その15 十萌の神様
かつて、十萌町を守っていた山神様のお社は、花嫁を穢されて怒り狂った山神様本人に破壊されて、今はただ大きな岩があるだけだった。岩の周りには、四隅に木の杭が打ってあり、しめ縄が渡されている。
岩の上には、黄金に光り輝く粒子が立ち昇っていた。
ゆらりゆらりと粒子が揺らめく。
揺らめく粒子は、人の形のようにも見える。
目覚めそうで目覚めない山神様を、コノハがじっと見上げていた。しめ縄のすぐ手前にちょこんと座り込んで。
コノハの後ろには、亜弓君と亜弓君のお父さんと、それからかおる先輩がいた。生粋の十萌っ子ではない私と草摩さんは、その後ろに立っている。そうしろって言われたわけじゃないけれど、なんとなく。
あの後。
コノハが駆けて行った山を呆然と見上げていたら、車で通りかかった亜弓君のお父さんに声をかけられたのだ。仕事でたまたまこの辺まで来ていたらしい。
事情を話したら、お社の跡へ様子を見に行くというので、一緒に行こうとしたんだけれど、今すぐに目覚めるってわけでもなさそうだし、もう遅いから帰りなさいと言われてしまった。
結局、おじさんは亜弓君だけを乗せて山の上へと向かっていった。
草摩さんはコノハのことを気にかけていたけれど、私を送っていくように頼まれてしぶしぶとではあるけれど、引き下がった。
何かあったら必ず連絡するようにだけ念を押して。
光の粒子は、もうその時からユラユラしていたのだそうだ。
コノハが異変に気が付いたのが水曜日で、今日はもう土曜日だ。
コノハは水曜日からずっと、しめ縄の前に座り込んで山神様が目覚めるのを待っているみたいだった。
山神様の御使いであるコノハには、ご飯も睡眠も必要ないとは聞いている。
でも、あの小さい体でずっと一人でこうしていたのかと思うと、胸の奥の方がきゅーってなる。
コノハのためには、早く目覚めてあげて欲しいと思う。
でも。
でも、山神様が目覚めたら、この町はどうなっちゃうんだろうか?
亜弓君は、かおる先輩は、どうなっちゃうんだろうか?
今日、ここに集まったのは、かおる先輩に頼まれたからだ。
かおる先輩のお家、叶家は今では十萌で唯一の山神様を祀る家だ。
山神様が目覚めかけていることは、亜弓君のお父さんから叶家に連絡が行き、かおる先輩の耳にも入ったのだ。
金曜日の放課後。
部活が終わってから、かおる先輩に呼び出された。
二人きりで話がしたいって言われて。
かおる先輩は真っ青な顔で震えながら私の手を握りしめた。
「お願い、葉月。私と一緒に、山神様のもとへ行ってほしい。どうしても、確かめたいことがあるの。私が絶対、葉月を花嫁にはさせないから。だから。お願い」
そして、かおる先輩は私に秘密を打ち明けてくれた。
かおる先輩自身の秘密と、もう一つ。
「私、本当は今でもまだ御使い様が見えるの」
私の手を握りしめたまま、かおる先輩は言った。
ずっと、かおる先輩の胸の奥に隠されていた秘密。
きっと、それを聞くのは私が初めてだ。
「どうして、見えない振りを?」
「そうね。最初は、まゆりのため、だったかな」
「まゆり先輩の?」
小さい頃の、まゆり先輩や亜弓君と仲が良かった頃の記憶は、かおる先輩にとって悪いものではなかったのだろう。昔を思い出している時のかおる先輩は、手の震えが少し止まっていた。
「小学校に入ってすぐの頃、まゆりが見えなくなったの。・・・・この間の亜弓君の許嫁問題だけど、この頃にはすでにそういう話が年寄りたちの中ではあって、で、当然のように亜弓君の許嫁は私って話に流れていったのよ。それを知ったまゆりがすごく泣いてね。可愛そうになっちゃって。それに私も亜弓君は女の子だと思ってたから、結婚って言われてもね。だから。見えない振りをした。見えなくなることの方が普通だったし、誰にも、疑われなかった。その後、両親たちのおかげもあって許嫁の話はうやむやになった。でも、たぶん。私が見えない振りをしなかったら、年寄りたちはもっと粘ったと思うのよ。だから、後悔はしていない」
「かおる先輩・・・・」
「叶家の人間は、この町を出ることを許されていないの。いつ、山神様が目覚めてもいいように。たとえ、御使い様を見る力がないとしてもね。だったら、せめて結婚相手くらいは自由に選びたいじゃない?」
そう言って笑ったかおる先輩は、少し普段の様子を取り戻したみたいだった。
でも。だったら、どうして?
「かおる先輩。どうして、山神様のもとへ行きたいんですか? 確認したいことって、何ですか? もし、山神様が目覚めたら、かおる先輩が花嫁にされちゃうかもしれないんですよね? だったら、どうして?」
私の手を握るかおる先輩の手にきゅっと力が籠められる。
「十萌にはね、山神様にまつわるもう一つの隠された伝承があるの。この話を知っているのは、叶家と西山の一部の人間だけ。亜弓君のお父さんも多分知っていると思う。町でただ一人の見える力のある大人だから」
「え?」
十萌の山には災いが棲んでいた。
災いは町で暴れ、害をなした。
町の人は災いを町から追い出そうとしたが、返り討ちにあった。
町の人は災いに、町娘を生贄として差し出す代わりに町で暴れないように求めた。
災いはこれに応じ、町の平穏は守られた。
それから、災いが暴れそうになると、町の人は生贄を差し出し災いを鎮めた。
ある時、町に大きな力を持つ妖が訪れた。
妖は生贄となる娘と恋に落ちた。
妖は娘を花嫁としてよこせば、災いを封じてやろうと言った。
町の人はこれに応じた。
妖は町娘を娶る代わりに災いを封じた。
花嫁が死ぬと、町の人は新たな花嫁を差し出して、引き続き町を守るように求めた。
妖はこれに応じた。
こうして、妖は花嫁を得る代わりに十萌の町の守り神となった。
「それ、差し出す相手が代わっただけで、結局どっちも生贄じゃないですか!?」
話を聞き終わった瞬間、私は叫んでいた。
「うーん。厳密には違うんじゃないかしら。災いは生贄の子を生きたまま食べたらしいけど、山神様は本当に花嫁として迎えていただけみたいだし。まあ、政略結婚と思えば・・・・・・・・」
青い顔で伝承を話してくれたかおる先輩は、私が取り乱したことで逆に落ち着いたのか、冷静に分析している。
逆に。私は、大分混乱していた。
私を山神様の花嫁にはさせないって、かおる先輩は言った。
それは、つまり。かおる先輩には、山神様の花嫁になる覚悟があるってことなんだよね?
正直、私は山神様の花嫁にはなりたくない。
でも。だからって。
かおる先輩、結婚相手は自由に選びたいって、さっき言ってたのに、どうして?
「これでも、私は叶の娘なの。こうなった以上、知らない振り、見えていない振りはできない。したくない」
半泣きの私に、かおる先輩は言った。
いつの間にか背筋がシャンとしている。
震えは完全に止まっていた。
私に話すことで、決意が固まっちゃったんだろうか?
私より小さいはずのかおる先輩が大きく見える。
胸は確実に私より大きいんだけど。
「中途半端なままは嫌なの。山神様を叩き起こす。それで、これからどうするつもりなのか聞く。目覚めた後も十萌の守り神でいてくれるのか、それとも愛想をつかしてどこかへ行ってしまうのか。そして、町を出て行ってしまう場合、巫女神様だけで災いとやらを封じておけるのか」
「!」
「もし、巫女神様だけで災いを封じられないなら、花嫁になるからこれからも十萌を守ってほしいって、お願いしなきゃならない」
「そ、そんな!」
な、なに一人で決意しちゃってるんですか!
さっきまで、震えてたのに。
それに、もう目覚めちゃったならともかく、まだ寝ているのをわざわざ起こさなくてもいいじゃないですか!?
涙で滲む視界でかおる先輩を見つめると、それだけで言いたいことは伝わったみたいだった。
かおる先輩がニヤリと笑う。
「このままだと私、いつ山神様が目覚めてもいいように、ずっと人間の男の人とは結婚できないままになっちゃう。十萌のために目覚めた山神様の花嫁になるなら、一生独身を貫く甲斐もあるけど。生きている間に目覚めなかったら、ただおばあちゃんになっちゃうだけじゃない。そんなの、ごめんだもの。どっちつかずのままでいるくらいなら、ちゃんと白黒つけたいの」
挑むように私を見る。
私を見ているけれど、挑む相手は私じゃない。
山神様とか、運命とか、たぶん何かそんなようなもの。
「でも、どうして、私なんですか?」
「ん? 決まっているじゃない! あんな啖呵を切ったはいいものの、やっぱり一人じゃ心細いし、それに結果がどうなってもちゃんと見届けてくれる人が欲しかったの。だから、一応亜弓君にも声はかけるつもり。あ! 言っておくけど、花嫁の保険として連れて行くわけじゃないからね!? そこは誤解しないように!」
「分かってますよ! ・・・・・・お家の人とかは、いいんですか?」
「いいのよ。だって、あの人たち見えないんだもの。見えない人たちの前で神様に話しかけてたら、私が一人芝居してるみたいじゃない? そんなの、ごめんだもの」
私とつないでいた手を放し、豊かな胸の下で腕を組んでかおる先輩は言い放った。
いつもの、かおる先輩だ。
私は、泣き笑いで頷くしかなかった。
亜弓君は巫女服だった。
かおる先輩のオーダーだそうだ。
もしかして、自分の代わりに花嫁として差し出すつもりじゃないよね? ね?
そう思ったのは、私だけじゃなかったらしい。
「あ! まさか、魔法処女っていうのは、山の神が目覚めた時に花嫁として差し出すために・・・・・・?」
思わず、というように草摩さんが呟きを漏らしていた。
いや。それは、たぶん、違うと思います。
かおる先輩の思惑は兎も角、おじさんはそういうつもりじゃなかったと思う。
大体、男の子だってバレたら怒ると思う。
いや、でも。最初から男の子ですって言ったうえで、花嫁にするか選んでもらえば、あるいは・・・・・・・・・?
・・・・・・・・・・・とりあえず、その可能性については保留にしておこう。
草摩さんへは、かおる先輩の許可をもらって私が連絡した。コノハのことを心配していると思って。それに、山神様の御使いであるコノハのために、山神様を目覚めさせられないかって考えたこともあるって言っていたし、全く無関係じゃないと思って。
連絡先は、この間別れるときに交換していたから。
本当は、私たち4人で山神様のもとへ向かうはずだった。
亜弓君のお父さんがいるのは、不慮の事故というか。山をパトロールしていたおじさんに見つかってしまったのだ。
おじさんは最初、私たちが山の上に向かうことを反対していたけれど、かおる先輩が説得した。
「この先も、見える力を持った子が生まれるかどうか分からない。もし、力がある子がいないときに山神様が目覚めたらどうなるの? 山神様がいなくなったら、また災いが町で暴れるかもしれない。今、十萌には巫女神様がいるけれど、巫女神様だけで災いを鎮められるのかどうかは分からない。神様の声が聴ける子がいなければ、何だか分からないまま、何もできずにこの町が滅茶苦茶になっちゃうかもしれない。だから、今! 神様の声を聞くことができる人が、おじさんも含めて5人もいる、今。そして、いざとなったら神様の花嫁となる資格を持つ私がいる、今この時に。神様を叩き起こしてでも、決着をつけるべきだと思う」
「かおるちゃん・・・・・。ずっと、秘密にしてきたのに・・・・・。そうか、君がそこまでの覚悟を決めているのなら、そうだね。神様が眠りについてから、学校に上がる年になっても力を失わない人間がここまで集まったのは、今回が初めてだ。だから、今、目覚めようとしているのか? いや、逆かな。神様が目覚めようとしているからこそ、なのかな。・・・・・うん。よし、行こう! ただし、おじさんも一緒に行くからね! ちょうど、神様を鎮めた5人の巫女と同じ人数がいるし!」
「はい!」
黙ってかおる先輩の話を聞いていたおじさんは、話が終わると目を閉じてしみじみと何度も頷いた。そして、そう言ってくれた。
おじさんが来てくれるのは、正直心強い。やっぱり、大人だし。
それにしても。おじさんはかおる先輩が見えていることに気が付いていたのか。
見えない人は騙せても、見える人を騙すのは難しいんだな。そう言えば、私のことも亜弓君にはバレていたし。
おじさんはどうして、気が付いていたのに内緒にしてくれていたのかな?
聞いたら、教えてくれるだろうか?
ゆらりと蠢く粒子を前にして、かおる先輩はひどく落ち着いていた。
引き寄せられるように、その輝きを見つめている。
花嫁を穢されたことを怒って、町を祟ろうとした山神様。
今は、もう怒ってはいないんだと思う。
それは、山の麓にいるときから、感じられた。
怒りとか憎しみとか、そういった気配は一切感じられないのだ。
感じられるのは、静かな、悲しみ・・・・のようなもの。
山の中の空気は淀んではいなかった。
ひんやりとして透き通り、自然と背筋が伸びてくる。
山神様は、後悔しているんだろうか?
怒りに我を忘れて、町を祟ろうとしたことを。
その結果。5人もの花嫁候補の巫女を殺めてしまったことを。
じっと粒子に見入っていたかおる先輩が、ついに足を踏み出した。
コノハの隣に立ち、一礼する。
「山神様。町のものをお怒りでないのならば、どうかお目覚めください。叶の娘が参りました。どうか、お目覚めください」
「主様。お目覚めください!」
かおる先輩の足元でコノハが、叫ぶように懇願した。
山神様。
どうか、かおる先輩の、コノハの声に答えてあげてください。お願いします。
頭を下げて、声には出さず心の中だけで、私もお願いした。
どうか、お目覚めください。お山様。
どこからか、涼やかで透き通った声が聞こえてきた。
え? 誰?
驚いて顔を上げると、しめ縄の前に立つかおる先輩に重なるように、巫女装束の女の人が立っていた。
いや、正確には浮かんでいた。
女の人の胸の下あたりにかおる先輩の頭が見えるのは、かおる先輩が小さいからだけじゃない。女の人が地面から10センチくらいのところに浮かんでいるせいだ。
ホログラム映像が、かおる先輩にかぶさっているみたいな感じ? なのかな?
亜弓君みたいなコスプレ風の巫女服じゃない、本物の巫女装束。
長くてきれいな黒髪を、背中の辺りでゆるく一つに結わえている。
もしかして。もしかしなくても、巫女神様!?
みんなの息をのむ音が聞こえた。
たぶん、私ものんでた。
巫女神様の声に答えるように、粒子の放つ光がだんだん強くなっていく。
眩しくて、見ていられない。
目を閉じて、両手で顔をかばう様にする。
目を閉じていても眩しい。
電気なんて通っていないはずなのに、この光の量は一体、何事!? 神様ってすごい。
「お山様っ・・・・・・・」
感極まったような、巫女神様の声が聞こえて目を開ける。
光は治まったはずなのに、眩しい。
岩の前には、イケメンが立っていた。
白っぽい着物。銀色の長髪。黄金色のキツネ耳。着物の裾からは尻尾らしきものもチラチラしている。
山神様はキツネの妖だったのか。
そ、それにしても。これはっ・・・・。
イケメンなんて言葉で軽々しく片付けていい存在ではない!
何か、もっとふさわしい言葉があったはす。
えーと、そう!
美丈夫!
これだ!
凛々しい美丈夫。
体つきも、程よく逞しい。私とかおる先輩の二人くらいはその腕にすっぽり収まりそう。
そう言えば、花嫁の資格のある子たちは、自ら望んで花嫁に立候補したとか何とか言ってたっけ。
大人の事情だと思っていたけど、あれ、本当だったんだな。
こんなの見ちゃったら、町の男たちなんて眼中になくなるよね・・・・・。
かおる先輩。本当に山神様の花嫁になっちゃうかもしれない。
でも、かおる先輩が本気でそれを望んでいるなら、応援します! がんばって!
きゅっと両手を握りしめて、行く末を見守る。
のだが・・・・・。
かおる先輩を置いてけぼりに、話は神様同士で進んでいく。
「・・・・・・・久しいな。おまえ、いや・・・おまえたちか? 祀られて、この地を守る神となったか。もう、オレはこの地には必要ないようだな・・・・・。オレのことを恨んでいるか?」
巫女神様がフルフルと首を横に振る。
「いいえ。いいえ・・・・。再び、会える日を、ずっと待ち望んでおりました。お山様こそ、もうお怒りは解けたのでしょうか?」
「あの男のことは許せないが、おまえたちに罪はない。怒りに我を忘れ、おまえたちを巻き込んだこと、すまなかった」
深く落ち着いて響く声で告げられる謝罪に、巫女神様はまた首をフルフルさせた。
「一度町に牙を剥いたオレを、町のものは快く思わないだろう。この地はおまえに任せて、オレはここを去ろうと思う。人と妖が結ばれるなど、そもそもが不自然なのだ」
そう言って駆け去ろうとする山神様の手を、巫女神様が掴んだ。
「待ってください。行かないでください。私は、ずっとあなた様と再び結ばれる日を夢見てこの地を守り続けてきました。あなた様の眠るこの山を。お願いです。十萌への怒りが解けたのであれば、私を花嫁に迎えてください。そして、私と一緒にこの十萌の地をお守りください」
山神様に縋り付くようにして懇願する。
山神様はそんな巫女神様の背中に手をまわし、優しく抱きしめる。
「そうか、分かった。おまえがそう望むのであれは、共にこの地を守り続けよう」
そして、何やら甘いムードを漂わせてイチャイチャし始める。
えーと。何コレ?
「あ、これ以上はここにいても仕方ないみたいだから、一旦帰ろうか。さー、みんな。帰るよー」
中学生にこの先を見せてはいけないと判断したのか、おじさんが慌ててみんなに帰るように促す。
「ちょっと、何コレ! 何なの! 散々人を振り回しておきながら、最後の土壇場で土俵にも上がらせてもらえないこの扱い! 私の覚悟は? 決意は? 山神様のことちょっといいなって思っちゃったこの気持ちは? てゆーか、私たちここにいる意味あったの? ないよね? 最初から二人で好きなだけイチャついてればよかったじゃない? 一体、何なの? この治まらない気持ちを一体、どこにぶつけたらいいの?」
お、お気持ちはお察ししますが落ち着いてー。神様たちに聞こえちゃいますって! いや、あの調子じゃ聞こえてないかな。周りの雑音なんて・・・。
「えーと、ほら! 神様たちの決断を見届けて、町のものに伝えるという大事な役目があったんだと思うよ? そうに違いない! だから、とりあえず今は帰ろうか!」
荒れ狂うかおる先輩をなんとかその場から連れ去り。
その日。私はかおる先輩のやけスイーツに付き合わされた。
当分、甘いものは見るのも嫌だ・・・・。
こうして。
一部に釈然としないものを残しつつも、とりあえず十萌の神様問題は一応解決した。
おじさんやかおる先輩たちは、なんかいろいろ新しく決めないといけないことがあるみたいだけど。
ほとんどよそ者で、ただの中学生の私にできることはもうない。
私はこれでよかったんじゃないかなーと思っている。
神様は神様同士で仲良くしてもらうのがいいと思う。
山神様、イケメンというか美丈夫だったけれど、なんか女好きっぽいような気もするし。
かおる先輩、早まらなくて正解だったんじゃないかと思う・・・・。
それよりも、今。
私にとって大事なのは、神様たちのことじゃなくて、亜弓君のことだった。
今。私は十萌神社に向かっている。
亜弓君から、大事な話があるからって呼び出されたのだ。
いつものように、校門前での待ち合わせじゃなくて、十萌神社への呼び出し。
大事な話って、なんだろう?
歩きながら、じっとり汗ばんだ手のひらを握ったり開いたりする。
魔法処女活動の見学という名目で、これまでほとんど毎日のように亜弓君に会っていた。
でも、これからは。
そもそも、魔法処女活動が必要なのかどうかも分からない。
もう活動の必要はないから、見学も終わりにしようって話だったら、どうしよう?
今までみたいに、毎日会えなくなったら・・・・。
もし、そうだったら。思い切って告白!? いや、でも!
踏ん切りがつかないうちに、神社が見えてくる。
亜弓君は、いつだったか壁ドンならぬ木ドンをされた大きな木の下で私を待っていた。
コスプレ巫女服じゃない。
小戸成中央高校の制服のままだった。
いつもより、2割り増しくらいかっこよく見える。
少しでも先送りしようと、なるべくゆっくりと歩いていく。見とれていたせいもあるけど。
目が、合った。
いつもなら。ここで微笑みかけてくれるんだけど、今日は表情が硬い。亜弓君も緊張しているのかな。
あんなにゆっくり歩いていたのに、気が付けば、亜弓君が目の前だった。
大きな木の下で向かい合う。
「来てくれて、ありがとう。葉月」
緊張のあまり声が出なくて、私は無言で頷いた。
「キリに葉月のことを聞いていたから、出会う前から葉月のことは知っていた。ずっと見ていた。本当は、出会ったときに言おうと思っていたんだ。でも、突然だったから心の準備ができてなくて、それで。つい、聞いたことのあるフレーズが口から出ちゃって。結果的には、それで葉月と仲良くなれて、毎日一緒にいれたし、よかったんだけど。でも、やっぱり、ちゃんと言っておこうと思って」
いつもより早口で一気にそこまで話し終えると、亜弓君は深呼吸をした。
顔が真っ赤だ。
たぶん、私も。
心臓の音がうるさい。
かつてない勢いで仕事をしている。
これは。これは、アレだよね?
期待していいヤツだよね?
「葉月のことが好きだ。オレと結婚を前提にお付き合いしてください」
後で、ちょっと思った。
これ、出会ったときに言われたら、絶対お断りしていたよね。
見知らぬコスプレ巫女男子に結婚を前提にしたお付き合いを申し込まれてもな。
むしろ、全く仲良くなれなかったかもしれない。
だから、まあ。これで、よかったんだろうな。
そして。
私の返事は、もちろん決まっている。
「まだ中学生なので、普通のお付き合いからお願いします」