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その2 魔法処女は十萌町の公用語、なの?

 丈の短い巫女服を着た男子に「魔法処女にならないか」と勧誘された。

 昨日のことだ。

 巫女男子の名前は、西山亜弓君。

 私より一つ年上の、高校1年生の男子だ。

 普通の格好をしていれば、爽やかでかっこいい男子なのに、今、隣を歩く亜弓君は巫女服姿だ。それとも、魔法処女服と言うべきなんだろうか?

 整った顔立ちとスレンダーな体つきのせいで、パッと見はボーイッシュな美少女に見えないこともないけれど、男の子だ。

 ちなみに、魔法処女とは一体何なのかは、説明・・・らしきものをされたけど、よく分からなかった。

 神様は処女が好きで、魔法少女は日本の文化だから。

 そして、処女でありさえすれば、男子でも魔法処女にはなれるらしい。はっきり聞いたわけではないけれど、たぶんボーイズラブ的な意味なんだろう。世の大半の男性は処女だと思うんだけど、神様が大らかなのか人間のほうが勝手に拡大解釈しているのか。

 一体、何の神様なんだろう?




 本当なら、今日は部活仲間の紗世ちゃんと一緒に帰るはずだった。

 校門までは一緒だった。

 校門から一歩、外へ出たところで声をかけられた。

「斉藤葉月」

 巫女男子が爽やかな笑みを浮かべて、私を見つめている。

 ちゃんと男の子の格好をしていてくれたなら、心ときめくシーンなのに。

 残念さにため息をつきかけて、ふと我に返る。

 しまった。今は、紗世ちゃんが一緒にいるんだった。

 しかも、下駄箱のあたりで何人かたむろしていた気がする。

 まずい。

 昨日はたまたま誰にも・・・・・・この学校の生徒には誰にも会わなかったからよかったけれど、まずい。これは、ますい。

 変質者の仲間だと思われる。

 何とかしなければと一人で焦っていると、隣から涼やかな声が聞こえてきた。

「お久しぶりです、亜弓先輩。中学を卒業した後も、巫女活動続けてるんですね。お疲れ様です」

 さ、紗世ちゃん?

 何か、普通に挨拶してますが?

 いや、まあ。一学年に一クラスしかない中学なので、知り合いであってもおかしくはないんだけれど。

 衣装についてはスルーですか?

 巫女活動って言ってたけど・・・・・。彼のこの格好と活動は、もしかして公認なの? 私がよそ者だから知らないだけ?

 そう言えば、昨日の護さんとやらも普通に挨拶していたっけ。

 なんだか、気にしている私のほうがおかしいような気がしてきた。

「もちろん。オレは十萌の神様に生涯お仕えする巫女だからな」

 男子なのに巫女なことには、何の疑問もないんだろうか?

「葉月に用事なんですか?」

 紗世ちゃんが不思議そうに首をかしげている。

 今まで何の接点もなかった相手だしね。

「ああ。できれば今後、オレの巫女活動を手伝ってもらえないかと思っている」

 巫女男子がはにかんだ笑みを浮かべる。

 ちょっと可愛くて、思わず見とれてしまう。

「あらあらー。そうなんですねー」

 紗世ちゃんのぱあっと華やいだ声が聞こえて我に返る。

「あ、そうだ。わたし、部長に伝えないといけないことがあったんだった。そんなわけだから、葉月は先に帰って? ふふ。お二人でごゆっくり~。それじゃ、失礼します~」

 ワザとらしく両手を胸の前で合わせると、紗世ちゃんは軽やかな足取りで校舎へと引き返していく。

 え? ちょ? 紗世・・・紗世ちゃん?

 お気遣いなくっていうか、その気遣い間違ってるから~~~っ!

 行ってしまった・・・・・・。

 そして。なんか知らんけど、一緒に帰ることになった。




 二人きりになったからといって、いきなり勧誘が始まるわけではなかった。

 とりあえず、何て呼べばいいですかね? というところから、会話は始まった。

 十萌中学では、基本的にみんな下の名前で呼び合っている。なぜかというと、やたらと同じ苗字の人がたくさんいるのだ。田舎というのはそういうものらしい。

 そんなわけで、私と巫女男子は『葉月』、『亜弓君』と呼び合うことになった。

 彼のほうが年上だし、私としては紗世ちゃんに倣って『亜弓先輩』、若しくは『亜弓さん』と呼びたかったのだけれど、本人は呼び捨てにして欲しいと強く要望してきてね? 妥協案として『亜弓君』になった。

 どうでもいいことかも知んないけれど、えっと、ほら? 礼儀知らずとか思われても困るし!




 そんなことを話している内に、十萌山の入り口にたどり着いた。

 入り口を少し通り過ぎた所に、十萌神社はひっそりと佇んでいる。

 神主さんとかはいない、小さな神社だ。

 ちゃんとお参りしたことはない。

 そこにナニカがいるのが分かったから。

 ナニカって、神様なんだろうけれど。

 悪いものではないのは分かる。でも、そこにいるのは力あるものだ。

 たとえそれが神聖な力であっても、足を踏み入れるのをためらってしまう。見えてしまうから、感じてしまうからこそなんだろうか。恐れ多い、ような気がして。

 それがどんな存在であっても、力あるものは、怖い。



 鳥居の前で一礼する亜弓君に倣う。

 こんなコスプレ風の巫女装束でお参りして、神様に怒られたりしないのか心配したけれど、十萌の神様は心が広いみたいだ。

 まるで気にしていないというか、いつもより、受け入れられているような気がする。

 初めて、神社に足を踏み入れた。その後は、見よう見まねで参拝する。

 ここは、自分のためのお願いをするところじゃないんだな、と感じた。

(十萌の・・・・・町をお守りください)

「神様の声は、聴こえた?」

 参拝を終えると、亜弓君が静かに問いかけてきた。

 感じたままを、答える。

「声・・・は聴こえなかったけれど。十萌の町を、それから、十萌山を守ってくれているのかなって、感じた」

 町のいたるところで感じる不思議な気配は、神様のものなんだろう。その力は、とりわけ十萌山で強く感じられる。山を包み込むようにして、守っているというか。

「それが、神様の声を聴くっていうことだよ。葉月なら、その内もっと神様の声が分かるようになると思う」

 亜弓君は嬉しそうに笑った。

 そうか。神様の声を聴くって言っても、人間同士の会話みたいな感じじゃないんだ。神様の意思をくみ取る・・・・ってことなのかな?

 参拝を済ませてみたら、今まで神社に感じていた、なんだろう? 恐れ多い・・・ことには変わりないな。んー、敷居の高さ? とか、神様と私の間にあった壁みたいなものがなくなった・・・・ような気がする。

 もしかすると、土地の神様なのにちゃんとご挨拶に伺わなかったのがいけなかったのかもしれない。

(ごめんなさい。遅くなりましたが、十萌町の一員としてこれからよろしくお願いします)

 今更だけど、心の中で謝罪した。




 神様に認めてもらえたことを感じて、ほっと肩から力を抜いたそのタイミングを見計らったかのように、敷地の外の茂みから、ガサリと音を立てて何かが飛び出してきた。

 昨日のトカゲを思い出して硬直していると、白い影が素早く亜弓君に走り寄り、その体を駆け上っていく。手乗りサイズの白いキツネが、亜弓君の方にちょこんと座っていた。じーっと私を見つめてくる。

 あ。この子は、前に見かけたことのある、あの可愛い子だ。

「キリ」

 亜弓君が優しく呼びかけるのを聞いて、緊張を解いた。

 名前を呼んでいるということは、亜弓君のペット・・・・・いや、お友達? なのかな?

「葉月、紹介するよ。こいつはキリ。十萌の神様の御使いなんだ」

「は、初めまして。斉藤葉月です。よろしくお願いします」

 自己紹介をすると、御使いキリのふわふわのしっぽがユラユラ揺れた。

 か、可愛い。

 モフモフしたい。

 いいな、亜弓君。あんな可愛い子を肩に乗せて。

 あの子と仲良くなれるなら、お手伝いくらいならしてもいいかな。あの服を着て辺りを徘徊するのはごめんだけれど。

「この山に住んでいる色の白い動物は、大抵、神様の御使いかな。山に入り込んだ穢れを祓ってくれるんだ」

「え? じゃあ、昨日のトカゲは?」

 うっとりとキリちゃんに見とれていた私に、亜弓君は御使いについて説明してくれた。

 のは、いいんだけれど。

 私は昨日、神様の御使いに襲われたの? 

 なんで?

 私、穢れてるの?

 混乱のままに亜弓君を見上げると、亜弓君は困ったように笑って言葉を濁す。

「あー。昨日のトカゲも、御使い・・・・なんだけど。まあ、元がトカゲだから、あんまり頭がよくないっていうか・・・・。でも、昨日のアレは葉月も悪いかな。葉月、あのトカゲのこと追いかけただろう? 葉月みたいな見える力のある人に追いかけられたから、たぶん敵だと勘違いした・・・かな?」

 もしかして、私が神様によそ者だと思われていたせいもあるのかな?

 チラリと様子を窺うと、気まずそうに眼をそらされた。

 どうやら図星らしい。

 私はあのトカゲに怪しいものだと思われたのか・・・・。

 土地の神様には、ちゃんとご挨拶に伺わないといけないよね。反省した。

「ま、まあ、これからは御使いに襲われることはないと思うから。でも、珍しいね。今までずっと、上手に見えない振りをしていたよね? どうして、昨日に限ってアレを追いかけようと思ったの?」

 亜弓君が不思議そうに首を傾げた。

「その・・・・前にその子、キリちゃんを見かけたことがあって、可愛いなって思っていて。それで、その、白い影が茂みに入っていったから、もしかしたらキリちゃんかと思って・・・・・」

 不思議な生き物たちは、こっちが下手にちょっかいをかけなければ、めったに襲い掛かってきたりはしない。私と同じように見える人であるおばあちゃんにそう教えられ、ずっとそれを守ってきていたのに。この町に引っ越してきてからは、怖い目にあったことがなかったから、すっかり油断していたのだ。

 あと、キリちゃんが可愛すぎて、どうしてももう一度会いたいという誘惑に勝てなかった。だって、可愛いかったんだもん。

「キリを?」

 亜弓君がキリちゃんと見つめあう。

 うらやま可愛い。

 ・・・・・・それはそれとして、ちょっと気になったんだけど。

「あ、あの。亜弓君はどうして私が見える人だって分かったの?」

 そう。ずっと気を付けて見えない振りをしてきたのだ。失敗したのは昨日のトカゲの県くらいのハズなんだけどな。

「ああ。キリに教えてもらったんだ。目が合った気がするって。それで、しばらく様子を見ていたんだよ。最初はよく分からなかったけれど、足元にいる妖をそれとなくよけて歩いたり、関わったらタチが悪そうな妖とはなるべく視線は合わせずにうまく迂回路を探したりしてるのを見て。怖がりすぎず、関わりすぎず、いい距離を保っているなって感心してた」

 にこっと微笑まれたけれど、どう返していいか分からない。

 えーと、つまり、知らないうちに観察されていたってことだよね? 全然、気が付かなかったけれど。

 一歩間違えれば、ストーカーだと思うんだけど。

 たぶん、これ。キリちゃんから怪しいやつがいるって報告を受けて、確認したってところなんだろうな。

 想像できるのが悲しい。

 怪しいやつじゃないって、今は分かってくれているんだよね?

 チラッ。

 期待を込めてキリちゃんを見つめると、一瞬だけ目が合ったけれど、直ぐに逸らされる。

 つれない・・・・。

「わ。なんだよ、キリ。人見知りか? んー、何回か会ってれば、そのうち慣れてくると思うんだけど。それか、魔法処女として神様から力を授かれば、仲間として力を貸してくれると思う」

 どうかな? というようにこっちを見つめてくる。

「そう・・・言われても・・・・何をすればいいのかも分からないし・・・」

 魔法処女になるってことはつまり、私もそのコスプレっぽい巫女の恰好をしないといけないんだよね? 何をするのかは、分からないけれど。

 うん。そんな勇気はない。

「それなら、オレの活動を見学してみないか? キリも連れて行くから」

 見学・・・・。

 キリちゃんも一緒か・・・・。

 それはちょっと魅力的だけど・・・・。

 なんで、こんなに熱心に勧誘してくるんだろう?

 私が見える人だから? 神様の声が聴こえるから?

 正直、見える仲間ができるのは、ちょっと嬉しい。嬉しい、けれど・・・・。

「町の一員として、一緒に、神様の力になってほしい」

 亜弓君とキリちゃんが揃って私を見つめてくる。

 てゆーか、キリちゃん。さっきは目をそらしたくせに、こんな時だけ君は!

 どうしよう。揺れる。

 主にキリちゃんの「やらないの?」とでもいうような視線に。

「・・・・・・け、見学だけなら・・・・」

 迷った末の決断に、亜弓君は破顔し、キリちゃんはどうでもよさそうにそっぽを向いた。

 は、早まってないよね?

 



 明日から。部活が終わった後に、校門前で待ち合わせることを約束して、今日の活動は終了した。

 亜弓君は小戸成市の高校に通っているけれど、部活には入っていないので、学校が終わってすぐに帰れば余裕で間に合うらしい。

 時間が立つにつれ、私は落ち着きを取り戻していった。

 紗世ちゃんや昨日のトラクターおじさんが、普通にあの格好の亜弓君と接していたことを思い出したせいもある。余所者の私には不思議に思えても、地域の人にとってはあれが普通のことなのかもしれない。きっと、私が知らない地域のルールとかがあるんだろう。たぶん。

 キリちゃんは人間の食べ物とかあげても大丈夫なのかな。聞いとけばよかったな。

 なんて、ちょっとウキウキしながら歩いていたら、知らない男の子に声をかけられた。

「おい。おまえ」

 高校生、かな?

 なんか、滅茶苦茶目つきが悪くて不機嫌そうなんだけど。

 カツアゲ・・・とかだったら、どうしよう?

「な、なんでしょう?」

 刺激しないように、なるべく、平静を装って答える。

 もうすぐ、家なのに。

 この辺は、田舎の十萌町にしては割と町中というか、まあまあ住宅地なのに。

 なんで、今日この時に限ってこんなに人気がないの?

「おまえ。十萌の巫女の仲間か?」

 十萌の巫女?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・亜弓君のことか。

 なんか、人間に見えるけど、敵っぽいんだけど。

「いえ。違います。私は魔法処女じゃありません」

 自己保身に走ったことは、否定しない。

 でも、嘘じゃないし。

 見学をするとは言ったけど、魔法処女になるとは言ってないし!

 心の中で言い訳をしていると、カツアゲ君(仮)は怪訝そうに眉をひそめた。

「魔法処女? 何のことだ?」

「え?」

 魔法処女って、十萌町の公用語じゃなかったの? 違うの?

 だって、紗世ちゃんたちが普通にしてたから。巫女活動とか言ってたから。

 てっきり・・・・。

 魔法処女イコール巫女活動なのかと思っていたんだけど。違うの?

 しばらく、無言で見つめあう。

 だって。何て言ったらいいのか分からない。たぶん、向こうも同じなんだろう。

 言葉を探していると、角の向こうからコツコツとヒールの音が聞こえてくる。

 チッ。

 鋭い舌打ちを残して、カツアゲ君(仮)は踵を返した。

 数歩進んでから、思い出したように振り返る。

「仲間じゃないならいい。だが、これ以上あいつに関わるな」

 それだけ言うと返事もまたずに、足早に歩み去る。




 え?

 あれ?

 だって。

 魔法処女って、十萌町の公用語じゃないの?

 なんで、さっき、何言ってるんだこいつみたいな顔されたの、私。

 誰か、説明して?


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