その3 茶道部またの名を紅茶道部、あるいは高島部
公立十萌中学校には、部活が4つしかない。
野球部。
女子バレー部。
吹奏楽部。
茶道部。
以上の4つだ。
なぜ、これしかないのかというと、単純に生徒数が少ないからだ。各学年一クラスずつしかないからなー。まあ、仕方ないよね。
私の入っている茶道部は、またの名を紅茶道部、あるいは高島部と呼ばれている。
呼んでいるのは、茶道部員だけなんだけど・・・。
一昨年までは、ちゃんと資格を持っている先生が顧問をしていて、世間一般でいうところの茶道部の活動をちゃんとしていた。割と厳しい先生だったらしい。
その先生が定年退職して、茶道の経験のない高島先生が顧問になってから、指導できる人がいなくなった。それでもまだ去年は、3年生を中心に、ちゃんと活動をしていた。顧問の先生が新入生と一緒にお茶の作法を教わっていたり、顧問の先生がお茶を飲むたびに「コーヒーが飲みたい」と言い出したり、微妙に締まらなくはあったけれど。
それでも、ちゃんと活動していたと思う。
その3年生が引退するまでは。
3年生が引退して、当時2年生だったかおる先輩が新部長となってから、茶道部は迷走しだした。
3年生が完全に引退してから、新部長は高らかに宣言した。
「私、本当は和菓子より洋菓子のほうが好きなの。だから、これからは従来の茶道だけでなく、紅茶の道も追及していきたいの!」
部員たちは一瞬固まった後、顧問である高島先生の様子を窺った。高島先生は雷に打たれたような顔をした後、うんうんと頷きながら盛大な拍手を送った。
いいのか、これは?
とは思ったけれど、誰も追及するものはいなかった。
かおる先輩は反論の可能性なんて全く考えていない様子で自信満々に胸を張っているし、先生は期待に目を輝かせて手を叩いているし。
元々そんなに茶道に興味があったわけじゃなくて、消去法で選んだ部活だ。
正直、和菓子にも飽きてきた。
紅茶の道はよく分からないけれど、洋菓子が食べられるのはうれしい。
たぶん、みんなも同じようなことを考えたんだろう。
パラパラとあちこちから拍手が起き始め、ついには部員全員にそれが伝染した。
こうして、茶道部の活動として紅茶の道を模索することが、部内で非公式に決定した。
翌日にはかおる先輩がティーセット一式と、貰い物らしき缶に入ったクッキーの詰め合わせも持ち込んできて、みんなでお茶会をした。
紅茶の道とは、一体何なのか?
その後は、紅茶とお抹茶を半々ぐらいで活動していたんだけど、やってみて気が付いたことがある。
茶の道は心なのだと。
3年の先輩たちがいた頃は、もっと空気が引き締まっていた。
でも、今は。顧問の高島先生を筆頭に、部内の空気はダルダルに緩み切っている。緩んだ気持ちで立てるお茶は、何ていうかもう茶道ではないというか。ただのお抹茶パーティーというか。部長、正座崩しているし。先生はコーヒー飲んでいるし・・・・。
このままでは4月になって新入部員が入ってきたときに、間違った茶道を伝えてしまうことになるんじゃ?
と、密かに心配していたのだけれど、その問題は部長があっさり解決してくれた。
この人、紅茶道の活動を校長と教頭に認めさせやがった。
「きちんとした指導者がいない中で活動を続けることは、新入生に間違った作法を教えてしまう危険性があります。それならばいっそ視点を変えて、異国のお茶と日本のお茶との、文化と歴史の違いを学んでいきたいと考えています。もちろん、せっかく茶器があるので、実践として今まで通りの活動もしていきたいと思っていますが、今後は英国式のお茶会も取り入れ、実際に比較を行っていきたいと思っています」
説得には、副部長となぜか私も同行した。
背筋を伸ばし、堂々と説明を続ける部長。
なんだかもっともなことを言っているような気がしてきたけれど、これ、単に部長がお茶会を認めさせようとしているだけだよね? 隠れてコソコソじゃなくて、大ぴらにお茶会したいだけだよね?
さすがに無理だろと思ったけれど、校長先生たちは真剣に考え始めている。
正直、考える余地があることにびっくりだよ。
そうは言っても、こんなのさすがに無理だよねーと思っていたのだけれど、部長はとっておきの切り札を持っていた。
どうかと思う切り札だったけど。
その切り札とは、高島先生だ。
高島先生が何かをしてくれるわけではない。むしろ、高島先生を利用したというべき?
「それに、今高島先生に必要なのは、英国式のお茶会で培われる社交術のほうなのではないでしょうか? 堅苦しいお茶の席よりも、お茶会のほうが気軽にいろいろなことを話せますし」
「いろいろ、とは、もしかして・・・・」
「恋バナ・・・・とか?」
なぜここで高島先生が出てくるのかと思ったら、二人とも食いついたー!?
「もちろん、話題に上ると思います。私たちの話を聞いている内に、高島先生にも甘酸っぱい気持ちが蘇ってきたり・・・・するかもしれませんね。高島先生は、元はいいのですから、その気になりさえすればすぐに恋人ができると思うんですよ。私たちも、先生のためにできる限り協力したいと思いますし」
校長先生と教頭先生の目に希望の光が灯る。
二人は顔を見合わせると大きく頷いた。
「わかりました。活動を認めましょう」
「高島先生のこと、どうかよろしくお願いしますね」
み、認めたよ?
そして、何かお願いされたよ?
高島花。35歳数学教師。独身。彼氏なし。
飾り気のない、さらっとした感じの美人。
そっけないようでいて、意外と生徒のことをよく見ていて、相談にも乗ってくれる。
厳しいようでいて意外とゆるい。
校長先生と教頭先生は、高島先生の行く末をたいそう気にかけているらしい。
・・・・・・嫁の貰い手的な意味で。
「かおる。さっきのアレ、何だったの?」
校長室から部室へ帰る途中で、副部長の由実花先輩が呆れたように言った。
何に呆れているのかは分からない。
かおる先輩にかもしれないし、校長先生たちにかもしれないし、高島先生にかもしれなかった。
・・・・・・・・・・全部かな。
とりあえず、由実花先輩は高島先生がどうのの下りは知らなかったようだ。
「ああ、アレ? 桐乃先輩からの引き継ぎ事項だったんだよ。去年、茶道部の顧問が花ちゃんに決まってから、桐乃先輩、校長教頭の両先生に呼び出されて直々に花ちゃんのこと頼まれたらしいよ? 茶道を学ぶことで女らしさが身について、それが結婚に繋がることもあるかもしれないから、よろしく指導してやって欲しいって。結果はまあ、言うまでもないことだけど。そんなわけで、あとを任されちゃったのよね」
かおる先輩。そんなあっけらかんと言わないで下さいよ。
何を任されちゃってるんですか。
「その後、私も直々に校長先生たちに頼まれたよ、花ちゃんのこと。その熱心な様子に、これは使えると思ったんだよね。さすがに3年生が卒業するまでは大っぴらにするのは差し引かえましたが」
桐乃先輩、真面目に茶道に取り組んでましたもんね。
今の茶道部の有様を見たら、がっかりするどころじゃ済まないだろうな。
「だったら、4月までは普通に活動していればよかったのに。お茶会をしているときは、いつ先輩がやってくるかと思って落ち着かなかったわよ」
割と自由な感じのかおる先輩に対して、副部長の由実花先輩はしっかりものの良識派だ。
「最初が肝心だから! それに、もし踏み込まれても大丈夫。今日は活動をお休みして高島先生の恋の相談に乗っているところなんです、とか言っておけば」
ドーンと胸を張るかおる先輩。
この人背は小さいけど、出るところは出ているんだよ。張る胸があってうらやましい限りです。
「それは、高島先生に話を合わせてもらわないとダメなんじゃ・・・って、もしかして?」
対して、由実花先輩はスラリと背の高いモデル体型。胸は発展途上な感じだけど、これはこれでうらやましい。
「うん。花ちゃんも知ってるみたいだね。校長先生たちの話のあと、あの二人の話は適当に聞き流しとけばいいからって言われたよ」
「そ、そう・・・・。いずれにしても、校長先生たちからの依頼は、余計なお世話というか、本人にその気がない以上どうしようもないのではと思うけれど。安請け合いをして大丈夫なの」
高島先生が事情を知っているというところはサラリと流して、依頼が失敗した時のことを心配しているのか、由実花先輩は顔を曇らせている。
うん。正直、私もこの依頼は今年も失敗するのではと思っている。
だって、本人にその気がないし。
「問題ないでしょ。引き受けたからには何もしないわけにはいかないし、お茶会の時に恋バナ的なことを振っていこうとは思っているけど、ダメならダメでしょうがないよ。引退の時に、力が及びませんでした。後のことは後輩に託しますって言っておけばいいでしょ」
え? ちょっ!?
何ですか!? その負の遺産は!? いりませんから!!
「なるほど。そういうことか」
由実花先輩。気の毒そうにこっちを見るのはやめてください。
だって、あの人、「デートしている時間があったら、ゲームしてたいし。未開封のゲームが山と積まれている上に、今後も気になるゲームが次々と発売されていくんだぞ? 時間は有限だからな。有効に使わないと」とか真顔で言っていたし。
35歳独身女性として、明らかに時間の使い方を間違っていると思うんだけど。
そう言えば、なんでそんな話になったんだっけ?
思い返してみて気が付く。そうだ、かおる先輩が話を振ったんだった。
「先生は彼氏とか作らないんですか?」
という、ものすごい直球で。しかも、彼氏がいないこと前提。
これは、妙齢のご婦人に対して、決してしてはいけない類の質問ではないのか?
部員たちの緊張をよそに、高島先生はさっきのセリフをサラリと答えた。
本心から言っているっぽかった。
さすがに、かおる先輩の笑顔も引きつっていた。
あの時、部室に流れた空気をなんと表現すればいいのか分からない。
「花ちゃん、結構手ごわいしー。今後は、みんなにも協力してもらおうと思ってるから、よろしくね!」
その後、高島先生がいない時を狙って、部員全員に茶道部の公認裏活動として高島先生の恋愛を応援していくことが伝えられた。茶道部が別名「高島部」と影で呼ばれるようになった瞬間である。
公認なのに裏活動なのは、ほら、いろいろとデリケートな問題だから、ね? 本人は全く気にしてなさそうではあるけれど、だからこそ私たちが気を使わなければ。
前置きが長くなった。・・・・・・長くなりすぎた。
えーと、結局、何が言いたいかというと。
茶道部の部活動中に、紅茶とクッキーを楽しみながら、亜弓君との関係とかをみんなにいろいろ聞かれているのは、決して部活をサボっているわけではなく、これも部活動の一環である、ということだ!
亜弓君のことを聞かれることは、予想していてしかるべきだったのに、全く予想していなかった。
だって、男子だけど巫女服姿だし。色艶めいた展開は何にもなかったし。知らない男の子によく分からない因縁つけられたりしたし。
でも、既に卒業した男子生徒が校門の前で待っていて、そのまま一緒に下校したなんて、高島部のことがなくても女子中学生として普通に気になるよね。
「それで、亜弓君とはどういう関係なの?」
みんなにお茶のカップが行き渡ったところで、好奇心に目をキラキラさせたかおる先輩がズバリと切り出した。
紗世ちゃんに聞いたわけじゃなくて、どこかから現場を目撃したんだろう。
「え? いや。ええと。お、一昨日の下校途中に十萌山の入り口の辺りで転んじゃって。その時、亜弓君が助けてくれて、それで、なんか、巫女活動を一緒にやらないかって勧誘されて・・・・何をすればいいのかはさっぱりなんですけど」
動揺しつつも何とか答える。
間違ったことや、変なことは言ってないはず。
「ほう。既に亜弓君呼びとは・・・。なかなかやるな、葉月」
ゲーム雑誌から顔を上げて、高島先生は感心したように私を見る。
4月になったとたん、この人ゲーム雑誌を部室に持ち込み始めたんだよ。一応、お抹茶を立てるときには自粛しているので黙認されてるけど。
「え、ええ。まあ。成り行きで?」
高島先生自ら話に乗ってきてくれたおかげで、みんなの目がキランと光る。
そんなに見つめないで!
みんなの期待に応えられることは、何もなかったんだよー。
ちなみに、かおる先輩の「亜弓君」呼びがスルーなのは、二人が親戚関係だからかと思われます。
かおる先輩は十萌山の上のほうにある、叶という旧家のお嬢さんなのだ。叶家の下には西山家がいっぱいあって、それはすべて叶家の分家筋なんだって。十萌山の麓のほうでは葉山と伊藤が多いかな。その中に、ちらほらとうちみたいな新参者が混じってる感じ。これは、十萌の豆知識だ。
ちなみに、由実花先輩は西山、紗世ちゃんは葉山だ。
「まだ、付き合ってるわけじゃないんだ?」
まだって何ですか? かおる先輩。どうして、この人はいつも直球なんだろう。
「付き合っていませんし、そんなんじゃありませんから! それよりも、聞きたいことがあるんですけど。あの巫女の衣装とか、巫女活動とか、どこまでが十萌公認なんですか?」
せっかく亜弓君のことが話題に上っているのだ、この辺、ぜひはっきりさせておきたい。
本当は、魔法処女を知っているか聞きたかったけれど、それは自粛しておく。昨日の男の子みたいに、何言ってるんだこいつみたいな顔されたら、もう部活に出てこれない。改めて思い返すと、初対面の男の子に向かってものすごく恥ずかしいことを言ってしまった気がする。あの子にはもう会いたくない。
「ああ。そうだよな。アレ、不思議だよな。いやー、私もずっと何だろうあれとは思っていたんだけれど、生徒も先生たちも普通に接しているし、この地方独自の宗教的なアレなのかなと思って、あえて追求しなかったんだけど。余所者からしたら、やっぱり変・・・不思議だよな、アレ」
先生が、開いていたゲーム雑誌をパタリと閉じて、ワクワクと身を乗り出してくる。
たまたまこの中学に赴任してきただけで、十萌の人間ではない高島先生もずっと疑問に思っていたらしい。
恋愛的な話にならなくてみんなには申し訳ないけれど、今はこっちを優先したい。
先生、一緒に十萌の謎を解明していきましょう。
視線を合わせて頷きあう私と先生を、他のみんなはきょとんとした顔で見つめてくる。
今日の参加メンバーは、かおる先輩、由実花先輩、紗世ちゃんのほかは、1年生の西山洋美ちゃんと、私と先生以外はみんな生粋の十萌っ子だ。
とりあえず、十萌っ子の間では、亜弓君のアレは不思議でも何でもない日常の1コマなんだなということはよく分かった。
「私たちは小さなころから見慣れていたから特に疑問にも思っていなかったけれど、そうね、知らない人が見たら不思議よね。亜弓君、男の子ですものね。特に違和感もないから、気にしたことなかったわ」
小さいころからやってたのか。それは、地域にも馴染むってものだろう。
「そっかー。じゃあ、もしかして、十萌山の伝説とかも知らないのかな?」
紗世ちゃんの甘涼やかな声に、私と先生は無言で頷いた。
「なるほど。そういうことなら叶の娘であるこの私から説明しよう!」
かおる先輩がドーンと胸を張った。
先輩の胸が大きいのはよく分かってますから、普通にしていてください。
「十萌の山にはね。神様が棲んでいるんだよ。・・・・・いや、山がご神体・・・・なんだっけ?」
名乗り出た割にはあやふやでなんですね。
「うちの方では、お山に棲みついた神様が山と同化してご神体になったって言われているかな。いろんな説があるみたいなんだよね。まあ、伝説だし。神様のことだから~」
紗世ちゃんはそう言うと、ふふっと小さく笑った。
だから~の続きが気になるんですけど?
ちなみに洋美ちゃんはまだ1年生で遠慮しているのか、積極的に話に入ってきたりはあまりしない。話しかけられれば答えるんだけど。
「昔は叶の家の近くに、結構立派なお社があったんだよね。それで、叶の家から選ばれた娘が、巫女として一生神様にお仕えをしたんだって。十萌の巫女は生涯独身だから、神の花嫁とか、十萌の花嫁とか呼ばれてたらしいよ?」
「巫女に選ばれるには条件があるの。まずは、清らかな乙女であること。それから、神様の声を聴くことができること、ですって。この辺りは、いかにも伝説という感じよね」
そうですね、由実花先輩。でも、それ、たぶん、実話じゃないかなー?
神様の声を聴くことができるって、つまり私や亜弓君と同じ、他の人には見えないものが見えちゃう人のことなのだ。
叶家は見えちゃう人の家系ってことなのかな。かおる先輩には、そういう霊感めいたものはなさそうだけど。まあ、うちも見えるのは私とおばあちゃんだけだし。必ずしも、みんなに受け継がれるものじゃないんだろうな。
あれ? でも、そうすると・・・・。
「叶の家に、条件に合う娘がいなかった場合はどうするんだ? 女の子が生まれない場合だってあるだろう?」
ふと浮かんだ疑問を、高島先生が代弁してくれた。
「そういう場合は、西山や場合によっては葉山から養女をもらっていたらしいよ」
かおる先輩の言葉に、西山・葉山の3人が頷く。
「なるほど。神の声は兎も角として、そういう役職は本当にあったみたいだな。それで、今はどうしているんだ? 先ほど、社があったと言っていたが、今はどうなっているんだ?」
「山の入り口の十萌神社とは、どう関係しているんですか?」
先生と私で、立て続けに質問をする。
「それなんだけどね。ある時、十萌の巫女がよそ者に汚されてしまった、若しくはよそ者と恋に落ちて駆け落ちしてしまったんだよ。十萌の神様はたいそうお怒りになり、町の人間を祟るようになってしまった」
「何とか神様の怒りを収めようと新しい巫女を立てたのだけれど、神様の御怒りは鎮まらなかったのですって。その時、町には巫女の資格を有する乙女が5人いて、5人全員で力を合わせて何とか神様を鎮めたのだけれど、5人とも命を落としてしまったの」
「十萌神社は、町を守って命を落とした5人の巫女様を祀っるために新しく建てたものなの。新しいといっても、大分、昔の話みたいだけれど。山の上のお社のほうは、この時に壊れてしまってそのままになってるみたい」
「そ、その後、壊れてしまったお社は叶のお家が、十萌神社は西山の家が管理するようになりました」
リレーのように続いた十萌の伝説は、紗世ちゃんの目配せを受けた洋美ちゃんによって締めくくられた。
「ふむ。十萌には新しい神様と古い神様がいるというわけか。それにしても、叶家と西山家の御家争い的な話かと思ったんだが、そういうわけでもなさそうだな。お社に落雷でもあったか、火事でも起こしたのかな? だが、壊れた社をそのまま管理するというのは、どういうことだ・・・・?」
ゲームが好きな割には、現実的なこと考えるんですね。
でも、たぶん。ほぼ伝説通りのことが起こったんだと思いますよ?
「あれ? でも、改めて考えてみると、どうして亜弓先輩が十萌の巫女なのかな? 男の子なのに、あんな格好して。叶の家にはかおる先輩がいますし、西山にだって由実花先輩だって洋美ちゃんだっているのに。なのに、なんで男子の亜弓先輩が巫女に? はっ、まさか、みんな既に純潔を失っているとか!?」
さ、ささ紗世ちゃん? 何を言い出すの? 落ち着いて!
「ほう? そうなのか? 田舎のほうが早いとは聞いていたが、さすがに1年生の洋美には早すぎると思うんだが」
ちょっと、先生!! ナチュラルに話に乗っからないでください!
「ち、ちちちち違います!」
真っ赤になって両手と頭を振り回す洋美ちゃん。頭がちぎれそうな勢いだよ。
「ちょっと、紗世。憶測で誤解を招くような発言はやめてくれるかな。私も由実花も、十萌じゃいいとこのお嬢なわけだし、変な噂がたったら困るんだけど?」
これにはさすがにかおる先輩の顔も引きつっている。
「え、と。紗世ちゃん。亜弓君、小さい頃からあの格好しているって言わなかったっけ? さ、さすがにそれはないんじゃ?」
見かねて、誰へなのか分からない助け舟を出す。
「あ。そうでした。すみません。つい・・・・」
紗世ちゃんはたまに天然で恐ろしいことを言う・・・・。
「あ、あの。亜弓お兄ちゃんと孝明おじさんは、神様の声を聴くことができるって、聞いたことがありますです。だ、だから、男の子なのに十萌の巫女なんだって」
動揺のあまりか、洋美ちゃんの語尾がちょっとおかしなことになっている。
「そうそう。年寄り連中は、結構信じているんだよね。亜弓君はちょっと不思議なところもあるし、もしかしたら本当なのかもね」
ふふ、とかおる先輩が笑った。
叶さんや西山さんのお家では、特に秘密にしているわけではないけれど、みんながみんな信じているわけではない、って感じなのかな?
しかし、十萌ではどこまでが「当たり前」何だろう?
聞きたいけど、聞けない。
「亜弓君。今まで、他の女の子が手伝いを申し出ても全部断っていたのに。その亜弓君の方から勧誘するなんて、もしかして葉月も神様の声が聞こえたりするの?」
良識派の由実花先輩が、珍しく興味津々といった感じで私の顔をのぞき込む。
「い、いえ! そういうわけでは!」
私はさっきの洋美ちゃんばりに、頭と両手をぶんぶん振った。
実を言えば、私も「聴こえる人」というか、「見える人」なんだけど。ずっと秘密にしてきたことを、さすがに今ここでカミングアウトする勇気はない。
「そこ」を追及されたらどうしようかと心配していたのだけれど、さっきのセリフは冗談というか前振りに過ぎなかったようだ。由実花先輩の興味はそこではなくて。
「ふふ。分かっているわよ。でも、と言うことは?」
「と言うことは?」
「と言うことは?」
「亜弓お兄ちゃんにも、ついに・・・」
うわ。これ、話が元に戻っているよ!
どうしよう? そういうのじゃなくて、どちらかと言うと前振りのほうが真相に近いのにー。
「んー。よく分からないが、西山亜弓が男子にもかかわらず十萌の巫女に選ばれたらしいことは、まあいいとしよう。だが、それにしても、なぜあの衣装なんだ? 本物の巫女装束ではなくて、どことなくコスプレ風なのは何故だ?」
空気を読まない発言、ありがとうございます。高島先生。
神様の声が聴こえるはスルーなんですね。
「そ、それは、たぶん、孝明おじさんの趣味だと思います。なんか、そういうアニメとか、好きなんだって、聞いたこと、あります。それと、小っちゃい頃からやってたからか、十萌ではあんまり気にしている人はいないみたいです。慣れちゃったっていうか」
もじもじしながら洋美ちゃんが教えてくれた。
洋美ちゃんのお家は、亜弓君のお家と仲がいいのかな?
まあ、そんなことより。
ひとつ、分かったことがある。
亜弓君のお父さん、西山孝明。
犯人は、ソイツだ!