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その4 犯人はお父さんですよ?

 昨日の約束通り、部活が終わって校門まで行くと、コスプレ風巫女服に身を包んだ亜弓君が私を待っていた。ミニ丈で、裾にはフリルの飾りがついている。足元は白い編み上げブーツだ。

 亜弓君は巫女活動のために部活には入っていないので、学校が終わったらすぐに帰れば余裕でこの時間に間に合うらしい。

 私を見つけて嬉しそうに微笑む亜弓君に、背後がどよめいた。

 顧問を除く、今日部活に出ていた部員全員が、私たちを冷やかすためについてきたのだ。

 簡単な挨拶を交わしただけで、私と亜弓君はみんなに見送られて校門を後にした。

 先輩たちはもう少し打ち合わせたいことがあるからと言って、そのまま校門に残っている。

 間違った気づかいだけど、まあ、実際に高島部的な打ち合わせもするんだろう。たぶん。

 亜弓君はみんなの含み笑いの意味が分からず、きょとんとしていた。

 あー、もう。これ、絶対、明日いろいろ聞かれちゃうんだろうな。

 サボっちゃおうかな、もう・・・・。



 記念すべき巫女活動見学の初日。てっきり、あの白いトカゲをやっつけたハリセンで、悪い妖とやらをバシバシやっつけるのかと思って、ちょっと緊張していたんだけれど、特にそういうことはなく、昨日と同じように神社でお参りしただけだった。この後は、亜弓君のおばあちゃんがおやつを用意してくれたので、家に寄って行ってくれと言われている。

 妖とのバトルを見学するよりは、キリちゃんの鑑賞会のほうが楽しいので、全然かまわないのだけれど、ちょっと拍子抜け。

 キリちゃんは、十萌の神様の御使いである手乗りサイズの白いキツネだ。ふわふわの尻尾をモフモフしたい。亜弓君肩の上やら足元やらをチョロチョロしてばかりで、私にはさっぱり懐いてくれないけれど。名前を呼びかければそっぽを向かれるし、手の伸ばせばするりと身をかわされる。モフモフへの道のりは険しい。

「巫女活動って、妖をやっつけたりすることだと思ってたんだけど、違うの?」

 キリちゃんに構うことを諦めて、思い出したように聞いてみると、私とキリちゃんのやり取りを苦笑いしながら見守っていた亜弓君が、ん? というように首を傾げる。そのまま、少し考え込んでから、真っすぐに私を見つめて話し出す。

 巫女服姿の亜弓君にこうやって見つめられると、自然と背筋がピンとなった。

「神社と御山を清浄に保つことがお勤めなんだ。神様の気を穢すような妖がいれば、それを祓うのもお勤めのうちだけれど、そういうのはたまにしかないかな。普段は、見回りしながらゴミが落ちていれば拾ったり、汚れていれば掃除したりするのが活動かな。汚れは穢れに繋がるから。まあ、十萌には神社や御山を汚すような人はいないから、ほぼ見回っているだけだけれど。でも、こうしてオレが巫女活動を行うことでみんなが神様と御山を敬う心を持ってくれれば、それが神様の力になるし、引いては十萌を守ることになると思うんだ」

 迷いのない瞳で亜弓君は言い切った。

 本物の巫女さんが山を掃除していたら、私も山を汚さないように気を付けようと思うけれど、コスプレ風巫女服の男の子の場合はどうだろう? むしろ、信仰が失われたりはしないのだろうか?

 疑問には思ったけれど、口にするのは差し控えた。

 本人は本気でそう思っているみたいだしなあ。



 十萌町には、不思議なことがたくさんある。




 小さい頃から、みんなには見えない不思議な生き物が見えた。幽霊っていうよりは、妖怪って感じかな? 亜弓君は妖って言っていた。

 このことを知っているのは、同じように見える人である里子おばあちゃんだけだった。

「他のみんなにも、あの生き物たちに対しても、見えない振りをするんだよ」

 そう、ずっと言い聞かされてきた。

 身近に『仲間』がいなかったおばあちゃんは、自分にしか見えていないということが分からなくて、小さい頃は嘘つき呼ばわりされたり気味悪がられていじめられたり、大変な思いをしたそうだ。まあ、おばあちゃんの苦労話はいつも最後は「おじいさんだけが私のことを信じてくれた」という惚気話で締めくくられるんだけどね。ご馳走様です。

 おばあちゃんの教えのおかげもあるけれど、たぶん私は、容量のいい子供でもあったんだろう。

 私にだけ見えるものがあることは分かったけれど、どれが「そう」なのか見分けがつかなかった幼い私は、何かを見つけても、なるべく焦点を合わせないようにするという技を覚えた。視界の端に何かが映っても、すぐに反応してはいけない。他の子たちが気づいて騒ぎ始めたら、私もそれに加わるのだ。

 他の誰かが気が付いてから、私も気づいた振りをする。それが鉄則だった。

 おかげで、ちょっと鈍い子だとかぼんやりしている子だとかはよく言われるけれど、おかしなことを言い出す子だとは言われなかった。いじめられたりもしなかった。

 大きくなるにつれて、『実在するもの』と『実在しないもの』の区別がつくようになってきたけれど、焦点を合わせないという鉄則は守り続けた。

 たとえ、周りに誰も人がいなくてもだ。

 この鉄則は、いじめからだけでなく、不思議な生き物たちからも私を守ってくれるのだ。

 彼らは基本無害なのだけれど、こっちが「見える」と分かると、途端に襲い掛かってきたりすることがあるのだ。理由は分からない。

 野良猫に下手にちょっかいを出すと牙を剥かれる・・・・みたいなものなんだろうか?

 その鉄則をうっかり破ったばっかりに、白トカゲに襲われる羽目になったんだよね。




 部活のお茶会で先輩たちの話を聞いて、亜弓君と一緒にいても、コスプレ仲間だと勘違いされる心配はなさそうだということは分かった。

 亜弓君が私を『勧誘』してくるのは恋愛的な下心があるからだと、みんなが勝手に勘違いしていることも分かった。

 でも。はっきりそうだと言われたわけではないけれど、亜弓君が私を勧誘するのは、私が『見える子』で神様の声が聴こえるからじゃないかと思っている。

 帰る道すがら、今、十萌で神様の声が聴こえる人は亜弓君と亜弓君のお父さんだけだって聞いた。十萌の神様が新しい神様になってから、段々『見える子』は生まれなくなった。生まれても、御使いたちの姿が見えるのは小さい頃だけで、小学校に上がるくらいの年になると見えなくなってしまう。亜弓君のお父さんは久しぶりに生まれた『大人になっても見えるままの人』なのだという。

 つまり。十萌では『見える人』の存在は、とっても貴重なのではなかろうか?

 私が『見える子』だって、神様の声が聴こえるかもしれないって、みんなに知られたら、私はどうなっちゃうんだろう?

 昔の『十萌の花嫁』と同じように、一生独身で神様にお仕えしろとか言われたらどうしよう!?

 十萌の神様がゲームの神様だったら、高島先生なら喜んでお仕えしたかもしれないけれど。私は健全な女子中学生として、彼氏とのお付き合いというものを経験してみたいと思うし、もちろん結婚に夢も希望も憧れもある。

 亜弓君が私を勧誘してくるのは、恋愛的な意味じゃないってバレたらどうなるんだろう?

 ・・・・・恋愛的な甘い要素はどこにもなかった、と思う。



 恋愛的な甘さはないが、味覚的な甘さは存在した。

 てゆーか、現在堪能中。

 白玉団子になんかシロップがかかっているヤツ。と、緑茶。

 至福のおやつタイム。

 4月も末とはいえ、山だからか夕方はまだ肌寒い。熱いお茶がうれしい。

 そして、つるりと喉を滑り落ちていく白玉の心地よさ。

 シロップは缶詰の汁とかじゃなくて手作りっぽい。上品な甘さにほんのり生姜の風味が効いている。

 私の目の前では、亜弓君が既に白玉を食べ終えてお茶を啜っていた。

 巫女服は脱いで普段着に着替えている。

 普通の格好をしている亜弓君は、ちょっとかっこいい男の子で、二人きりでお茶とか、正直照れる。

 亜弓君のおばあちゃんは、この間同様にお茶の準備だけすると奥へと下がってしまった。

 後は若い二人で的な感じで、なんかお見合いみたいで緊張する。

 緊張している割に白玉を味わっているのは、緊張を和らげるために目の前の甘味に集中してるからであって・・・・・なんてぐるぐるしていると視線を感じた。

 顔を上げると、白玉をほおばる私を嬉しそうに見つめている亜弓君と目が合った。

「美味いだろ? ばあちゃんの和菓子」

 自慢げに微笑まれ、うっかり白玉を喉に詰まらせそうになる。

 男の子の格好をしている時にそういうの、無駄にときめくからやめて欲しい。

 緑茶で白玉を飲み下してから、私は素直に頷いた。

 亜弓君の笑みが一層深くなる。

 ドギマギする心を誤魔化すように、私は話題を探した。

 もしかして、私、一人で勝手に甘くなっている?

 えーと、亜弓君には聞きたいことがいろいろあるんだよ。

 昨日の目つきの悪い男の子のこととか。

 結局、魔法処女って何なのかとか。

 お父さんに騙されてない? とか。

 どれから行こうか迷った末、一番上から順番に聞いていくことにした。

「ちょっと、聞きたいんだけれど。巫女活動のことをあんまりよく思っていない人もいるの?」

 質問が意外だったのか、亜弓君は目を見開いて首を傾げた。

「十萌の人間には、そういう人はいないと思うけれど・・・・・・・もしかして、何かあった?」

 途中でハッと何かに気が付いて、きゅっと両手で湯呑を握りしめ、心配そうに私を見つめる。

「昨日の帰りに家のそばで知らない男の子に、十萌の巫女には関わるなって言われたの。高校生くらいかな。十萌の人なんだとしたら、高2より上なんだと思う」

 十萌の巫女を知っているってことは、たぶん、十萌の人間なんだろう。

 でも、私は去年十萌町に引っ越してきたばかりの新参者なので、私が十萌中に入学する前に卒業していった人の顔は分からないのだ。

「それだけ? 他に何か言われたり、されたりはしていない?」

「え? う、うん。それだけ言って、直ぐいなくなったから・・・・」

「そうか・・・・・。葉月。今日はオレが送っていくから」

「え? ええええええええ!?」

 そ、それは。男の子の格好で? それとも、巫女服に着替えて?

 どうでもいいことかも知れないけれど、私にはすごく重要。

 コスプレ巫女服の亜弓君と歩いているところをうっかり家族とかに見られたら恥ずかしい。でも、男の子の格好の亜弓君と歩くのは緊張するし、こっちはこっちでいらない誤解をされそうだ。

 動揺しまくっている間に送ってもらうことは決定事項になっていた。結局、私的重要事項は聞けないままだった。

 だって、なんか亜弓君怒っているみたいだし。

 十萌の人間が、巫女活動を邪魔するようなことしたから許せないのかな。送ってくれるのも、きっと犯人を特定したいんだろうな。

 気を落ち着かせるために白玉を一つ口に含み、味わう。お茶を啜って一息ついてから、もう一つだけ質問することにした。

 これだけは、今ここで聞いておきたい。

 外で話して誰かに聞かれたら恥ずかしすぎる。

「そ、それで。その男の子、十萌の巫女のことは知っていたけれど、ま、魔法処女のことは知らないみたいだったんだけど・・・・」

 恥ずかしい単語が含まれているため、ちょっと口ごもりつつ、亜弓君の様子を窺う。

 亜弓君は、「あ」という顔をした。抑えてもにじみ出ていた犯人への怒りが、一瞬で消え去り、何やらあたふたし始める。

「ご、ごごご、ごめん。オレ、葉月に言うのを忘れていた」

 え? 何を?

「十萌の巫女のことは、町の人間はみんな知っているんだけれど、魔法処女のことは神様とオレたちだけの秘密なんだ。古き良き時代の魔法少女のセオリーに倣って」

 魔法少女のセオリーとやらはとりあえずどうでもいい。

 そんなことよりも。

「オレたちっていうのは?」

 私の笑顔に何かを感じ取ったのか、亜弓君はビクリと体を震わせる。

「神様の、声が聴こえる人・・・・です」

「具体的に」

「オレと父さんと、今は葉月を含めた3人です」

 もっと、早く言ってよ! そういう大事なことは!!

 うう。よかった・・・。部活で変なこと言わなくて。

 余計なことをしなかった自分を褒めたたえつつ、安心のあまり両手で顔を覆うと、亜弓君はどうやらそれを違う理由からだと思ったようだ。

「も、もしかして、かおるちゃんたちに・・・・・・?」

 グビリと喉を鳴らして、恐る恐る聞いてくる。

「かおる先輩たちには言ってません」

「そ、そうか。よかった・・・」

 ほーっと胸を撫で下ろしている亜弓君に、私も違う意味で安心した。亜弓君も『魔法処女』がちょっとアレな単語だって思ってはいるんだなって。何の恥じらいもなく普通に口にしているから、単語の意味をちゃんと理解していなのかと思っちゃったよ。

「魔法処女のことは、神様と聴こえる者たちだけの秘密だからな。オレが迂闊だったせいで秘密がバレるところだった」

 ・・・・・・・違った。羞恥心からじゃなかった。

「謎の男の子には言っちゃったけど」

「そうだった!」

 ボソッと一言呟くと、亜弓君は両肘を机についたポーズで頭を抱えた。

「秘密にしていることに、何か意味はあるの?」

 人に知られたら恥ずかしい以外のどんな理由があるんだろう。

「理由?」

 頭を抱えたまま亜弓君が私を見た。

「うん。理由」

「魔法少女が正体を知られてはならないのは、古より伝わる神聖なルールだから」

 交通ルールでも説明するみたいに、当たり前だろみたいな顔されても。

 それは、どこの世界のルールなの?

 百歩譲って十萌町ではみんなが知っていて当然のことなんだとしても、しても。・・・・・・いや、さすがにそんなわけないよね・・・・。

 そうであって欲しい。

 よし。質問を変えよう。

「十萌の巫女と魔法処女は何が違うの?」

 そう。これだ。これで分からなかったら、もう諦めよう。

「・・・・・・・違い、か。あまり深く考えたことはなかったな。聞かれたこともなかったし。ん・・・・・・、妖や御使いが見えたりすることは、みんなには秘密にしているし、妖を祓ったりする・・・・・のが、魔法処女の仕事・・・的な感覚・・・・かな?」

 考え考え、理由を説明してくれる亜弓君。

 はっきりとした理由はないらしい。

 お茶会の時の洋美ちゃんのセリフが蘇る。あのコスプレ風の巫女服は、亜弓君のお父さんの趣味だと思うって言っていた。

 亜弓君、お父さんに騙されていない?

 聞きたい。でも、聞けない。

「どうして、魔法処女なの?」

 替わりに違う質問がうっかり口から零れ出た。

 聞いてもしょうがないって分かっているのに、つい。

「オレも父さんも男だから、いくら神様の声が聴こえても、本当の意味では十萌の巫女にも魔法少女にもなれない。でも、後ろの純潔を守り続ける限り、魔法処女として神様にお仕えすることはできるって、父さんが言ったんだ。だから、オレは十萌のために一生この純潔を守り抜くつもりだ」

 誇らしげに瞳を輝かせて決意表明をする亜弓君に、何とか頷きを返しつつも心は撃沈していた。

 セリフを一部差し替えれば、いいシーンなのに。

 そもそも、どうして話の中に普通に魔法少女が入り込んでくるのか。

 聞いても、納得できる答えは返ってこないんだろうなー、ということだけは分かる。

 本人は真面目に心からそう信じているのだという事実が心に痛い。

 これが、間違った純粋培養の結果ということか。

 お父さんは一体、亜弓君に何を教えているの? 一体、亜弓君をどうしたいの?


 ぜひ、本人に問い正したい。




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