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その5 小動物と本日の高島部

 その人は、2年生の教室に何の遠慮もためらいもなく当然のように足を踏み入れ、つかつかと真っすぐに私の机に向かってきた。

 女子バレー部の部長。3年生の西山まゆり先輩。

 私の入っている茶道部の部長、叶かおる先輩も小柄だけど、まゆり先輩はさらに小さい。150センチいってないんじゃないかな。かおる先輩は小さいけれど出るべきところは出ているというか標準より大きいけれど、まゆり先輩は制服を着ていないと小学生に見える。というか、小学生がお姉ちゃんの制服を勝手に着ちゃったみたいな感じだ。3年生なのにダボダボの制服が哀愁を誘う。

 小さくてもバレー部の部長になれるんだなー、なんて呑気に考えていたら、まゆり先輩は私の机の前で立ち止まり、腕組みをして座っている私を見下ろしてくる。

 心当たりは全くないけれど、どうやら怒っているらしい。

 なで肩を一生懸命いからせている。

 ゆるふわなくせ毛をポニーテールにして、白いリボンを結んでいる。くりくりっとした大きな瞳。小柄な身長も相まって、小動物のような愛くるしさがある。

 同じ部活でもない先輩がわざわざ教室の中にまで乗り込んでくるなんて、よっぽどのことがあるのだろう。本来なら、もっと緊張しなくちゃいけないんだろうけれど、小動物が毛を逆立てているみたいでつい微笑ましい気持ちになってしまう。

「どういうつもり?」

「はい?」

「どういうつもりって聞いているの!」

「え、と。何が、ですか?」

「とぼけないで!」

「ひゃっ」

 微笑ましくなってる場合じゃなかった。

 高めの声で問い詰められ、身をすくめる。

 小動物でも先輩は先輩だった。ちょっと、怖い。怖いけど。

 質問はもっと具体的にお願いします。これじゃ、答えたくても答えられないよ。

 どうしたらいいんだろう?

 なんとかしなきゃという思いだけが頭の中をぐるぐるする。するだけで打開策は思い浮かばない。

「亜弓君は十萌の巫女なの。よそ者のくせに、亜弓君に付きまとわないで!」

 え?

 あー・・・・・・。そういうあれか。

 つまり、まゆり先輩は亜弓君のことが好きで、最近亜弓君と仲良くしている私のことが気に食わないと。

 事情は分かったけれど、何て答えればいいんだろう、これ?

 そもそも、そういうんじゃないし。それに、私が亜弓君に付きまとっているわけじゃないんだけれど。むしろ、私が勧誘されているというか。魔法処女に・・・・・。

 とはいえ、そんなことを答えられるわけもなく、冷や汗をかきながら、ただただまゆり先輩を見上げるしかない。

 自分がピンチに弱いということが、よく分かった。

「何とか言いなさいよ!!」

 ダンッ!!

 何も言わない私にしびれを切らした先輩が、腕組みをほどいて、机に両手を叩きつける。

 より一層身を縮こませる私に、けれど救いの女神は現れた。

「まゆり。うちの後輩に妙なイチャモンつけるのはやめてくれない?」

 教卓側の教室の入り口から、冷やかな視線をまゆり先輩に飛ばしているのはかおる先輩だ。

「かおる・・・・」

 まゆり先輩は、舌打ちをして、かおる先輩のほうへ向き直る。

「まさか、あんたの差し金じゃないでしょうね? 十萌の巫女である亜弓君に、こんなよそ者の女を近づけるなんて。どういうつもり?」

 ギッと睨み付けるまゆり先輩を、かおる先輩は冷然と受け止めた。

「十萌の巫女であってもなくても、亜弓君が誰と仲良くするのかは、亜弓君が決めることよ。もし、どうしても許可が必要だというのなら、叶の娘であるこの私が許します」

 そのまま、睨み合う二人。

 なんか、ドラマのワンシーンみたいなんですけど、微妙に当事者である私は一体どうしたらいいんでしょう? 全く、話についていけてないんですけど? なに、コレ?

「おはようございます。かおる先輩、何やってるんですか? ここ、2年の教室ですよ?」

 緊迫した空気を打ち破ったのは、ちょっとハスキーで不思議そうな声だった。

「おはよう、夏希。ごめんねー、朝から。うちの従妹が葉月にイチャモンつけてるから、ちょっと注意してたところなのよ」

「葉月に?」

 かおる先輩の隣に立った夏希ちゃんが、入り口からチロリとこちらに視線を走らせる。

 でも、まゆり先輩はギロリと感じたんだろう。ビクゥッと、人間に見つかった小動物みたいな反応をする。

「きょ、きょきょきょ、今日のところは、これで勘弁してあげるわ。き、気を付けることね!」

 捨て台詞を残して、二人のいない後ろ側の入り口(この場合は出口?)から、速足で出ていく。

 夏希ちゃんのお母さんは、十萌はで有名な元ヤンだったらしい。結婚して小戸成市で暮らしていたんだけれど、夏希ちゃんが小5の時に離婚して十萌の実家に戻ってきたのだ。そのことと、夏希ちゃん本人がクールであまり愛想のいいタイプではないこともあって、十萌っ子たちに勝手に恐れられている。

 まゆり先輩もそのクチなんだろう。

 夏希ちゃん自身は、別にヤンキーじゃない。でも、お母さん譲りの眼力で、凄むとちょっと迫力がある。

 キリリと涼しい目元、サラサラの長い髪を高い位置でポニーテールにしていて、ヤンキーというよりは、女侍見たいで格好いいと私は思っている。

 小学校の時から、十萌の子たちには遠巻きにされていたみたいなんだけど、私はよそ者同士でもあったし、傘を忘れた雨の日に一緒の傘に入れてもらった縁なんかがあって、ずっと仲良くしている。

「朝から騒がしくしてゴメンね。一応、釘は刺したけど、何かあったら必ず私に相談してね。夏希、場合によっては、軽くシメちゃって構わないから。私が許す。じゃ、そろそろ先生が来そうだから、私も行くわね」

 まゆり先輩がいなくなったことを確認してから、かおる先輩も何やら物騒なことを言い残して自分の教室へ帰っていった。

 何も事情を知らない夏希ちゃんは物問いたげにしていたけれど、本当に先生が来てしまったので仕方なく自分の席に向かい、とりあえずここまでとなる。




「朝は大変だったらしいなー。聞いたぞ、葉月」

 愛用のマグカップに、瓶から直接インスタントコーヒーの粉を振り入れながら、高島先生が言った。お行儀が悪いが、私も家ではよくやるのでそれについては何も言わない。

 ちなみにここは茶道部の部室なのだが、部員たちはみんなお徳用100個入りのティーバックで入れた紅茶を飲んでいる。最早、何部なのか分からない。紅茶の道すら見当たらない。

「かおる先輩と夏希ちゃんのおかげで助かりました」

「こっちこそ、うちの従妹がごめんねー」

「いや、私は何もしていないし・・・」

 二人に軽く頭を下げながら答えると、かおる先輩はひらひらと片手を振り、夏希ちゃんはカップを手にしたまま困ったように首を傾げた。首元をさらさらと髪の毛が流れる。

 おばあちゃんがぎっくり腰になってしまい、看病と夕ご飯の支度のためにずっと部活を休んでいた夏希ちゃんが、今日から復帰してきたのだ。

 十萌っ子たちには敬遠されがちな夏希ちゃんだが、部活では普通に受け入れられている。『叶の娘』であるかおる先輩が普通に接しているので、他のみんなもそれに倣うようになったのだ。

「お二人は従妹同士だったんですね」

 叶と西山は、大体みんな遠い親戚関係だって聞いてはいたけれど、まさか従妹だったとは。その割には仲が良くないんだなー、という一言は飲み込んでおく。

「この私があれだけはっきり葉月の見方をしたんだから、他の子たちが何かしてくることはないと思うから、それは安心してちょうだい」

 かおる先輩が自信たっぷりに笑う。

 よそ者にはよく分からない、お家同士の力関係とかがあるらしい。叶家には町長も逆らえないとか聞いたことある。本当かどうかは分からないけれど。

 かおる先輩が味方でよかったと、心の底から思う。敵に回したら、十萌では生きていけないんじゃ? ぶるぶる。

「でも、まゆりはあのままじゃ引き下がらないでしょうね。あの子は昔から亜弓君にご執心だから。まあ、見た目同様、頭の中身も小動物並みなので、たいしたことはできないと思うけれど」

 由実花先輩がサラリと酷いことを言っている。

「しかし、亜弓先輩か。私は十萌育ちじゃないから、個人的にはあのコスプレはどうかと思うけど、こっちでは別におかしいことでもないみたいだし。まあ、悪い相手ではないと思う。応援するよ、葉月」

「い、いや。別に付き合っているわけではないし。応援されても・・・・」

 困るんだけど。

 夏希ちゃんにも、一応、簡単に事情は話した。

 転んだところを助けてもらって、その後、巫女活動を手伝うことになったって。巫女活動の内容は、神社の掃除とかということにしてある。

 なんだけれど、私が巫女活動を手伝うのは、二人がお付き合いをしているからだと思われているらしいのだ。

「ふむ。まだ、付き合っているわけではないと。まあ、葉月は中学生なんだし、ゆっくりでいいよね」

「い、いや、だから・・・・」

「高島先生の方は、最近どうなんですか? 新しく赴任してきた安西先生によく話しかけられてますよね? あれ、高島先生に気があるんだと思うんですけど」

 まだも何も・・・って、私のことはどうでもいい!

 安西先生って、この4月にやってきた英語の先生だよね? 高島先生よりちょっと年下って教頭先生が言っていた気がする。まあまあ格好良くて、まあまあ背が高くて、明るくて人当たりがいいけれど、軽い感じではなくて、まあまあ誠実そうな先生だ。下手にスペックが高すぎないのが逆にいいというか、まあまあのさじ加減が絶妙で、女子にも男子にも概ね好評だ。

 その安西先生が、高島先生に気があるですと?

 みんな興味津々で、机に身を乗り出すようにして、高島先生と夏希ちゃんを交互に見つめる。

「あー。まあ、私もそんな気がしてはいるんだが・・・・・。あれは、ダメだ」

 高島先生は少し言葉を濁した後、きっぱりと拒絶した。

「どうしてですか? 年下だからですか? 選り好みしている場合じゃないですよ?」

 夏希ちゃんは追及の手を緩めない。

 茶道部のみんなは高島先生に厳しいよね。もう少し、気を使ってあげてもいいと思うんだけど。まあ、本人は気にしていないみたいだからいいのかな。

「そういうことじゃなくてだな。横田先生が安西先生のことを狙っているんだよ」

「・・・・・横田先生ですか」

 みんな、あー、という顔をしている。

 え? 何? どういうこと?

 横田先生は、20代半ばくらいの国語の先生で、どちらかといえば可愛いタイプ? 飾り気のない高島先生とは違って、おしゃれにも手を抜いていない。男子には割と受けがいいみたい・・・・かな?

 それくらいしか分からない。

 あ。よかった。洋美ちゃんも不思議そうな顔してる。でも、洋美ちゃんは1年生だしな。

「あれは敵に回すと面倒くさそうな女だからな。あんまり関わりたくないんだ。だから、なるべく面倒な仕事は安西先生に押し付けて、横田先生がその補助に回るように仕向けることで何とか均衡を保っているんだ」

「横田先生かー。私、あの先生好きじゃないのよねー。いい意味でも悪い意味でも女らしいっていうか。敵に回したら、変な噂を流したり、陰湿な嫌がらせをしてきそうだよね」

「そうかも知れないわね。まあ、横田先生に比べたらまゆりの嫌がらせはたいしたことないと思から、あなたは頑張ってね、葉月」

 は、話が戻ってきた。

 私のことはいいから、もっと高島部の活動を頑張りましょうよ。

「あ。でも。高島先生も、安西先生の気持ちに気が付いていたんですね。そういうの興味ないかと思っていたので、意外でした。横田先生のこととかも・・・・」

 何とか高島部の活動を続けようと話を振ると、高島先生はふふんと胸を張った。

「それはまあ。先生もこれでも大人の女だからな」

「そ、そうですか・・・」

 大人の女ならゲームだけじゃなくて、もっと他のことにも興味を持ちましょうよ。

 おしゃれとか、合コンとか、現実の男性とか。

 横田先生の気持ちにも気が付いていてうまく立ち回ったり、その気になればどうとでもなりそうなのに。

 みんなも同じ気持ちなのか、微妙な視線が高島先生に集中した。

 空気の流れが変わったことを感じ取った高島先生が咳払いをした。そして、きらっと瞳を輝かせて机に身を乗り出してくる。切り替え、早いな!

「そう言えば、もうすぐゴールデンウィークだが、みんなはもう予定はあるのか? もし、ないようなら先生がゲームを貸してやろう。もちろんゲーム機付きだぞ。ああ、大丈夫だ。携帯ゲーム機だからな。そんなに荷物にはならない」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 完全に話を変えてきたよ。

 由実花先輩は呆れた目で見ている。でも、紗世ちゃんと洋美ちゃんはちょっと興味を惹かれたようだった。

「恋愛話が好きなお前たちにオススメのゲームがあるぞ。世の中には乙女ゲームというものがあってだな。主人公の女子になって、登場する複数のイケメンのうち好みの男子と仲良くなるのが目的だ。テキストを読み進めて、途中で出てくる選択肢を選ぶことで狙った男子とのラブエンディングを目指すのだ! 大丈夫、簡単! もし、狙った相手とうまくいかなかった場合は、遠慮なく先生に聞いてくれ。いつでもアドバイスしよう。ちなみに、ネットでも情報は探せるぞ。あ、それから、大事なことだが、後半になると相手の男子が少女漫画張りに恥ずかしいセリフをしゃべってくるのでイヤホンの装着をお勧めする!」

 珍しく熱くなっている高島先生とは対照的に、夏希ちゃんはどこまでもクールだった。

「先生からお借りすると彼氏ができない呪いにかかりそうなので、先生に彼氏ができたら、ぜひお借りしたいと思います」

 拳を握りしめたまま、高島先生が固まる。

 乙女ゲームに興味を持ち始めていた紗世ちゃんたちも、一瞬で我に返る。

「ゲームとはいえ、先生も一応恋愛的なことに興味はあるんですねー?」

 微妙な空気を全く気にすることもなく、かおる先輩が無邪気な質問を口にした。

「ミステリーだったりオカルトだったり、ストーリー的にも気になる要素がないとダメなんだけどな。たまにやりたくなるんだよ」

 ふてくされたように、でも質問には答える。

 さすがにこれには怒るんじゃないかとヒヤヒヤしたんだけど、女子としての尊厳を傷つけられたことよりも、いいところまで行っていたゲームの布教を邪魔されたことに拗ねているっぽい。

 その事実に絶望しか感じられない。

 こんなことなら、むしろ、もっと怒ったり泣いたりしてほしかった!

「いろんなタイプの男子と仲良くなって、いろんな口説き文句を言われるのは、楽しいぞー? 全員と仲良くなってみると、最初は全然気にしてなかった男子が意外と好みのタイプだったり。新たな魅力発見というかー」

 脈がありそうな紗世ちゃんたちをチラチラ見ながら、それでも懲りずに勧誘めいたことを続ける先生。

 ダメだ。この人。

 もっと、もっと他に頑張るところがあると思います。




 乙女ゲームか。

 正直、ちょっと興味はある。

 でも。

 先生はそろそろ、現実の男性の魅力にも目を向けてあげてください。


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