し強がりを含んだ口調で天野が言った。

 「なんだよ、さっきは『きゃあ』なんて女の子みたいな可愛らしい悲鳴を上げたくせに」

 少し笑いを込めて雑賀が応えた。

 「ふん、私だって女の子だ。可愛らしくて何が悪い」

 プイと横を向いて天野が言った。

 「えっ、女の子?」

 雑賀は口をぽかんと開けた。

 「あれ? 雑賀君、気づいて無かったの(りゅう)ちゃんは女の子だよ」

 「え、でもみんな(りゅう)とかドラゴンって呼んでたじゃないか」

 「ああ、あれは仇名だよ、竜ちゃんの本名は天野(あまの) 竜胆子(りんどうこ)って言って、花の竜胆(リンドウ)に子が付いた桜子(さくらこ)とか菫子(すみれこ)とかと同じネーミングセンスで名づけられた女の子らしい名前なの。漢字で書くと竜の文字があるから、仇名は竜とかドラゴンとかになってるわけ」

 「なにそれ、リンドウコ、どっかのファミリー牧じょ……ぐはっ」

 雑賀は言葉を最後まで続ける事が出来なかった。顔を真っ赤にした天野の上段回し蹴りがその側頭部に決まったからだ。

 「二度とその言葉を口にするな! 口にしたら命は無いと思え!」

 「わ……分かりました」

 頭を抑え雑賀が応えた。

 「竜ちゃんにその言葉は禁句だよ。すっごく怒るからね」

 「ああ、身をもって体験したよ。じゃあ、なんて呼べば言いんだ」

 雑賀が天野に問いかける。

 「リンで良い。親しい人からはそう呼ばれている」

 「そうかリン、今の一撃効いたぜ、熊よりもな」

 そう言って雑賀は右手を差し出す。

 「まあ、お前の事はちょっとは認めてやるよ」

 天野も右手を差し出し二人は固く握手をした。

 「おお、やっぱりバトルの後は友情だよな。うんうん」

 その姿を見て鳳仙先生が満足そうに頷いた。

 「じゃあ、明日のクラス代表戦は雑賀で決まりっと。雑賀、勝て、とは言わないが、怪我はしないようにな」

 雑賀の肩をポンポンと叩きながら鳳仙先生が言った。

 「負けるにしても精々無様には負けないようにな。まぁ無理だと思うけど」

 天野が悪態を付いた。

 「大丈夫だって、俺って結構やれそうな気がするんだ」

 そう言って雑賀は笑って見せた。

 いい笑顔だった。

  

  

 そして次の日。

 「勝者! A組デイジー」

 地面に突っ伏して雑賀は敗北していた。

 敗北は苦い土の味がした。


お読み頂きありがとうございます。

今回のバトルのコンセプトは心が読める相手にどう戦うかです。

無心で戦うとか、右ストレートでぶっとばす(幽遊白書)とか疲労や偶然でダメージを与える(タイガー&バニー)とかはありましたので、少しアレンジをくわえて、自らミスをする状況を作り出すという話にしました。

これが誰よりも新しい話だと嬉しいのですが、世界は広いので分かりませんね。

そしてやっとヒロインの登場です。彼女は現時点ではデレていません。

バトルで勝っただけでデレるようなワンパターンは出来る限り避けようと思っていますが、やはり世界は広いので……

九州出身の主人公がなぜか九州に自生していない熊に殴られた経験があったり、群馬のりんどう湖ファミリー牧場を知っているのかは活かされない可能性の高い伏線です。

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