その10 !閃きの電球
開始の声と共に雑賀が動き出す。
天野に向かい、間合いを詰め、真っ直ぐ拳を突き出す。
その速さは鋭い。見ている生徒達さえ、雑賀が動いた、と思った時、その姿は天野の前にあった。
傍には間合いなど消してしまったように見えた。
だが、天野は半身を捻りその拳を避けた。
雑賀は何度も拳を突き出すが、ことごとく空を切る。
そして目の前にあるはずの相手の姿が消えたかと思うと、背中から強い圧力を感じ前面に吹っ飛ばされた。
「何っ!」
雑賀が振り向くと試合領域の逆端に天野が立っているのが見えた。
「これが……」
「そうだ『瞬間移動』ってやつだ」
雑賀が声を発する前に天野が遮って言った。
「まさか……」
「その通りだ、お前は心が読まれてる『精神感応』の一種『読心』で」
再び雑賀の声は遮られた。
「じゃあ……」
「いまお前を殴ったのは『念動力』だ」
何度も遮られ言葉に詰まる雑賀。
そして雑賀は天野に再度向かって行く。
それに対し、天野は精神を集中し、雑賀の心を読む。
(心を読まれるならば速さと線の攻撃だ。俺の連続廻し蹴りは引導を渡す疾風怒涛!)
その心の声に天野は少し感心する。
確かに思考に肉体の動きが付いて来れないという場合は多く、線の軌道での攻撃は回避が難しい。
だがそれは通常の動きで避けようとするからだ。瞬間移動が出来れば回避は造作も無い。
心の声通りに一気に間合いを詰め、雑賀は廻し蹴りを放つ。
だが、そこには天野の姿は無く、雑賀の蹴りは拳と同じく空を切るだけだった。
そして雑賀が振り向くと天野の姿が見えた。だがそれは一瞬だけの事。
雑賀は見えない力に足を払われ、前につまずきそうになったかと思うと、上方からの強力な力で地面に叩きつけられた。
目の前が暗転し、口に苦い土の味を感じる。
「くそっ」
四肢に力を込め、再び雑賀が立ち上がった。
「思ったより頑丈だな」
天野が少し驚きの声を上げて呟いた。
「結構効いたけど、こんなのは熊に殴られたのと同じくらいだぜ」
口から土をプッと吐き雑賀が言う。
「本当に熊に殴られた事が……あるのか! 凄いな」
雑賀の記憶を垣間見た天野が少し驚いたように言った。
「だが、これで分かっただろう。お前じゃ勝てない。痛い目合う前にギブアップするんだな」
「まだまだ、俺の闘志は消えてないぜ」
再び天野に向かって行く雑賀。
そして、またまた同じように避けられ、地面に情熱的なキスをする。
「じゃあ、馬鹿なお前に分かるように論理的に説明してやろう」
再び立ち上がり向かって来た雑賀に向かって天野が言う。
「まず、お前の攻撃は全て『読心』で読まれている」
体当たりで突っ込んできた雑賀をヒラリと躱し天野が言う。
「次にお前の攻撃はどんなに速く、連続であっても『瞬間移動』で避ける事が出来る」
素早く切り返して向かって来た雑賀の眼前から天野が消える。
「そして、私は安全な間合いから『念動力』で攻撃する事が出来る」
その声と同時に見えない力で雑賀は殴られる。
「例えお前の『念動力』がもっと強かろうと、例え『特殊型』の能力を持ってようと、心を読み、瞬間移動で避け、念動力で攻撃する、この三段論法で対処出来ぬ事は無い。これが『万能型』の基本にして揺るぎ無い必勝戦法。理解したかい? 筋肉馬鹿さん」
地面に突っ伏したままの雑賀を見下ろしながら天野が説明する。
「あー勝負決まっちゃったかな」
二人の勝負を見ながら鳳仙先生が呟く。
「でも、雑賀君はあんなに攻撃されているのに平気そうだよ」
いつのまにか隣に立っていた朝顔が鳳仙先生に語り掛ける。
「ああ、あいつの念動力は体の動きに連動しているって話だが実は無意識で防御にも使っているみたいなんだ」
「どういう事?」
「例えばお腹を殴られると半ば無意識で腹筋を締めて防御するだろ。それと同じようにダメージを受けそうになると無意識の筋肉の防御と念動力の防御が連動してダメージを減らすように発動しているって事さ。十トンを動かせる力の全てが一点に使えるみたいじゃないけど熊の一撃や、天野のレベル4念動力、つまり一トン級の攻撃じゃあ深刻なダメージは受けなさそうだな」
これは結構便利な能力だ。いや技と言うべきか。超能力者と言えども肉体は常人のそれと変わらない。不意を付かれた時や、攻撃時にはどうしても防御が弱くなる。念動力の行使と身体が無意識に連動するというのはデメリットと思えたが、こんなメリットもあるのか、掘り出し物だなと鳳仙先生は思った。
「それじゃあ、いつかは雑賀君が勝てるって事?」
「時間無制限でどっちかが力尽きるまで戦うというルールならば勝てるかもな。でも十分間というこのルールなら九分九厘、天野の勝ちだな」
「そうなの? あたしは十中八九の確率で竜ちゃんの勝ちだと思うけどな」
「何だ朝顔、雑賀を推薦した割には厳しい見方だな」
「うん、竜ちゃんが凄く強いのはみんな知っているけれど雑賀君はどんな攻撃を受けても揺るがない、そんな強さを持っているような気がしたんだよ」
「確かに防御力は高そうだな。天野の全力を受け止められる奴は少ないからな。ああ、隣のクラスのデイジーは別な。あいつは色々と規格外だから」
「そうね、あっ、でも先生、雑賀君動かなくなっちゃったよ。大丈夫かな」
地面に顔を埋めたまま動かない雑賀を心配そうに眺める朝顔。
「ああ、あいつは今作戦を考えているんだ。どうやったらこの状況を打破出来るかを」
「先生も雑賀君の心を読んでいるの」
「そう、どっちかの心が折れたらストップを掛けるし、意識が混濁する程のダメージを受けていてもストップを掛ける。生徒の安全を護り、健やかな成長を促すのが先生の仕事だ」
鳳仙先生の言葉通り雑賀は考えていた。
心が読まれている中でこの状況をどう打開するかを。
心が読まれる、そんな昔話を聞いたっけ。確か妖怪サトリと猟師の話だったな。あれは囲炉裏の薪が思わず爆ぜ、サトリの鼻に当たって逃げてったって話だったっけ。自分も思っていない事を意図的に起こせば天野の鼻を明かせるかな。でもそんな事、起こせるものかな……あー腹が減った。土の味って苦いな……土! そうだ手はある!
雑賀の頭にピコーンと閃きの電球が灯った。
お読み頂きありがとうございます。
今回のネタはサブタイトルにもなっているその「!閃きの電球」です。サガシリーズですね。




